15 / 77
第一話 皐月
6-2
しおりを挟む
「真波さん! こんばんは! お仕事ですか?」
この世界で最初に出会った人との再会に、思わず笑顔になると、真波さんも分かりづらいが笑みを浮かべた。
「ああ。花祭りの監督に。責任者として」
「そうですか~! いろんなお仕事があるんですね」
近づいてニコニコ話していると、秋櫻が驚いたように言った。
「雪柳、程将軍と知り合いなの?」
「え、あ、うん。この街に来るとき、助けてもらったんだ」
「そうなんだ…」
秋櫻は真波さんのほうを見て、拱手をしながら言う。
「初めまして。僕は秋櫻と言います。鶴汀楼の『蛋』です。以後お見知りおきを」
秋櫻はほんときちんとしている、俺よりずっと。うむ、と真波さんが頷く。
「君たちは仕事終わりか?」
「ええ。ようやく終わりました!」
すると真波さんは頷き、手でどこかを指し示した。
「そうか、私もだ。……そこの店で、飯でもどうだ?」
「えっ!」
飯! 夕方の早い時間に飯を食うので、寝るときに腹が減るのだ。俺は嬉しくなって、隣の秋櫻を見た。断ることは無いだろうと思ったのに、秋櫻は首を横に振って言った。
「お誘いありがとうございます。きっと雪柳と積もるお話もあると思いますので、僕はここで失礼します」
そして拱手をしたあと、踵を返して行ってしまう。おっ、おい、待てって!
すると真波さんはふっと笑みを浮かべて言った。
「気を遣わせてしまったようだな。……君は、雪柳というのか」
切れ長の目と目が合う。本当にきれいな目をしている人だ。俺ははい、と頷いた。
「母さんの好きだった花の名前をもらいました」
「そうか。……似合う」
その言葉に、「え?」と思う暇もなく、彼は俺に背を向けた。
「そこで待っていろ」
そして、すこし離れた場所にいる兵士に何か耳打ちして戻ってきた。
「さあ、行こうか」
結局2人で飯にいくことになってしまった。意外な展開に少し戸惑う。しかし間違いなくおごりだろう飯の誘いに、俺には断るという選択肢などなかった。
連れていってもらったのは、庶民的な木造の店だった。中は仕事終りの職人たちでにぎわっている。花街とはいえ、ふつうに働いている人たちには関係ないのだろう。
そこで出されたのは刀削麺というやつだった。豚骨っぽい濃厚でピリ辛なスープに、極薄の麺がたっぷり入っていて、上には豚バラと白髪葱が乗っている。正直言ってとてもうまい。思わず歓喜の声を上げてしまった。
「うっま!」
「それはよかった」
箸に手を付けずに俺を見ていた真波さんが微笑んだ。そして箸を手に取る。
「ありがとうございます、ほんと美味いです!」
にっこにこで言うと、真波さんも頷いて麺をすする。元いた世界とはまるで違うのに、麺をすする姿は現代と変わらなくて、なんだか嬉しくなる。
「お仕事は、大丈夫でしたか? 僕のために早く上がってもらったんじゃ……」
気になって言ってみた。すると彼は首を横に振った。
「いや、私の仕事は兵の配置と監督が主だから。もう少し早く終わるはずだったんだが、つい気になって居残ってしまった」
「なるほど。仕事熱心ですね!」
真波さんは真面目な良い人だ。そしてなんだか話しやすい。実年齢28の俺と年が近そうだからだと思う。
やがて麺を食べ終えて、俺は一息ついた。
「ご馳走様でした」
すると彼は目を細めて俺を見、「いや。ご馳走というほどでは」と言った。こっちにはこんなあいさつないのかな。
しかし、せっかく話ができるなら、なにか彼から情報を引き出せないだろうか。俺の今後……元の世界に戻れる方法とか……は無理だろうが、皐月の恋の相手とか。もしかしたら兵士の誰かかもしれない。
「真波さん、あの。兵士さんたちも、この街に遊びにいらっしゃったりするんですか?」
聞いてみると、真波さんは「ああ」と頷いた。
「ここでの遊興は、特別に認められている。通行証を発行するためには、定期的な身体検査が必要だが」
身体検査。こういうところで流行りがちな病とかだろうか。現代日本人が作ったゲームなので、そこらへんの設定はきちんとしている。
「なるほど。あの、じゃぁ、男妓と兵士さんがいい仲になったり、とかも」
「……あるだろうな。限度はあるだろうが」
真波さんは目の前の茶碗を手に取りながら言った。
「限度か……」
思わず呟くと、彼はふっとこちらを見た。
「……なにか、困ったことでもあるのか?」
……驚いた。俺はそんなに難しい顔をしていただろうか。一瞬、反応が遅れた俺に、真波さんは続けた。
