手の届かない君に。

平塚冴子

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冬休み

聖なる夜の王子のお城 その2

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「で、知ってたの?
田宮がケーキ売ってるの。」
久瀬が問いただしてきた。
「えっ…。」
「おかしいだろ。
1人で過ごすのにホールのクリスマスケーキ買いに行くって。」
「いや…牧田にそそのかされて。」
「ふーん。
俺等呼ぶくらいなら、無理やりにでもタクシーで送っていけば良かったろ。」
「彼女がタクシーに乗りたがらなくて…。」
「武本っちやん!
言い訳ばっかはやめようよ。」
「えっ…。何?」
「あんたさ、心のどこかで田宮連れて来たかったんだよ。
周りのせいにし過ぎだっつーの。」
「そんな…。」
否定をしたかったが、僕は迷った…。
「なるほど…ね。
《勉強会》の意味が1つ解けた。」
「久瀬…?」
「あんたが1番見ていないのは自分だ!田宮はそれに気が付かせようとしてたんだ。」
「…!!」
「故意的なのか何なのかはわからない。
見ないようにしてるんだよ、自分の存在を。」
僕が僕を見ていない?僕が僕を知らないとは違うのか?故意的?何の為に。
僕はキッチンの田宮に視線を移した。

僕は…田宮をここに連れて来たかった…?
嘘だろう、だって僕は……。

何度もダメだって心で言ったのに何度も止めようと心でしてたのに。
僕は…あの時…どうしても言いたくなった。
…この夜を他の人に渡したくなかった…。
「あ…!」
僕は思わず口に手を当てた。
「もうちょい見てやんなよ。
自分の事。
せっかくガス抜き出来たのに。
意味ないでしょ。」
久瀬はイタズラっぽく笑うと僕の肩を叩いた。

「ケーキ切りたい!」
いきなり、田宮が子供のようにはしゃぎ出した。
「おっと、その前にロウソクに火を付けて。」
僕はライターで火を付けた。
「安東先輩、電気切って下さい。」
「じゃあ行くよ。」

ピッ。
安東がリモコンで電気を消すと、小さなロウソクの炎が存在感を出した。
「綺麗な炎…。」
田宮が炎の灯りに見とれていた。
そして、僕のその炎の灯りに照らされた無邪気な彼女の表情に魅了されていた。

時間がゆっくり流れる…。

久瀬や安東も安らぎの笑顔を見せていた。
「ほら、クリスマスケーキ初体験なんだろ。
ロウソク消していいよ。」
久瀬が彼女にロウソクを消させた。
「ふぅーっ。」

ピッ。
ロウソクを消して電気をつけた。
「何かクリスマスってよりバースデーケーキみたいだな。」
安東がクスクス笑った。
「バースデーケーキも食べた事ないなぁ。
そういえば…。」
彼女が呟いた。
「じゃあ…来年やろう。
バースデーケーキを買ってお祝いしよう。」
僕は彼女にそう言った。
「…はい。」
彼女は恥ずかしそうに照れながら頷いた。
「じゃあ、その時はちゃんとプレゼント用意しろよ武本っちやん!」
久瀬に突っ込まれた。

「ケーキ入刀!!」
「田宮!それ結婚式の披露宴!違うだろう。」
僕は思わず突っ込んだ。
「武本っちやん。
一緒に入刀してあげたら?
プッははは!」
「面白い子だな。
田宮さんって変わってる。」
そんなバカな会話をしつつ、ケーキを食べた。
こんな楽しいクリスマスは初めてだった気がした。

「あ、飲み物無いや。
コンビニ行ってくる。
安東先輩も行きましょう。」
久瀬がおもむろにに席を立った。
「わかった。」
「えっ…あ、待て。」
僕は慌てて引き止めた。
「心配すんなよ。
戻ってくるよ。荷物置いてあるだろ。」
「すぐに戻りますから。」
そう言って2人はコートを着て出て行った。

「少し、片付けますね。」
田宮は洗い物をする為にキッチンへと立ち上がった。
僕はそっと寝室に移動してワークデスクの上の口紅に手を伸ばした。
デニムのポケットにそれを押し込んでリビングに戻った。

田宮はテーブルを拭いていた。
久瀬達はまだしばらく帰って来ない。
「田宮。左手出してくれ。」
「はい?こうですか?」
彼女は左手をすんなり差し出した。
僕はその左手に口紅をギュと握らせた。
「何ですか…?」
「クリスマスプレゼント。」
「あ、でも私お返し持ってません。」
「えっと…ケーキ貰ったよ。」
「あ…。えっ…と。ありがとうございます。」
「素直に言えたな。」
彼女は口紅の箱を開けて眺めてふと、考え込んでしまった。

「どうした?気に入らないか?」
「いえ…口紅…上手く塗る自信なくて。
先生。
私に塗ってみて下さい。」
「えっ…ちょっとそれは。」
「ダメですか?」
少し斜めに僕の顔を見上げて、おねだりするかのように彼女は言った。

僕はどうしたい?自分を見ろ…?
僕の気持ち…僕は…。

僕は口紅の蓋を取った。
「目を閉じて…口に力を入れないで。
少し開ける気持ちで…。」
僕は彼女の顎を左手で持ち上げた。
ドキドキしていた。
ゆっくりと、彼女の柔らかい口紅に色を乗せて行った。
少し開いた唇が僕を興奮させた。
「ほら出来た…。」
彼女はゆっくりと目を開けた。
紅く色づいた、ぷっくりとした唇が白い肌に映えていた。

彼女は鞄から手鏡を取り出して見ていた。
「ティッシュで押さえるんでしたよね。
確か…色が落ちないように。」
そう言って彼女はティッシュで唇を押さえ始めた。

その仕草が色っぽく…
僕の中のスイッチが入ってしまった。
「田宮…さっきプレゼントのお返しはケーキでいいと言ったけど…やっぱり欲しい。」
「何ですか?欲しいものって?」
彼女は無邪気な笑顔で僕の前に立った。
「…その…口紅を塗った…唇が欲しい…!」
僕は彼女の身体をグッと引き寄せてキスをした。
我慢していた想いを乗せて…。
彼女の手が僕の胸を押した。

「先生…もう…久瀬君達が来ます。」

ガチャ。
「たっだいま~。寒い~!」
「雪すっごいですよ。」
2人はコンビ袋をテーブルの上に置いた。
「あれ…田宮、口紅なんか付けてたっけ…。」
「先生のクリスマスプレゼント。
頂いたの。」
「なんだ。プレゼント用意してたんだ。」
久瀬達はコートをハンガーに掛けた。

久瀬はソファに座る僕の隣りに来て耳打ちした。
「武本っちやん。口元に口紅ついてるよ。」
「…!!」
僕は慌てて袖で口元を拭った。
久瀬はそれ以上何も言わなかった。
からかう素ぶりさえ見せなかった。
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