手の届かない君に。

平塚冴子

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2学期

イタズラな姫君

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後夜祭の後、僕は彼女との保健室での余韻に浸りたかった。
マンションに帰らず、旧理科準備室へと向かっていた。
ブルルル。
携帯のバイブだ。
香苗からの電話だった。
「モッちゃん、今平気?」
「ああ、大丈夫だ。」
「実は…今日。文化祭に行ってたの…私も。」
「えっ…。」
香苗が文化祭に…?
「モッちゃんの好きな人の事を調べようと思って。
でも…そんな感じの人の噂も何もなかった。」
それは、そうだ。
僕らは何ら教師と生徒の関係以外持っていない。
「香苗…前も言った通り、僕が勝手に…。」
「嘘じゃないの…?
私と結婚したくないから嘘言ってるんじゃ…。」
疑心暗鬼にかられてるのか?
香苗の勝手な妄想に腹が立った。
「嘘じゃない!違うんだ…。
僕は教師と生徒の一戦を越えるつもりはない。
彼女は僕を教師としか見ていない。」
「モッちゃん…何か…変わった?
自分から好きになるタイプじゃなかった。
苦しそうだよ。
私といる方がずっと楽にできるよ。」
「それは…。」

…ホラ、カノジョモイッテル
ラクニナロウヨ…モウ、ツライノハイヤダ…。

「ぐっ。」
頭の中で声がした途端、頭が痛くなった。
「モッちゃん?」
「…とにかく、僕の気持ちは変わらない…嫌なら、部屋を出て行ってくれ。」
「一体誰なの?…私からモッちゃんを奪ったのは…?」
「…教えない…誰にも…彼女自身にも…教えないんだ。」
「モッちゃん…私は…諦めない。
でも…部屋は出るわ。
辛そうだもん。ここ1週間のモッちゃん。」
「…判った。」
僕は電話を切った。気分が滅入った。
せっかく、余韻に浸ろうと思ってたのに。

旧理科室の扉を開けた。
電気をつけて、中に入った。
棚にある田宮のスケッチブックを取り出した。
パラパラとめくって観る。

彼女が描いた僕のスケッチがあった。
「あれ、こんなにたくさん描いてたっけ…?」
スケッチの横には小さなメモがいくつか書いてあった。
「寝癖あり…爪伸びてる切ればいいのに…。」
ダメ出しかよ!
「意外と筋肉適度にあり…耳たぶタプタプ…。足の親指の形変!って!」
何だよこれ!
好き勝手に言うな~~まったく。
「変なとこばっか、見やがって。」
意外と僕の事を見ていてくれたんだ。
変なところばかりだけれど…。
さっきまでの滅入った気分が和らいだ。
「もっとマシなとこ見ろよな、ったく。」
左手の包帯に頬を当てる。
彼女への愛おしさが込み上げてくる。
僕の知らない彼女を知りたい。
彼女の知らない僕を教えてあげたい。
叶わないと判っているのに…。

アレ!?今気が付いた…。田宮と久瀬の学校祭に行くって…私服?僕…私服かぁ~。
いつもの服装じゃダサダサかな…。
かと言ってスーツだと休日まで教師?みたくなるし。
せめて、教師っぽい格好はやめようかな…。
何か肩に力が入りそうだし、けど…私服もな…。
僕は意外にも南山高校の学祭を、心から楽しみにしていた。

文化祭の雰囲気も収まる週半ば、矢口が研修を終えていなくなった。
今週末…南山高校の学祭だ。
来週からの中間テストに備えての準備もそこそこに、職員室を出た。
僕のスタイルもある程度定着して、中休みに廊下を移動しても騒がしくなる事は無くなった。
逆に近寄る者が減ったせいで動きやすかった。

僕は旧理科準備室の中窓の小窓から旧理科室の中に人がいないのを確認してから、中扉を開けて旧理科室に足をいれた。
この前、文化祭の夜にスケッチブックを覗き見てから、ちょっとしたイタズラをしてみようと考えたのだ。
とはいえ、危ないストーカーと勘違いされても困る。
可愛くて、見つけても変に怖がられない物を考えて、親指位の小さな天使の置物を棚の隅に置いた。
「さて、何個めで見つかるかな?」
毎日だとさすがに怖いので何週間かおきに1つ置く事にした。
何だか小学生になった気分で、浮かれた。
恋愛とは別のドキドキ感があった。
スケッチブックに勝手な事書かれてんだ、これくらいの仕返しはOKだろう。

僕は旧理科室を後にして、次の教室へ向かおうとした。
保健室前で何やら話し込む、佐藤 ゆかりと山中女史の姿を見た。
壁に隠れて話しに耳を傾けた。
「どうするつもり?佐藤さん。」
「このままじゃダメですか?」
「あのね。
私が黙ってても時間が来れば判ってしまうのよ。
卒業までは待ってくれないわ。」
「両親には、そのうち話します。
でも、今じゃダメなんです。」
「とにかく、私は身体のサポートしか出来ないわよ。」
「はい。」
佐藤 ゆかりは始業チャイムが鳴ったのもあって、足早にその場を離れた。

なんか、意味深な会話だった。ハッキリと聞こえた訳ではなかったが、おそらく予想できた。
佐藤 ゆかりは…妊娠してる。
多分、岸先生の子だろう。
そりゃ、校内でもあんだけイチャつけば可能性はあるだろう。
「しかし…参ったな。」
なんで、こうヤバイ事に直面するんだよ。
清水先生に相談するにも、今や田宮の事で仲は最悪だし。
岸先生に勝手な予想を言う訳にもいかない。
「教師と生徒って面倒だな…。」
つくづく、そう思った。
位置的には近すぎるくらいに近いのに、実際は遠すぎるくらいに遠くて、壁が沢山ある。
僕は頭を悩ませながら、授業に向かった。

「えっ…。機関誌作製?」
「そう。委員会に参加してないやつ1年から2年各1人選任して毎年この時期、中間テスト後から動くんだ。お前のクラスも先週1人決めたろ?」
放課後、職員室でいきなり清水先生から仕事を頼まれた。
「本当は俺がやる予定だったんだが…ちょっとした事態があって、手をつけられそうにない。
代わりにお前がやってくれ。」
「って、僕は経験ないですよ。
仕切る自信はありません。」
「あ~、そこんところは2年の先生に協力してもらって、経験者を揃えてるから大丈夫だ。
簡単なサポートで充分。充分。」
「まったく、清水先生は都合のいい時に僕を使いますね。」
「悪りぃな。まぁ、他の奴よりは頼りにしてるからな。」
「へっ?清水先生が僕を頼りにしてるだなんて!気持ち悪いっす。
なんか企んでませんよね。」
「怯えるなよ!せっかく褒めたのに。
仕事に関しては、お前以上に頼りにしてる奴はいないよ。」
仕事以外はって…やっぱり、田宮の件だよなぁ。
「そこまで、言われちゃ引き受けない訳にも行きませんね。
テニス部は副顧問なので、支障がないですし。」
僕は機関誌の担当を引き受け、資料を粗方受け取った。
予想外に教師が板についてきたのが不思議だった。
田宮に会うまでは…いつ辞めてもいいとさえ思っていたのに。
僕は知らず知らずのうちに、田宮を中心に動いてるんだ。
田宮がいなけりゃ…どうなってたんだろう。
                                                                               
                                                                               
                                                                               
                                                         
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