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いざ、サジェット伯爵邸へ!

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「太陽光ではビビリア嬢に負担が、かかるので、実は色んな実験を思い出して使えそうなエネルギー搾取の方法を考えました!」

 翌々朝、サジェット伯爵の館へ向かう前に、執務室で僕の執事服を待つ間にスマホの充電を満タンにしたいと申し出てみた。
 すると、ビビリア嬢と僕の目の前に、エル殿下はこれ見よがしに二匹のネズミの入ったケージを胸を張って取り出した。
 ゲージの中には板が入れられて、回し車とネズミを遮っていた。

「ババーン、と取り出したのがネズミ二匹か?
 エル、ちゃんと説明せい!」
「まあまあ。
 エネルギーを動力と捉えて見たんですよ。
 ネズミは回し車を無駄に回します。
 運動していないと死んでしまう、動物としての性ですね。
 この無駄な動力をエネルギー化するのです。
 回し車とゲージを繋げるところから、銅線を繋げました。
 ビビリア嬢、こちらを握って下さい。」
「こ、こうか?
 本当に大丈夫かぁ?」

 恐る恐る、ビビリアは銅線二本を握った。
 エル殿下はそれを確認して、ゲージの中を遮っていた板を取り外した。
 ネズミ二匹は一目散に、回し車に飛びついた。

 カラカラカラカラカラ。

「うわうわうわっ!
 来るぞ!
 ピリピリしたエネルギー!
 トモエ!
 早くスマホを!」

 僕は慌てながら、ビビリアにスマホの裏面を差し出した。

 カラカラカラカラカラカラカラカラカラカラ。

「おお!成功ですね。
 私の考えは、正しかったようです。」
「太陽光とは逆に弱いが、私の魔力で増幅させることで、ちょうど良い感じで、スマホにエネルギーを調節して送り出せるぞ。
 太陽光に比べたら、快適じゃ!」

 ビビリアの言う通り、充電が一定の速さで進んで、五分くらいで充電が終わった。

「まったく、エルといると退屈せんな。
 魔力の無駄遣いも、遊び心が必要だな。」
「無駄遣いとは。
 効率よくやってるつもりですが、以後気を付けましょう。」
「うむ、私の魔法は最小限に使用するがよい。」

 どっちの位が上なのかわからなくなる会話を、二人は平然としていた。
 偉ぶらない公爵様、魔法を使いたくない魔女、不毛な気もするのは気のせいなのかな。

 そうこうしているうちに、執事服が到着して、僕は着替えて二人に披露した。
 黒とグレーのコントラストの美しいスッキリしたデザインで、あちこちに見えないポケットがあった。

「うわぁ。
 動きやすくてピッタリ。
 思ったより軽い。」
「良かったよ、気に入ってくれて。
 ウチのお抱えの仕立て屋の腕は超一流だからね。」
「ほらほら、早めに婚約発表パーティーに向かうのであろう。
 エルも上着を着て、ほれトモエ仕事だぞ、エルの鞄とお前の身支度の荷物を持て。」
「はい。
 荷物は二つだけですか?
 ビビリア様は、出席なさらないのですか?」

 公爵様お付きの魔女というからには、同席するものだとばかり思っていた。

「あー、面倒!ウザい!時間の無駄!
 我を使う時のみ呼び出せばよいのだ。
 近くにペペットを飛ばせておく。
 我が力を必要な時はぺぺットを使って伝言を。」
「ペペット?」
「白マダラフクロウの名前だよ。
 ビビリア嬢専用の従士ペット。
 私の指笛を記憶してくれてるから、指笛を吹けば来てくれるよ。」
「へぇ~。」

 魔法物の話しでよくあるアレか。
 動物好きだから早く見てみたいな。
 でも、用もないのに見せてもらうのもなんなので、グッと言葉を飲み込んだ。
 
 エル殿下はふんだんにレースが施されたブラウスの上から藍色で染まった重厚で光沢のある上着を羽織った。
 背の高さもあるのだが、黒いブーツに藍色の細目のパンツには金色の刺繍ラインが二本。
 同じく藍色の長めの上着には袖や裾に金色の装飾が施されて、そこから覗くレースが気品を漂わせている。
 髪を纏めるリボンも藍色ながら滑らかな生地を使用していてトータルコーディネートは完璧だった。
 
 これがパーティー時の正装かぁ。
 この顔に言うのはいささか抵抗があるが、惚れ惚れするほどかっこいい!

