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第一話 皐月
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妓楼は、想像以上に壮麗だった。落ち着いた紅色の柱に白い壁、大きさはイメージ的には三階建てくらいありそうだ。
入口には緑色をした両開きの立派な扉があり、そのうえに小さな屋根が付いていて、屋根の下に木の額が飾ってある。そこには「鶴汀楼」と立派な字で彫られていた。
そもそもここに来るまでに、一度大きな門を通っている。鶴汀楼に行くには、この門を通過しなくてはいけない。門に入るには通行証が必要で、なんと男しか入ることができないのだ。汀渚という名のこの街は、まさに男たちによる、男たちだけの花街、というわけだ。
……という事じたいは、俺はゲームの設定で知ってはいたが、やはりその場所に来るのはまた違う。門を入ってすぐに馬車を降りて、真波さんの後をついて街を歩いた。
広い道路の真ん中には、真ん丸な植木が等間隔に植えられていて、両端にはずらりと店がならんでいる。映画のセットみたいな街並みだ。「酒家」だの「茶」だの読める漢字があるとほっとする。そしてどれくらい歩いただろうか。道の突き当りに、巨大なその妓楼があった。
扉の傍には使用人らしき男が立っていた。ガードマンというよりは、高級ブランド店でドアを開けてくれる係みたいな感じだ。真波さんを見て、すこし慌てたように両手を合わせて頭を下げた。
この礼の仕方は拱手というらしい。台本に書いてあったので知っている。ここではこうやって挨拶するらしいので、俺も真似しよう。
使用人に導かれて、彼が扉の中に入るのに付いていく。中に入ると、目の前がぱっと開けた。
そこはホールのようだった。土間になっていて、いくつかの丸テーブルが置かれている。そして中央にはステージがあった。
ここは客達が飲み食いしながら、男妓たちを見定める場所だ。お気に入りが見つかったら、二階の部屋に移動する。ゲームのスチルで見た風景だ。促されて、中央のテーブルに着いた。使用人の男はそのままステージの脇を通り、扉を開けて中に入っていく。
しばらくして、その扉から一人の男がでてきた。上背のある男で、見覚えのあるコスチュームを着ている。
「お? 珍しいお客さんですね」
……その声を聴いてはっとした。これは先輩の声だ。そうか、楼主はたしかメインキャラの一人だった。メインキャラの声は、中の人の声で聞こえるのか。男は俺を見て、困惑したように眉を寄せた。
「程将軍、その子は……」
男の声を聴いて思わず真波さんを見る。えっ、この人将軍なの? 軍人さんなのか。しかし彼の声にはやっぱり覚えがないから、将軍とはいえ、彼はやはりゲームのメインキャラではないのだろう。
すると真波さんは頷いて言った。
「ああ。鶴汀楼へ行くという子を見つけたので連れてきた」
「……え?」
男は視線を落として俺を見た。くっきりした二重の目が印象的だ。彫りが深く、全体的に顔のパーツが大きめだがイケメンと言っていい。長めの前髪の下には白い幅広の布を巻いているが、顔がいいので似合っている。やっぱり髪は長いみたいで、後ろで結わえているようだ。
「君は……燕花姐さんの」
――この展開は知っている。というか俺が知っているゲームのはじまりはこのシーンからだった。
俺は母を失って、母の手紙を持ってこの妓楼にやってくるのだ。しかし、ゲームではちゃんと1人でここま来たはずだが。
覚えていたセリフが自然と口をついて出た。
「はい。母からあなたに、手紙を預かっています」
ゲームの展開では、胸元に手紙を持っていたはずだ。胸に手を入れてみると、確かに紙の感触がした。唾を呑み込み、その手紙らしきものを取り出して、彼に渡した。彼はそれを受けとると、目の前の椅子に座って読み始めた。しばらくすると、目をつぶって首を小さく振った。
「そうか……。姐さんは……もう」
その声に悲しみが混じる。残念ながら俺にはこちらの母の記憶はないのだが。
「前に……姐さんから、何かあったらお前を頼む、と言われていた。今日からここで暮らすといい」
ベテラン先輩のいい声でそんなことを言われると思わず胸が熱くなる。が、しかし。
……俺はこの妓楼でこのあと、ありとあらゆるエロいシチュエーションを体験することになるのだ!
