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第一話 皐月
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その後、真波さんは鶴天佑と少し話をしてから帰っていった。そもそも仕事帰りに俺を送ってくれたのだから仕方ないのだが、ちょっと寂しい気持ちになった。彼はモブなのだろうか、だとしたらとんでもなく顔がいいモブだ。
俺は思ったよりも満身創痍だったらしい。身体の傷を見た鶴天佑は痛ましげに眉を寄せた。そして狭い部屋に案内してもらい、薬を塗ってもらって、布団に寝かせてもらうことになった。
ちなみに布団は木製の寝台に敷かれている。ゲームのスチルで知ったのだが、この世界はベッド文化なのだ。ちなみにこの寝台はソファ的な感じでも使われるようだ。
「頭を打って、その時は大丈夫だったのに、後でポックリいっちまうやつもたまにいるからさ。とりあえず寝とけ」
鶴天佑はにかっと笑った。正直身体はちょいちょい痛かったし、疲れていたのでとても助かった。布団はふかふかとは言えない、いわゆるせんべい布団だったが、それでもありがたくて、気づけば俺は眠りに落ちていた。
……そしてどれくらい経っただろうか。ふと音がした気がして、目を開けた。辺りは薄暗いが、隙間からぼんやりした光を感じる。手を着いて身を起こすと、「起きたか」と鶴天佑の声がした。扉を開け、中に入ってくる。
その手には盆があり、なにやら大ぶりの椀がのっていた。そこからいい香りがする。
「体は、どうだ?」
「もう、大丈夫です。ありがとうございます」
鶴天佑は盆を持ったまま、寝台の端に腰掛けた。ぺこりと頭を下げながらも、俺の目は椀に釘付けだ。そういえばこの世界に来てから何も食べていない。それに気づいたのか、鶴天佑は苦笑しながら、盆を俺の前に差し出した。部屋に灯りはないが、廊下からの灯りで盆の上くらいは見える。
「起きてて良かった。寝てたら枕元に置いていこうと思ったんだが。冷めないうちに食いな」
その言葉を待ってました! 頷いて、早速椀を手に取った。蓋を開けるとふわっと優しい米の香りがする。お粥のようだ。反射的に唾を飲み込んだ。そういえば黄泉の国の食べ物を口にすれば、二度と現世には戻れないらしいが……。
……別にいい。どうせ食べなくても戻れないかもしれないなら、ここで食っておく。
木の匙で掬って口に含むと、ゴマ油のいい香りと共に、鶏ガラの風味が広がった。ささみとザーサイの歯ごたえがたまらない。ふわっと柔らかくかけられた卵も、こんなに美味いものが世の中にあったのかと思うほど。お粥と言っても食べ応えがあり、具だくさんのスープと言った雰囲気だった。
息も付かずに食べ終えて、椀を盆に置いた。ほんとにうまかった……。
「ありがとうございます。生き返りました」
心の底から礼を言うと。
「そりゃあいい。いきなり死なれたらこちとら大損だ」
くっきりとした二重の目を細め、鶴天佑が笑う。
そのセリフにドキリとした。俺はここで働いて生きていかなくてはいけないのだ。
「災難だったな。新生活の始まりがとんだことに」
廊下からの薄暗い明かりに、鶴天佑の顔が浮かび上がる。親しみやすく見えるが、この人はやり手の楼主なのだ。なにも知らなければ心を開いたかもしれないが。
しかもこの男の声は聞きなれた先輩の声だ。目の前には2Dがそのまま3Dになったみたいなイケメンが座っているが、先輩は声も芝居も素晴らしいが正直雰囲気イケメンだ。ってかどさくさで悪口言ってごめん先輩。
……まあ、声の主と目の前の男は別人だよな。切り離して考えよう。
「あの……手紙、何が書いてあったんですか」
とりあえず、母親の手紙について一応聞いてみる。
「ああ、お前は読んでいないのか。……ここでお前を、一人前にしてほしいと。姐さんの代わりに」
鶴天佑は悲し気に眼を伏せた。
「なんにもできない子だが、心根は素直な優しい子だ。一人で生きていけるように育ててほしい、と」
彼はこちらに手紙を開いて見せてくれた。漢字の羅列からは、意味を取ることはできない。しかし上質とはいえないざら紙に書かれた筆の文字から、見たこともない母親の存在が確かに感じられた。
ゲームの設定によると、主人公の俺は、占い師の母親と山奥で二人暮らしをしていたが、母を病気で亡くし、母の客だったこの男を頼って店にやってきたということだった。
そのあと鶴天佑が話してくれたのだが、母親は剛毅な女性で、その座右の銘は「稼ぎはすべてを凌駕する」だったそうだ。自分の死期を悟り、息子は頼む、仕事は何でも構わないとこの男に伝えたぐらいには。
いやそこは息子はべつの仕事でもいいのではと思うのだが、息子は妓楼デビューで隠れた才能を発揮していく……というのが、俺が演じた史琉の設定だった。強烈な設定だなと思ったので良く覚えている。
考え込んでいた俺をどうとらえたのか、鶴天佑は俺の頭をポンと叩いた。
「まあ、今日は休んで元気になれよ。全部明日考えな」
優しい言葉に、泣きそうになるのを堪えてうんと頷いた。
目が覚めれば、そこは清潔な病院で、よかった夢オチだったー、なんてことになるかもしれないし。
……そのまえにとりあえず歯を磨きたい、と思ったが、歯ブラシなんてないことに、俺はまた絶望したのだった。
************************************************
読んで頂き、ありがとうございます。
お気に入りや感想など頂けると励みになります!
