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序章「俺ん家、くる?」

雨の中の公園で 桜十葉side

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「他に好きな人が出来たから、もう別れて欲しい」


「え、……?」



11月30日。冬。まだ中学3年生の私は、大好きだった彼氏にとうとう別れを告げられてしまった。

予兆はあった。

最近の彼氏は、何だかすごく難しい顔をして、すごく悲しそうにしていることが多かったから。それを聞こうとしなかったのは、私だ。全部、私のせい……。



「桜十葉、聞いてる?別れてって言ってんの」



彼氏に言われたその言葉たち。私の頭は思考停止して、今は何も考えることが出来ない。



「ど、どうして?」


「どうしてって…、もうお前のこと好きじゃなくなったからだよ」



その言葉に、またも思考が停止する。お前って、初めて言われた。いつも優しく私の名前を読んでくれていた彼はもう、そこにはいなかった。



「私にどこか嫌なところでもあった?もしそうだったとしたら直すから、だから…」


「そんなんじゃねぇよ。もうお前のこと嫌いなの。だから別れて」



思わず、俯いていた顔を上げた。そこにはひどく冷たい顔をした私の彼氏だった人がいた。泣きそうだった。

でも泣いたら、私が負けたみたいで。



「う、ん」



そう頷いていた。



大好きだった人。かっこよくて、優しかった自慢の彼氏。でももう、終わりなんだ。

こんな感じで恋というものは終わるのか、となんだか泣きたい気持ちになったが我慢した。



そうしないと私は“かわいそうな”女の子になってしまう。それだけは嫌だった。



その日は雨が降っていた。その空模様は私の今の心を表しているようだった。

私はなんだか家に帰る気分になれなくて、公園にずっと佇んでいた。



好きな人に振られた“かわいそうな”女の子も、誰もいない公園で打ちひしがれていたいのだ。



「わっ」



突然強い強風が吹いて、条件反射でスカートに手を持っていってしまったせいか持っていた傘が飛ばされてしまった。



本当に今日は、私にとって人生最悪な日だ。冬の風は、肌を刺すように冷たくて、手がかじかんですごく痛い。



私は力が抜けたようにペタンとベンチに座り込んだ。傘も差さずにこんな所に1人でいる女子高生を誰が慰めてくれるのだろう。



1人、そんな感傷に浸っていると突然目の前が暗くなった。



「こんな所に1人でいたら悪い男に連れてかれるよ?」



妖艶さを含んだその声に肩が震えた。恐る恐るその声の主を見上げると、思わず釘付けになる。



「何、俺の顔に興味ある?」



そう言って笑った顔がとても綺麗だったから。こんなに綺麗でかっこいい男の人はきっと世界中のどこを探してもいないというほどに。



「彼氏に振られた女なんかに声掛けても、何もいいことなんてないですよ?」


「へぇ~、彼氏に振られちゃったんだ。それは可哀想に」



そうしないと私は“かわいそうな”女の子になってしまう。それだけは嫌だった。



