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第13章「ずっと、俺だけを見ていてほしいんだ」
トリプルデート 桜十葉side
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今日は、私の19歳の誕生日だ。条聖学院での幼児部から高等部までの教育課程を終えた私は、首席として卒業した。私は大学部まで進学は出来ない。
なぜなら、両親の経営する会社の正式な見習い社員となるからだ。社長の娘だからと言って、甘えることは許されない世界に私はこれから飛び込んで行く。
高校2年生、3年生では私の親友である明梨ちゃんと朱鳥ちゃんと同じ特進クラスだった。3人で毎日仲良くお喋りをしたり、偶に遊びに行ったりした。
そして真陽くんとも友達のまま、変わらずに喋ることが出来ていた。
私はこの3年間、裕翔くんの家から条聖学院まで登校していた。体を重ねることも、一緒にお風呂に入ることも1度もなかった。
だけど、私たちの絆は3年前よりもより強硬なものとなり、愛おしいと思う気持ちも倍増した。
「桜十葉。今日の夜、ホテルのディナー予約してるからね。あと桜十葉にドレスも買ったよ。あと沢山プレゼント用意してる」
裕翔くんはきっと、サプライズというものを知らないのだろう。裕翔くんの家の大きなリビングの机で、ニコニコとした表情でそう話す裕翔くん。
「え、そうなの……!?え?ど、ドレス…!?悪いよ…」
私はさっきからこんな調子で吃(ども)り続けている。
「ううん、安かったんだから大丈夫だよ。それに、俺が桜十葉に着てもらいたくてプレゼントするものなんだから」
裕翔くんの言う“安い”は宛にならない。今月に入ったばかりなのに裕翔くんの口座から1000万円以上が消えていたんだけど、その件は後でしっかりと問い詰めなければ……。
いくら金持ちだからと言って、お金に対する有り難みを失ってはいけない。
私はそう、両親から教えられてきた。
「ありがとう…」
でも、裕翔くんが私のためにしてくれたことだと思うとどうしようもなく、嬉しい。裕翔くんもそんな私を見て、嬉しそうに笑った。
今は時計の針が正午を指そうとしている。これから裕翔くんと一緒にお昼ご飯を作って、一緒に食べて、裕翔くんが通っていた黒堂高校に行く予定だ。
「桜十葉ー、卵ってまだあったっけ?あ、高級なやつね」
裕翔くんはリビングのキッチンに向かって、大きな冷蔵庫を開けた。
「うん、ちゃんとあると思うけど」
私がまだ高校生だった時は、朝食から夕飯まで全部一流のシェフさんたちに作ってもらっていたが、私も今では卒業して時間に余裕が出来た。
両親の方の会社もまだ本腰というわけではないから、めちゃくちゃ忙しいというわけでもない…。
だが、…ここにも悩みはあった。
「裕翔くん、……。調理場があるのにどうしてわざわざ高すぎるキッチンを作らせたの。しかも、一流の職人に……」
高校を卒業してから気づいた。いや、もっと早く気づくべきだった。
裕翔くんは驚くほどに、金銭感覚が死んでいる……。
「え?だって桜十葉とこれから一緒に料理が出来るのに手を抜くなんておかしいじゃん。俺は何だって完璧がいーの」
子供のようにそう反論する裕翔くんに、私は思わずため息を吐く。
「はぁ……、その冷蔵庫も!何でそんなアメリカの金持ちが使ってそうな大きすぎる物を買うの!?お金に謝って!」
せっかくの誕生日なのに、こんなに裕翔くんに強く当たる私って、どうなんだろう…。
私はお嬢様としてこれまで生きてきたけれど、お金を使う機会もそんなになかった。欲しい物も買いたい物もあまりなくて、……。
それに私は、両親からお金は大事に扱いなさいと常に教えられてきたのだ。
長く一緒に生活していると、必ずどこかで衝突が生じてしまう。それはカップルにとっては絶対に避けられないことだ。
ただ私たちの場合、それが金銭感覚だったということ。
「うぅ、……桜十葉、俺に当たり強くない?俺、楽しみだったんだ……桜十葉と一緒に料理できるの…」
裕翔くんは、しゅんとした子犬のように耳を垂れて項垂れているようだった。
「ねぇ、桜十葉…。俺、お金いっぱい使っちゃうのちゃんとやめるから、だから許して…お願い」
そんな死にそうな顔をして、潤んだ瞳を向けられたらさすがの私も良心が痛む。
ず、ずるい……っ!そんなに可愛い顔をされてら、すぐに許してしまいそうになる…!
「ぐ、ぅ…。今回だけ、許します。でも今度からは私に言ってからお金を使ってね」
私は裕翔くんの居るキッチンまで歩いて行き、俯いていた裕翔くんの頭を優しく撫でた。
裕翔くんはそんな私の言葉に途端に笑顔になり、嬉しそうに抱きついてきた。そして、私の頬にすりすりと頬ずりをする。
「もぉー、やめてよ。重い…!」
「俺の愛は体重よりも、もっと重いよ?」
不敵な笑みを湛えて、私の髪を梳くってそこにキスを落とした裕翔くん。
多分普通の男の人が言ったらすごくくさい言葉だと思うのだけど、裕翔くんが言ったらやっぱり違った。どこかの帝国の王子様じゃないかと本気で疑ってしまうほど、格別だった。
「ひ、裕翔くん……ご飯作ろっか?」
「うん、いいね。でも俺、先に桜十葉のことが食べたい」
裕翔くんは突然、私の腰にグッと腕を絡めて、唇と唇が後もう少しで触れ合ってしまう距離まで、その綺麗な顔を近づけた。
ひぅ……っ!!と心臓が縮み上がる。裕翔くんの私を見つめる瞳は、男の色をしていた。全てを見抜かれてしまっているような、狼に捕まってしまってしまった羊のような……。
そんな、発情が裕翔くんの体全体から伝わる。
……私に、欲情しているんだ。
そう自覚して、何だかとても幸せな気持ちになった。そして、とても嬉しかった。
私はもう、高校生を卒業して大人になったんだ。やっと、裕翔くんと同じ大人になれた。
「ねぇ、…桜十葉……このまま、いい?」
「ひ、裕翔くん……っ。ここじゃ、やだ…。ベッド、行こ?」
恐らく、私の顔は今すごく真っ赤になっているだろう。だって、裕翔くんの顔が、首筋まで真っ赤に染まりきっていたから……。
そのまま裕翔くんはふるふると震え出し、真っ赤に染まった顔を隠す。でも、私を抱きしめる力は強くなるばかりで、私はそのままキッチンの冷蔵庫の前で身動きが取れなかった。
「っ、可愛いすぎ……。ほんとは今すぐにでも桜十葉のこと抱きてぇんだけど、……まだやめとく」
何かに葛藤するようにそう告げた裕翔くん。裕翔くんは恥ずかしさのあまりか、いつもの綺麗な言葉が総長様の時の裕翔くんの言葉に変わってしまっている。
私はそんな言葉を聞き、何だか残念なような気もしたけれど、どこかでほっとした。
だって私はまだ、大人の世界を知らない。愛し合っている人と心も体も繋がりたいとは思っている。だけどそれをする勇気が、私にはまだ足りていないような気がした。
「そ、そうだよね…。ひ、ひひひ裕翔くん!早くオムライスを作ろう!!」
何を言っているんだ、私、と自分を責めたくなる。
裕翔くんもそんな私の言葉にコクコクっ!!と真っ赤な顔で頷いた。
「……痛っ!」
私たちは豪華なキッチンでお昼ごはんの料理を始めていた。だがそんな矢先、裕翔くんの悲痛な声が私の耳に入った。
「どうしたの、裕翔くん!?」
慌てて裕翔くんの隣に駆け寄り、裕翔くんの手元を覗き込む。でも、そこには何の異変もない。だけど裕翔くんは苦しそうに指を手で抑えていて、少し心配になった。
「大丈夫?裕翔くん!指を見せて」
私は裕翔くんの指に手を添えて、しっかりと傷を見ようとした。だけどその手はギュッと握られて、腕を強く引かれた。
「ふぇっ……?」
裕翔くんの広い胸板が私のすぐ近くにある。裕翔くんはとても悪戯な顔をしてニヤリと微笑み、私の唇を塞いだ。
「んっ……!」
騙された……っ!?裕翔くんは何度も唇を離してはすぐに深くキスをしてくる。突然のことでついていくことが出来なかった私はすぐに息も絶え絶えになり、口を開けた。
「桜十葉、可愛い。俺の奥さんみたいだね」
「んん…ぅ…っ、んぁっ」
お互いの熱い吐息が交わり、舌が激しく絡み合う。私は腰が抜けて自分では立っていられなくなった。裕翔くんはそんな私を優しく抱きとめる。
「桜十葉、キスだけでこんなに感じちゃったの?キス以上のことしたら、溶けちゃいそうだね」
裕翔くんは自分の唇をペロリと舐めて、私の手の甲にキスを落とした。
「ななななな、……!」
「どうしたの?桜十葉、日本語上手く喋れない?」
そう言って裕翔くんはまた、唇が触れる距離までグイッと詰めてきた。そんな裕翔くんに私は顔を真っ赤にさせて後ずさる。
「何言ってるの裕翔くん…っ!!ほら、ちゃんとするよ!!」
いくら私が高校を卒業して今日で19歳になるのだとしても、裕翔くんは私よりも6歳も歳上なんだ。今は裕翔くんは24歳だけど、今年で25歳のアラサーになる。
何枚も上手(うわて)を行くのは裕翔くんに決まっているのだけど、……それでも毎回真っ赤にさせられる私は何とも言えない複雑な気持ちだ。
「うん、分かった」
裕翔くんはすごく嬉しそうな顔をして頷いて、大人しく手元の卵を割り始めた。
「桜十葉~、はいこれ。卵混ぜたよ」
「砂糖と塩と味醂と白だしは入れた?」
「は、えっ…なになに?」
私はご飯を炒めながら早口でそう告げた。これはせめてものやり返しだ。私との会話が成立しなければ裕翔くんは絶対に焦るはず。
「はぁー、もういいよ。貸して」
私はため息を吐いて、裕翔くんから卵が入ったボウルを受け取った。
