14 / 30
第8章「君に早く、会いたくて仕方なかった」
君のことが、大好きなのに 裕希side&私の初恋の人 桜十葉side
しおりを挟む
(裕希side)
出会いは中学2年生。俺がまだ、学ランを着ていた頃のお話。俺はあの日初めて、桜十葉と裕翔に“出逢った”。
あの頃から、桜十葉はとても可愛くて、真っ白でふにふにとした頬に、大きな瞳。その瞳には沢山の涙が溢れていて、思わず抱きしめたくなったとのは、俺だけの秘密。
桜十葉の泣き顔に、柄にもなく興奮して、もっとこの子を泣かせたい、なんていう変態妄想までしてしまいそうだった。それくらい、桜十葉は俺にとって、運命的だったんだ。
桜十葉が中学生になったら、必ずまた会いに行こうってずっと思っていた。そう、決めていたんだ。
***
(桜十葉side)
20○○年04月01日。朝。
『桜十葉~!いつまでも洗面所にいないの!桜十葉はお母さんの娘なんだから、十分可愛いわよ』
『もぉ~!!今はそれどころじゃないの!髪が寝癖だらけだよ』
生まれて早14年の月日が経とうとしている今日。私は今日、中学生になる。そして04月01日は、私の誕生日でもある日だ。私の髪は私自身の誕生日を祝っているかのように、ひどく爆発してしまっている。
なんで、よりによって、入学式の日に……!!
自分のストレートではないふわふわとした髪が、今日は1段と憎い。
『ほら、貸してみなさい。お母さんが何とかしてあげるから』
私がこんなにも髪を気にしたり、いつもはしないメイクをしている理由。それは、
「桜十葉が中学生になったら、また会いに来るよ。必ずね」
記憶の奥にいる、私の大好きな人。私がまだその頃、幼すぎたせいか、その初恋の人の顔を思い出すことが出来ない。でも、その人はとてもかっこよくて、すごく優しい笑みを私に向けてくれていた気がする。
小学生の間に私は沢山可愛くなるために頑張った。ちょっといけないことかもしれないけど、一条に頼んでメイクセットを沢山買ってもらったりして美容に興味を持ったのだ。
記憶の中に居続ける人が、私を好きになってくれるように。また、優しい表情で笑ってくれるように。
『よしっ!完成!今日もとっても可愛いわぁ~!』
お母さんがこれ以上ないというほどに褒めまくるから、私は思わず照れてしまう。鏡の中の自分を見る。普段より一段と可愛くなれた。これなら、彼も私を好きになってくれるかもしれない。
『ねぇねぇ、これなら男の子、イチコロかな?』
『ふふっ、そんなこと言っちゃって!そんなの当たり前よ』
私は、今日から条聖学院中等部に通う。条聖学院は幼児部・小学部・中等部・高等部・大学部の計5つの部が存在する、超大型学院だ。
これは、日本一最高クラスの学校と言ってもいいほどだ。私はここに、幼児部の頃から通っていて、顔馴染みの子が沢山いて、そんなに不安は抱いていない。
今年も、明梨ちゃんと一緒のクラスになれるかな?私はこれまで特進クラス生として最上位に君臨していたけれど、中学校の勉強は小学校よりも倍以上難しくなるだろう。
そんな中で、ちゃんと頑張れるのかな?勉強面の方で不安になるのは山々だが、……。
『桜十葉~、まただめなこと考えてたね?大丈夫よ。桜十葉なら。好きな子だって落とせるし、勉強だって、きっと大丈夫よ。だって桜十葉は毎日沢山、努力して頑張ってるんだからね』
『っうん!ありがと』
お母さんのおかげで、自身がついた。よし、これなら何が起こっても頑張れそうな気がする。
入学式の日。私はいつも通り一条の黒い車に乗って学校まで向かった。条聖学院に着いたら、何やら周りがざわざわとしてうるさかった。何だろうと不思議に思って、一条と共に大きくて豪華すぎる正門をくぐると、そこには────、
『え、………』
その光景にら思わず目を見開いた。みんなの中心に立っていたのは、“あの人”だったから。
『どうして、……!』
逸(はや)る気持ちを必死に抑えながら、私は唇を噛みしめる。気を抜いたら、泣いてしまいそうだった。
その人は、彼は、……裕希くんは、あの頃と変わらずにとてもかっこよくて、韓国のK-POPアイドル並みのパーフェクトフェイスで、すらっとした高身長に凛々しい眉が特徴的な“男の人”になっていた────。
裕希くんが、ゆっくりとこちらに目を向けた。裕希くんに見つめられたというその事実に、体が震えてしまう。どう思われるかな…、どう思ってくれるのかな…。
あの頃とは違う、私の姿を。初めて会ったあの日、私は生まれて初めて、人に恋をするという感情を知った。初恋だったんだ。私にとって。
道に迷って泣いていた私を、裕希くんは見つけ出してくれた。でもあの時、裕希くんだって、なんだかとても、道に迷った男の子のように見えたのは、気のせいだったのだろうか。
不安そうにしている私を優しく抱きしめて、温かい温もりをくれた。優しい声音で、優しい表情で、すごくドキドキしていたのを、昨日のことのように思い出せてしまう。また、裕希くんは、─────
『おはよう、桜十葉ちゃん。6年ぶりだね』
優しい声音でそう言って、ふわっと花が咲くように、優しく微笑んでくれるのだ。
周りから喚起と悲鳴が聞こえたと脳内が理解したときには、私の体は温かい温もりに包まれていた。あの頃とは違って、強く、強く抱きしめられているのに、その温もりだけは変わらない。
とても安心するような、とても好きな匂いが鼻腔(びこう)をくすぐる。
『きゃーーー!!誰なの、あの子!!』
『あのかっこいい人の彼女って、やっぱりこの学校にいたんだーーーーーっ!!』
興奮したようにそう叫ぶ女の子たちの声が、遠くから響いているように聞こえる。私の目の前には、とてもかっこよくて、綺麗な男の人が立っていた。
『迎えに来たよ。桜十葉。やっと、…こうやって抱きしめられる』
裕希くんの吐き出した吐息が私の耳たぶにあたる。きっと、私の顔はすごく赤くなってしまっているんだろうなあ。
ドクドクドク、……