その日は雨が降っていた。その空模様は私の今の心を表しているようだった。

私はなんだか家に帰る気分になれなくて、公園にずっと佇んでいた。



好きな人に振られた“かわいそうな”女の子も、誰もいない公園で打ちひしがれていたいのだ。



「わっ」



突然強い強風が吹いて、条件反射でスカートに手を持っていってしまったせいか持っていた傘が飛ばされてしまった。



本当に今日は、私にとって人生最悪な日だ。冬の風は、肌を刺すように冷たくて、手がかじかんですごく痛い。



私は力が抜けたようにペタンとベンチに座り込んだ。傘も差さずにこんな所に1人でいる女子高生を誰が慰めてくれるのだろう。



1人、そんな感傷に浸っていると突然目の前が暗くなった。



「こんな所に1人でいたら悪い男に連れてかれるよ?」



妖艶さを含んだその声に肩が震えた。恐る恐るその声の主を見上げると、思わず釘付けになる。



「何、俺の顔に興味ある?」



そう言って笑った顔がとても綺麗だったから。こんなに綺麗でかっこいい男の人はきっと世界中のどこを探してもいないというほどに。



「彼氏に振られた女なんかに声掛けても、何もいいことなんてないですよ?」


「へぇ~、彼氏に振られちゃったんだ。それは可哀想に」



言葉とは違って、そう言う顔はとても楽しそう。なんかやだ、と思った。人の不幸をこんな風に笑うなんて人として嫌だ。



「俺ん家、くる?」



その言葉に思考が停止する。この人は、一体自分が何を言っているのか分かっているのだろうか。さっき出会ったばかりの女を誘うなんて何かあるに違いない。



「だ、大丈夫です…」



思わず声が小さくなったのは、この人の綺麗な顔のせい。その瞳は暗い公園の中で淡く茶色に光っていた。でもその輝きは人工的なものではなくて、思わず引き込まれる。



そんな中、ぐぅ~と私のお腹が音を立てた。



「ふっ、お腹空いてんじゃん。ほら、俺ん家においで。慰めてあげるから」



その言葉に頬が赤く染まっていく。妖艶な顔と声で誘惑してくる彼に私は頷いてしまっていた。



「ん、いい子」



そう言って彼は優しく微笑んだかと思うと私の頭を撫でた。1つひとつの仕草に心臓はドキドキしっぱなしで頬が紅潮してしまう。



「そう言えば…名前、教えて貰ってもいいですか」



警戒心の薄い女、とでも思われていそうだな。
でも今は、頭が全く働かないのだ。この綺麗な顔に魅入って、私の足が自分の家に返すことを許してくれない。



「ああ、うん。俺は坂口裕翔(さかぐち ひろと)。君は?」


「私は、結城桜十葉(ゆしろ おとは)と言います」



まだ会ったばかりの見ず知らずな男の人に自分の本名を名乗るのは気が引けたけれど、なぜか彼には素直に言ってしまう。



「おとは、ね。よろしくね」



私の名前を呼ぶ彼は、とても優しい顔をしていた。よろしくね、という言葉が妙に引っかかったが私は特に反応を示すことなく彼の家へ向かった。



「お、お邪魔します…」



お邪魔した先には目を疑うような風景が広がっていた。家に入る前も堂々と建つ御屋敷にびっくりしたけれど、それに加えて内装を見たらこの人がとんでもない金持ちなんだということが分かる。