裕翔くんは私の態度にしゅんとしたように肩を下げた。いつもならもうちょっと裕翔くんに冷たい態度を取るのだけど、今日は私の誕生日だし、……。
…仕返しするのは、やめてあげよう。
私は炒めたご飯にケチャップをかけて、混ぜる。いい程度の色味になったところで火を止めて2つの大きなお皿にそれぞれご飯を移す。
「裕翔くん。これ、一緒に卵焼こ」
私は優しい声音でそう言った。裕翔くんに、ああやって恥ずかしいことをされたり、軽く騙されたりするのは別に嫌というわけじゃない。
ただ、やっぱり裕翔くんには敵わないということが何となく悔しいのだ。私は裕翔くんと同居し始めて、自分が結構な負けず嫌いだということが判明した。
「え、本当?いいの!?」
裕翔くんはしゅんとしていた頭を勢いよく上げて私の手を握った。何か今の、飼い主に怒られてしゅんとしてた子犬がまた元気を取り戻したみたいで……。
「可愛い……」
これだから私は、いつも本気で裕翔くんを怒ることができない。イケメンなんだから可愛さなど必要ないものを……。
この男はすべてを兼ね備えてしまっている。
「えー、なんで。可愛いって言われても嬉しくない」
裕翔くんは不満そうに口をとがらせる。
可愛いっていうのは女の子にとって最上級の褒め言葉なんだけどなあ。
「ふふ。裕翔くん、すっごく可愛い」
「だーかーら!かっこいいって言ってよ」
「可愛い」
「言って」
「可愛い」
この茶番劇が10分ほど続いた後、裕翔くんは渋々諦めて、私たちはオムライスを作り終えた。
そして裕翔くんとリビングの大きな食卓でお昼ごはんを並べて一緒に食べた。
「桜十葉。もう行く準備は出来た?」
扉の先から裕翔くんの声が聞こえる。実は今日、裕翔くんとホテルのディナーを食べに行くこと以外にも楽しみなことがあるのだ。
高校生時代、明梨ちゃんとダブルデートに行きたいと話していたけれど、お互いが家の仕事で忙しくて結局行けず仕舞いだった。
だから今日、私と明梨ちゃんと朱鳥ちゃんを入れた3人でダブルデートをするのだ。
だから私は今、メイドさんたちに囲まれてメイクをしてもらったり可愛い洋服を着せてもらったりしている。
「桜十葉お嬢様、とってもお美しいですよ……!」
「今日のメイクは過去一上手く出来ました!」
「桜十葉お嬢様をご覧になられたらきっと裕翔様も倒れてしまいますよ……!」
という風にさっきからメイドさんたちが興奮気味に身支度の準備を手伝ってくれていて……。
私は3人のメイドさんたちの褒め倒しに顔を真っ赤にさせているわけで……。
膝丈ぐらいまである柔らかいスカートにおしゃれなレースがあしらわれていて、ピンク色の花がワンピースの所々に散りばめられている。
ワンピースのスカートはふわっと浮き上がるように可愛くて、私の首には銀色のネックレスが付けられている。
この服装、とっても可愛い……!着る前はこんなにおしゃれで可愛い服が私に似合うのか不安だったのだけれど、結構大丈夫かもしれない……!
私は身支度を終えて、ゆっくりと扉を開けた。裕翔くんと目が合う。そして、────
「っ、…桜十葉すごく可愛いよ」
目を限界にまで見開いてそう驚愕したように言う裕翔くん。こんな反応をもらえると思っていなかったから、私は思わず嬉しくなる。
裕翔くんも、長い脚に合う青いデニムと上質そうな白色の服に見を包んでいる。こんなにもシンプルな服が似合うのは、きっとこの世界に裕翔くんしか居ないと思ってしまうほど、……かっこよかった。
「裕翔くんも、すっごくかっこいい」
「そーお?」
恥ずかしそうに手で口を抑えて照れているのを隠そうとしている裕翔くん。でも私にはバレバレだよ。
「じゃあ、車準備してるから行こう」
裕翔くんは優しく私の手を握って、玄関まで私の歩幅を合わせて歩いてくれた。
それから裕翔くんの車に乗って、トリプルデート先に向かう。
「そう言えば裕翔くん、私の友達と会ったことないよね?」
「うん。そうかも」
裕翔くんは私の言葉に運転しながら優しく頷く。
「桜十葉の友達はきっと良い子たちなんだろうね」
そう言って、私の方を向いて優しく微笑む裕翔くん。裕翔くんは、ヤクザの組長の息子で、KOKUDOという莫大的な暴走族を率いる総長様なのに……。
主成分が“優しさ”という言葉で埋まってしまいそうに甘くて思いやりのある素敵な男の人なんだ……。
「うんっ!そうなの、明梨ちゃんと朱鳥ちゃんは私の大事な親友なんだよ」
今日は、言える気がする。大切な私の親友に、裕翔くんの本当の正体を。あの2人のことだから、私のことを心配すると思うけれどきっと受け入れてくれる気もするんだ。
「裕翔くん。今日、私の親友たちに裕翔くんの正体、……話してもいい?」
私が話したくても、裕翔くんは話してほしくないかもしれない。
「うん、もちろん大歓迎だ。俺のかっこいいところも沢山伝えておいてね」
信号機が赤信号になる。裕翔くんは、ふわっと笑って私に顔を近づける。
ちゅ、と頬に柔らかい唇の感触がして、ビクッと驚いてしまう。
「っ、……また、そんなこと言って…!」
真っ赤になった私を見て、裕翔くんは満足そうに微笑んだ。そんな彼に、私は今日も勝てそうにありません…。
***
「桜十葉~!久しぶりだね」
トリプルデート先に着いて、裕翔くんが車のドアを開けてくれたので降りる。そして真っ先に聞こえてきた、朱鳥ちゃんの明るい声。
「そうだね!すっごく楽しみにしてたんだあ~!」
私は笑顔で朱鳥ちゃんに駆け寄った。
周りでは、キャーーー!という叫び声や沢山の人たちの楽しそうな声が聞こえる。
そう。私たちは今日、神奈川にある一番大きなテーマパーク、『神奈川最高級ハイランド』に来ているんだ───!!
私は神奈川県で生まれたけれど、この大きなテーマパークには行ったことがなかった。それに、ここのチケットを取るには2年以上まで予約が詰まっているから入手さえ困難なのだ。
しかも、入場料がすごく、高い……。テーマパークの中にあるグッズ屋もレストランも最上級の一流の店が並んでいるという噂を聞いたことがあった。
噂、というよりもこのテーマパークのサイトに掲載されていたのだけれど……。
「はじめまして。鈴本朱鳥さん」
私と一緒に興奮気味に遊園地の方を見ていた朱鳥ちゃんに裕翔くんが胸に手を添えてとても綺麗にお辞儀をした。ふんわりと笑う表情も忘れずに。
「………」
「朱鳥ちゃん…?」
裕翔くんの声がした方を向いて一瞬で固まってしまった朱鳥ちゃん。そして、急に黙ってしまった朱鳥ちゃんを心配してか、裕翔くんが1歩踏み出そうとした時、朱鳥ちゃんはビクッと体を震わせた。
「っ、……!!桜十葉、この彼氏超超超ちょーイケメンなんだが……っ!!どういうこと、え、もしかして宇宙人ですか!?」
う、宇宙人……。裕翔くんが…?それは、言い過ぎなんじゃ……いやでも…。
「桜十葉、今絶対共感したよね?やめてよ、俺人間だから」
裕翔くんは、グイッと私の腕を引っ張って自分の腕の中に収めた。そしてまた、朱鳥ちゃんの大きな歓声が辺りに響く。
そして、朱鳥ちゃんの背後に何やら黒い影が現れた。
……?誰、だろう。
「いけない子が、ここに居た。何で俺以外の男のことかっこいいとか言ってんの?朱鳥は痛い目にあわないとだめなことだって分からない?」
うわ……これまた顔の綺麗なお方が…!
朱鳥ちゃんは顔を真っ青にして開いた口が動かないように身動き1つしない。
朱鳥ちゃんの幼い頃からの許嫁さんって、こんな人なんだ。太陽の下、その光に反射した金髪の髪がキラキラと光っている。
ラフな格好をしているのに、どこか他人の目を引き寄せるほどのルックスの良さ。それに加えて、身長が高い。
「桜十葉、まさかあいつに見惚れてるとか言わないよね?もしそうならあいつのこと、絞め殺してもいい?」
「な、何言ってるの裕翔くん?」
横から裕翔くんのめちゃくちゃ不機嫌そうな顔が覗く。
確かに綺麗な人だと思ったけど、裕翔くんとは全然違うよ。裕翔くんを見つめる私と、朱鳥ちゃんの許嫁さんを見つめる私は、全然違う。
「私は、裕翔くんのことが好きなのに」
私を疑って不機嫌になっている裕翔くんに、私も不機嫌さ丸出しでそう言う。
「っ…、ごめんね。ちょっと不安になっただけ」
私から顔をそらして口元を抑える裕翔くん。裕翔くん、やっぱりあの時から何だか変だ……。それはやっぱり、私が原因なのかもしれない。
真陽くんを抱きしめたりしたから、裕翔くんは私が離れて行ってしまうと勘違いして不安な気持ちになってしまった。
それが今も根強く残っているらしく、裕翔くんは私に対してすごく心配性で過保護になってしまった。でも、それが別に嫌だというわけではなくて、……。
私は、裕翔くんが好き。裕翔くん以外に好きになれる人なんて居ない。裕翔くんがこの世界で一番、愛おしい。
沢山の気持ちを伝えたいのに、私は結構な恥ずかしがり屋だから言えなくて……。だけど、裕翔くんに信じてもらいたくて。
「私、これからも沢山の初めてのことを裕翔くんとしかしないよ。だからそんなに、不安にならないで?」
“好き”という愛の言葉は恥ずかしくて今は伝えられないけど、私なりに自分の気持ちをちゃんと裕翔くんに伝える。
想いは、ちゃんと言葉にしないと伝わらないから。
「うん。俺も桜十葉とじゃなきゃ、幸せ感じられない」
「裕翔くん。今の言葉、もうちょっと可愛く言ってみてくれないかな…?」
裕翔くんのその言葉が嬉しくて、もう1度言ってもらいたくなる。裕翔くんは、えー、と言うような顔をしたけれど、すぐに優しい顔に戻った。
「俺は桜十葉の隣にいないと、幸せ感じられないの」
上目遣いをして、愛おしそうにそう告げた裕翔くん。
やばい、……っ。予想以上に可愛くて、かっこいい!