ドキドキドキドキ…
だってこんなにも、ドキドキしているのだから。
『っ、……裕、希くん~』
全身の力が抜けてしまって、倒れそうになった私の体を裕希くんがすかさず抱き止めてくれる。
『大丈夫?俺、かっこよくなれたかな…?君に早く、会いたくて仕方がなかった』
少し自信な下げに眉を下げてそう問うてくる裕希くん。そんな裕希くんの腕が、私の腰に回っていて、上半身が裕希とぴったりとくっついた状態になってしまっている。
『う、うん……っ!もちろんだよ!かっこよくなりすぎてて、誰かと思っちゃった…!』
少し恥ずかしいけれど、私は本当のことを伝えたかった。
『え、ほんとに…?マジか、桜十葉ちゃんにそう言ってもらえるなんて、俺、今日まで生きてきた甲斐があった』
最後の方の台詞は私にはあまり理解出来なかったけれど、すごく嬉しそうに頬を緩めて笑っている裕希くんを見ていると、そんなことはどうでもよくなってしまう。
『ねぇ、桜十葉ちゃん。桜十葉って呼んでもいい?てかすげー呼びたい』
『え、お、おと……呼び捨て!?う、うん…いいよ!』
『マジ!?やった!』
さっきから、裕希くんの一挙手一投足にころころと振り回されている気がする。顔が真っ赤になってしまう。なんだかそれが不満で、私も仕返しをしようと試みた。
『じゃ、じゃあ私も……裕希くんのこと、裕希って呼んでもいいよね?』
裕希くんよりも背が低いから、必然的に上目遣いになってしまっている。次は裕希くんが、真っ赤になる番だった。
『えー、マジか……。破壊力エグすぎ』
とても優しく、でもとても明るい表情をして、目を細めて笑う裕希くんの方がよっぽど、破壊力があるよ。心の中でそう呟いて、ふふっと笑う。
『桜十葉って結構、小悪魔系なんだな…』
そう青い顔をして呟いた裕希くんは、なんだかさっきから面白い。赤くなったり青くなったり、本当に感情の豊かな人だなあ。そういうところに、また惚れてしまう。
『私、裕希のこと、……大好き』
………。
……………?
…………………!?
『え、……?おと、』
『あ、えっ、えっと、……!あの、違くて、あ、違うとかじゃないの…。なんか勝手に、言っちゃってた』
みんながいるのに。ここには、私と裕希くんだけがいるわけじゃないのに。でも私がこんなにも慌てている一番の理由は、裕希くんはこの言葉を聞いて、どう思ったのかってこと……っ!
『俺も、大好きだよ……っ、あの日、桜十葉に初めて会った日から、ずっと……桜十葉のことが好きだった』
その言葉が、嬉しくて嬉しくて仕方がない。私は嬉しさのあまり、思わず裕希に抱きついた。今日、ようやく14歳になって、それと同時に中学1年生になる私の恋人は、私とは8歳も離れている、大人の男の人でした。
『桜十葉、お誕生日おめでとう。それと、中学入学、おめでとう』
すごく嬉しそうな顔をして、私を抱き上げた裕希くん。その全てが、何かの恋愛映画のワンシーンのようで、すごくわくわくドキドキしてしまう。でも、なんで、
『なんで、今日が私の誕生時だってことを知ってるの?』
『え?だって、桜十葉が俺に教えてくれたんだよ。忘れちゃった?あの日、桜十葉が迷子になった日も、04月01日だったんだよ。だから、桜十葉、すげえ泣いてたなあ。“お母さんが私のためにケーキを買ってきてくれるのに”ってね』
ニコッと微笑んだ裕希くんは、私の顔がどんどん真っ赤になっていくのを楽しむかのように、私の頬を優しく擦った。
私がもうあまり覚えていない昔のことまで、裕希くんは正確に覚えてしまっている。その事実に、なんだか気恥ずかしいような、穴があったら今すぐ入りたいというような気持ちがあった。
『あ、そうだ。桜十葉、実は俺もね、今日大学4年生になったんだよ。褒めてほしい。ね?』
ほ、褒めるだなんて……。でも、そうだよね。私たちはきっと、これまで沢山沢山、我慢してきたんだ。これまで我慢してきた私たちに、少しくらいご褒美があっても、きっと神様は許してくれるよね。
『うん。おめでとう。裕希はすっごくいい子だね』
裕希くんのサラサラとしたミルクティー色の髪を優しく撫でながら、そう囁く。普段の私からは、想像長もできないような恥ずかしい台詞が、裕希のお願いなら、と簡単に口からこぼれてしまう。
『やばいね、それ。すっごくいい』
裕希は気持ち良さそうに目を細める。なんだか、猫みたいで可愛い。
かっこよくて可愛いだなんて、こんなの、世の中の男子に恨まれたって文句は言えないんじゃないのかな。
なんて、変なことを考えながら、私は裕希くんに笑いかけた。
裕希は、私を抱きしめる力を強くして、撫でられたのが気持ちよかったのか、今度は私の顔に自分の顔を近づけて、頬ずりをした。
『ふふ、裕希、甘えたいの?』
『なに?大人のおにーさんはちゅーがくせーに甘えちゃいけないんですかー?』
なんて言って、唇を尖らせて拗ねたような顔をする裕希のことが、なんだかとっても可愛くて、でもそれ以上に、愛おしい。
『ううん。好きなだけ甘えていいよ』
少し恥ずかしいけれど、裕希に甘えられるのは嫌いじゃない。どちらかというと、結構好きだ。
『ねぇ、俺、かっこいい?』
『ん~、今はどちらかというと可愛いが勝ってるかも……ちょっ…裕希……!?何して、』
ちゅっ。
唇に感じる、温かい温もり。一瞬だったけれど、それを理解するにはすごく時間がかかってしまった。周りの歓声(嘆き)がどんどん大きくなっていることに気づいた私は、顔が真っ赤なまま、裕希を正門の外へと連れて行く。それはもう、獅子奮迅の勢いで…。
朝。もう殆どの生徒が学校に入って、誰もいない正門。学校の中からはまだまだ賑わう声が聞こえてくるけれど、この場所だけは二人きり。
『どうした?桜十葉』
裕希は、すごく楽しそうに笑う。笑っているけれど、なぜかとても、寂しそうに見えた。どうして、なんで、……?私たちはようやく幸せになれたはずなのに、どうして貴方は、寂しそうな顔をしているの?