「おい!トモエ、よだれが出そうなほど口を開けている場合ではないぞ。
 転送魔法陣へ早く迎うぞ。」
「は、はいっ!」

 ボケっとしていた僕をビビリアが叱咤した。
 エル殿下はにこやかにほほ笑んでいた。

 よく、可愛い子の笑顔に天使と呼ぶ人がいるが、エル殿下の笑顔は天使どころか大天使ミカエル様並みに癒される。


 執務室を出て、回廊を通り中庭庭園の中央の開けた場所に、転送魔法陣が描かれていた。
 直径三メートルくらいの円の中には、呪文らしき文字が浮かび上がって紫色の光を放っていた。
 
「あの、これって、誰でも通れるなら泥棒や悪漢も入って来ちゃうんじゃないですか?」
「本当にトモエはポンコツ執事だのう。
 んな事あるわけなかろう。
 個人や役所内の転送魔法陣はちゃんと、規定条件魔法も掛かっておる。
 条件に当てはまらない者は排除される仕組みになっておる。
 誰でも使えるのは公共施設や公共広場の転送魔法陣だけ。
 泥棒さん、ウエルカム!……なんてある訳なかろう。」

 ビビリアは呆れた顔をして、腰に手を当てた。

「すいません。
 勉強になりました。」

 ちょっとだけ凹んだ。
 どこに行っても、僕はポンコツだ。

 パチパチパチパチ。
 
 後ろに立っていたエル殿下が急に拍手をした。

「いやー、よく間違えた。
 それでいい。
 間違うことで知識は深く確実に、脳に記憶が刻まれる。
 分からない事を聞かずに済ませるくらいなら、どんどん質問して間違えたまえ。
 間違うことで、君の知識財産はどんどん増えて行く。」
「エル殿下。」

 マジ大天使!
 会社の上司がこうだったら、きっと皆、馬車馬のように働くのもいとわないだろうに。
 
「まったく、相変わらず他人に甘々だなエルは。
 一見、ナンパのモテ男かと錯覚したぞ。」
「モテないのは、ビビリア嬢もご存じでしょう。
 この歳での独身なのが実状ですから。
 私の趣味趣向を知ると、皆さんドン引きしますから。
 いじめないで下さい。」
「エルは遠目で眺めるのが一番だからの。
 無駄なイケメン公爵。
 ほら、無駄といえば、無駄話もこれくらいじゃ。
 サジェット伯爵の婚約パーティにはアレクも関わっておるのであろう。
 さっさと行け!」
「ではお言葉に甘えて。
 トモエ、こちらに。
 私と同じ一番内側の円内へ。」
 
 僕は恐る恐る、エル殿下が招いた場所に一緒にはいった。
 すると外側の紫の光の円がすうっと、上えへと上がり、エル殿下よりも高い位置で止まった。
 透明な円柱エレベーターに入ってる感じだ。

「ではビビリア嬢。
 留守番頼みましたよ。」
「そう言って毎回、すぐ呼び出す。
 今回は違うことを願うぞ。
 行って来い!」
「行ってまいります、ビビリア様。」
 
 僕が深々と頭を下げた途端に視界がグラリと歪んだ。
 その時エル殿下が小さな紙を紫の光を投げ入れたのが目に映った。



 一瞬の出来事だった。
 周りの景色が、劇場の背景を乱暴に入れ替えたかの様に一変した。
 市場を行きかう人々、馬車、走り回る子供たち。
 瞬きする間もないとはまさにこの事。
 あの紙は行き先を指定していたようだ。
 あまりの状況に目をキョロキョロさせていると、エル殿下が魔法陣か出るようにと、右手を振ってうながしてくれた。

「ここから伯爵家まで、少し距離があるので馬車を調達します。
 ほら、あの馬蹄鉄の看板。
 あれが馬車屋の看板です。
 馬車を借りてきて下さい。
 お金は持たされてますよね。」
「は、はい!
 行って参ります!」

 確かにエル殿下の指さす先に、馬蹄鉄のぶら下がった店があり、店の前に三台程の馬車が止まっていた。

 執事の仕事だ!
 えーっと、馬車屋で馬車をレンタルして。
 多分、前払いだろうな。
 小銭入れを使用人から預かったけど、足りるのかな?
 ここのお金の価値がわからないぞ。