「ふふ、よく出来ました!」
「何これ、ちょー恥ずいんだけど……」
私たちは朱鳥ちゃんと許嫁さんというお二方が同じ空間にで居るのも忘れて、お互いに照れまくっていた。
「何これ、……私たちよりももっとやばいカップルがいるんだけど」
「俺よりやばい男が、いる……」
そんな2人の声は、桜十葉と裕翔の耳に届くことはなかった。
***
「よーしっ!これで全員揃ったね!」
私の隣で元気よく声を張り上げた朱鳥ちゃん。
今はもう明梨ちゃんとルイスさんも到着して、みんなで『神奈川最高級ハイランド』に入るところだ。
今日初めて明梨ちゃんの彼氏と会った。やっぱりフランス人というだけあって、瞳の色素が薄く、肌が陶器のように白い。
「初めましてですよね?桜十葉さん」
それに、日本語もすごく堪能だ。
「はい。そうですね。明梨ちゃんの彼氏さんに会えるの、すごく楽しみにしてました」
「僕もです。明梨が桜十葉さんの話ばかりしていたので1度お会いしたいと思ってました。ね?明梨」
ルイスさんはにっこりと私に微笑んで、隣で歩く明梨ちゃんの肩に腕を回す。
「もー、そんなことわざわざ言わなくてもいいでしょ!恥ずかしい~」
明梨ちゃん、凄く幸せそう。大好きな人が側に居て、自分のことを大切に扱ってくれているのだから当然だ。
私は隣で不機嫌そうに歩く裕翔くんを見つめた。
「…なに?」
「裕翔くん、どうしてそんなに不服そうな顔してるの?」
こんな機会は滅多にないんだから少しくらい楽しまないと!ハイランドには楽しそうな音楽が流れていて周りの人たちもみんな笑顔だ。
「だって、桜十葉が俺そっちのけで友達の彼氏と話してるからじゃん」
嫉妬、してたんだ……。可愛いなぁ。私はそう思い、裕翔くんの頭の撫でてあげたいという衝動に駆られる。裕翔くんが不機嫌な時にこんなことを思ったらだめだと分かっているのに、この欲望は止められない。
「裕翔くん、可愛い~!」
私はそう言って裕翔くんの頭を優しく撫でた。裕翔くんは私よりももっと身長が高いから、背伸びをしないと届かない。
「ひゅ~!桜十葉、めっちゃ甘々なんだね!私は彼氏さんのほうが桜十葉に甘えてるのかと思ったけど」
ルイスさんの隣から明梨ちゃんの楽しそうな顔が覗く。
「うぐ、……」
さすがに裕翔くんも私の親友の前では何も言えないようで、悔しそうに押し黙る。
私が他の男の人と話していたら、そんなに不安なのかな?ルイスさんと朱鳥ちゃんの彼氏さん、稀代(きだい)さんは彼女にしか目がいっていないというのに。
「裕翔くーん?私、さっき行ったばかりだよね?私は裕翔くんだけしか大好きになれないの!分かったなら早く行くよ!」
こんなことを自分の口で告げることはすごく恥ずかしかったけれど、私は怒ったように早口でそう言って、裕翔くんの腕を引いた。
私の言葉を聞いた裕翔くんが、驚いたように目を見開いた後、凄く嬉しそうに笑ってたのをこの場の私以外、みんなが見ていた。
「桜十葉は絶叫系とかいける?ちなみに私とルイスは壊滅的に無理なんだけど……」
みんなで神奈川最高級ハイランドの正面ゲートから入場して、今はどの乗り物に乗ろうかと相談中である。
「うん!全然いける!裕翔くんは?」
「俺も絶叫は好きだよ」
「あのぉー、私は大丈夫なんだけど稀代が絶叫系とかめっちゃ怖がるんだよねー」
朱鳥ちゃんが稀代さんの腕にからかうようにしてつんつんと突いている。
「朱鳥、俺は怖いんじゃなくて乗ったことないから分からないだけ」
「えーと、じゃあこのハイランドで一番怖いジェットコースターに乗るのは桜十葉と裕翔さんと朱鳥と稀代さんでいいよね?その間私とルイスはお昼ごはんの買い出ししとくね~」
「え、…?俺も乗るの!?」
「だって怖いかどうか分からないんでしょ?男を見せてみなさいよ、稀代!」
ふふっ、何だか朱鳥ちゃんと稀代さんを見ていると凄く心が温かくなるなぁ~。前はあんなに許嫁のことで悩んでいた朱鳥ちゃんが今は幸せそうにしているのが私はとても嬉しい。
このダブルデートの空間には、それぞれの幸せで溢れている。
恋って、こんなにも人を幸せにしてくれて笑顔になれるものなんだね。
でも、それだけが恋じゃないのは私ももう分かっている。沢山泣いて、沢山傷ついて、それでも一緒に幸せになりたいと思って頑張った2人が、本当に幸せになれる人たちだ。
これからも沢山笑って、沢山泣いて、大きな喧嘩をしてしまうかもしれない。
だけど裕翔くんとなら、どんなことでも乗り越えられる。そんな気がしてならないんだ。
私は愛おしい人の手を握って、トリプルデートを全力で楽しむ準備をした。
私はこれからも、この人の隣りに居たい。
「裕翔くんっ!ここに連れてきてくれてありがとう!」
きっと私は今、めちゃくちゃ幸せそうな顔で笑っているんだと思う。私の笑顔を見た裕翔くんの表情が、とても幸せそうだったから。
「そうだね。せっかくのデート、楽しもう」
裕翔くんはそう言って、私の手を握る力をギュッと強くした。
「……桜十葉、もうすぐだね…」
「う、うん……そうだね」
「稀代、大丈夫?めっちゃ震えてるけど」
「朱鳥、俺、やっぱ無理かもしれない……」
私たちが乗ろうとしていたジェットコースターは、思った以上に、恐ろしいものでした……。
さっきからそのジェットコースターに乗っている人たちの叫び声が私たちの恐怖心を煽る。
『皆さん、シートベルトの装着はお済みですか?それでは、行ってらっしゃ~い!』
アナウンスをする女性の声がやけに元気に耳元に響く。
大丈夫だよ、桜十葉……!私は絶叫系いけるんだから!
そう強く言い聞かせて、ギュッと目をつぶった。そして、ジェットコースターが90度に曲がって上に上がり始めた。
「桜十葉、大丈夫?手が震えてる」
私の隣に座って心配そうな顔をしながらそう言った裕翔くん。私はそれに、力いっぱいに頷く。
「ほら、桜十葉。手を貸して」
裕翔くんの大きくて綺麗な手が、私の小さな手を包み込んだ。
「これならもう怖くないでしょ?」
にこっと笑った裕翔くんの顔がとても優しかった。トクン、と胸が高鳴る。
「うん。ありがとう、裕翔くん」
ジェットコースターは何十メートルも上の地点まで進み、どんどん空に近づいていく。次は、180度に急降下する……!
ヒュッ────!!
体がふわっと浮いた感覚がして、もの凄いスピードでジェットコースターが走っていく。
「キャーーー!!」
ジェットコースターに乗っていた沢山の乗客の楽しそうな声や恐怖で死にそうな声。様々な声が聞こえる。もちろん私は、楽しい声を力いっぱいに出していた。
後ろの方に乗っている朱鳥ちゃんと稀代さんは、それはもう楽しさと恐怖が混ざりあった叫び声。朱鳥ちゃんはとても楽しんでいるようだが、稀代さんの声が途中から聞こえなくなった。
そういえば、裕翔くんの声が隣から全く聞こえない。
ジェットコースターはぐるんと1回転するのを何度も繰り返し、あちらこちらにくねくねと動く。
その速さは世界一と言ってもいいほどだった。
乗る前は少し怖かったけど、今はすっごく楽しいっ!
そうして約2分間、私たち4人はジェットコースターを楽しんだ。
「裕翔くん!楽しかったね」
「「……え?」」
裕翔くんと稀代さんの声が重なる。まるで、私が言ったことが信じられないというような顔をして。
「桜十葉~!これまた乗ろうよ!」
「うん!絶対に乗りたい!」
朱鳥ちゃんが楽しそうに笑う。2人の男子は頬がこけたようにげっそりとしている。
あれ、…?楽しくなかったのかな?
「裕翔くん?もしかして怖かった?」
「…え、いや。ううん、全然そんなことない」
裕翔くんは怖かったということを隠したいのか、無理ににこにこと笑顔を作った。そんなことしても、私は見破れるんだからね!
