上 下
279 / 280
王子の眠る白い城

第15話

しおりを挟む


 薄暗い北階段を足音が響かない程度に、上って行くと、2階は1階とは異なって、まだ廊下も明かりが点いていた。 
 ナースステーションから職員の会話の声も、少しばかり響いていた。
  階段の壁に身を潜めながら、奈落が様子を伺った。

 「おい、下手に動揺するなよ。
 万が一、声を掛けられても、平常を装え。
 看護士になりきれ。」

 人差し指を口に当てながら、奈落が呟く様に言った。

「ん、わかってる。
 話し掛けられなきゃ、大丈夫。」
「今のところ、廊下を行き来する人も居ないみたいだし…ナースステーションも、爺さんと話し込んでるみたいだし、こっちをそれ程、意識しないだろう。
 さ、行くぞ!」

 奈落と僕は2階に上がり、襟を正すと、背筋を伸ばして、廊下を歩き出した。

 「誰も居ないんじゃあ。
 知らない奴が部屋に入り込んで、怖いんじゃあ。」
「田中さん、ここは病院なんですよ。
 部屋は大部屋の病室で、仕方ないのよ。
 午前中に、ご家族がいらしたでしょ。」
「怖いんじゃあ…寂しいんじゃ…。」

 ナースステーションの前を素知らぬ顔で、通り過ぎようとした時、患者と思われる首にコルセットをした爺さんと看護師の会話の内容が、耳に流れ込んで来た。
 ナースステーションのカウンターの隅っこで、薄暗い白髪頭のラクダ色のパジャマを着た爺さんは、キョロキョロ、ブルブルと落ち着きなさそうにしていた。
 看護師は相手をまともにする気は無いのか、あしらう口調と素振りを見せた。
 
 無意識だった…。
 足が勝手に爺さんの方へと向かった。

「あ、へっ?有村?」

 奈落が僕の腕に手を伸ばしたが、届かなかった。

 ナースステーションの看護師が、こちらに気が付いた。

 「あら、ちょうどいい所に。
 この、患者さんを病室に送ってくれる?」

 よく見ると、看護師の帽子に二重の線が入ってる。
 確か、ドラマとかで、この二重線は婦長さんだとか…。

「は、はい。
 …あの、どの病室に…。」
「208号室の大部屋、ほらそこの曲がり角の。」
「わかりました。
 じゃあ、案内して来ます。」

 呆然とする奈落に、ゴメンと謝りのポーズをしつつ、僕はその爺さんを部屋へと誘導した。

 「えっと…田中さん?
 行きましょう。
 今は休む事が必要な様ですよ。
 家族が迎えに来てくれる時に、元気な姿を見せなきゃ。ねっ?」
「あ、お、おお?清介か?
 なんじゃ、もう寝る時間か?
 ああ、そうかそうか。
 明日はまた、川釣りに行かねばならないの。」

 少し、ボケてるのかな。
 家族の誰かと僕を間違えてるみたいだ。
 それなら、そのまま病室に連れて行こう。

 僕はギュッと爺さんの手を両手で握り、腰をかがめて視線を合わせた。

「お爺ちゃん、明日の為にも早く寝よう。
 僕、楽しみにしてるんだ。」

 田中さんは僕の顔をジッと見て、目を細めた。
 そして、優しく微笑んだ。

「ワシも楽しみじゃ。
風邪引かんようにせにゃならんの。」

 田中さんは素直に僕の手を握り返して、病室へとついて来てくれた。
 ゆっくりと田中さんをベッドまで送り届けた後、僕は急いで小走り気味に、奈落の元へ戻った。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

【完】あの、……どなたでしょうか?

桐生桜月姫
恋愛
「キャサリン・ルーラー  爵位を傘に取る卑しい女め、今この時を以て貴様との婚約を破棄する。」 見た目だけは、麗しの王太子殿下から出た言葉に、婚約破棄を突きつけられた美しい女性は……… 「あの、……どなたのことでしょうか?」 まさかの意味不明発言!! 今ここに幕開ける、波瀾万丈の間違い婚約破棄ラブコメ!! 結末やいかに!! ******************* 執筆終了済みです。

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

裏切られた令嬢は死を選んだ。そして……

希猫 ゆうみ
恋愛
スチュアート伯爵家の令嬢レーラは裏切られた。 幼馴染に婚約者を奪われたのだ。 レーラの17才の誕生日に、二人はキスをして、そして言った。 「一度きりの人生だから、本当に愛せる人と結婚するよ」 「ごめんねレーラ。ロバートを愛してるの」 誕生日に婚約破棄されたレーラは絶望し、生きる事を諦めてしまう。 けれど死にきれず、再び目覚めた時、新しい人生が幕を開けた。 レーラに許しを請い、縋る裏切り者たち。 心を鎖し生きて行かざるを得ないレーラの前に、一人の求婚者が現れる。 強く気高く冷酷に。 裏切り者たちが落ちぶれていく様を眺めながら、レーラは愛と幸せを手に入れていく。 ☆完結しました。ありがとうございました!☆ (ホットランキング8位ありがとうございます!(9/10、19:30現在)) (ホットランキング1位~9位~2位ありがとうございます!(9/6~9)) (ホットランキング1位!?ありがとうございます!!(9/5、13:20現在)) (ホットランキング9位ありがとうございます!(9/4、18:30現在))

異世界転生目立ちたく無いから冒険者を目指します

桂崇
ファンタジー
小さな町で酒場の手伝いをする母親と2人で住む少年イールスに転生覚醒する、チートする方法も無く、母親の死により、実の父親の家に引き取られる。イールスは、冒険者になろうと目指すが、周囲はその才能を惜しんでいる

ブラックベリーの霊能学

猫宮乾
キャラ文芸
 新南津市には、古くから名門とされる霊能力者の一族がいる。それが、玲瓏院一族で、その次男である大学生の僕(紬)は、「さすがは名だたる天才だ。除霊も完璧」と言われている、というお話。※周囲には天才霊能力者と誤解されている大学生の日常。

こども病院の日常

moa
キャラ文芸
ここの病院は、こども病院です。 18歳以下の子供が通う病院、 診療科はたくさんあります。 内科、外科、耳鼻科、歯科、皮膚科etc… ただただ医者目線で色々な病気を治療していくだけの小説です。 恋愛要素などは一切ありません。 密着病院24時!的な感じです。 人物像などは表記していない為、読者様のご想像にお任せします。 ※泣く表現、痛い表現など嫌いな方は読むのをお控えください。 歯科以外の医療知識はそこまで詳しくないのですみませんがご了承ください。

放課後オカルトばすたーず!!

サイコさん太郎
キャラ文芸
下校の時間だ!逢う魔が時だ!帰りたい!帰れない!なんか居るし! 神無川県 多魔市の高校に通う、米斗 理(こめっと おさむ)彼は下校途中たまに宇宙人にアブダクションされたり、妖怪に追い回されたり、UMAに靴を奪われたりする、ごく普通の一般的な男子高校生だ。 頼りになる先輩、水城 英莉(みずき えいり)と共に放課後に潜む様々な謎に挑む!!

処理中です...