「何かあれば、力になる」
その言葉に、胸が震えた。彼はたまたま俺を見つけただけのはず。なぜこんなに気にかけてくれるんだろう。
「……いえ、みんな優しいです。今は大丈夫、です」
「そうか」
言葉の少ない彼の真意はよくわからない。けれど俺の身を案じてくれているのはわかって、胸の中が温かくなる。
「ありがとうございます。また、遊びにきてください、ね」
言っている途中で、仕事で来てる人にこれはまずいかなとも思ったが、彼はまた微笑みを浮かべて、ああ、と頷いた。
この世界で最初に出会った人との再会に、思わず笑顔になると、真波さんも分かりづらいが笑みを浮かべた。
「ああ。花祭りの監督に。責任者として」
「そうですか~! いろんなお仕事があるんですね」
近づいてニコニコ話していると、秋櫻が驚いたように言った。
「雪柳、程将軍と知り合いなの?」
「え、あ、うん。この街に来るとき、助けてもらったんだ」
「そうなんだ…」
秋櫻は真波さんのほうを見て、拱手をしながら言う。
「初めまして。僕は秋櫻と言います。鶴汀楼の『蛋』です。以後お見知りおきを」
秋櫻はほんときちんとしている、俺よりずっと。うむ、と真波さんが頷く。
「君たちは仕事終わりか?」
「ええ。ようやく終わりました!」
すると真波さんは頷き、手でどこかを指し示した。
「そうか、私もだ。……そこの店で、飯でもどうだ?」
「えっ!」
飯! 夕方の早い時間に飯を食うので、寝るときに腹が減るのだ。俺は嬉しくなって、隣の秋櫻を見た。断ることは無いだろうと思ったのに、秋櫻は首を横に振って言った。
「お誘いありがとうございます。きっと雪柳と積もるお話もあると思いますので、僕はここで失礼します」
そして拱手をしたあと、踵を返して行ってしまう。おっ、おい、待てって!
すると真波さんはふっと笑みを浮かべて言った。
「気を遣わせてしまったようだな。……君は、雪柳というのか」
切れ長の目と目が合う。本当にきれいな目をしている人だ。俺ははい、と頷いた。
「母さんの好きだった花の名前をもらいました」
「そうか。……似合う」
その言葉に、「え?」と思う暇もなく、彼は俺に背を向けた。
「そこで待っていろ」
そして、すこし離れた場所にいる兵士に何か耳打ちして戻ってきた。
「さあ、行こうか」
結局2人で飯にいくことになってしまった。意外な展開に少し戸惑う。しかし間違いなくおごりだろう飯の誘いに、俺には断るという選択肢などなかった。
連れていってもらったのは、庶民的な木造の店だった。中は仕事終りの職人たちでにぎわっている。花街とはいえ、ふつうに働いている人たちには関係ないのだろう。
そこで出されたのは刀削麺というやつだった。豚骨っぽい濃厚でピリ辛なスープに、極薄の麺がたっぷり入っていて、上には豚バラと白髪葱が乗っている。正直言ってとてもうまい。思わず歓喜の声を上げてしまった。
「うっま!」
「それはよかった」
箸に手を付けずに俺を見ていた真波さんが微笑んだ。そして箸を手に取る。
「ありがとうございます、ほんと美味いです!」
にっこにこで言うと、真波さんも頷いて麺をすする。元いた世界とはまるで違うのに、麺をすする姿は現代と変わらなくて、なんだか嬉しくなる。
「お仕事は、大丈夫でしたか? 僕のために早く上がってもらったんじゃ……」
気になって言ってみた。すると彼は首を横に振った。
「いや、私の仕事は兵の配置と監督が主だから。もう少し早く終わるはずだったんだが、つい気になって居残ってしまった」
「なるほど。仕事熱心ですね!」
真波さんは真面目な良い人だ。そしてなんだか話しやすい。実年齢28の俺と年が近そうだからだと思う。
やがて麺を食べ終えて、俺は一息ついた。
「ご馳走様でした」
すると彼は目を細めて俺を見、「いや。ご馳走というほどでは」と言った。こっちにはこんなあいさつないのかな。
しかし、せっかく話ができるなら、なにか彼から情報を引き出せないだろうか。俺の今後……元の世界に戻れる方法とか……は無理だろうが、皐月の恋の相手とか。もしかしたら兵士の誰かかもしれない。
「真波さん、あの。兵士さんたちも、この街に遊びにいらっしゃったりするんですか?」
聞いてみると、真波さんは「ああ」と頷いた。
「ここでの遊興は、特別に認められている。通行証を発行するためには、定期的な身体検査が必要だが」
身体検査。こういうところで流行りがちな病とかだろうか。現代日本人が作ったゲームなので、そこらへんの設定はきちんとしている。