「朱鳥、俺はもう絶叫は今後一切乗らないから……」
「えぇー!何でよ、このジェットコースターがちょっとレベル高かっただけだって!」
稀代さんは青白い顔をして朱鳥ちゃんにそう告げる。それを聞いた朱鳥ちゃんは不服そうに口を尖らせていた。
***
私たちはジェットコースターに乗った後、お昼ごはんを買ってくれていた明梨ちゃんとルイスさんと集合した。
「みんな何が食べたいか分からなかったんだけどハンバーガー買っといたよ~!他にも食べたい人はこの近くに色々屋台が出てるらしいから行ってきてもいいからね」
明梨ちゃん、こういう時にみんなをまとめる力があるんだよなぁ。私には到底出来ないことで、そんな頼もしい明梨ちゃんをにこにこと見つめる。
「桜十葉はベーコンハムヘッグだよね?昔から好きって言ってた」
「え……!?買っててくれたんだ!ありがとう、明梨ちゃん」
私が好きだって言ってたハンバーガー、覚えててくれたんだ…。私はつい嬉しくなって明梨ちゃんをもっとにこにことした表情で見つめた。
明梨ちゃんはそんな私を見て、ふふん、と得意げに鼻を伸ばしていた。
ハンバーガー食べるの、何年ぶりだろう?
高校生の時までは両親がハンバーガーを食べることにめちゃくちゃ反対していたから食べれなかったのだけれど、実は1度だけ子供の時に食べたことがあったのだ。
条聖学院の帰り。その日は明梨ちゃんの家の車で送ってもらったのだけど、私の家に帰る前にハンバーガー屋さんに寄り道をしてもらったのだ。
その時に食べたハンバーガーが忘れられなくて、いつしかそれは私がもう1度だけ食べてみたいものになったんだ。
私たちは明梨ちゃんとルイスさんが買ってていてくれたお昼ごはんを大きなテーブルで食べ始めた。やっぱり、屋台も有名なレストランのメニューが並んでいたからなのか、すごく美味しそうだ。
「桜十葉、ベーコンハムエッグが好きなんだね。俺、今初めて知った」
「うん。私も言ったことなかったかも」
「じゃあこれからはもっと教えてね。桜十葉の好きな食べ物とか好きなこととか」
裕翔くんは美味しそうなナポリタンを食べながら、私を優しい目で見つめた。
「もちろんだよ。でもちゃんと裕翔くんのことも教えてね。いっつも私のことばかりなんだから、…」
私がそう言うと、隣りに座っていた明梨ちゃんが私の肩にバシッと手を置いた。
「桜十葉、私が思ってた以上に愛されてるね。心配する必要なかったみたい」
明梨ちゃんは、少しだけ大人びた口調で私にそう言った。私はそんな明梨ちゃんを見て不思議に思い首を傾げる。
「私さ、正直不安だった。…桜十葉が記憶をなくしたことがもしかしたら昔の彼氏さんのせいなんじゃないかって。今の彼氏は、昔の彼氏に似てるけど、雰囲気とかが全く違うよね」
明梨ちゃんは私にだけ聞こえる声でそう言った。その声は、優しさに溢れていた。
「うん。裕翔くんって言うの。すごく優しい人だよ」
私のことを大事にしてくれて、裕翔くんの口から出る言葉には全て、優しさが詰まっている。でも、裕翔くんは優しさだけじゃなく、強さも私にくれる。
私の背中をいつも押してくれていたのは裕翔くんだ。
「俺、桜十葉にめちゃくちゃ愛されてんね。すっごい嬉しい」
私の肩に、裕翔くんの顔がちょこんと乗せられた。私はそれにビクッと驚いて、一気に顔の熱が上昇していくのを感じた。
今の、聞かれてた……?
凄い恥ずかしい…っ!
「ふふ、やっぱり違う。…あの、裕翔さん」
「?」
明梨ちゃんが私たちのことを微笑ましそうに見つめていた。そして裕翔くんにとても強い目線を向けた。
「桜十葉のこと泣かせたら、私が桜十葉を奪いに行きますからね!なんてったって私は桜十葉の親友なので!」
明梨ちゃんの言葉に、裕翔くんは目を丸くした。
な、何言ってるの明梨ちゃん…!?
私は2人のことをきょろきょろと見つめる。
「はは、君、俺の兄貴と同じこと言うね。でもそんなことには絶対にさせないから君の出番はないかな」
王子様スマイルで裕翔くんはにこっと笑った。明梨ちゃんは裕翔くんのことをじっ…と見つめてからにこっと微笑み返した。
「はい。必ずそうしてください」
私を挟んで行われた会話は、私以外のみんなには聞こえなかった。
みんながお昼ごはんを食べ終わり、少し休憩していた時。今はルイスさんと稀代さんはこの場にいなくて2人で射的ゲームに行っていた。
よし…!今があのことを話すチャンスだ…!
明梨ちゃんと朱鳥ちゃんと裕翔くん、そして私だけが居るこの場。今までいつ話そうかと悩んでいたが今が一番いいかもしれない。
裕翔くんの本当の正体を2人に告げる。私はもう、大切な親友たちにこれ以上嘘を付き続けたくはないんだ。
「明梨ちゃん。朱鳥ちゃん。ちょっと話があるんだけど、……」
「何々~?裕翔さんとのラブラブ話とか教えてくれるのー?」
朱鳥ちゃんが楽しそうな声でそう言った。明梨ちゃんはオロオロとした口調でそう言った私を不思議そうに見つめている。
大丈夫だよ、桜十葉。この2人なら、大丈夫。
私の背中に、裕翔くんの大きな手が添えられた。まるで私を安心させてくれるようにその手は温かい。
「桜十葉、大丈夫。…怖いのは、俺も一緒だよ」
裕翔くんは少し緊張した表情だった。そうだよ、怖いのは私だけじゃない。裕翔くんがヤクザの組長の息子だと知って、あの2人に否定されることが怖い。
だけどいつまでもそんな理由で怖気づいていたら、私はもっと幸せにはなれないんだ。
2人のことを信じたい。信じて、みたい。
「明梨ちゃん、朱鳥ちゃん。…もし、驚かせちゃったらごめんね。実は、…」
私の不安な気持ちが伝わったのかさっきまで楽しそうにしていた2人が真剣な表情で私のことを見つめていた。でも、その瞳はどこまでも温かい。
「裕翔くん、は……坂口組っていうヤクザの…組長の息子なの。…今まで2人に隠しちゃってて、……ごめん…っ」
視界が歪む。私はそのことを言い終えたと同時に2人の顔が見れなくて俯いてしまった。
この空間に静かな間が続く。私の話を聞いた2人から、とても驚いている様子が嫌でも伝わってきてしまう。
やっぱり、……だめだったかな。私たちは、普通じゃないのかな…?2人は私を引き止めるかもしれない。もう裕翔くんと別れたほうがいいも言うかもしれない。
でも私は、認めてもらいたかった。この関係は普通じゃないなんてことはないんだって。私は、明梨ちゃんと朱鳥ちゃんになら分かってもらえると思っていた。
でも、─────っ
「…桜十葉。もしかして私たちのこと信じれてなかった?」
朱鳥ちゃんの悲しそうな声が耳に入る。その言葉に、ぎゅっと手を強く握った。
「知ってたよ、桜十葉。私たちは、ずっと前から知ってた」
明梨ちゃんの声が聞こえた。私は恐る恐る顔を上げて、2人の顔を見た────。
その表情は、驚くほどに、優しかったんだ─────。
私と裕翔くんの瞳が同時に見開かれる。
「桜十葉、裕翔さん。あなたたちの関係は、誰かに認めてもらうものじゃない。他人の許可なんていらない。人の目を気にしなくてもいい。だって、お互いがお互いのことを好きなのに、そんなつまらないことで縛られるのは、辛いでしょ?」
明梨ちゃんは私と同い年のはずなのに、今だけは私よりもずっと、大人の女性に見えた。
明梨ちゃんが言った言葉が、心に温かく浸透していく。そこでようやく、私は分かったんだ────。
相手がどんなに極悪人のヤクザの組長の息子でも、他人の許可なんて、全く必要ない。
私はそんな風に、考えていなかった。いや、違う。そんなことにさえ、気づけていなかったんだ……。
「桜十葉。誰かを愛することに、他人の許可なんて必要ないんだよ。桜十葉はね、もう我慢しなくていいんだよ」
朱鳥ちゃんが涙目になりながらそう告げた。その声がとても優しくて、私の瞳からはどんどん涙が溢れてくる。裕翔くんは、そんな私を優しく抱きしめていた。
「桜十葉、……俺たち、間違っていたのかもしれないね」
そうだね、裕翔くん……っ。私たちはもう、これ以上何かに縛られることは終わりにしないといけない。
君と、幸せになるために。
もちろん、今でも私にとっては十分過ぎるほど幸せなんだ。だけどもう、わざわざ隠したりなんかしないよ。
裕翔くんの正体を受け入れてくれて、側で見守ってくれていた人たちは、こんなにも私の近くに居たんだ───。
「2人とも、……っありがとう」
「もぉ~、…桜十葉ぁ!桜十葉が泣いちゃうから私まで泣いちゃったよー…」
朱鳥ちゃんは目を赤く充血させて、号泣していた。
「桜十葉、お礼なんて必要ないよ。でも、話してくれてありがとう。…怖かったよね。よく、頑張ったね」
隣に座っていた明梨ちゃんが目を赤くさせて、私の頭にポンと手を置いた。その手付きが優しくて、私はまた泣いてしまった。
「2人とも、本当にありがとう。俺、今まで悩んでたこと全部、綺麗さっぱりなくなったよ」
裕翔くんは私の手に自分の手を重ねて、明梨ちゃんと朱鳥ちゃんにそう告げた。そう言いながら笑った顔は、ひまわりが咲いたかのように温かくて、慈しみで溢れていた。
私たちはまだまだ幼くて、他人の言葉にすぐに傷ついて、何かにがんじがらめに縛り付けられてしまう。
私は今日、まだ成人にもなれていないただの19歳の女性になった。
辛く悲しい暗闇の中にあった過去を乗り越えて、その先にある光を信じようとした。
でも、それを乗り越えた今だからこそ言える。
裕翔くん。あなたが居るこの世界は、
こんなにも、温かくて、美しい─────。