とはいえ、ここで暮らすしか選択肢がない。とりあえず野垂れ死にを避けるのが先だ……。
「よろしく、お願いいたします」
俺は覚えたての拱手をした。ようやくゲームのはじまりだ。とはいえ、キャラとしてでなくリアルな俺にとっては、とんでもない無理ゲーなのだが。
妓楼は、想像以上に壮麗だった。落ち着いた紅色の柱に白い壁、大きさはイメージ的には三階建てくらいありそうだ。
入口には緑色をした両開きの立派な扉があり、そのうえに小さな屋根が付いていて、屋根の下に木の額が飾ってある。そこには「鶴汀楼」と立派な字で彫られていた。
そもそもここに来るまでに、一度大きな門を通っている。鶴汀楼に行くには、この門を通過しなくてはいけない。門に入るには通行証が必要で、なんと男しか入ることができないのだ。汀渚という名のこの街は、まさに男たちによる、男たちだけの花街、というわけだ。
……という事じたいは、俺はゲームの設定で知ってはいたが、やはりその場所に来るのはまた違う。門を入ってすぐに馬車を降りて、真波さんの後をついて街を歩いた。
広い道路の真ん中には、真ん丸な植木が等間隔に植えられていて、両端にはずらりと店がならんでいる。映画のセットみたいな街並みだ。「酒家」だの「茶」だの読める漢字があるとほっとする。そしてどれくらい歩いただろうか。道の突き当りに、巨大なその妓楼があった。
扉の傍には使用人らしき男が立っていた。ガードマンというよりは、高級ブランド店でドアを開けてくれる係みたいな感じだ。真波さんを見て、すこし慌てたように両手を合わせて頭を下げた。
この礼の仕方は拱手というらしい。台本に書いてあったので知っている。ここではこうやって挨拶するらしいので、俺も真似しよう。
使用人に導かれて、彼が扉の中に入るのに付いていく。中に入ると、目の前がぱっと開けた。
そこはホールのようだった。土間になっていて、いくつかの丸テーブルが置かれている。そして中央にはステージがあった。
ここは客達が飲み食いしながら、男妓たちを見定める場所だ。お気に入りが見つかったら、二階の部屋に移動する。ゲームのスチルで見た風景だ。促されて、中央のテーブルに着いた。使用人の男はそのままステージの脇を通り、扉を開けて中に入っていく。
しばらくして、その扉から一人の男がでてきた。上背のある男で、見覚えのあるコスチュームを着ている。
「お? 珍しいお客さんですね」
……その声を聴いてはっとした。これは先輩の声だ。そうか、楼主はたしかメインキャラの一人だった。メインキャラの声は、中の人の声で聞こえるのか。男は俺を見て、困惑したように眉を寄せた。
「程将軍、その子は……」
男の声を聴いて思わず真波さんを見る。えっ、この人将軍なの? 軍人さんなのか。しかし彼の声にはやっぱり覚えがないから、将軍とはいえ、彼はやはりゲームのメインキャラではないのだろう。
すると真波さんは頷いて言った。
「ああ。鶴汀楼へ行くという子を見つけたので連れてきた」
「……え?」
男は視線を落として俺を見た。くっきりした二重の目が印象的だ。彫りが深く、全体的に顔のパーツが大きめだがイケメンと言っていい。長めの前髪の下には白い幅広の布を巻いているが、顔がいいので似合っている。やっぱり髪は長いみたいで、後ろで結わえているようだ。
「君は……燕花姐さんの」
――この展開は知っている。というか俺が知っているゲームのはじまりはこのシーンからだった。
俺は母を失って、母の手紙を持ってこの妓楼にやってくるのだ。しかし、ゲームではちゃんと1人でここま来たはずだが。
覚えていたセリフが自然と口をついて出た。
「はい。母からあなたに、手紙を預かっています」
ゲームの展開では、胸元に手紙を持っていたはずだ。胸に手を入れてみると、確かに紙の感触がした。唾を呑み込み、その手紙らしきものを取り出して、彼に渡した。彼はそれを受けとると、目の前の椅子に座って読み始めた。しばらくすると、目をつぶって首を小さく振った。
「そうか……。姐さんは……もう」
その声に悲しみが混じる。残念ながら俺にはこちらの母の記憶はないのだが。
「前に……姐さんから、何かあったらお前を頼む、と言われていた。今日からここで暮らすといい」
ベテラン先輩のいい声でそんなことを言われると思わず胸が熱くなる。が、しかし。
……俺はこの妓楼でこのあと、ありとあらゆるエロいシチュエーションを体験することになるのだ!
とはいえ、ここで暮らすしか選択肢がない。とりあえず野垂れ死にを避けるのが先だ……。
「よろしく、お願いいたします」
俺は覚えたての拱手をした。ようやくゲームのはじまりだ。とはいえ、キャラとしてでなくリアルな俺にとっては、とんでもない無理ゲーなのだが。
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