手の届かない君に。

平塚冴子

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1学期

彼女の反応、僕の動揺。

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いよいよ7月が過ぎて期末テストも終わり、今学期も2日で終わる。
あれから、彼女との接触も無く、久瀬とも会っていなかった。
放課後の彼女にも特にアレ以来変化はなかった。本を読んでいたり、スケッチブックに絵を描いたり、イヤホンで音楽を聴いたり。旧理科室の彼女は静かに独りを楽しんでいるようだった。
                                                           
正直、僕は焦っていた。
夏休みに入ってしまうと、チャンスは更に遠のいてしまう。
こういう時、自分が担任じゃないのが悔やまれる。
恨めしそうな顔をしていたのか清水先生に突っ込まれた。
「なんだよ。その顔は嫉妬かよ!」
「いえ、別に…。
今日は全学年による学期末大掃除ですが、僕の担当はどこですか?」
学年末の特別室などの大掃除。
この学校特有だろうが、学年ごとの交流、共同作業も兼ねて行われる為一ヶ所の掃除場所に複数のクラスの生徒がランダムに振り分けられている。
教師は自分の担当場所の監視をする。
コレもランダムに決められている。
「お前の担当は三階の渡り廊下と図書室だ。」
清水先生は割り当て表を渡してくれた。
「岸先生は放送室と相談室、清水先生は…ちょっとまて!男女更衣室って!」
「いいだろ~。神のお導きです。」
十字架を掲げて僕に自慢した。
「変なとこにカメラとか設置したら魔界に落ちますからね。このエロ神父!」
冷ややかな眼差しを清水先生に浴びせた。
                                                          
掃除となると白のワイシャツを汚したくないな。
僕は白衣を着て担当場所へと向かった。
とりあえず、僕は三階の渡り廊下の監視をした。掃除といっても単なる廊下なので、あっという間に終わってしまった。
「じゃあ、先生は次の担当場所に移動するから、後はゴミ捨てて他の場所手伝うなり時間まで各教室自習するなりしろ。」
やる気のない声で指示を出し、図書室へと向かった。
                                                             
薄暗い図書室の中で数人の生徒がわらわらと動いてる。
ドン!
ドアを開けた途端何かにぶつかった。
「ごっめーん!本が重くてよろけたの!って武ちゃんか。
なーんだ。謝って損した感じ~。」
小さくて視界に入らなかったが、牧田銀子だった。
「ちょっと!何武本先生にワザとぶつかってんのよ!」
キィキィと甲高い声で葉月結菜が叫んだ。
「ワザとな訳ないじゃん!バーカ!」
「バカは一般クラスのあんたでしょ!」
相変わらずの犬猿の仲だった。
牧田は葉月を無視して僕の方を興味津々で見上げた。
「武ちゃん、その白衣カックイイ!ねっ!チョット脱いで貸してよ。」
「は?別にいいけどお前、掃除は…。」
「えいっ!」
言うか言わないかのうちに白衣を剥がされた。
手際良すぎだろ!小さいのに!
「あっれ~。大きすぎ~。
床に着いちゃう。ダサダサじゃん。」
「だったら、サッサと返せ…。」
「まーさ~。ねぇ白衣着て見せてよ~。
真朝は身長高いからきっと似合うよ!!」
田宮真朝がここに…!!
薄暗い本棚の間から、田宮は本を抱えて出てきた。
「まだ、本棚の整理が終わってないんだけど。」
「いいから、いいから。」
牧田は彼女に白衣を着せ始めた。
「あんた達!ふざけるのもいい加減にしなさいよ!」
顔を赤くして怒鳴る葉月を牧田はガン無視した。
「ほい!やっぱり~似合うよ!天才科学者みたい~武ちゃん!眼鏡かして!」
「おい!こら!」
牧田は僕の眼鏡を瞬時に奪うと、田宮に掛けた。
                                                             
息を呑んだ…。
牧田の言うとり、白衣姿は白い肌にポニーテールの彼女に予想以上に似合っていた。僕の眼鏡も…。
言葉にならなかった。
僕の白衣を着て、僕の眼鏡を掛ける彼女を見るなんて想像もしてなかった。
「コスプレじゃないんだから!脱ぎなさいよ!」
ヒステリックな金切り声で葉月が彼女から眼鏡と白衣を引き剥がす。
葉月から白衣と眼鏡を受け取った。
今さっき、彼女が身につけた白衣を羽織り、眼鏡を掛けた。
「おいおい、葉月もくだらない事で揉めないでくれ。牧田も遊んでないで早く掃除を終わらせてくれ。」
僕は葉月を何とかなだめ、掃除を再開させた。
                                                            