抱えきれないほどの幸せをもらって、その分だけの幸せを裕翔くんにあげる。それを繰り返して、一緒に年をとり、いつまでも一緒に生きていたい。
こんな風に思ったのは、あなたが初めてなんだ。
✩.*˚side end✩.*˚
なぜなら、両親の経営する会社の正式な見習い社員となるからだ。社長の娘だからと言って、甘えることは許されない世界に私はこれから飛び込んで行く。
高校2年生、3年生では私の親友である明梨ちゃんと朱鳥ちゃんと同じ特進クラスだった。3人で毎日仲良くお喋りをしたり、偶に遊びに行ったりした。
そして真陽くんとも友達のまま、変わらずに喋ることが出来ていた。
私はこの3年間、裕翔くんの家から条聖学院まで登校していた。体を重ねることも、一緒にお風呂に入ることも1度もなかった。
だけど、私たちの絆は3年前よりもより強硬なものとなり、愛おしいと思う気持ちも倍増した。
「桜十葉。今日の夜、ホテルのディナー予約してるからね。あと桜十葉にドレスも買ったよ。あと沢山プレゼント用意してる」
裕翔くんはきっと、サプライズというものを知らないのだろう。裕翔くんの家の大きなリビングの机で、ニコニコとした表情でそう話す裕翔くん。
「え、そうなの……!?え?ど、ドレス…!?悪いよ…」
私はさっきからこんな調子で吃(ども)り続けている。
「ううん、安かったんだから大丈夫だよ。それに、俺が桜十葉に着てもらいたくてプレゼントするものなんだから」
裕翔くんの言う“安い”は宛にならない。今月に入ったばかりなのに裕翔くんの口座から1000万円以上が消えていたんだけど、その件は後でしっかりと問い詰めなければ……。
いくら金持ちだからと言って、お金に対する有り難みを失ってはいけない。
私はそう、両親から教えられてきた。
「ありがとう…」
でも、裕翔くんが私のためにしてくれたことだと思うとどうしようもなく、嬉しい。裕翔くんもそんな私を見て、嬉しそうに笑った。
今は時計の針が正午を指そうとしている。これから裕翔くんと一緒にお昼ご飯を作って、一緒に食べて、裕翔くんが通っていた黒堂高校に行く予定だ。
「桜十葉ー、卵ってまだあったっけ?あ、高級なやつね」
裕翔くんはリビングのキッチンに向かって、大きな冷蔵庫を開けた。
「うん、ちゃんとあると思うけど」
私がまだ高校生だった時は、朝食から夕飯まで全部一流のシェフさんたちに作ってもらっていたが、私も今では卒業して時間に余裕が出来た。
両親の方の会社もまだ本腰というわけではないから、めちゃくちゃ忙しいというわけでもない…。
だが、…ここにも悩みはあった。
「裕翔くん、……。調理場があるのにどうしてわざわざ高すぎるキッチンを作らせたの。しかも、一流の職人に……」
高校を卒業してから気づいた。いや、もっと早く気づくべきだった。
裕翔くんは驚くほどに、金銭感覚が死んでいる……。
「え?だって桜十葉とこれから一緒に料理が出来るのに手を抜くなんておかしいじゃん。俺は何だって完璧がいーの」
子供のようにそう反論する裕翔くんに、私は思わずため息を吐く。
「はぁ……、その冷蔵庫も!何でそんなアメリカの金持ちが使ってそうな大きすぎる物を買うの!?お金に謝って!」
せっかくの誕生日なのに、こんなに裕翔くんに強く当たる私って、どうなんだろう…。
私はお嬢様としてこれまで生きてきたけれど、お金を使う機会もそんなになかった。欲しい物も買いたい物もあまりなくて、……。
それに私は、両親からお金は大事に扱いなさいと常に教えられてきたのだ。
長く一緒に生活していると、必ずどこかで衝突が生じてしまう。それはカップルにとっては絶対に避けられないことだ。
ただ私たちの場合、それが金銭感覚だったということ。
「うぅ、……桜十葉、俺に当たり強くない?俺、楽しみだったんだ……桜十葉と一緒に料理できるの…」
裕翔くんは、しゅんとした子犬のように耳を垂れて項垂れているようだった。
「ねぇ、桜十葉…。俺、お金いっぱい使っちゃうのちゃんとやめるから、だから許して…お願い」
そんな死にそうな顔をして、潤んだ瞳を向けられたらさすがの私も良心が痛む。
ず、ずるい……っ!そんなに可愛い顔をされてら、すぐに許してしまいそうになる…!
「ぐ、ぅ…。今回だけ、許します。でも今度からは私に言ってからお金を使ってね」
私は裕翔くんの居るキッチンまで歩いて行き、俯いていた裕翔くんの頭を優しく撫でた。
裕翔くんはそんな私の言葉に途端に笑顔になり、嬉しそうに抱きついてきた。そして、私の頬にすりすりと頬ずりをする。
「もぉー、やめてよ。重い…!」
「俺の愛は体重よりも、もっと重いよ?」
不敵な笑みを湛えて、私の髪を梳くってそこにキスを落とした裕翔くん。
多分普通の男の人が言ったらすごくくさい言葉だと思うのだけど、裕翔くんが言ったらやっぱり違った。どこかの帝国の王子様じゃないかと本気で疑ってしまうほど、格別だった。
「ひ、裕翔くん……ご飯作ろっか?」
「うん、いいね。でも俺、先に桜十葉のことが食べたい」
裕翔くんは突然、私の腰にグッと腕を絡めて、唇と唇が後もう少しで触れ合ってしまう距離まで、その綺麗な顔を近づけた。
ひぅ……っ!!と心臓が縮み上がる。裕翔くんの私を見つめる瞳は、男の色をしていた。全てを見抜かれてしまっているような、狼に捕まってしまってしまった羊のような……。
そんな、発情が裕翔くんの体全体から伝わる。
……私に、欲情しているんだ。
そう自覚して、何だかとても幸せな気持ちになった。そして、とても嬉しかった。
私はもう、高校生を卒業して大人になったんだ。やっと、裕翔くんと同じ大人になれた。
「ねぇ、…桜十葉……このまま、いい?」
「ひ、裕翔くん……っ。ここじゃ、やだ…。ベッド、行こ?」
恐らく、私の顔は今すごく真っ赤になっているだろう。だって、裕翔くんの顔が、首筋まで真っ赤に染まりきっていたから……。
そのまま裕翔くんはふるふると震え出し、真っ赤に染まった顔を隠す。でも、私を抱きしめる力は強くなるばかりで、私はそのままキッチンの冷蔵庫の前で身動きが取れなかった。
「っ、可愛いすぎ……。ほんとは今すぐにでも桜十葉のこと抱きてぇんだけど、……まだやめとく」
何かに葛藤するようにそう告げた裕翔くん。裕翔くんは恥ずかしさのあまりか、いつもの綺麗な言葉が総長様の時の裕翔くんの言葉に変わってしまっている。
私はそんな言葉を聞き、何だか残念なような気もしたけれど、どこかでほっとした。
だって私はまだ、大人の世界を知らない。愛し合っている人と心も体も繋がりたいとは思っている。だけどそれをする勇気が、私にはまだ足りていないような気がした。
「そ、そうだよね…。ひ、ひひひ裕翔くん!早くオムライスを作ろう!!」
何を言っているんだ、私、と自分を責めたくなる。
裕翔くんもそんな私の言葉にコクコクっ!!と真っ赤な顔で頷いた。
「……痛っ!」
私たちは豪華なキッチンでお昼ごはんの料理を始めていた。だがそんな矢先、裕翔くんの悲痛な声が私の耳に入った。
「どうしたの、裕翔くん!?」
慌てて裕翔くんの隣に駆け寄り、裕翔くんの手元を覗き込む。でも、そこには何の異変もない。だけど裕翔くんは苦しそうに指を手で抑えていて、少し心配になった。
「大丈夫?裕翔くん!指を見せて」
私は裕翔くんの指に手を添えて、しっかりと傷を見ようとした。だけどその手はギュッと握られて、腕を強く引かれた。
「ふぇっ……?」
裕翔くんの広い胸板が私のすぐ近くにある。裕翔くんはとても悪戯な顔をしてニヤリと微笑み、私の唇を塞いだ。
「んっ……!」
騙された……っ!?裕翔くんは何度も唇を離してはすぐに深くキスをしてくる。突然のことでついていくことが出来なかった私はすぐに息も絶え絶えになり、口を開けた。
「桜十葉、可愛い。俺の奥さんみたいだね」
「んん…ぅ…っ、んぁっ」
お互いの熱い吐息が交わり、舌が激しく絡み合う。私は腰が抜けて自分では立っていられなくなった。裕翔くんはそんな私を優しく抱きとめる。
「桜十葉、キスだけでこんなに感じちゃったの?キス以上のことしたら、溶けちゃいそうだね」
裕翔くんは自分の唇をペロリと舐めて、私の手の甲にキスを落とした。
「ななななな、……!」
「どうしたの?桜十葉、日本語上手く喋れない?」
そう言って裕翔くんはまた、唇が触れる距離までグイッと詰めてきた。そんな裕翔くんに私は顔を真っ赤にさせて後ずさる。
「何言ってるの裕翔くん…っ!!ほら、ちゃんとするよ!!」
いくら私が高校を卒業して今日で19歳になるのだとしても、裕翔くんは私よりも6歳も歳上なんだ。今は裕翔くんは24歳だけど、今年で25歳のアラサーになる。
何枚も上手(うわて)を行くのは裕翔くんに決まっているのだけど、……それでも毎回真っ赤にさせられる私は何とも言えない複雑な気持ちだ。
「うん、分かった」
裕翔くんはすごく嬉しそうな顔をして頷いて、大人しく手元の卵を割り始めた。
「桜十葉~、はいこれ。卵混ぜたよ」
「砂糖と塩と味醂と白だしは入れた?」
「は、えっ…なになに?」
私はご飯を炒めながら早口でそう告げた。これはせめてものやり返しだ。私との会話が成立しなければ裕翔くんは絶対に焦るはず。
「はぁー、もういいよ。貸して」
私はため息を吐いて、裕翔くんから卵が入ったボウルを受け取った。
裕翔くんは私の態度にしゅんとしたように肩を下げた。いつもならもうちょっと裕翔くんに冷たい態度を取るのだけど、今日は私の誕生日だし、……。
…仕返しするのは、やめてあげよう。