天井からぶら下がるようにして付いている巨大なシャンデリア。玄関はとても広くて、床はとてもピカピカしている。

廊下には赤いカーペットが奥まで敷かれてあって、階段なんて数え切れないほど。



「驚かせた?」


「あ、ぅ……はい」


「そうだよねー。俺ん家、豪邸なの」



そう言って笑う坂口さんの顔に一瞬だけど、陰りの表情が見えたのは気のせいだろうか。



「ほら、桜十葉。ここが俺の部屋」



しばらく長い廊下を歩いていると、坂口さんが立ち止まって重たそうな扉を開けた。



どんな部屋なのかな、と興味が湧いたがその部屋には寂しいほどに置かれているものが少なかった。ここで本当に生活しているのかというほど。



「ほら、そこに座ってて。お茶淹れてくるから」



そう言われて、私は素直に大きなソファに腰を下ろした。その反動で体がソファに沈みこんだ。



やばい…、座り心地最高。



座っただけで体が沈み込むソファなんて初めてだ。



でも一人になると大好きだった人に言われた言葉を脳裏に思い出してしまった。



『もうお前のこと嫌いなの。だから別れて』



私を突き放すには十分すぎた言葉。その言葉にどれだけ傷ついたか。相手にはどうでも良かったんだろう。そう思うとなんだか悔しくなって、涙が零れた。



「うぅ……、ぐすっ」



坂口さんが来るから早く泣き止まなければいけないのに私の涙は止まってくれない。



そうしていると、突然ふわっとした甘い匂いが鼻腔をくすぐった。後ろから誰かに優しく抱きしめられているような気がした。



ううん、抱きしめられていた。



「大丈ー夫だよ。俺がそばにいてあげるから」



そう言って優しく抱きしめてくれていたのは、お茶を淹れに行ってくれていたはずの坂口さん。



「さ、坂口……さんっ」


「裕翔、でしょ。ほら、呼んでごらん」


「うぅ…ひ、ひろと……さん」


「んー、まぁ今はそれでもいいか」



名前を言うのは恥ずかしすぎて思わず俯いた。さっきまで泣いていたはずなのに坂口……、裕翔さんに抱きしめられた恥ずかしさの方が勝ってしまっていた。



「女の子の泣き顔は大好きだけど、他の男のために泣く桜十葉の泣き顔なんて見たくない」



そこには少し子供っぽさがあって、なんだか可愛い。



「う、ごめん……なさい」


「早く泣き止まないとキスするよ」
 


その言葉にまたもや固まってしまう。そ、そのキスなんて……。私は一生懸命涙を拭った。



「あーあ、泣き止んじゃったね。キスしたかったのに」


「ほ、他の男のために泣く泣き顔は好きじゃないって……、言ったじゃないですか」 



おそらく今、私の顔は真っ赤っか。顔から蒸気が出てきそうなほどに赤くなっているのは自分でも分かった。



「そーだね。泣き止んでくれてよかったよ」 



うぅ……。なんだかさっきから裕翔さんの手のひらの上で転がされる子供の気分。


「ほら、桜十葉は何が食べたい?」



裕翔さんが出してくれたのはオシャレなマカロンや沢山のチョコレート。なんだかどれも高級そうで思わず遠慮してしまうけれど、食べてみたいという気持ちの方が勝ってしまった。



「チョコレートが食べたいです……」



私はオドオドと箱に入ったチョコを指さす。裕翔さんは優しく笑って、自分の口にそれを入れた。



え、……私が食べていいんじゃなかったの?



そう思っている間になぜか裕翔さんの綺麗な顔が近づいてきた。



「んっ……!」



私、今き、ききキスされてる!?



そして次の瞬間には、裕翔さんの唇が私の唇を塞いでいた。そして、ぬるっとしたものが口の中に入ってきたかと思うとチョコレートの甘い香りが口の中で広がった。



いきなりの甘すぎるキスと、チョコレートの甘さのせいで、私の脳内は限界を迎えてしまう。



「んんっ……、も、無理……」


「ふふっ、……ごちそーさん」



そう言って裕翔さんの唇が離れていった。裕翔さんは自分の濡れた唇を綺麗な手で拭って笑った。



その姿が色っぽくてキュンとした。



ってかダメだよ私!! 
突然キスしてきた相手にキュンとするなんて!



「な、なんで………」



恥ずかしさのせいで声が震える。私をこんなふうにまでさせた当の本人はいたずらっ子のように笑っていた。



「だって桜十葉とキスしたかったんだもん」



だもん、って。裕翔さんは大人っぽく見えるせいかその言葉遣いがとても可愛く見えてしまう。



「だからってなんで……」


「ほら、もういいでしょ。早く食べなきゃまた口移しするよ?」



そう言って裕翔さんは首を傾げた。さっきから私の心臓がキュンキュン鳴ってうるさい。



「じ、自分で食べます!」



そう言いながら私は裕翔さんが淹れてくれた紅茶を飲み干すようにして口に流し込む。

何だか普通の紅茶より味が変わったものだったから不思議に思ったけれど、それを深く考えることなく流した。



でも、何だかそれを飲む前よりも頭がふわっと浮くような感覚に襲われる。そして、頭の中から何かがそっと消えるようにして、なくなった。



「ほら、全部あげるから機嫌直してよ」



裕翔さんは、そんな私を見つめながらそう言った。その瞳に映る色が、怪しげに光っていたことを私は見逃してしまっていた───。



✩.*˚side end✩.*˚

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