総長様は可愛い姫を死ぬほど甘く溺愛したい。

彩空百々花

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第7章「君の幸せをずっと願っていたはずだったんだ」

悪夢の始まり 裕翔side

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悪夢の始まりは、一体どこからだろう。



いや、もうどこでもいい。



あの日、あいつが桜十葉をさらった日。
俺の心は一瞬にして冷たい氷の大地へと化した。



あいつさえ、いなければ。

あいつさえ、あのいつかの日に死んでくれていれば……。



そうしたら、桜十葉の“一部”が消えることはなかったのに…。



俺の秘めている秘密をすべて桜十葉に伝えたら、きっと側にいることなんてできなくなる。

本当は、側にいることすら許されていないはずだったのに…。



でも、あいつが来たって事は、もう桜十葉といられなくなるタイムリミットに近づいているのだろう。



「桜十葉、……今から話す話、聞いてくれるか?」



もう、覚悟した。
もう十分、覚悟していただろう。



そう自分に言い聞かせ、桜十葉の目を真っ直ぐに見つめる。



「…うん……?」



まだ何にも知らない純粋な桜十葉の瞳が不安げに俺を見つめ返している。



泣きそうだった。この事を俺の口から伝えるという事が、想像以上に苦しかった。



「俺達が、ずっと一緒にいることは……できない。それが何でなのか知っているか?」



桜十葉の不安げな瞳から感情が消えていくような気がした。



***



その部屋は、いつも暗くて真っ黒だった。



昔、悪魔の家系と呼ばれていたヤクザの家族がいた。



罪なき人を殺し、金を巻き取る。
毎年全国で行方不明者1000人を超える拉致。

そんな極悪非道な事ばかりする両親やそれに従う手下達が俺は昔から大嫌いだった。



そして、“あいつ”もそうだった。



坂口裕希。それは俺の兄の名前だ。



幼い頃から、俺と裕希は別々の個室にされていた。しかも超重度の監禁のような方法で。兄である裕希の顔を見た時には、俺たちはもう高校生だった。



俺とよく似た、きめ細やかな色白の肌に、驚くほどのスタイルの良さ。ルックス、頭脳、家柄、どれをとってもパーフェクトヒューマンであること間違いなしだった。



『俺は坂口裕希と言います。やっと会えたね、裕翔』



ほっとしたような、なんだかそんな笑みだった。



『兄、貴……なんだよな?俺は坂口裕翔。年は兄貴と2歳差の17歳だ』



同じ血の流れた、ほぼ生き別れと言ってもいい俺の家族。その事実に、なんだかとても泣き出しそうだった。それは兄の裕希も同じようで、少し涙ぐんでいるように見えた。



本当に、その時までは、良かったんだ。俺たちは互いに疎み合うこともなく、不満もなく、嫉妬もなかった。なにせ、今日初めて会った人だったからだ。



でも、そんな純粋な日々は、そう長くは続かなかった。兄の裕希が、坂口グループ、いわゆるヤクザの組長である義輝に反抗し始めたからだった。



『だからさー、…さっきから言ってんじゃん。俺はヤクザなんかとは縁切りてぇーの!!これからは普通の人として普通に暮らしていきたい』


『裕希……!!!!お前、誰に向かって口聞ぃてやがんだ?それに、お前は兄なんだぞ!!この坂口グループをいずれは担って行かなければならないのだぞ……!?』


『そんなこと、子供ん時から承知済みなんだよ……!お前らはさ、俺と裕翔を利用して、一体何がしてぇんだよ!?ぁああ!?それに、……跡継ぎなら、裕翔だっているだろ……!!!!』



俺の代わりに、兄貴が組長の後継者となってくれるかもしれない。そうどこかで期待と確信を抱いていた俺は、心が打ち砕かれたような痛みを覚えたのを、今でも覚えている。



『お前、裕希!!いい加減にしねぇか!!!!そこで裕翔だって聞いているんだぞ……!?』


『んなの関係ねぇよ。裕翔だってこうなるってこと、最初から分かってたんだから。な?』



その顔は恐ろしく不気味で、冷たくて、もうそこには、家族の愛情さえも残っていないということを、肌で感じる。そして、その問いかけにNo以外の選択肢は、恐らくない。俺はゆっくりと、恐る恐る頷いた。



だって、そうするしかなかったから。だって、その事実を認めるにはあまりにも悲しすぎたから。そしてなにより、そうなることを早くから理解していたのは、他でもない俺自身だったから。