 小銭入れを覗くと、金色の硬貨が二十枚程入ってるだけだった。

 紙幣は一枚も入ってないから、ちょっと不安だな。
 でも、使用人が持たせたって事は、きっと多めなはずだと思うんだけど。


 一抹の不安を抱えながら、僕は馬車屋を訪れた。

「へい、らっしゃい。
 どんな馬車をご希望ですか?
 馬一頭からでも大丈夫ですよ。」

 店の主人の軽快な喋りに、圧倒されつつ、恐る恐るカウンターへと向かった。
 木製の匂い漂う店内に小太りの店主一人だけのこぢんまりとした店だった。

「あの……えっと……馬車を一台。」
「いらっしゃい。
 従者付きですか?無しですか?
 乗る人数は?」
「従者は、えっと……人数はエルトリアル公爵様と僕の二人……で。」
「エ、エルトリアル大公!
 ま、待って下さい。
 二名様ですよね。
 公用馬車を使わないとは聞いてましたが、こんなへき地の伯爵領土に来るとは。
 うちで一番良い馬車を……。」
「あ、待って待って、持ち金で足りるか。
 こ、これしか。」

 ジャラジャラ。

 僕は慌てながら、小銭入れの金貨を出した。

「ひぇっ!
 き、金貨?しかも大金貨!
 あわわ、一枚で十分です!
 あとは納めて下さい。
 お釣りもすぐに御用意します。」

 店主はエル殿下の名前を聞き金貨を見るなり動揺し始めた。
 結局、手元の小銭袋は三倍の重さへと変わって、馬車も従者付きの高級馬車を用意して貰えた。
 ほぼ、僕の力ではなく、エル殿下と金貨のお陰で、スムーズに仕事を完了した。

 エル殿下を呼ぶ為に、僕は店を出た。

「エル殿下!
 馬車の用意が出来ました。」
「わお、上出来じゃないですか。
 では、サジェット伯爵邸へ向かいましょう。
 馬車の中でサジェット伯爵の知識を少し、お話ししましょう。
 そうすれば、馬車の中の退屈な時間も潰せるというものです。」
「本当に退屈するのが嫌いなのですね。
 エル殿下は。」
「そうだな。
 トモエのお陰で退屈が減って、私は助かっているよ。」

 また、エル殿下がポンと僕の頭に手を当てた。
 アレクもビビリアも、エル殿下はモテないと言うけど、僕にはその理由がわからない。
 確かにちょっと変わった人だとは思うけど、それ以上に素晴らしい性格だと思うんだけど。

 馬車屋でレンタルした高級馬車に乗り、僕たちはサジェット伯爵邸を目指した。
 馬車の中は高級をうたってるだけあって、フカフカで柔らかい肌触りの絨毛で、最高の座り心地だった。
 市外に出ると、景色は農園と森だらけになった。

「エルターニャ家の領地はそれほど広くはないんですが、八割が農園なので広く感じますね。」
「そうなんですね。」

 馬車の窓から覗く景色は、自分がいた日本の街中とはえらい違いだ。

「さて、サジェット伯爵の話しをしよう。
 特に親しいわけではないのだが、父親の葬儀の際に一度挨拶をしてね。
 だいぶ田舎だったので領地に足を運んだ事も無いのですよ。
 しかし、顔を記憶していたのと婚約パーティーの招待状を見て、面白そうだと思って出席を決めたのです。」
「一度会っただけで?」
「だからこそ。
 新たな発見は、いつも偶然なる必然ですからね。
 ま、公爵がわざわざ出向く相手の爵位ではないと、周りからは言われるでしょうが。
 でも、理由がなければ簡単に出歩けない私には、好都合の理由。
 そこで、少しサジェット伯爵のエルターニャ家とアマネラルク伯爵のシンドリア家、そしてアマネラルク伯爵の娘であり、サジェット伯爵の婚約者ブリジット嬢について、簡単な噂程度の情報を仕入れてみました。」
「噂……。
 それ、役に立つんですか?」
「役に立つか立たないかは、最後にわかるのですが、情報は多い方が何かと面白いのですよ。」
「今回の婚約は、アレクが言っていた通り、政略結婚と噂されている。
 ここの農園も作物がここ最近不作でしてね。
 サジェット伯爵が何かと他の伯爵家に、融資を打診していたらしいです。
 その為に頻繁に舞踏会やイベント、パーティーに足を運んで交友関係を増やしていたそうです。
 彼は優しくモテるタイプの男性です。
 ちょうど年齢も二十五歳と結婚適齢期。」
「二十五歳で結婚適齢期ですか?
 ヤバい、僕、二十四歳なのに……。」

 と、最後まで言いそうになって口を止めた。
 二十四歳なのに童貞って、この世界じやきっとドン引きだなぁ。
 
「おや、二十四歳?
 てってきり十代末だと勝手に思い込んでいました。
 すいません、もう少し大人の扱いをしなければなりませんでしたね。」
「あ、謝らないで下さい!
 勿体ない!
 童顔なのは自分で分かってますし、その、今までと同じく扱って下さい。」
 