今日は、私の誕生日だけど、入学式の日でもあって、でもきっと、ずっと残る幸せな記憶は、裕希と両想いになれたこと。それなのに、どうして君は、暗闇の中にいるような、瞳をするのだろう。
気づいてはいたの。気づいては、いたんだよ……。裕希が、普通に恋愛を、できない理由。きっと幼い頃から、まだ幼すぎた私にだって、裕希の葛藤に気づいていたんだ。
あの日。私を助けてくれた日。本当は君だって、家を抜け出したんじゃないの……?その理由を、裕希の口から、聞いてみたい。
『桜十葉、……?っ、……!?』
だから、ね……、裕希は一人なんかじゃないの。一人なんかじゃ、ないんだよ…。もう、一人で何でも抱えようとしないで…。
そういう思いを込めて、私は優しく裕希を抱きしめた。
『裕希。これからはね、……嬉しかったことも、悲しかったことも、全部話していいからね。私はちゃんと、受け止めてあげられると思うから』
『桜十、葉……?』
裕希の瞳が、不安定に激しく揺れる。彼はきっと、その瞳が涙目になっていることなんて、知らないのだろう。そして今、自分が涙を流していることさえも、……。
『裕希、私はね……よく仲の良い友達から、天然だねって言われたりするの。他の子からも、鈍感だとか、色々そういうことを言われる。
自分でも自覚はしてるよ。ただね、これだけは知っておいて欲しい。私だってもう、大人になり始めてるんだよ?』
『………うん』
裕希は静かに、そして素直に私の話に耳を傾けて聞いてくれている。
『人の気持だって、ちゃんと考えられるようになったし、気づくことも出来始めてる。裕希が何を抱えているのかは、私には分からない。
でも、私は、……裕希と一緒に、幸せになりたいの。だからね、裕希が何か、一人では抱えきれないほどの大きなものを背負っているんだとしたら、私にそれを、半分分けてほしい』
私の話をずっと静かに聞いていた裕希の頬に、綺麗な1粒の涙が流れる。それは、とても重くて、苦しい涙なのだろう。
私は、人の心を読める能力なんて持っていないから、その人の口から聞くことしかできない。
でも、でもね、…
『辛いことほど、誰かに聞いてもらったら、すごく楽になるんだよ』
まるで14歳の自分が学んできたことを、22歳の裕希に教えているなんて、すごく笑えちゃうけれど、裕希はそんなことで、笑ったりなんかしない。絶対に。
『桜十葉、俺、……っ、桜十葉に出会えて本当に良かった……っ』
『うん、…』
(裕希side)
俺と、弟の裕翔は許されることのない罪を、犯してしまったのを、桜十葉はきっと、思い出すことは出来ないだろう。なぜなら桜十葉は、桜十葉は、────
“記憶の一部を、失ってしまっているから───”
それも、一度だけじゃない。すべては、俺たちのせい。俺達が、犯してしまった罪だ────。
俺は、桜十葉とずっと、一緒にいたい。一緒にいたいのに、本音でそうすることが出来ないのは、きっと、あの日からなんだ──────。
俺と桜十葉と裕翔が出会ったのは、桜十葉が6歳の時だった。その時俺は14歳で、裕翔は12歳だった。
こんなにも桜十葉と年が離れていたのに、あの日から桜十葉のことが脳裏に張り付いて、忘れることができない。それくらい、おかしいくらいに惹かれていたのだと思う。
6年間、親から愛情をもらって育ってきました、というような桜十葉に。俺たちは、喉から手が出てしまうほどに、そんな桜十葉を欲した。
桜十葉を通じて、温かい温もりが、温かい幸せを、感じてみたかった。そんな、最低な理由から、俺と桜十葉の関係は始まったんだ。
自分だけのものにしたい。そう思った。きっと、裕翔だってそう思ったはずだ。
双子じゃないのに、瓜二つの俺たちは、考えていることも、行動も、同じになってしまっていることの方が、多かったと思う。そう思ったのは、裕翔に初めて会ったあの日からだ。
『裕希。これからはね、……嬉しかったことも、悲しかったことも、全部話していいからね。私はちゃんと、受け止めてあげられると思うから』
心の中を、読まれたのかと一瞬本気で思った。喉からひゅっと音が出てしまうくらい、俺は焦った。
まだ、中学1年生。まだ、13歳。