『ほらな。裕翔、今日からはお前がこの家の後継者だ。苦労、かけるな』



結局、兄貴はいつも自分のことだけだったのだ。血の繋がった本当の兄弟なら、兄は弟を守るのが普通ではないのか?そんな疑問に打ちひしがれる。



『おい!!!!貴様……!!反逆罪で死刑だぞ、お前はもう、私の息子などではない……!!!!』



父さんだって、裕希には多くの期待を寄せていた。でも、それが一人の男子高校生が背負うには、どうしたって、重すぎたのだ。


俺にだって、そんなことは分かっている。兄貴の一番の理解者は俺だ。俺だけが、兄貴の代わりになれるんだ。



『父さん、……もう、やめよう。次期組長の座は、俺が継ぐから』



俺がそう言ったら、父さんは複雑そうな顔で、唸った。やっぱり、父さんは俺よりも兄貴に、組長の座に着いて欲しかったのだな……。



小さい頃から、俺よりも兄貴への扱いが極端に丁寧だったのはそういう理由があったから。父さんも、母さんも俺に期待は寄せていないし、愛情さえも注いでくれない。



だからといって、俺は兄貴を恨んだことなんて、一度もなかった。なぜなら兄貴は、同じ血の流れる、唯一の理解者だから。



でも今、確かに“憎しみ”という感情を兄貴に向けた気がした。でも、それだけじゃない。その出来事だけが、俺が兄貴を大嫌いになって、深く深く、恨んでいるという理由には、ならないのだ。



兄貴は、とんでもない罪を犯した。俺がこの世で一番許せない、罪を。そんなことを忘れて、飄々と生きていた兄貴に寒気がしたのだ。簡単に桜十葉を拉致し、危害を与えるような真似をした。



あの頃の優しい兄貴は、一体どこへ消えてしまったのだろう。



***



俺たち如月兄弟と桜十葉との出会いは、実はもっと前のことだった。俺と兄貴は、高校生になって初めて会ったというようなことを言っていたが、実はそうではなかったのだ。



俺が12歳、兄貴が14歳の頃、桜十葉はまだ、6歳だった。小学校に入学してまだ間もない、幼い子だった。



『ねぇ君、迷子?お家はどこ?』



幼い頃の優しい兄の声が、誰かに問いかけている。



『ままに道草食ったらだめっていわれたのに、…おとは、ゆうこと聞かなかった……。ここは、どこなの…?』



震える小さな声が、切実に問いかけてくる。幼い頃に聞いた、桜十葉の可愛い声だ。俺と兄貴が会えた理由。それは、息苦しさからくる逃げだった。あの日、あの春の日。俺は見守り人が休憩に入った隙に部屋から逃げ出した。



『はぁ、はぁっ……!!』



ただひたすらに逃げて、逃げて、逃げて……。その頃の俺は、遠くに行くことだけしか逃げる方法がなかった。



ここはどこなのか、そんな遠くまでは子供の足ではとても来れそうにないけれど、俺はなんだか、とてもすっきりとした気分だった。




そして、そこに俺にそっくりな兄貴がいたんだ───。




『そっかあ。それは災難だったね。でもさ、こんなところにいたら、危ないよ』



小さな女の子に、優しくそう言う男の子。年は俺と近そうだった。そして、兄貴が、俺の方へ顔を向けた、次の瞬間────、



『『っ、……!!!?』』



俺たちは、同時に目を見開いたんだ。だって、自分とそっくりすぎるほど、似ていたから。怖いほど、同じ外見をしていたから。だから、……。



どこかで桜十葉に、運命というものを、感じてしまっていたのだろう。



『は、……お前、何者?』



先程まで桜十葉に向けていた優しい笑みは、今は限界までに引きつっている。そして俺も、そんな顔になってしまっていると思う。



数秒間、名前も知らない自分とそっくりな顔をしたそっくりさんと見つめ合う。そしてお互い同時に、はっとしたような、閃いた顔をした。



全く、顔まで似ている上に反応までそっくりなんて……。これはもう、恐怖を超えてなんだか楽しくなってきてしまった。



『お前、さ……もしかして俺の弟だったりする?』



半笑いのそっくりさんが、楽しそうにしている俺に問いかける。



『名字は、坂口ですか……?』


『ああ!俺、坂口裕希って言うんだ。お前は、…』


『俺は坂口裕翔です。奇遇ですね』



俺たち3人の出会いは、笑ってしまうほどに偶然で、運命的だった。そしてその頃から、裕希が道に迷ってしまっていた桜十葉を助けたときから。桜十葉は坂口裕希、俺の兄貴のことが、好きで好きでしょうがなかったのだろう。



俺は、君の幸せをずっと願っていたはずだったんだ……。それなのに、今はこんなにも、桜十葉に恋をしてしまっている。



✩.*˚side end✩.*˚

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