田宮は本の整理を再び始めた。
165cmくらいだろうか。女生徒にしては高い方の身長の彼女は脚立を使わず、背伸びをして本を収納していく。
彼女の手が急に止まった。残り数冊というところで手が止まった。
どうやら、数センチのところでしまえない本があるようだ。
僕は、後ろから彼女の持つ届かない本に手を添えて本を収納した。
「こういう時は、教師でも使うもんだ。」
彼女のポニーテールが僕の唇をかすめる。
シャンプーの香りが広がる。
冷静を振舞っていたものの、内心は心臓の鼓動は激しく鳴っていた。
「…ありがとうございます。」
彼女は困惑した表情を浮かべた。
「あと、何冊?」
「3冊…。」
彼女の代わりにその3冊の本をしまっていった。
ふと、あの時間が止まった感覚が蘇った。
何故だろう…出会った時から、彼女との間に流れるこの感覚…。
穏やかで緩やかな2人だけの時間の流れを…心地良く感じる…他の誰にも感じた事はなかった。
この時、僕は葉月の視線に気がつかなかった。僕らを見つめて歯ぎしりする葉月の視線に…。
                                                          
掃除をほとんど終えて、牧田、田宮、葉月以外の生徒はバラバラと図書室を出ていった。
牧田と田宮は空気の入れ替えで開けた窓を閉め、カーテンを閉める作業をしていた。
「武本先生…ちょっと…。」
葉月が僕の袖を引っ張り、本棚の陰に呼び出した。
「何だ?何か、まだやってない仕事が……!!」
葉月の腕が僕の首に回されたかと思うと、唇を重ねて来た。
すぐに跳ね除ければよかったのに、あまりの事に思考回路がマヒして5秒くらい固まってしまった。

「戸締り終わりました。失礼し…。」
「お~~っと。こりゃスクープじゃん!な~んて、武ちゃんもやっぱり、男だね~まったく。」
牧田がクスクス笑いながら冷やかす。
僕は…茫然とした…田宮真朝が…彼女が見ていた…!
「銀ちゃん、帰りましょう。」
彼女はスッと気を使い、図書室を出てしまった。
嘘だろー!なんて事にー!
「違う!違う…んだ!」
「きゃ。先生!待って。」
僕は葉月を軽く突き飛ばし、一目散に図書室の外に出た。
勘違いされたくなかった…。
見られたくなかったあんな姿なんて、彼女にだけは…!

「田宮!」
「!?」
田宮と牧田が足を止めて振り向く。
「その…違うんだ!葉月がいきなり!そういうんじゃ…。」
思わず、田宮の右手首を掴んで引き寄せてしまった!
言葉が上手く出て来ない!!
パニック状態で白衣のポケットに手を突っ込むとイチゴミルクキャンディーがいくつか入っていた。
大学時代からの癖だった。
物事を考えるのに、脳に糖分補給するために常に飴を入れておく癖。
「コレ…。」
つい言葉に詰まり、キャンディーを手渡してしまった。
バカ~~!!
「口止め料…?。そうね。噂されたら先生も困るしね。銀ちゃん、これで手を打ちましょう。」
え?ええ~??予想外の展開になった。
そういう展開ってありかよ~~!!
「しゃーないな。
キャンディー1個なんて安いけどね~。」
2人はキャンディーの包みを開けて口の中に入れた。
「んっまい!」
牧田は子供のようにはしゃいだ。
「本当…おいしい。」
小さくて赤い唇に滑り込むキャンディーがとても艶っぽく思えた。
彼女から穏やかな笑みがこぼれた。
僕は言い訳をする事さえ忘れて、ただ彼女が立ち去るのをみつめた。
                                                            
胸のモヤモヤが熱をおびて熱い…。
奥の方が苦しくて、かすかに呼吸するのがやっとだった。
後ろで、葉月が何か言っていたが、僕の耳には全く入って来なかった。
自分がこんなに動揺するなんて、夢にも思わなかった…。
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