手の届かない君に。

平塚冴子

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2学期

文化祭デート

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正午、僕と久瀬は1年4組に行った。
もちろん、田宮を迎えにだ。
平常心は装っておかなければ…。
さっきの清水先生視線が気にかかる。
僕は今までの教師の仮面をわざとつける事にした。
今のスタイルに合っていないのもあるが、その方が清水先生や周りの眼を欺ける。
そして、その方が彼女の迷惑にならないであろうと考えたのだ。
そうすれば、故意に彼女から無視される事もないだろう。

「およよ!武ちゃん、イケメン君。
どったの?」
制服に着替えた牧田が教室から顔を出した。
「田宮を迎えに来たんだけど、いる?」
「今、着替えてるから待ってちょ。」
着替えてるんだ…結構あの格好、好きなんだけど。
僕は少し残念な気持ちになった。
「銀子ちゃんはこれからどこ行くの?」
「デートだよ。決まってんじゃん!」
「デート!?お前、彼氏いるのかよ!」
予想外で僕は驚いた。
「武ちゃんは相変わらず、失礼なのね。
こんな可愛らしい女の子に彼氏がいないのおかしいでしょ~!」
「いや、全然。」
僕と久瀬同時に否定した。
「きぃい~~!即答しないでちょ!
じゃあ、まーさ頼んだわよ!」
牧田は少し膨れながら、廊下をかけて行った。

少しして、田宮が教室から出てきた。
やっぱり、制服に着替えていたものの、髪型はさっきと同じだった。
「お待たせ。」
「良かった。田宮が武本っちゃん見てくれるおかげで、俺はデートに行けるし。」
「僕は迷子か?ってデートって誰だよ。」
「ロバ君に決まってんじゃん。
この学校来てるんだし。」
こいつ…また、ウチのロバを食うつもりだな。
ドン引きした僕に久瀬が囁いた。
「ま、僕は信頼してるからね~。
武本っちゃん、くれぐれも理性を無くさないでね~。」
「なっ!お前!」
久瀬は僕の肩をポンと叩いて、行ってしまった。
「田宮、昼飯食ったのか?」
「いいえ、でもさっきのパフェが結構重かったので。大丈夫です。」
確かに。4人がかりでも結構腹にきた。
「じゃあ、僕は基本見廻り担当だから、適当に歩くぞ。」
「はい。」
僕は彼女の半歩前を歩いた。
そっぽを向きながらも、彼女が追いつくようにゆっくりと歩いた。
人通りがかなり増えてきた。
人混みに押れて結構辛い。
田宮もなんとかついて来てるが…。
本当なら手を繋いで歩きたい。
彼女の手を引いて…。
「田宮、大丈夫か?」
「先生こそ、左手気を付けてくださいね。
悪化して私に責任がかかってしまうのは心苦しいですから。」
「ったく、口が減らないな。
可愛くないぞ、そういうの!」
…本当はめちゃ可愛い!
「別に武本先生に可愛いく見られる必要はありません。
元々、美人でもないので。」
「はぁ。まったく。
…僕のケガが心配なら、離れるなよ。
服の端持ってでも。」
「そうですね。
この人混みでは、流されそうですし。
仕方ないですが、ワイシャツの袖を掴ませて貰いますね。」
彼女はそう言うこと、ズボンのポケットに突っ込んでいる僕の左手のワイシャツの腕に手を伸ばした。
内心ドキドキしまくった。
袖とはいえ、彼女と繋がるなんて今まで、あり得なかった。
久瀬の策略に少しだけ感謝した。
顔が緩みそうなのを必至で抑えた。

しかし、人混みもあってかなり暑い。
喉が渇いていた。
「喉、乾かないか?」
「少し…でも大丈夫です。」
相変わらずの意地っ張りだ。
「ったく、僕が喉乾いてんだ!行くぞ。」
僕は飲み物を買いに食堂近くの自販機前にやって来た。
田宮に意見は聞かずに、勝手に2本買った。
聞いてもどうせ、遠慮するに決まってるからだ。
「ほら。飲め!」
1本を田宮に渡した。
「カフェ・オ・レ…。」
「コーヒーの甘いやつだよ。約束してたろ。」
「ああ。でも、お金払います。」
コツン。
僕は田宮のおデコを小突いた。
「あのなー。男が黙って渡した飲み物に金払うなんて、礼儀知らずだぞ。
そういう時は黙って飲め!」
「は…い。」
田宮は缶を開けて恐る恐る飲んだ。
「本当だ…甘い…。」
「全部飲めそうか?」
「はい。」
「よかった。」
僕もブラックコーヒーを一口飲んだ。
なんか、こんな付かず離れずの間隔も捨てたもんじゃないなと、ちょっと思った。
「牧田に彼氏いるんだって?」
「ええ。石井君ですよ。」
「石井って…映像研究部の!?」
「そうです。結構前からですよ。」
「はは。なるほど。」
どおりで、田宮が石井の頼みを聞いて、久瀬を誘った訳だ。
「…お前はいるのか?」
ついでに、聞いてみた。
牧田の事なんかよりこっちが知りたい。
「彼氏ですか…。
いる訳ないじゃないですか、こんなの。
誰だって遠慮しますよ。
私みたいなのは…。」
「本当に…そう、思ってるのか?」
捻くれもここまでくると、すごいな。
「私、物事を見る角度が、他の人とは違うんです。
先生なら…判るでしょ。」
「あ、ああ。」
確かに、理屈っぽいというか…。
死の世界を歩く彼女と、周りの人間との世界には大きな壁があるという事か?
「武本先生は素敵な彼女さんがいて幸せですね。」
「…いや。幸せって…。」
言葉に詰まった。
僕は香苗よりも…ずっと…ずっと、君が好きなんだ。
どんなに他の人に非難されても…。