また遊びにきてくださいませ。
その後、真波さんは鶴天佑と少し話をしてから帰っていった。そもそも仕事帰りに俺を送ってくれたのだから仕方ないのだが、ちょっと寂しい気持ちになった。彼はモブなのだろうか、だとしたらとんでもなく顔がいいモブだ。
俺は思ったよりも満身創痍だったらしい。身体の傷を見た鶴天佑は痛ましげに眉を寄せた。そして狭い部屋に案内してもらい、薬を塗ってもらって、布団に寝かせてもらうことになった。
ちなみに布団は木製の寝台に敷かれている。ゲームのスチルで知ったのだが、この世界はベッド文化なのだ。ちなみにこの寝台はソファ的な感じでも使われるようだ。
「頭を打って、その時は大丈夫だったのに、後でポックリいっちまうやつもたまにいるからさ。とりあえず寝とけ」
鶴天佑はにかっと笑った。正直身体はちょいちょい痛かったし、疲れていたのでとても助かった。布団はふかふかとは言えない、いわゆるせんべい布団だったが、それでもありがたくて、気づけば俺は眠りに落ちていた。
……そしてどれくらい経っただろうか。ふと音がした気がして、目を開けた。辺りは薄暗いが、隙間からぼんやりした光を感じる。手を着いて身を起こすと、「起きたか」と鶴天佑の声がした。扉を開け、中に入ってくる。
その手には盆があり、なにやら大ぶりの椀がのっていた。そこからいい香りがする。
「体は、どうだ?」
「もう、大丈夫です。ありがとうございます」
鶴天佑は盆を持ったまま、寝台の端に腰掛けた。ぺこりと頭を下げながらも、俺の目は椀に釘付けだ。そういえばこの世界に来てから何も食べていない。それに気づいたのか、鶴天佑は苦笑しながら、盆を俺の前に差し出した。部屋に灯りはないが、廊下からの灯りで盆の上くらいは見える。
「起きてて良かった。寝てたら枕元に置いていこうと思ったんだが。冷めないうちに食いな」
その言葉を待ってました! 頷いて、早速椀を手に取った。蓋を開けるとふわっと優しい米の香りがする。お粥のようだ。反射的に唾を飲み込んだ。そういえば黄泉の国の食べ物を口にすれば、二度と現世には戻れないらしいが……。
……別にいい。どうせ食べなくても戻れないかもしれないなら、ここで食っておく。
木の匙で掬って口に含むと、ゴマ油のいい香りと共に、鶏ガラの風味が広がった。ささみとザーサイの歯ごたえがたまらない。ふわっと柔らかくかけられた卵も、こんなに美味いものが世の中にあったのかと思うほど。お粥と言っても食べ応えがあり、具だくさんのスープと言った雰囲気だった。
息も付かずに食べ終えて、椀を盆に置いた。ほんとにうまかった……。
「ありがとうございます。生き返りました」
心の底から礼を言うと。
「そりゃあいい。いきなり死なれたらこちとら大損だ」
くっきりとした二重の目を細め、鶴天佑が笑う。
そのセリフにドキリとした。俺はここで働いて生きていかなくてはいけないのだ。
「災難だったな。新生活の始まりがとんだことに」
廊下からの薄暗い明かりに、鶴天佑の顔が浮かび上がる。親しみやすく見えるが、この人はやり手の楼主なのだ。なにも知らなければ心を開いたかもしれないが。
しかもこの男の声は聞きなれた先輩の声だ。目の前には2Dがそのまま3Dになったみたいなイケメンが座っているが、先輩は声も芝居も素晴らしいが正直雰囲気イケメンだ。ってかどさくさで悪口言ってごめん先輩。
……まあ、声の主と目の前の男は別人だよな。切り離して考えよう。
「あの……手紙、何が書いてあったんですか」
とりあえず、母親の手紙について一応聞いてみる。
「ああ、お前は読んでいないのか。……ここでお前を、一人前にしてほしいと。姐さんの代わりに」
鶴天佑は悲し気に眼を伏せた。
「なんにもできない子だが、心根は素直な優しい子だ。一人で生きていけるように育ててほしい、と」
彼はこちらに手紙を開いて見せてくれた。漢字の羅列からは、意味を取ることはできない。しかし上質とはいえないざら紙に書かれた筆の文字から、見たこともない母親の存在が確かに感じられた。
ゲームの設定によると、主人公の俺は、占い師の母親と山奥で二人暮らしをしていたが、母を病気で亡くし、母の客だったこの男を頼って店にやってきたということだった。
そのあと鶴天佑が話してくれたのだが、母親は剛毅な女性で、その座右の銘は「稼ぎはすべてを凌駕する」だったそうだ。自分の死期を悟り、息子は頼む、仕事は何でも構わないとこの男に伝えたぐらいには。
いやそこは息子はべつの仕事でもいいのではと思うのだが、息子は妓楼デビューで隠れた才能を発揮していく……というのが、俺が演じた史琉の設定だった。強烈な設定だなと思ったので良く覚えている。
考え込んでいた俺をどうとらえたのか、鶴天佑は俺の頭をポンと叩いた。
「まあ、今日は休んで元気になれよ。全部明日考えな」
優しい言葉に、泣きそうになるのを堪えてうんと頷いた。
目が覚めれば、そこは清潔な病院で、よかった夢オチだったー、なんてことになるかもしれないし。
……そのまえにとりあえず歯を磨きたい、と思ったが、歯ブラシなんてないことに、俺はまた絶望したのだった。
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