そんなことを、忘れてしまうくらいに、桜十葉の瞳の色は、俺よりも遥かに、大人だった。8歳も歳上なのに、桜十葉のほうが何倍も、人生を生きてきたような気がして仕方がない。
それと同時に桜十葉のことを、心底恨めしく思ってしまった───。
俺とは違う、その子に。幸せを沢山もらえているその子に。
欲しい欲しい欲しい、……俺だって、普通の人として普通の暮らしをしたい。これは、小学生の頃に思っていたこと。学校にも行かせてもらえず、暗い部屋で、大きすぎる部屋で、一人パソコンに向かって勉強をする。
それが、最低限の親の愛だと思いたかった。思いたかったけれど、俺たちにはそれが、出来なかった────。
俺はあの日、全てに耐えられなくなって家を抜け出した。まだ会ったこともない自分の弟に、会うことになるとも知らずに。
そして、あの日。俺たちがそんな不順なことをしなければ、していなければ、───桜十葉が傷ついてしまう未来など来なかったのではないか。いや、絶対に来なかった。
だって桜十葉は、俺のせいで、裕翔のせいで、あんな目にあってしまったのだから。
裕翔は今、20歳の大学2年生。これから先、どんなことがあったとしても、俺は桜十葉を手放すことは出来ない。
それくらい、桜十葉のことを好きになってしまったから───。初めは、本当にただの欲望だった。幸せが欲しい。だから、桜十葉が欲しい。でも今は、
『私は、……裕希と一緒に、幸せになりたいの。だからね、裕希が何か、一人では抱えきれないほどの大きなものを背負っているんだとしたら、私にそれを、半分分けて欲しい』
ただただ、桜十葉と一緒に幸せになれることを、祈っている。こんなにも優しい桜十葉を、騙し続ける俺は、なんて、最低な奴なのだろう。
『辛いことほど、誰かに聞いてもらったら、楽になるんだよ』
この子は俺に、どれだけの優しい言葉をくれるのだろう。冷え切った俺の心が、芯から温かい優しさで包まれていくように感じた。
でも俺は、所詮はヤクザの息子で、桜十葉をこちらの世界に踏み入れさせてはならない。俺といることで、純粋で幸せな桜十葉の今を壊していってしまうかもしれない。
俺の恋人だなんて、いつひどい目に遭うかさえも分からないんだ。
その時、俺はちゃんと桜十葉の隣にいてやれているだろうか。ちゃんと、守ってやることが出来るだろうか。
『桜十葉、俺、……っ、桜十葉に出会えて本当に良かった……っ』
沢山の疑問が頭に浮かぶ。だけど俺は、もう、我慢しないって決めたんだよ。この21年間、俺が幸せを感じられた日なんて、桜十葉に初めて出会った日だけだった。
『これからもずっと、俺の側にいて───、俺から離れて行こうと、しないで』
正直めちゃくちゃカッコ悪かったと思う。涙を流しながら乞う男の姿なんて、…。でも、桜十葉は、そんなことを思うような子じゃないと思っているから、安心してしまう。
これから、よろしくね。桜十葉。
そして、俺と桜十葉が一緒に居られる時間の、カウントダウンを始めよう────。
✩.*˚side end✩.*˚
出会いは中学2年生。俺がまだ、学ランを着ていた頃のお話。俺はあの日初めて、桜十葉と裕翔に“出逢った”。
あの頃から、桜十葉はとても可愛くて、真っ白でふにふにとした頬に、大きな瞳。その瞳には沢山の涙が溢れていて、思わず抱きしめたくなったとのは、俺だけの秘密。
桜十葉の泣き顔に、柄にもなく興奮して、もっとこの子を泣かせたい、なんていう変態妄想までしてしまいそうだった。それくらい、桜十葉は俺にとって、運命的だったんだ。
桜十葉が中学生になったら、必ずまた会いに行こうってずっと思っていた。そう、決めていたんだ。
***
(桜十葉side)
20○○年04月01日。朝。
『桜十葉~!いつまでも洗面所にいないの!桜十葉はお母さんの娘なんだから、十分可愛いわよ』
『もぉ~!!今はそれどころじゃないの!髪が寝癖だらけだよ』
生まれて早14年の月日が経とうとしている今日。私は今日、中学生になる。そして04月01日は、私の誕生日でもある日だ。私の髪は私自身の誕生日を祝っているかのように、ひどく爆発してしまっている。
なんで、よりによって、入学式の日に……!!
