手の届かない君に。

平塚冴子

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2学期

ヘタレ王子と牧師の罠

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そろそろ、文化祭の準備が始まる。
とはいえ、特進クラスはそれなりに簡単で、参加者全員によるディベート大会と言う事で大した準備は必要なかった。
さすが、学業重視のクラスだ。
それに比べて、一般クラスは大騒ぎ。
お祭り騒ぎだ。
おそらく今朝、田宮が作っていたのも文化祭の何かだろう。
「4組は文化祭、何やるんですか?」
職員室で新聞片手にコーヒーを飲んでいる清水先生に聞いて見た。
「あん?ん…教えない。」
「何すか、もう。僕には何も教えてくれないんですね。」
「そう、拗ねるなよ~。
ふくれっ面って、子供かよ!
楽しみにしろって事だよ。」
「楽しそうですね。」
「ま、それくらいしか一般クラスの活躍の場がないからな。
何だ?羨ましいのかよ。」
「別に…。」
ちょっと羨ましかった。
田宮とお祭りの雰囲気を味わえる、清水先生が羨ましかった。
「矢口ですが…、午後から一般クラスの文化祭準備に貸し出しましょか?
3組は大した準備はいらないので。」
「ああ、そうだなぁ。
借りようかな、人手不足だし。
何なら、お前でもいいぞ。」
「そうですね。手が空いたら手伝いますよ。」
文化祭の手伝い…。上手く行けば田宮に近づく事が出来るかもしれない。
そんな下心もあった。

「武本先生。文化祭の日は、うちのクラス特に忙しくないから、デートして下さいよ。」
3組に入ろうとした僕の腕を葉月結菜が強引に引っ張り耳打ちした。
「葉月!諦めろって言ったろ。
いい加減にしてくれないと僕も、それなりの態度を取らなきゃならなくなるぞ。」
「生徒のお願い聞いて下さいよ。」
勘弁してくれ、岸先生の件もあり、僕はそういう噂が立つ事に慎重になっていた。
「お前はお前の本当に好きな人を作れ。
憧れなんかじゃなくな。」
葉月の腕を振り払い、教室に入った。
葉月の痛い視線をガン無視して、僕はホームルームを始めた。

「文化祭の役割分担と段取りを今日一日でまとめる。
効率よくお願いする。
主導は学級委員長、よろしく。」
僕は、それだけ言うと生徒に丸投げした。
生徒に全てを任せ、教室を出た。
自分のクラスをないがしろにする罪悪感はあったものの、その場にいても結局何も出来ないのは判っていた。
僕は職員室に戻ると、ネクタイを外し、腕まくりをして、ボタンをひとつ開けて、清水先生のいる4組へと引き返した。

「武ちゃん、大丈夫だったのー?」
僕の姿を見るなり牧田が駆け寄ってきた。
「お前の毒のせいで天国まであと100メートルだったよ。」
笑いながら、頭をポンポンと叩いた。
「ごめんチャイ!今度借りは返すからね~。」
4組の室内はザワザワしていて、大きな道具やら雑貨やらが広げられて、各自作業に従事していた。
キョロキョロしたが、矢口も清水先生もどこかに移動しているようだった。
あれ…田宮もいない…?
「牧田、その…清水先生とかは…。」
「ああ、真朝ね。」
「おい!」
わかってたら名前を口に出すな!
妖怪恋愛アンテナ!
思わず、突っ込みを入れてしまった。
「シミ先が連れてったよ。
矢口ちゃんも一緒に。」
「どこ行ったか判るか?」
「さあ~。すぐ戻るとは言ってたけど…。」
清水先生と矢口と田宮…。
接点がありすぎるだろう。
僕は4組を飛び出し、校内を探してみる事にした。

しばらく走り回ったものの、見つからなかった。
仕方なく、4組に戻ってみると、矢口が戻っていた…しかも上半身裸で!
「な!」
「あ、武本先生。手伝いに来てくれたんですね。」
矢口の目の前にはタオルを持った田宮が…。
「その…格好は?」
声を震わせながら聞いてみた。
「いや~絵の具の乾いてない板の上に思い切り転んでしまって。
ワイシャツやら身体やら汚れたので、真朝ちゃんにシャワー室に付き合ってもらって…。」
「シャワー室って…。」
「ワイシャツも洗ってもらって、今乾かしてるところです。ははは。」
はははじゃねー。なんか羨ましい!
僕だって、シャワー上がりの身体拭いてもらいたいよ。くそっ。

アレ?清水先生は…?
「清水先生は一緒じゃ…。矢口?」
「途中でいなくなりました。
……武本先生ちょっといいですか?」
「何だよ!」
ヤキモチでイライラしながら矢口に付き合って廊下の端に移動した。
「清水先生からこの前も変な事、頼まれまして…。」
「変な事?」
「僕に、なるべく真朝ちゃんの近くにいろとか、武本先生が近づいたら真朝ちゃんと仲いいところ見せろとか?
さっきも急に若い2人で行って来いって、いなくなっちゃって。
別に真朝ちゃんは妹みたいなだけなんですけどね。」
「あんの、クソ牧師!」
単に僕を怒らせたいだけで…。
そんなに僕と彼女を近づけたくないってか?
ふざけやがって!
「武本先生。怖いですよ。
何かあるんですか?真朝ちゃんと…。」
「な、何もねぇよ。気にするな。」
僕は、半ギレのまま4組に戻った。
教室で田宮は牧田とボードの大きさを測っていた。
四つんばいになってる彼女の姿がミョーに色っぽい感じがした。
スカートの中が見えそうだ。
ダメだろー!その格好は!
「田宮、貸せ僕が測る。」
「あ…。」
奪うようにメジャーを取ると、無言でボードを測りだした。
「先生、じゃあこことここも…。」
田宮の方から顔を近づけてきた。
ドキドキした。
あのキスの顔を思い出してしまう。
自分の顔が赤くなるのを、なるべく気づかれないように顔を伏せながら測って行った。
言葉はなかったけど…僕はすごく楽しかった。
「先生、さっきまで走ってたんですか?」
「え、ああ。」
必死で君を探し回ってた…。
「汗が…ボードに落ちちゃいますよ。」
「!!」
彼女は自分のハンカチをポケットから取り出して僕のひたいと頬を拭いた。
うわぁ。ち、ちょっと心の準備が…。
「使って下さい。もう1枚持ってますから。」
「あ、すまない。」
僕はハンカチを受け取った。
柔らかなフローラルの香りがする。
牧田がニヤニヤしながら僕の顔を覗いた。
「何だよ!自分の仕事しろよ。」
「武ちゃん、可愛い~きゃはは。」
「うるさい!」
顔に出てるのかな。僕は彼女のハンカチで口元を隠した。
僕はまた、更に彼女を好きになっていた。
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