私は炒めたご飯にケチャップをかけて、混ぜる。いい程度の色味になったところで火を止めて2つの大きなお皿にそれぞれご飯を移す。
「裕翔くん。これ、一緒に卵焼こ」
私は優しい声音でそう言った。裕翔くんに、ああやって恥ずかしいことをされたり、軽く騙されたりするのは別に嫌というわけじゃない。
ただ、やっぱり裕翔くんには敵わないということが何となく悔しいのだ。私は裕翔くんと同居し始めて、自分が結構な負けず嫌いだということが判明した。
「え、本当?いいの!?」
裕翔くんはしゅんとしていた頭を勢いよく上げて私の手を握った。何か今の、飼い主に怒られてしゅんとしてた子犬がまた元気を取り戻したみたいで……。
「可愛い……」
これだから私は、いつも本気で裕翔くんを怒ることができない。イケメンなんだから可愛さなど必要ないものを……。
この男はすべてを兼ね備えてしまっている。
「えー、なんで。可愛いって言われても嬉しくない」
裕翔くんは不満そうに口をとがらせる。
可愛いっていうのは女の子にとって最上級の褒め言葉なんだけどなあ。
「ふふ。裕翔くん、すっごく可愛い」
「だーかーら!かっこいいって言ってよ」
「可愛い」
「言って」
「可愛い」
この茶番劇が10分ほど続いた後、裕翔くんは渋々諦めて、私たちはオムライスを作り終えた。
そして裕翔くんとリビングの大きな食卓でお昼ごはんを並べて一緒に食べた。
「桜十葉。もう行く準備は出来た?」
扉の先から裕翔くんの声が聞こえる。実は今日、裕翔くんとホテルのディナーを食べに行くこと以外にも楽しみなことがあるのだ。
高校生時代、明梨ちゃんとダブルデートに行きたいと話していたけれど、お互いが家の仕事で忙しくて結局行けず仕舞いだった。
だから今日、私と明梨ちゃんと朱鳥ちゃんを入れた3人でダブルデートをするのだ。
だから私は今、メイドさんたちに囲まれてメイクをしてもらったり可愛い洋服を着せてもらったりしている。
「桜十葉お嬢様、とってもお美しいですよ……!」
「今日のメイクは過去一上手く出来ました!」
「桜十葉お嬢様をご覧になられたらきっと裕翔様も倒れてしまいますよ……!」
という風にさっきからメイドさんたちが興奮気味に身支度の準備を手伝ってくれていて……。
私は3人のメイドさんたちの褒め倒しに顔を真っ赤にさせているわけで……。
膝丈ぐらいまである柔らかいスカートにおしゃれなレースがあしらわれていて、ピンク色の花がワンピースの所々に散りばめられている。
ワンピースのスカートはふわっと浮き上がるように可愛くて、私の首には銀色のネックレスが付けられている。
この服装、とっても可愛い……!着る前はこんなにおしゃれで可愛い服が私に似合うのか不安だったのだけれど、結構大丈夫かもしれない……!
私は身支度を終えて、ゆっくりと扉を開けた。裕翔くんと目が合う。そして、────
「っ、…桜十葉すごく可愛いよ」
目を限界にまで見開いてそう驚愕したように言う裕翔くん。こんな反応をもらえると思っていなかったから、私は思わず嬉しくなる。
裕翔くんも、長い脚に合う青いデニムと上質そうな白色の服に見を包んでいる。こんなにもシンプルな服が似合うのは、きっとこの世界に裕翔くんしか居ないと思ってしまうほど、……かっこよかった。
「裕翔くんも、すっごくかっこいい」
「そーお?」
恥ずかしそうに手で口を抑えて照れているのを隠そうとしている裕翔くん。でも私にはバレバレだよ。
「じゃあ、車準備してるから行こう」
裕翔くんは優しく私の手を握って、玄関まで私の歩幅を合わせて歩いてくれた。
それから裕翔くんの車に乗って、トリプルデート先に向かう。
「そう言えば裕翔くん、私の友達と会ったことないよね?」
「うん。そうかも」
裕翔くんは私の言葉に運転しながら優しく頷く。
「桜十葉の友達はきっと良い子たちなんだろうね」
そう言って、私の方を向いて優しく微笑む裕翔くん。裕翔くんは、ヤクザの組長の息子で、KOKUDOという莫大的な暴走族を率いる総長様なのに……。
主成分が“優しさ”という言葉で埋まってしまいそうに甘くて思いやりのある素敵な男の人なんだ……。
「うんっ!そうなの、明梨ちゃんと朱鳥ちゃんは私の大事な親友なんだよ」
今日は、言える気がする。大切な私の親友に、裕翔くんの本当の正体を。あの2人のことだから、私のことを心配すると思うけれどきっと受け入れてくれる気もするんだ。
「裕翔くん。今日、私の親友たちに裕翔くんの正体、……話してもいい?」
私が話したくても、裕翔くんは話してほしくないかもしれない。
「うん、もちろん大歓迎だ。俺のかっこいいところも沢山伝えておいてね」
信号機が赤信号になる。裕翔くんは、ふわっと笑って私に顔を近づける。
ちゅ、と頬に柔らかい唇の感触がして、ビクッと驚いてしまう。
「っ、……また、そんなこと言って…!」
真っ赤になった私を見て、裕翔くんは満足そうに微笑んだ。そんな彼に、私は今日も勝てそうにありません…。
***
「桜十葉~!久しぶりだね」
トリプルデート先に着いて、裕翔くんが車のドアを開けてくれたので降りる。そして真っ先に聞こえてきた、朱鳥ちゃんの明るい声。
「そうだね!すっごく楽しみにしてたんだあ~!」
私は笑顔で朱鳥ちゃんに駆け寄った。
周りでは、キャーーー!という叫び声や沢山の人たちの楽しそうな声が聞こえる。
そう。私たちは今日、神奈川にある一番大きなテーマパーク、『神奈川最高級ハイランド』に来ているんだ───!!
私は神奈川県で生まれたけれど、この大きなテーマパークには行ったことがなかった。それに、ここのチケットを取るには2年以上まで予約が詰まっているから入手さえ困難なのだ。
しかも、入場料がすごく、高い……。テーマパークの中にあるグッズ屋もレストランも最上級の一流の店が並んでいるという噂を聞いたことがあった。
噂、というよりもこのテーマパークのサイトに掲載されていたのだけれど……。
「はじめまして。鈴本朱鳥さん」
私と一緒に興奮気味に遊園地の方を見ていた朱鳥ちゃんに裕翔くんが胸に手を添えてとても綺麗にお辞儀をした。ふんわりと笑う表情も忘れずに。
「………」
「朱鳥ちゃん…?」
裕翔くんの声がした方を向いて一瞬で固まってしまった朱鳥ちゃん。そして、急に黙ってしまった朱鳥ちゃんを心配してか、裕翔くんが1歩踏み出そうとした時、朱鳥ちゃんはビクッと体を震わせた。
「っ、……!!桜十葉、この彼氏超超超ちょーイケメンなんだが……っ!!どういうこと、え、もしかして宇宙人ですか!?」
う、宇宙人……。裕翔くんが…?それは、言い過ぎなんじゃ……いやでも…。
「桜十葉、今絶対共感したよね?やめてよ、俺人間だから」
裕翔くんは、グイッと私の腕を引っ張って自分の腕の中に収めた。そしてまた、朱鳥ちゃんの大きな歓声が辺りに響く。
そして、朱鳥ちゃんの背後に何やら黒い影が現れた。
……?誰、だろう。
「いけない子が、ここに居た。何で俺以外の男のことかっこいいとか言ってんの?朱鳥は痛い目にあわないとだめなことだって分からない?」
うわ……これまた顔の綺麗なお方が…!
朱鳥ちゃんは顔を真っ青にして開いた口が動かないように身動き1つしない。
朱鳥ちゃんの幼い頃からの許嫁さんって、こんな人なんだ。太陽の下、その光に反射した金髪の髪がキラキラと光っている。
ラフな格好をしているのに、どこか他人の目を引き寄せるほどのルックスの良さ。それに加えて、身長が高い。
「桜十葉、まさかあいつに見惚れてるとか言わないよね?もしそうならあいつのこと、絞め殺してもいい?」
「な、何言ってるの裕翔くん?」
横から裕翔くんのめちゃくちゃ不機嫌そうな顔が覗く。
確かに綺麗な人だと思ったけど、裕翔くんとは全然違うよ。裕翔くんを見つめる私と、朱鳥ちゃんの許嫁さんを見つめる私は、全然違う。
「私は、裕翔くんのことが好きなのに」
私を疑って不機嫌になっている裕翔くんに、私も不機嫌さ丸出しでそう言う。
「っ…、ごめんね。ちょっと不安になっただけ」
私から顔をそらして口元を抑える裕翔くん。裕翔くん、やっぱりあの時から何だか変だ……。それはやっぱり、私が原因なのかもしれない。
真陽くんを抱きしめたりしたから、裕翔くんは私が離れて行ってしまうと勘違いして不安な気持ちになってしまった。
それが今も根強く残っているらしく、裕翔くんは私に対してすごく心配性で過保護になってしまった。でも、それが別に嫌だというわけではなくて、……。
私は、裕翔くんが好き。裕翔くん以外に好きになれる人なんて居ない。裕翔くんがこの世界で一番、愛おしい。
沢山の気持ちを伝えたいのに、私は結構な恥ずかしがり屋だから言えなくて……。だけど、裕翔くんに信じてもらいたくて。
「私、これからも沢山の初めてのことを裕翔くんとしかしないよ。だからそんなに、不安にならないで?」
“好き”という愛の言葉は恥ずかしくて今は伝えられないけど、私なりに自分の気持ちをちゃんと裕翔くんに伝える。
想いは、ちゃんと言葉にしないと伝わらないから。
「うん。俺も桜十葉とじゃなきゃ、幸せ感じられない」
「裕翔くん。今の言葉、もうちょっと可愛く言ってみてくれないかな…?」
裕翔くんのその言葉が嬉しくて、もう1度言ってもらいたくなる。裕翔くんは、えー、と言うような顔をしたけれど、すぐに優しい顔に戻った。
「俺は桜十葉の隣にいないと、幸せ感じられないの」
上目遣いをして、愛おしそうにそう告げた裕翔くん。
やばい、……っ。予想以上に可愛くて、かっこいい!
「ふふ、よく出来ました!」
「何これ、ちょー恥ずいんだけど……」
私たちは朱鳥ちゃんと許嫁さんというお二方が同じ空間にで居るのも忘れて、お互いに照れまくっていた。
「何これ、……私たちよりももっとやばいカップルがいるんだけど」
「俺よりやばい男が、いる……」
そんな2人の声は、桜十葉と裕翔の耳に届くことはなかった。
***
「よーしっ!これで全員揃ったね!」
私の隣で元気よく声を張り上げた朱鳥ちゃん。
今はもう明梨ちゃんとルイスさんも到着して、みんなで『神奈川最高級ハイランド』に入るところだ。
今日初めて明梨ちゃんの彼氏と会った。やっぱりフランス人というだけあって、瞳の色素が薄く、肌が陶器のように白い。
「初めましてですよね?桜十葉さん」
それに、日本語もすごく堪能だ。
「はい。そうですね。明梨ちゃんの彼氏さんに会えるの、すごく楽しみにしてました」
「僕もです。明梨が桜十葉さんの話ばかりしていたので1度お会いしたいと思ってました。ね?明梨」
ルイスさんはにっこりと私に微笑んで、隣で歩く明梨ちゃんの肩に腕を回す。
「もー、そんなことわざわざ言わなくてもいいでしょ!恥ずかしい~」
明梨ちゃん、凄く幸せそう。大好きな人が側に居て、自分のことを大切に扱ってくれているのだから当然だ。
私は隣で不機嫌そうに歩く裕翔くんを見つめた。
「…なに?」
「裕翔くん、どうしてそんなに不服そうな顔してるの?」
こんな機会は滅多にないんだから少しくらい楽しまないと!ハイランドには楽しそうな音楽が流れていて周りの人たちもみんな笑顔だ。
「だって、桜十葉が俺そっちのけで友達の彼氏と話してるからじゃん」
嫉妬、してたんだ……。可愛いなぁ。私はそう思い、裕翔くんの頭の撫でてあげたいという衝動に駆られる。裕翔くんが不機嫌な時にこんなことを思ったらだめだと分かっているのに、この欲望は止められない。
「裕翔くん、可愛い~!」
私はそう言って裕翔くんの頭を優しく撫でた。裕翔くんは私よりももっと身長が高いから、背伸びをしないと届かない。
「ひゅ~!桜十葉、めっちゃ甘々なんだね!私は彼氏さんのほうが桜十葉に甘えてるのかと思ったけど」
ルイスさんの隣から明梨ちゃんの楽しそうな顔が覗く。
「うぐ、……」
さすがに裕翔くんも私の親友の前では何も言えないようで、悔しそうに押し黙る。
私が他の男の人と話していたら、そんなに不安なのかな?ルイスさんと朱鳥ちゃんの彼氏さん、稀代(きだい)さんは彼女にしか目がいっていないというのに。
「裕翔くーん?私、さっき行ったばかりだよね?私は裕翔くんだけしか大好きになれないの!分かったなら早く行くよ!」
こんなことを自分の口で告げることはすごく恥ずかしかったけれど、私は怒ったように早口でそう言って、裕翔くんの腕を引いた。
私の言葉を聞いた裕翔くんが、驚いたように目を見開いた後、凄く嬉しそうに笑ってたのをこの場の私以外、みんなが見ていた。
「桜十葉は絶叫系とかいける?ちなみに私とルイスは壊滅的に無理なんだけど……」
みんなで神奈川最高級ハイランドの正面ゲートから入場して、今はどの乗り物に乗ろうかと相談中である。
「うん!全然いける!裕翔くんは?」
「俺も絶叫は好きだよ」
「あのぉー、私は大丈夫なんだけど稀代が絶叫系とかめっちゃ怖がるんだよねー」
朱鳥ちゃんが稀代さんの腕にからかうようにしてつんつんと突いている。
「朱鳥、俺は怖いんじゃなくて乗ったことないから分からないだけ」
「えーと、じゃあこのハイランドで一番怖いジェットコースターに乗るのは桜十葉と裕翔さんと朱鳥と稀代さんでいいよね?その間私とルイスはお昼ごはんの買い出ししとくね~」
「え、…?俺も乗るの!?」
「だって怖いかどうか分からないんでしょ?男を見せてみなさいよ、稀代!」
ふふっ、何だか朱鳥ちゃんと稀代さんを見ていると凄く心が温かくなるなぁ~。前はあんなに許嫁のことで悩んでいた朱鳥ちゃんが今は幸せそうにしているのが私はとても嬉しい。
このダブルデートの空間には、それぞれの幸せで溢れている。
恋って、こんなにも人を幸せにしてくれて笑顔になれるものなんだね。
でも、それだけが恋じゃないのは私ももう分かっている。沢山泣いて、沢山傷ついて、それでも一緒に幸せになりたいと思って頑張った2人が、本当に幸せになれる人たちだ。
これからも沢山笑って、沢山泣いて、大きな喧嘩をしてしまうかもしれない。
だけど裕翔くんとなら、どんなことでも乗り越えられる。そんな気がしてならないんだ。
私は愛おしい人の手を握って、トリプルデートを全力で楽しむ準備をした。
私はこれからも、この人の隣りに居たい。
「裕翔くんっ!ここに連れてきてくれてありがとう!」
きっと私は今、めちゃくちゃ幸せそうな顔で笑っているんだと思う。私の笑顔を見た裕翔くんの表情が、とても幸せそうだったから。
「そうだね。せっかくのデート、楽しもう」
裕翔くんはそう言って、私の手を握る力をギュッと強くした。
「……桜十葉、もうすぐだね…」
「う、うん……そうだね」
「稀代、大丈夫?めっちゃ震えてるけど」
「朱鳥、俺、やっぱ無理かもしれない……」
私たちが乗ろうとしていたジェットコースターは、思った以上に、恐ろしいものでした……。
さっきからそのジェットコースターに乗っている人たちの叫び声が私たちの恐怖心を煽る。
『皆さん、シートベルトの装着はお済みですか?それでは、行ってらっしゃ~い!』
アナウンスをする女性の声がやけに元気に耳元に響く。
大丈夫だよ、桜十葉……!私は絶叫系いけるんだから!
そう強く言い聞かせて、ギュッと目をつぶった。そして、ジェットコースターが90度に曲がって上に上がり始めた。
「桜十葉、大丈夫?手が震えてる」
私の隣に座って心配そうな顔をしながらそう言った裕翔くん。私はそれに、力いっぱいに頷く。
「ほら、桜十葉。手を貸して」
裕翔くんの大きくて綺麗な手が、私の小さな手を包み込んだ。
「これならもう怖くないでしょ?」
にこっと笑った裕翔くんの顔がとても優しかった。トクン、と胸が高鳴る。
「うん。ありがとう、裕翔くん」
ジェットコースターは何十メートルも上の地点まで進み、どんどん空に近づいていく。次は、180度に急降下する……!
ヒュッ────!!
体がふわっと浮いた感覚がして、もの凄いスピードでジェットコースターが走っていく。
「キャーーー!!」
ジェットコースターに乗っていた沢山の乗客の楽しそうな声や恐怖で死にそうな声。様々な声が聞こえる。もちろん私は、楽しい声を力いっぱいに出していた。
後ろの方に乗っている朱鳥ちゃんと稀代さんは、それはもう楽しさと恐怖が混ざりあった叫び声。朱鳥ちゃんはとても楽しんでいるようだが、稀代さんの声が途中から聞こえなくなった。
そういえば、裕翔くんの声が隣から全く聞こえない。
ジェットコースターはぐるんと1回転するのを何度も繰り返し、あちらこちらにくねくねと動く。
その速さは世界一と言ってもいいほどだった。
乗る前は少し怖かったけど、今はすっごく楽しいっ!
そうして約2分間、私たち4人はジェットコースターを楽しんだ。
「裕翔くん!楽しかったね」
「「……え?」」
裕翔くんと稀代さんの声が重なる。まるで、私が言ったことが信じられないというような顔をして。
「桜十葉~!これまた乗ろうよ!」
「うん!絶対に乗りたい!」
朱鳥ちゃんが楽しそうに笑う。2人の男子は頬がこけたようにげっそりとしている。
あれ、…?楽しくなかったのかな?
「裕翔くん?もしかして怖かった?」
「…え、いや。ううん、全然そんなことない」
裕翔くんは怖かったということを隠したいのか、無理ににこにこと笑顔を作った。そんなことしても、私は見破れるんだからね!
「朱鳥、俺はもう絶叫は今後一切乗らないから……」
「えぇー!何でよ、このジェットコースターがちょっとレベル高かっただけだって!」
稀代さんは青白い顔をして朱鳥ちゃんにそう告げる。それを聞いた朱鳥ちゃんは不服そうに口を尖らせていた。
***
私たちはジェットコースターに乗った後、お昼ごはんを買ってくれていた明梨ちゃんとルイスさんと集合した。
「みんな何が食べたいか分からなかったんだけどハンバーガー買っといたよ~!他にも食べたい人はこの近くに色々屋台が出てるらしいから行ってきてもいいからね」
明梨ちゃん、こういう時にみんなをまとめる力があるんだよなぁ。私には到底出来ないことで、そんな頼もしい明梨ちゃんをにこにこと見つめる。
「桜十葉はベーコンハムヘッグだよね?昔から好きって言ってた」
「え……!?買っててくれたんだ!ありがとう、明梨ちゃん」
私が好きだって言ってたハンバーガー、覚えててくれたんだ…。私はつい嬉しくなって明梨ちゃんをもっとにこにことした表情で見つめた。
明梨ちゃんはそんな私を見て、ふふん、と得意げに鼻を伸ばしていた。
ハンバーガー食べるの、何年ぶりだろう?
高校生の時までは両親がハンバーガーを食べることにめちゃくちゃ反対していたから食べれなかったのだけれど、実は1度だけ子供の時に食べたことがあったのだ。
条聖学院の帰り。その日は明梨ちゃんの家の車で送ってもらったのだけど、私の家に帰る前にハンバーガー屋さんに寄り道をしてもらったのだ。
その時に食べたハンバーガーが忘れられなくて、いつしかそれは私がもう1度だけ食べてみたいものになったんだ。
私たちは明梨ちゃんとルイスさんが買ってていてくれたお昼ごはんを大きなテーブルで食べ始めた。やっぱり、屋台も有名なレストランのメニューが並んでいたからなのか、すごく美味しそうだ。
「桜十葉、ベーコンハムエッグが好きなんだね。俺、今初めて知った」
「うん。私も言ったことなかったかも」
「じゃあこれからはもっと教えてね。桜十葉の好きな食べ物とか好きなこととか」
裕翔くんは美味しそうなナポリタンを食べながら、私を優しい目で見つめた。
「もちろんだよ。でもちゃんと裕翔くんのことも教えてね。いっつも私のことばかりなんだから、…」
私がそう言うと、隣りに座っていた明梨ちゃんが私の肩にバシッと手を置いた。
「桜十葉、私が思ってた以上に愛されてるね。心配する必要なかったみたい」
明梨ちゃんは、少しだけ大人びた口調で私にそう言った。私はそんな明梨ちゃんを見て不思議に思い首を傾げる。
「私さ、正直不安だった。…桜十葉が記憶をなくしたことがもしかしたら昔の彼氏さんのせいなんじゃないかって。今の彼氏は、昔の彼氏に似てるけど、雰囲気とかが全く違うよね」
明梨ちゃんは私にだけ聞こえる声でそう言った。その声は、優しさに溢れていた。
「うん。裕翔くんって言うの。すごく優しい人だよ」
私のことを大事にしてくれて、裕翔くんの口から出る言葉には全て、優しさが詰まっている。でも、裕翔くんは優しさだけじゃなく、強さも私にくれる。
私の背中をいつも押してくれていたのは裕翔くんだ。
「俺、桜十葉にめちゃくちゃ愛されてんね。すっごい嬉しい」
私の肩に、裕翔くんの顔がちょこんと乗せられた。私はそれにビクッと驚いて、一気に顔の熱が上昇していくのを感じた。
今の、聞かれてた……?
凄い恥ずかしい…っ!
「ふふ、やっぱり違う。…あの、裕翔さん」
「?」
明梨ちゃんが私たちのことを微笑ましそうに見つめていた。そして裕翔くんにとても強い目線を向けた。
「桜十葉のこと泣かせたら、私が桜十葉を奪いに行きますからね!なんてったって私は桜十葉の親友なので!」
明梨ちゃんの言葉に、裕翔くんは目を丸くした。
な、何言ってるの明梨ちゃん…!?
私は2人のことをきょろきょろと見つめる。
「はは、君、俺の兄貴と同じこと言うね。でもそんなことには絶対にさせないから君の出番はないかな」
王子様スマイルで裕翔くんはにこっと笑った。明梨ちゃんは裕翔くんのことをじっ…と見つめてからにこっと微笑み返した。
「はい。必ずそうしてください」
私を挟んで行われた会話は、私以外のみんなには聞こえなかった。
みんながお昼ごはんを食べ終わり、少し休憩していた時。今はルイスさんと稀代さんはこの場にいなくて2人で射的ゲームに行っていた。
よし…!今があのことを話すチャンスだ…!
明梨ちゃんと朱鳥ちゃんと裕翔くん、そして私だけが居るこの場。今までいつ話そうかと悩んでいたが今が一番いいかもしれない。
裕翔くんの本当の正体を2人に告げる。私はもう、大切な親友たちにこれ以上嘘を付き続けたくはないんだ。
「明梨ちゃん。朱鳥ちゃん。ちょっと話があるんだけど、……」
「何々~?裕翔さんとのラブラブ話とか教えてくれるのー?」
朱鳥ちゃんが楽しそうな声でそう言った。明梨ちゃんはオロオロとした口調でそう言った私を不思議そうに見つめている。
大丈夫だよ、桜十葉。この2人なら、大丈夫。
私の背中に、裕翔くんの大きな手が添えられた。まるで私を安心させてくれるようにその手は温かい。
「桜十葉、大丈夫。…怖いのは、俺も一緒だよ」
裕翔くんは少し緊張した表情だった。そうだよ、怖いのは私だけじゃない。裕翔くんがヤクザの組長の息子だと知って、あの2人に否定されることが怖い。
だけどいつまでもそんな理由で怖気づいていたら、私はもっと幸せにはなれないんだ。
2人のことを信じたい。信じて、みたい。
「明梨ちゃん、朱鳥ちゃん。…もし、驚かせちゃったらごめんね。実は、…」
私の不安な気持ちが伝わったのかさっきまで楽しそうにしていた2人が真剣な表情で私のことを見つめていた。でも、その瞳はどこまでも温かい。
「裕翔くん、は……坂口組っていうヤクザの…組長の息子なの。…今まで2人に隠しちゃってて、……ごめん…っ」
視界が歪む。私はそのことを言い終えたと同時に2人の顔が見れなくて俯いてしまった。
この空間に静かな間が続く。私の話を聞いた2人から、とても驚いている様子が嫌でも伝わってきてしまう。
やっぱり、……だめだったかな。私たちは、普通じゃないのかな…?2人は私を引き止めるかもしれない。もう裕翔くんと別れたほうがいいも言うかもしれない。
でも私は、認めてもらいたかった。この関係は普通じゃないなんてことはないんだって。私は、明梨ちゃんと朱鳥ちゃんになら分かってもらえると思っていた。
でも、─────っ
「…桜十葉。もしかして私たちのこと信じれてなかった?」
朱鳥ちゃんの悲しそうな声が耳に入る。その言葉に、ぎゅっと手を強く握った。
「知ってたよ、桜十葉。私たちは、ずっと前から知ってた」
明梨ちゃんの声が聞こえた。私は恐る恐る顔を上げて、2人の顔を見た────。
その表情は、驚くほどに、優しかったんだ─────。
私と裕翔くんの瞳が同時に見開かれる。
「桜十葉、裕翔さん。あなたたちの関係は、誰かに認めてもらうものじゃない。他人の許可なんていらない。人の目を気にしなくてもいい。だって、お互いがお互いのことを好きなのに、そんなつまらないことで縛られるのは、辛いでしょ?」
明梨ちゃんは私と同い年のはずなのに、今だけは私よりもずっと、大人の女性に見えた。
明梨ちゃんが言った言葉が、心に温かく浸透していく。そこでようやく、私は分かったんだ────。
相手がどんなに極悪人のヤクザの組長の息子でも、他人の許可なんて、全く必要ない。
私はそんな風に、考えていなかった。いや、違う。そんなことにさえ、気づけていなかったんだ……。
「桜十葉。誰かを愛することに、他人の許可なんて必要ないんだよ。桜十葉はね、もう我慢しなくていいんだよ」
朱鳥ちゃんが涙目になりながらそう告げた。その声がとても優しくて、私の瞳からはどんどん涙が溢れてくる。裕翔くんは、そんな私を優しく抱きしめていた。
「桜十葉、……俺たち、間違っていたのかもしれないね」
そうだね、裕翔くん……っ。私たちはもう、これ以上何かに縛られることは終わりにしないといけない。
君と、幸せになるために。
もちろん、今でも私にとっては十分過ぎるほど幸せなんだ。だけどもう、わざわざ隠したりなんかしないよ。
裕翔くんの正体を受け入れてくれて、側で見守ってくれていた人たちは、こんなにも私の近くに居たんだ───。
「2人とも、……っありがとう」
「もぉ~、…桜十葉ぁ!桜十葉が泣いちゃうから私まで泣いちゃったよー…」
朱鳥ちゃんは目を赤く充血させて、号泣していた。
「桜十葉、お礼なんて必要ないよ。でも、話してくれてありがとう。…怖かったよね。よく、頑張ったね」
隣に座っていた明梨ちゃんが目を赤くさせて、私の頭にポンと手を置いた。その手付きが優しくて、私はまた泣いてしまった。
「2人とも、本当にありがとう。俺、今まで悩んでたこと全部、綺麗さっぱりなくなったよ」
裕翔くんは私の手に自分の手を重ねて、明梨ちゃんと朱鳥ちゃんにそう告げた。そう言いながら笑った顔は、ひまわりが咲いたかのように温かくて、慈しみで溢れていた。
私たちはまだまだ幼くて、他人の言葉にすぐに傷ついて、何かにがんじがらめに縛り付けられてしまう。
私は今日、まだ成人にもなれていないただの19歳の女性になった。
辛く悲しい暗闇の中にあった過去を乗り越えて、その先にある光を信じようとした。
でも、それを乗り越えた今だからこそ言える。
裕翔くん。あなたが居るこの世界は、
こんなにも、温かくて、美しい─────。
抱えきれないほどの幸せをもらって、その分だけの幸せを裕翔くんにあげる。それを繰り返して、一緒に年をとり、いつまでも一緒に生きていたい。
こんな風に思ったのは、あなたが初めてなんだ。
✩.*˚side end✩.*˚
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