自分のストレートではないふわふわとした髪が、今日は1段と憎い。
『ほら、貸してみなさい。お母さんが何とかしてあげるから』
私がこんなにも髪を気にしたり、いつもはしないメイクをしている理由。それは、
「桜十葉が中学生になったら、また会いに来るよ。必ずね」
記憶の奥にいる、私の大好きな人。私がまだその頃、幼すぎたせいか、その初恋の人の顔を思い出すことが出来ない。でも、その人はとてもかっこよくて、すごく優しい笑みを私に向けてくれていた気がする。
小学生の間に私は沢山可愛くなるために頑張った。ちょっといけないことかもしれないけど、一条に頼んでメイクセットを沢山買ってもらったりして美容に興味を持ったのだ。
記憶の中に居続ける人が、私を好きになってくれるように。また、優しい表情で笑ってくれるように。
『よしっ!完成!今日もとっても可愛いわぁ~!』
お母さんがこれ以上ないというほどに褒めまくるから、私は思わず照れてしまう。鏡の中の自分を見る。普段より一段と可愛くなれた。これなら、彼も私を好きになってくれるかもしれない。
『ねぇねぇ、これなら男の子、イチコロかな?』
『ふふっ、そんなこと言っちゃって!そんなの当たり前よ』
私は、今日から条聖学院中等部に通う。条聖学院は幼児部・小学部・中等部・高等部・大学部の計5つの部が存在する、超大型学院だ。
これは、日本一最高クラスの学校と言ってもいいほどだ。私はここに、幼児部の頃から通っていて、顔馴染みの子が沢山いて、そんなに不安は抱いていない。
今年も、明梨ちゃんと一緒のクラスになれるかな?私はこれまで特進クラス生として最上位に君臨していたけれど、中学校の勉強は小学校よりも倍以上難しくなるだろう。
そんな中で、ちゃんと頑張れるのかな?勉強面の方で不安になるのは山々だが、……。
『桜十葉~、まただめなこと考えてたね?大丈夫よ。桜十葉なら。好きな子だって落とせるし、勉強だって、きっと大丈夫よ。だって桜十葉は毎日沢山、努力して頑張ってるんだからね』
『っうん!ありがと』
お母さんのおかげで、自身がついた。よし、これなら何が起こっても頑張れそうな気がする。
入学式の日。私はいつも通り一条の黒い車に乗って学校まで向かった。条聖学院に着いたら、何やら周りがざわざわとしてうるさかった。何だろうと不思議に思って、一条と共に大きくて豪華すぎる正門をくぐると、そこには────、
『え、………』
その光景にら思わず目を見開いた。みんなの中心に立っていたのは、“あの人”だったから。
『どうして、……!』
逸(はや)る気持ちを必死に抑えながら、私は唇を噛みしめる。気を抜いたら、泣いてしまいそうだった。
その人は、彼は、……裕希くんは、あの頃と変わらずにとてもかっこよくて、韓国のK-POPアイドル並みのパーフェクトフェイスで、すらっとした高身長に凛々しい眉が特徴的な“男の人”になっていた────。
裕希くんが、ゆっくりとこちらに目を向けた。裕希くんに見つめられたというその事実に、体が震えてしまう。どう思われるかな…、どう思ってくれるのかな…。
あの頃とは違う、私の姿を。初めて会ったあの日、私は生まれて初めて、人に恋をするという感情を知った。初恋だったんだ。私にとって。
道に迷って泣いていた私を、裕希くんは見つけ出してくれた。でもあの時、裕希くんだって、なんだかとても、道に迷った男の子のように見えたのは、気のせいだったのだろうか。
不安そうにしている私を優しく抱きしめて、温かい温もりをくれた。優しい声音で、優しい表情で、すごくドキドキしていたのを、昨日のことのように思い出せてしまう。また、裕希くんは、─────
『おはよう、桜十葉ちゃん。6年ぶりだね』
優しい声音でそう言って、ふわっと花が咲くように、優しく微笑んでくれるのだ。
周りから喚起と悲鳴が聞こえたと脳内が理解したときには、私の体は温かい温もりに包まれていた。あの頃とは違って、強く、強く抱きしめられているのに、その温もりだけは変わらない。
とても安心するような、とても好きな匂いが鼻腔(びこう)をくすぐる。
『きゃーーー!!誰なの、あの子!!』
『あのかっこいい人の彼女って、やっぱりこの学校にいたんだーーーーーっ!!』
興奮したようにそう叫ぶ女の子たちの声が、遠くから響いているように聞こえる。私の目の前には、とてもかっこよくて、綺麗な男の人が立っていた。
『迎えに来たよ。桜十葉。やっと、…こうやって抱きしめられる』
裕希くんの吐き出した吐息が私の耳たぶにあたる。きっと、私の顔はすごく赤くなってしまっているんだろうなあ。
ドクドクドク、……
ドキドキドキドキ…
だってこんなにも、ドキドキしているのだから。
『っ、……裕、希くん~』
全身の力が抜けてしまって、倒れそうになった私の体を裕希くんがすかさず抱き止めてくれる。
『大丈夫?俺、かっこよくなれたかな…?君に早く、会いたくて仕方がなかった』
少し自信な下げに眉を下げてそう問うてくる裕希くん。そんな裕希くんの腕が、私の腰に回っていて、上半身が裕希とぴったりとくっついた状態になってしまっている。
『う、うん……っ!もちろんだよ!かっこよくなりすぎてて、誰かと思っちゃった…!』
少し恥ずかしいけれど、私は本当のことを伝えたかった。
『え、ほんとに…?マジか、桜十葉ちゃんにそう言ってもらえるなんて、俺、今日まで生きてきた甲斐があった』
最後の方の台詞は私にはあまり理解出来なかったけれど、すごく嬉しそうに頬を緩めて笑っている裕希くんを見ていると、そんなことはどうでもよくなってしまう。
『ねぇ、桜十葉ちゃん。桜十葉って呼んでもいい?てかすげー呼びたい』
『え、お、おと……呼び捨て!?う、うん…いいよ!』
『マジ!?やった!』
さっきから、裕希くんの一挙手一投足にころころと振り回されている気がする。顔が真っ赤になってしまう。なんだかそれが不満で、私も仕返しをしようと試みた。
『じゃ、じゃあ私も……裕希くんのこと、裕希って呼んでもいいよね?』
裕希くんよりも背が低いから、必然的に上目遣いになってしまっている。次は裕希くんが、真っ赤になる番だった。
『えー、マジか……。破壊力エグすぎ』
とても優しく、でもとても明るい表情をして、目を細めて笑う裕希くんの方がよっぽど、破壊力があるよ。心の中でそう呟いて、ふふっと笑う。
『桜十葉って結構、小悪魔系なんだな…』
そう青い顔をして呟いた裕希くんは、なんだかさっきから面白い。赤くなったり青くなったり、本当に感情の豊かな人だなあ。そういうところに、また惚れてしまう。
『私、裕希のこと、……大好き』
………。
……………?
…………………!?
『え、……?おと、』
『あ、えっ、えっと、……!あの、違くて、あ、違うとかじゃないの…。なんか勝手に、言っちゃってた』
みんながいるのに。ここには、私と裕希くんだけがいるわけじゃないのに。でも私がこんなにも慌てている一番の理由は、裕希くんはこの言葉を聞いて、どう思ったのかってこと……っ!