「なるほど。あの、じゃぁ、男妓と兵士さんがいい仲になったり、とかも」
「……あるだろうな。限度はあるだろうが」
真波さんは目の前の茶碗を手に取りながら言った。
「限度か……」
思わず呟くと、彼はふっとこちらを見た。
「……なにか、困ったことでもあるのか?」
……驚いた。俺はそんなに難しい顔をしていただろうか。一瞬、反応が遅れた俺に、真波さんは続けた。
「何かあれば、力になる」
その言葉に、胸が震えた。彼はたまたま俺を見つけただけのはず。なぜこんなに気にかけてくれるんだろう。
「……いえ、みんな優しいです。今は大丈夫、です」
「そうか」
言葉の少ない彼の真意はよくわからない。けれど俺の身を案じてくれているのはわかって、胸の中が温かくなる。
「ありがとうございます。また、遊びにきてください、ね」
言っている途中で、仕事で来てる人にこれはまずいかなとも思ったが、彼はまた微笑みを浮かべて、ああ、と頷いた。
0
お気に入りに追加
58
あなたにおすすめの小説
チート魔王はつまらない。
碧月 晶
BL
お人好し真面目勇者×やる気皆無のチート魔王
───────────
~あらすじ~
優秀過ぎて毎日をつまらなく生きてきた雨(アメ)は卒業を目前に控えた高校三年の冬、突然異世界に召喚された。
その世界は勇者、魔王、魔法、魔族に魔物やモンスターが普通に存在する異世界ファンタジーRPGっぽい要素が盛り沢山な世界だった。
そんな世界にやって来たアメは、実は自分は数十年前勇者に敗れた先代魔王の息子だと聞かされる。
しかし取りあえず魔王になってみたものの、アメのつまらない日常は変わらなかった。
そんな日々を送っていたある日、やって来た勇者がアメに言った言葉とは──?
───────────
何だかんだで様々な事件(クエスト)をチートな魔王の力で(ちょいちょい腹黒もはさみながら)勇者と攻略していくお話(*´▽`*)
最終的にいちゃいちゃゴールデンコンビ?いやカップルにしたいなと思ってます( ´艸`)
※BLove様でも掲載中の作品です。
※感想、質問大歓迎です!!
勇者の股間触ったらエライことになった
ベータヴィレッジ 現実沈殿村落
BL
勇者さんが町にやってきた。
町の人は道の両脇で壁を作って、通り過ぎる勇者さんに手を振っていた。
オレは何となく勇者さんの股間を触ってみたんだけど、なんかヤバイことになっちゃったみたい。
異世界に転移したショタは森でスローライフ中
ミクリ21
BL
異世界に転移した小学生のヤマト。
ヤマトに一目惚れした森の主のハーメルンは、ヤマトを溺愛して求愛しての毎日です。
仲良しの二人のほのぼのストーリーです。
【完結】お嬢様の身代わりで冷酷公爵閣下とのお見合いに参加した僕だけど、公爵閣下は僕を離しません
八神紫音
BL
やりたい放題のわがままお嬢様。そんなお嬢様の付き人……いや、下僕をしている僕は、毎日お嬢様に虐げられる日々。
そんなお嬢様のために、旦那様は王族である公爵閣下との縁談を持ってくるが、それは初めから叶わない縁談。それに気付いたプライドの高いお嬢様は、振られるくらいなら、と僕に女装をしてお嬢様の代わりを果たすよう命令を下す。
敵国軍人に惚れられたんだけど、女装がばれたらやばい。
水瀬かずか
BL
ルカは、革命軍を支援していた父親が軍に捕まったせいで、軍から逃亡・潜伏中だった。
どうやって潜伏するかって? 女装である。
そしたら女装が美人過ぎて、イケオジの大佐にめちゃくちゃ口説かれるはめになった。
これってさぁ……、女装がバレたら、ヤバくない……?
ムーンライトノベルズさまにて公開中の物の加筆修正版(ただし性行為抜き)です。
表紙にR18表記がされていますが、作品はR15です。
illustration 吉杜玖美さま
光る穴に落ちたら、そこは異世界でした。
みぃ
BL
自宅マンションへ帰る途中の道に淡い光を見つけ、なに? と確かめるために近づいてみると気付けば落ちていて、ぽん、と異世界に放り出された大学生が、年下の騎士に拾われる話。
生活脳力のある主人公が、生活能力のない年下騎士の抜けてるとこや、美しく格好いいのにかわいいってなんだ!? とギャップにもだえながら、ゆるく仲良く暮らしていきます。
何もかも、ふわふわゆるゆる。ですが、描写はなくても主人公は受け、騎士は攻めです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる