上 下
4 / 77
第一話 皐月

1-2

しおりを挟む
1-2

 その後、真波さんは鶴天佑と少し話をしてから帰っていった。そもそも仕事帰りに俺を送ってくれたのだから仕方ないのだが、ちょっと寂しい気持ちになった。彼はモブなのだろうか、だとしたらとんでもなく顔がいいモブだ。
 俺は思ったよりも満身創痍だったらしい。身体の傷を見た鶴天佑は痛ましげに眉を寄せた。そして狭い部屋に案内してもらい、薬を塗ってもらって、布団に寝かせてもらうことになった。
 ちなみに布団は木製の寝台に敷かれている。ゲームのスチルで知ったのだが、この世界はベッド文化なのだ。ちなみにこの寝台はソファ的な感じでも使われるようだ。
「頭を打って、その時は大丈夫だったのに、後でポックリいっちまうやつもたまにいるからさ。とりあえず寝とけ」
 鶴天佑はにかっと笑った。正直身体はちょいちょい痛かったし、疲れていたのでとても助かった。布団はふかふかとは言えない、いわゆるせんべい布団だったが、それでもありがたくて、気づけば俺は眠りに落ちていた。
 ……そしてどれくらい経っただろうか。ふと音がした気がして、目を開けた。辺りは薄暗いが、隙間からぼんやりした光を感じる。手を着いて身を起こすと、「起きたか」と鶴天佑の声がした。扉を開け、中に入ってくる。
 その手には盆があり、なにやら大ぶりの椀がのっていた。そこからいい香りがする。
「体は、どうだ?」
「もう、大丈夫です。ありがとうございます」
 鶴天佑は盆を持ったまま、寝台の端に腰掛けた。ぺこりと頭を下げながらも、俺の目は椀に釘付けだ。そういえばこの世界に来てから何も食べていない。それに気づいたのか、鶴天佑は苦笑しながら、盆を俺の前に差し出した。部屋に灯りはないが、廊下からの灯りで盆の上くらいは見える。
「起きてて良かった。寝てたら枕元に置いていこうと思ったんだが。冷めないうちに食いな」
 その言葉を待ってました! 頷いて、早速椀を手に取った。蓋を開けるとふわっと優しい米の香りがする。お粥のようだ。反射的に唾を飲み込んだ。そういえば黄泉の国の食べ物を口にすれば、二度と現世には戻れないらしいが……。
 ……別にいい。どうせ食べなくても戻れないかもしれないなら、ここで食っておく。
 木の匙で掬って口に含むと、ゴマ油のいい香りと共に、鶏ガラの風味が広がった。ささみとザーサイの歯ごたえがたまらない。ふわっと柔らかくかけられた卵も、こんなに美味いものが世の中にあったのかと思うほど。お粥と言っても食べ応えがあり、具だくさんのスープと言った雰囲気だった。
 息も付かずに食べ終えて、椀を盆に置いた。ほんとにうまかった……。
「ありがとうございます。生き返りました」
 心の底から礼を言うと。
「そりゃあいい。いきなり死なれたらこちとら大損だ」
 くっきりとした二重の目を細め、鶴天佑が笑う。
 そのセリフにドキリとした。俺はここで働いて生きていかなくてはいけないのだ。
「災難だったな。新生活の始まりがとんだことに」
 廊下からの薄暗い明かりに、鶴天佑の顔が浮かび上がる。親しみやすく見えるが、この人はやり手の楼主なのだ。なにも知らなければ心を開いたかもしれないが。
 しかもこの男の声は聞きなれた先輩の声だ。目の前には2Dがそのまま3Dになったみたいなイケメンが座っているが、先輩は声も芝居も素晴らしいが正直雰囲気イケメンだ。ってかどさくさで悪口言ってごめん先輩。 
 ……まあ、声の主と目の前の男は別人だよな。切り離して考えよう。
「あの……手紙、何が書いてあったんですか」
 とりあえず、母親の手紙について一応聞いてみる。
「ああ、お前は読んでいないのか。……ここでお前を、一人前にしてほしいと。姐さんの代わりに」
 鶴天佑は悲し気に眼を伏せた。
「なんにもできない子だが、心根は素直な優しい子だ。一人で生きていけるように育ててほしい、と」
 彼はこちらに手紙を開いて見せてくれた。漢字の羅列からは、意味を取ることはできない。しかし上質とはいえないざら紙に書かれた筆の文字から、見たこともない母親の存在が確かに感じられた。
 ゲームの設定によると、主人公の俺は、占い師の母親と山奥で二人暮らしをしていたが、母を病気で亡くし、母の客だったこの男を頼って店にやってきたということだった。
 そのあと鶴天佑が話してくれたのだが、母親は剛毅な女性で、その座右の銘は「稼ぎはすべてを凌駕する」だったそうだ。自分の死期を悟り、息子は頼む、仕事は何でも構わないとこの男に伝えたぐらいには。
 いやそこは息子はべつの仕事でもいいのではと思うのだが、息子は妓楼デビューで隠れた才能を発揮していく……というのが、俺が演じた史琉の設定だった。強烈な設定だなと思ったので良く覚えている。
 考え込んでいた俺をどうとらえたのか、鶴天佑は俺の頭をポンと叩いた。
「まあ、今日は休んで元気になれよ。全部明日考えな」
 優しい言葉に、泣きそうになるのを堪えてうんと頷いた。
 目が覚めれば、そこは清潔な病院で、よかった夢オチだったー、なんてことになるかもしれないし。
 ……そのまえにとりあえず歯を磨きたい、と思ったが、歯ブラシなんてないことに、俺はまた絶望したのだった。




************************************************
読んで頂き、ありがとうございます。
お気に入りや感想など頂けると励みになります!
また遊びにきてくださいませ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

チート魔王はつまらない。

碧月 晶
BL
お人好し真面目勇者×やる気皆無のチート魔王 ─────────── ~あらすじ~ 優秀過ぎて毎日をつまらなく生きてきた雨(アメ)は卒業を目前に控えた高校三年の冬、突然異世界に召喚された。 その世界は勇者、魔王、魔法、魔族に魔物やモンスターが普通に存在する異世界ファンタジーRPGっぽい要素が盛り沢山な世界だった。 そんな世界にやって来たアメは、実は自分は数十年前勇者に敗れた先代魔王の息子だと聞かされる。 しかし取りあえず魔王になってみたものの、アメのつまらない日常は変わらなかった。 そんな日々を送っていたある日、やって来た勇者がアメに言った言葉とは──? ─────────── 何だかんだで様々な事件(クエスト)をチートな魔王の力で(ちょいちょい腹黒もはさみながら)勇者と攻略していくお話(*´▽`*) 最終的にいちゃいちゃゴールデンコンビ?いやカップルにしたいなと思ってます( ´艸`) ※BLove様でも掲載中の作品です。 ※感想、質問大歓迎です!!

友達が僕の股間を枕にしてくるので困る

ベータヴィレッジ 現実沈殿村落
BL
僕の股間枕、キンタマクラ。なんか人をダメにする枕で気持ちいいらしい。

勇者の股間触ったらエライことになった

ベータヴィレッジ 現実沈殿村落
BL
勇者さんが町にやってきた。 町の人は道の両脇で壁を作って、通り過ぎる勇者さんに手を振っていた。 オレは何となく勇者さんの股間を触ってみたんだけど、なんかヤバイことになっちゃったみたい。

異世界に転移したショタは森でスローライフ中

ミクリ21
BL
異世界に転移した小学生のヤマト。 ヤマトに一目惚れした森の主のハーメルンは、ヤマトを溺愛して求愛しての毎日です。 仲良しの二人のほのぼのストーリーです。

【完結】お嬢様の身代わりで冷酷公爵閣下とのお見合いに参加した僕だけど、公爵閣下は僕を離しません

八神紫音
BL
 やりたい放題のわがままお嬢様。そんなお嬢様の付き人……いや、下僕をしている僕は、毎日お嬢様に虐げられる日々。  そんなお嬢様のために、旦那様は王族である公爵閣下との縁談を持ってくるが、それは初めから叶わない縁談。それに気付いたプライドの高いお嬢様は、振られるくらいなら、と僕に女装をしてお嬢様の代わりを果たすよう命令を下す。

彼の至宝

まめ
BL
十五歳の誕生日を迎えた主人公が、突如として思い出した前世の記憶を、本当にこれって前世なの、どうなのとあれこれ悩みながら、自分の中で色々と折り合いをつけ、それぞれの幸せを見つける話。

光る穴に落ちたら、そこは異世界でした。

みぃ
BL
自宅マンションへ帰る途中の道に淡い光を見つけ、なに? と確かめるために近づいてみると気付けば落ちていて、ぽん、と異世界に放り出された大学生が、年下の騎士に拾われる話。 生活脳力のある主人公が、生活能力のない年下騎士の抜けてるとこや、美しく格好いいのにかわいいってなんだ!? とギャップにもだえながら、ゆるく仲良く暮らしていきます。 何もかも、ふわふわゆるゆる。ですが、描写はなくても主人公は受け、騎士は攻めです。

敵国軍人に惚れられたんだけど、女装がばれたらやばい。

水瀬かずか
BL
ルカは、革命軍を支援していた父親が軍に捕まったせいで、軍から逃亡・潜伏中だった。 どうやって潜伏するかって? 女装である。 そしたら女装が美人過ぎて、イケオジの大佐にめちゃくちゃ口説かれるはめになった。 これってさぁ……、女装がバレたら、ヤバくない……? ムーンライトノベルズさまにて公開中の物の加筆修正版(ただし性行為抜き)です。 表紙にR18表記がされていますが、作品はR15です。 illustration 吉杜玖美さま

処理中です...