『俺も、大好きだよ……っ、あの日、桜十葉に初めて会った日から、ずっと……桜十葉のことが好きだった』
その言葉が、嬉しくて嬉しくて仕方がない。私は嬉しさのあまり、思わず裕希に抱きついた。今日、ようやく14歳になって、それと同時に中学1年生になる私の恋人は、私とは8歳も離れている、大人の男の人でした。
『桜十葉、お誕生日おめでとう。それと、中学入学、おめでとう』
すごく嬉しそうな顔をして、私を抱き上げた裕希くん。その全てが、何かの恋愛映画のワンシーンのようで、すごくわくわくドキドキしてしまう。でも、なんで、
『なんで、今日が私の誕生時だってことを知ってるの?』
『え?だって、桜十葉が俺に教えてくれたんだよ。忘れちゃった?あの日、桜十葉が迷子になった日も、04月01日だったんだよ。だから、桜十葉、すげえ泣いてたなあ。“お母さんが私のためにケーキを買ってきてくれるのに”ってね』
ニコッと微笑んだ裕希くんは、私の顔がどんどん真っ赤になっていくのを楽しむかのように、私の頬を優しく擦った。
私がもうあまり覚えていない昔のことまで、裕希くんは正確に覚えてしまっている。その事実に、なんだか気恥ずかしいような、穴があったら今すぐ入りたいというような気持ちがあった。
『あ、そうだ。桜十葉、実は俺もね、今日大学4年生になったんだよ。褒めてほしい。ね?』
ほ、褒めるだなんて……。でも、そうだよね。私たちはきっと、これまで沢山沢山、我慢してきたんだ。これまで我慢してきた私たちに、少しくらいご褒美があっても、きっと神様は許してくれるよね。
『うん。おめでとう。裕希はすっごくいい子だね』
裕希くんのサラサラとしたミルクティー色の髪を優しく撫でながら、そう囁く。普段の私からは、想像長もできないような恥ずかしい台詞が、裕希のお願いなら、と簡単に口からこぼれてしまう。
『やばいね、それ。すっごくいい』
裕希は気持ち良さそうに目を細める。なんだか、猫みたいで可愛い。
かっこよくて可愛いだなんて、こんなの、世の中の男子に恨まれたって文句は言えないんじゃないのかな。
なんて、変なことを考えながら、私は裕希くんに笑いかけた。
裕希は、私を抱きしめる力を強くして、撫でられたのが気持ちよかったのか、今度は私の顔に自分の顔を近づけて、頬ずりをした。
『ふふ、裕希、甘えたいの?』
『なに?大人のおにーさんはちゅーがくせーに甘えちゃいけないんですかー?』
なんて言って、唇を尖らせて拗ねたような顔をする裕希のことが、なんだかとっても可愛くて、でもそれ以上に、愛おしい。
『ううん。好きなだけ甘えていいよ』
少し恥ずかしいけれど、裕希に甘えられるのは嫌いじゃない。どちらかというと、結構好きだ。
『ねぇ、俺、かっこいい?』
『ん~、今はどちらかというと可愛いが勝ってるかも……ちょっ…裕希……!?何して、』
ちゅっ。
唇に感じる、温かい温もり。一瞬だったけれど、それを理解するにはすごく時間がかかってしまった。周りの歓声(嘆き)がどんどん大きくなっていることに気づいた私は、顔が真っ赤なまま、裕希を正門の外へと連れて行く。それはもう、獅子奮迅の勢いで…。
朝。もう殆どの生徒が学校に入って、誰もいない正門。学校の中からはまだまだ賑わう声が聞こえてくるけれど、この場所だけは二人きり。
『どうした?桜十葉』
裕希は、すごく楽しそうに笑う。笑っているけれど、なぜかとても、寂しそうに見えた。どうして、なんで、……?私たちはようやく幸せになれたはずなのに、どうして貴方は、寂しそうな顔をしているの?
今日は、私の誕生日だけど、入学式の日でもあって、でもきっと、ずっと残る幸せな記憶は、裕希と両想いになれたこと。それなのに、どうして君は、暗闇の中にいるような、瞳をするのだろう。
気づいてはいたの。気づいては、いたんだよ……。裕希が、普通に恋愛を、できない理由。きっと幼い頃から、まだ幼すぎた私にだって、裕希の葛藤に気づいていたんだ。
あの日。私を助けてくれた日。本当は君だって、家を抜け出したんじゃないの……?その理由を、裕希の口から、聞いてみたい。
『桜十葉、……?っ、……!?』
だから、ね……、裕希は一人なんかじゃないの。一人なんかじゃ、ないんだよ…。もう、一人で何でも抱えようとしないで…。
そういう思いを込めて、私は優しく裕希を抱きしめた。
『裕希。これからはね、……嬉しかったことも、悲しかったことも、全部話していいからね。私はちゃんと、受け止めてあげられると思うから』
『桜十、葉……?』
裕希の瞳が、不安定に激しく揺れる。彼はきっと、その瞳が涙目になっていることなんて、知らないのだろう。そして今、自分が涙を流していることさえも、……。
『裕希、私はね……よく仲の良い友達から、天然だねって言われたりするの。他の子からも、鈍感だとか、色々そういうことを言われる。
自分でも自覚はしてるよ。ただね、これだけは知っておいて欲しい。私だってもう、大人になり始めてるんだよ?』
『………うん』
裕希は静かに、そして素直に私の話に耳を傾けて聞いてくれている。
『人の気持だって、ちゃんと考えられるようになったし、気づくことも出来始めてる。裕希が何を抱えているのかは、私には分からない。
でも、私は、……裕希と一緒に、幸せになりたいの。だからね、裕希が何か、一人では抱えきれないほどの大きなものを背負っているんだとしたら、私にそれを、半分分けてほしい』
私の話をずっと静かに聞いていた裕希の頬に、綺麗な1粒の涙が流れる。それは、とても重くて、苦しい涙なのだろう。
私は、人の心を読める能力なんて持っていないから、その人の口から聞くことしかできない。
でも、でもね、…
『辛いことほど、誰かに聞いてもらったら、すごく楽になるんだよ』
まるで14歳の自分が学んできたことを、22歳の裕希に教えているなんて、すごく笑えちゃうけれど、裕希はそんなことで、笑ったりなんかしない。絶対に。
『桜十葉、俺、……っ、桜十葉に出会えて本当に良かった……っ』
『うん、…』
(裕希side)
俺と、弟の裕翔は許されることのない罪を、犯してしまったのを、桜十葉はきっと、思い出すことは出来ないだろう。なぜなら桜十葉は、桜十葉は、────
“記憶の一部を、失ってしまっているから───”
それも、一度だけじゃない。すべては、俺たちのせい。俺達が、犯してしまった罪だ────。
俺は、桜十葉とずっと、一緒にいたい。一緒にいたいのに、本音でそうすることが出来ないのは、きっと、あの日からなんだ──────。
俺と桜十葉と裕翔が出会ったのは、桜十葉が6歳の時だった。その時俺は14歳で、裕翔は12歳だった。
こんなにも桜十葉と年が離れていたのに、あの日から桜十葉のことが脳裏に張り付いて、忘れることができない。それくらい、おかしいくらいに惹かれていたのだと思う。
6年間、親から愛情をもらって育ってきました、というような桜十葉に。俺たちは、喉から手が出てしまうほどに、そんな桜十葉を欲した。
桜十葉を通じて、温かい温もりが、温かい幸せを、感じてみたかった。そんな、最低な理由から、俺と桜十葉の関係は始まったんだ。
自分だけのものにしたい。そう思った。きっと、裕翔だってそう思ったはずだ。
双子じゃないのに、瓜二つの俺たちは、考えていることも、行動も、同じになってしまっていることの方が、多かったと思う。そう思ったのは、裕翔に初めて会ったあの日からだ。
『裕希。これからはね、……嬉しかったことも、悲しかったことも、全部話していいからね。私はちゃんと、受け止めてあげられると思うから』
心の中を、読まれたのかと一瞬本気で思った。喉からひゅっと音が出てしまうくらい、俺は焦った。
まだ、中学1年生。まだ、13歳。
そんなことを、忘れてしまうくらいに、桜十葉の瞳の色は、俺よりも遥かに、大人だった。8歳も歳上なのに、桜十葉のほうが何倍も、人生を生きてきたような気がして仕方がない。
それと同時に桜十葉のことを、心底恨めしく思ってしまった───。
俺とは違う、その子に。幸せを沢山もらえているその子に。
欲しい欲しい欲しい、……俺だって、普通の人として普通の暮らしをしたい。これは、小学生の頃に思っていたこと。学校にも行かせてもらえず、暗い部屋で、大きすぎる部屋で、一人パソコンに向かって勉強をする。
それが、最低限の親の愛だと思いたかった。思いたかったけれど、俺たちにはそれが、出来なかった────。
俺はあの日、全てに耐えられなくなって家を抜け出した。まだ会ったこともない自分の弟に、会うことになるとも知らずに。
そして、あの日。俺たちがそんな不順なことをしなければ、していなければ、───桜十葉が傷ついてしまう未来など来なかったのではないか。いや、絶対に来なかった。
だって桜十葉は、俺のせいで、裕翔のせいで、あんな目にあってしまったのだから。
裕翔は今、20歳の大学2年生。これから先、どんなことがあったとしても、俺は桜十葉を手放すことは出来ない。
それくらい、桜十葉のことを好きになってしまったから───。初めは、本当にただの欲望だった。幸せが欲しい。だから、桜十葉が欲しい。でも今は、
『私は、……裕希と一緒に、幸せになりたいの。だからね、裕希が何か、一人では抱えきれないほどの大きなものを背負っているんだとしたら、私にそれを、半分分けて欲しい』
ただただ、桜十葉と一緒に幸せになれることを、祈っている。こんなにも優しい桜十葉を、騙し続ける俺は、なんて、最低な奴なのだろう。
『辛いことほど、誰かに聞いてもらったら、楽になるんだよ』
この子は俺に、どれだけの優しい言葉をくれるのだろう。冷え切った俺の心が、芯から温かい優しさで包まれていくように感じた。
でも俺は、所詮はヤクザの息子で、桜十葉をこちらの世界に踏み入れさせてはならない。俺といることで、純粋で幸せな桜十葉の今を壊していってしまうかもしれない。
俺の恋人だなんて、いつひどい目に遭うかさえも分からないんだ。
その時、俺はちゃんと桜十葉の隣にいてやれているだろうか。ちゃんと、守ってやることが出来るだろうか。
『桜十葉、俺、……っ、桜十葉に出会えて本当に良かった……っ』
沢山の疑問が頭に浮かぶ。だけど俺は、もう、我慢しないって決めたんだよ。この21年間、俺が幸せを感じられた日なんて、桜十葉に初めて出会った日だけだった。
『これからもずっと、俺の側にいて───、俺から離れて行こうと、しないで』
正直めちゃくちゃカッコ悪かったと思う。涙を流しながら乞う男の姿なんて、…。でも、桜十葉は、そんなことを思うような子じゃないと思っているから、安心してしまう。
これから、よろしくね。桜十葉。
そして、俺と桜十葉が一緒に居られる時間の、カウントダウンを始めよう────。
✩.*˚side end✩.*˚
0
お気に入りに追加
191
あなたにおすすめの小説
まずはお嫁さんからお願いします。
桜庭かなめ
恋愛
高校3年生の長瀬和真のクラスには、有栖川優奈という女子生徒がいる。優奈は成績優秀で容姿端麗、温厚な性格と誰にでも敬語で話すことから、学年や性別を問わず人気を集めている。和真は優奈とはこの2年間で挨拶や、バイト先のドーナッツ屋で接客する程度の関わりだった。
4月の終わり頃。バイト中に店舗の入口前の掃除をしているとき、和真は老齢の男性のスマホを見つける。その男性は優奈の祖父であり、日本有数の企業グループである有栖川グループの会長・有栖川総一郎だった。
総一郎は自分のスマホを見つけてくれた和真をとても気に入り、孫娘の優奈とクラスメイトであること、優奈も和真も18歳であることから優奈との結婚を申し出る。
いきなりの結婚打診に和真は困惑する。ただ、有栖川家の説得や、優奈が和真の印象が良く「結婚していい」「いつかは両親や祖父母のような好き合える夫婦になりたい」と思っていることを知り、和真は結婚を受け入れる。
デート、学校生活、新居での2人での新婚生活などを経て、和真と優奈の距離が近づいていく。交際なしで結婚した高校生の男女が、好き合える夫婦になるまでの温かくて甘いラブコメディ!