 その方が、僕には合っている。

「そうですか、それでは心置きなく。
 ちなみに私は逆に老けて見られる事もしばしばあります。
 まあ、実際二十九歳といえばかなりの歳なんですが。」

 うわー、やっぱり桂木 聖と同じ歳なんだ。
 
「さて、私の事はさておき。
 サジェット伯爵の噂話しに戻しますと、現在婚約者のブリジット嬢は、かなり浮かれたタイプのようで、ワガママで遊び好きなお嬢様のようです。
 しかし、なんとサジェット伯爵に一目惚れして、交際を彼女から申し出たものの、家柄などの理由から、一旦お断りされた為に逆に燃え上がったとか。
 アマネラルク伯爵は近年急速に成り上がって伯爵の爵位を取得した、もと宝石商人です。
 本来なら、上の地位の者に嫁がせたかったのでしょうが、燃え上がる恋心とは、止められないのが摂理らしいですね。
 まったくの理解不能ですが。」
「僕も未経験なのですけど、素敵な事だと思います。
 他人をそれだけ好きになれるなんて。」
「ふむ、そういう考え方もありますね。
 で、二人の馴れ初めはこんな感じです。」
「ダイヤの首飾りについては聞いてないんですか?」
「それですよね。
 私もどうしようか迷ったのですが、メインイベントじゃないですか。
 あまり情報を前もって知ってしまっても、驚きと感動が薄れそうで……。
 コレはゴシップとは違いますし。」
「……メインイベントは婚約発表の方だと思いますけど。」

 エル殿下と話してると、確かに脱線気味になる。
 アレクは本当にエル殿下に詳しいんだな。
 ちょいちょい、通常とは違う方向に話が行く。

「やはり、家宝は実際に観て感じないと。
 予告カードには婚約発表パーティーの場で、と親切にも指定がしてあります。
 逆を言えば、パーティーが、始まる前までは盗む気が無いんですよ。」
「あ!本当だ。
 全然気にしてなかった。」
「ま、ここらへんを注視しながら、私は家宝を事前に堪能したくて、早めに来たのです。」
「予告カードの犯人探しの為じゃないんですか?」
「事件が起こる前に動いてしまっては、何も楽しみにならないでしょう。
 捜査や謎解きは事件後と決まってます。
 たとえば、ある程度の予測がついていたとしてもです。」
「楽しみ云々じゃない気がするのは、気のせいでしょうか。」
「そこは許して下さい。
 例え、他人には理解出来ない楽しみだとしても、私の唯一の生き甲斐なのですから。」

 やんわりと笑顔を見せられると、もう何もかも許せると思ってしまう。
 エル殿下は僕のツボを押しまくる。

 でも、本当にダイヤモンドの首飾りを盗む悪党が出るんだろうか?
 魔法を使って盗むとかかなぁ。
 だったら犯人探しは、かなり難しくなると思うけど。

 というか、そもそも公爵は刑事でも捜査官でもないのに、事件に首突っ込もうとしてる時点で、周りの方が冷や冷やするもんじゃないのかな。
 あ、でも過去にそういう経験あるから、みんなドン引きしちゃうのか?
 映画の様にカッコいいヒーローとはならないのか。

 馬車に揺られながら、キラキラ光るエル殿下の金髪が眩しかった。
 僕にとっては、ヒーローなんだけどなぁ。

「そうだ、サジェット伯爵邸に着いたら、何枚かスマホで撮りましょう。
 記念に。」
「あ、はい。
 充電もバッチリなので大丈夫ですが、音や光が出るので、あまり他の人の目に触れない時にお願いします。
 一つしかないので。」
「そう言えば、本来は通信機器でもあるのだろう?
 その機能はやはり一つでは使えないのか?」
「はい。
 そもそも、二台あっても根本的解決にはならないと思います。
 写真とか、動画、録音あとはライトとか。
 使える機能には制限があります。」
「録音やライトも出来るのですか?
 いやいや、魔法の様だ。
 すごい凄い!
 私もいずれ、マイスマホが欲しいですよ。
 トモエのお陰で夢が一つ増えました。」

 夢見る子供の様な微笑みで、スマホを見つめるエル殿下に、僕もつられて微笑みを返した。

 そんなこんなで、あっという間に、サジェット伯爵邸に到着してしまった。
 確かに話し相手がいると時間が経つのが、早くてビックリしてしまった。
 
 
 
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