一休みを終えると、僕と田宮はまた見廻りへと移動した。

しばらく見廻りをしていたが、さすがに2時を回ると腹が減って来た。
「やっぱ、腹減って来ないか?」
「そうですね。でも何処も混んでるようですから…。」
急にソースとマヨネーズと鰹節のいい香りが鼻をかすめた。
「たこ焼き好きか?」
「えっはい。」
僕はたこ焼きをやってるクラスに入りたこ焼きを一箱、アメリカンドッグ2本を購入した。
「屋上で食べるぞ!」
僕らは飲み物も自販機で購入して屋上に行った。

本来、屋上は現在立ち入り禁止になっているので誰もいなかった。
僕は彼女と2人で買って来た、たこ焼きとアメリカンドッグを食べるために、腰を降ろした。
「ほら。ちゃんと食えよ。」
僕はたこ焼きを開け、彼女に差し出した。
「はい。いただきます。」
さっきの件があったせいか、素直にたこ焼きに手を伸ばした。
「ふぅ。ふぅ。あっつ。」
「あれ、田宮、猫舌?」
彼女は少しだけ、恥ずかしそうに頷いた。
こんな表情するんだ…可愛い。
「…そうです。」
「なんかイメージない。
熱いの平気そうなんだけど。」
「冷たいのもあんまり。
極端な温度に弱いんです。」
「へぇ。田宮の弱点だな。」
「弱点ってそんな。大袈裟。あっつ。」
なんか、普通の女の子の1面が見られたのが嬉しかった。
田宮の新しい1面が…。

「大人って…大変ですか?」
彼女がおもむろに、僕に質問してきた。
「ま…大変といえば大変だが…。」
「例えば…沢山の経験を経た10歳の子供と流れるように成長した20歳の大人…。
年齢よりも…時間よりも…経験の内容の濃い方が大人だと、思いませんか?」
「それは…お前自身の事か?」
「ふふふ。」
彼女は笑うだけで、それ以上は答えなかった。
彼女の心の傷は深い…。
僕が彼女に近いという実感はない。
しかし、田宮も久瀬も清水先生さえも近いと感じている。
確かめるすべはないのか…確かめる…。
「…田宮…まだ、お前は死にたいのか?」
「ええ…そうですね。
死にたい…というか…別の世界に行きたいというか…。」
本当に僕は君に…君はすぐ側にいるのか…?

「…僕と一緒に死んでくれと言ったらどうする?」
試してみた…彼女の反応がどう出るか…。
「…やっぱり合わないな、先生は意地悪だわ…。」
彼女は笑顔だった…けれど…哀しくて仕方ない顔に僕には映った。
「…悪かった。冗談だ。」
切なかった。
彼女にそんな表情をさせた僕は、後悔した。

『ダメだよ…こっちに来ちゃ…ダメだよ。』

あれは、本当に彼女の言葉だったんだ。彼女は生と死のボーダーラインから、僕を押し戻そうとしていたんだ。

僕は何故死にたいんだ?
僕は何故自分の事なのにわからないんだ…?
君には僕の本当の姿が見えてるのに…僕は、僕自身が見えていない…。

「先生、そろそろ左手の湿布取り替えに行きましょう。
悪化されたら困るので。」
「…そうだな。」
僕と田宮は屋上を後にした。

保健室へ行き、田宮に湿布の交換をしてもらった。
「まだ、痛みます?」
「少しな。大した事はない。」
「今日は久瀬君に言われたから付き添いましたが、明日は湿布の交換だけでいいですか?」
「構わないよ。」
「交換終わりました。
では、これで私は戻りますね。」
田宮はそう言うと保健室のドアを開けた。
「田宮…。」
「何か?」
「…勉強会…ありがとう。」
「……なんのことでしょう。
わかりません。」
彼女はそのまま、保健室を出て行った。

1つ1つ、ゆっくりでいい…整理して考えよう。
勉強会の件、僕自身の件、久瀬の話し、清水先生の話し…。
そして…頭に響く声。
香苗の事…。
僕の頭ではすぐに答を出す事は難しい。
でも、ヒントは絶対にあるはずなんだ。
答えはきっと…僕の中にある。




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