忘却の魔法

ナンバーズ

第17話

午後８時。
俺は（株）スクールメンタルケアに滑り込んだ。

はぁ、はぁ、はあ～～っ！
「おや？梶、今日は帰らないんじゃなかったんですか？」
事務所の鍵を掛けながら金井がこちらに気がついた。
鈴は金井の陰に隠れてる。

「ほらよ！約束のケーキ！」
俺は息切れしながら、買ってきたケーキの箱を突き出した。

タッタッタッ。
鈴がケーキに釣られて寄って来た。
ケーキの箱を手に鈴はジッと俺を見た。

「あんがと…梶…。」

鈴はとびきりの笑顔をケーキの箱越しに見せた。

クシャクシャ！
「探し回ってやっと見つけたんだから大事に食えよ！」
「ふにぃ～。」
俺は鈴の頭をクシャクシャに掻き乱した。
「これは…クイーン・ベルガモットのガトーショコラですね。
梶にしてはセンスがいいですね。」

金井がケーキの箱を覗き込んだ後、俺を見て笑った。

なんだろう…くすぐったくって、恥ずかしくて、嬉しくて、楽しくって…暖かい…。

鈴が俺と金井を交互に見る。
金井が俺と鈴を交互に見る。
俺が鈴と金井を交互に見る…。

30年生きて来た中で、一番の幸せを噛み締めた。
たかがケーキでこんなに心が満たされるなんて…。