※特別編3が完結しました!(2024.8.29)
※小説家になろうとカクヨムでも公開しています。
※お気に入り登録、感想をお待ちしております。
あなたには、この程度のこと、だったのかもしれませんが。
ふまさ
恋愛
楽しみにしていた、パーティー。けれどその場は、信じられないほどに凍り付いていた。
でも。
愉快そうに声を上げて笑う者が、一人、いた。
愛することをやめたら、怒る必要もなくなりました。今さら私を愛する振りなんて、していただかなくても大丈夫です。
石河 翠
恋愛
貴族令嬢でありながら、家族に虐げられて育ったアイビー。彼女は社交界でも人気者の恋多き侯爵エリックに望まれて、彼の妻となった。
ひとなみに愛される生活を夢見たものの、彼が欲していたのは、夫に従順で、家の中を取り仕切る女主人のみ。先妻の子どもと仲良くできない彼女をエリックは疎み、なじる。
それでもエリックを愛し、結婚生活にしがみついていたアイビーだが、彼の子どもに言われたたった一言で心が折れてしまう。ところが、愛することを止めてしまえばその生活は以前よりも穏やかで心地いいものになっていて……。
愛することをやめた途端に愛を囁くようになったヒーローと、その愛をやんわりと拒むヒロインのお話。
この作品は他サイトにも投稿しております。
扉絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品(写真ID 179331)をお借りしております。
大事なあなた
トウリン
恋愛
弱冠十歳にして大企業を背負うことになった新藤一輝は、その重さを受け止めかねていた。そんな中、一人の少女に出会い……。
世話好き少女と年下少年の、ゆっくり深まる恋の物語です。
メインは三部構成です。
第一部「迷子の仔犬の育て方」は、少年が少女への想いを自覚するまで。
第二部「眠り姫の起こし方」は、それから3年後、少女が少年への想いを受け入れるまで。
第三部「幸せの増やし方」はメインの最終話。大人になって『現実』が割り込んできた二人の恋がどうなるのか。
挙式後すぐに離婚届を手渡された私は、この結婚は予め捨てられることが確定していた事実を知らされました
結城芙由奈@12/27電子書籍配信中
恋愛
【結婚した日に、「君にこれを預けておく」と離婚届を手渡されました】
今日、私は子供の頃からずっと大好きだった人と結婚した。しかし、式の後に絶望的な事を彼に言われた。
「ごめん、本当は君とは結婚したくなかったんだ。これを預けておくから、その気になったら提出してくれ」
そう言って手渡されたのは何と離婚届けだった。
そしてどこまでも冷たい態度の夫の行動に傷つけられていく私。
けれどその裏には私の知らない、ある深い事情が隠されていた。
その真意を知った時、私は―。
※暫く鬱展開が続きます
※他サイトでも投稿中
「君の為の時間は取れない」と告げた旦那様の意図を私はちゃんと理解しています。
あおくん
恋愛
憧れの人であった旦那様は初夜が終わったあと私にこう告げた。
「君の為の時間は取れない」と。
それでも私は幸せだった。だから、旦那様を支えられるような妻になりたいと願った。
そして騎士団長でもある旦那様は次の日から家を空け、旦那様と入れ違いにやって来たのは旦那様の母親と見知らぬ女性。
旦那様の告げた「君の為の時間は取れない」という言葉はお二人には別の意味で伝わったようだ。
あなたは愛されていない。愛してもらうためには必要なことだと過度な労働を強いた結果、過労で倒れた私は記憶喪失になる。
そして帰ってきた旦那様は、全てを忘れていた私に困惑する。
※35〜37話くらいで終わります。
彼女にも愛する人がいた
まるまる⭐️
恋愛
既に冷たくなった王妃を見つけたのは、彼女に食事を運んで来た侍女だった。
「宮廷医の見立てでは、王妃様の死因は餓死。然も彼が言うには、王妃様は亡くなってから既に2、3日は経過しているだろうとの事でした」
そう宰相から報告を受けた俺は、自分の耳を疑った。
餓死だと? この王宮で?
彼女は俺の従兄妹で隣国ジルハイムの王女だ。
俺の背中を嫌な汗が流れた。
では、亡くなってから今日まで、彼女がいない事に誰も気付きもしなかったと言うのか…?
そんな馬鹿な…。信じられなかった。
だがそんな俺を他所に宰相は更に告げる。
「亡くなった王妃様は陛下の子を懐妊されておりました」と…。
彼女がこの国へ嫁いで来て2年。漸く子が出来た事をこんな形で知るなんて…。
俺はその報告に愕然とした。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる