幸福は君の為に

周乃 太葉

文字の大きさ
上 下
8 / 26

6/新たな依頼

しおりを挟む
ある日、ヴィムの工房に訪問客の姿があった。

常連のカーラである。

「ヴィムさーん、いますかぁ?」

「はーい。あ、カーラさん。おじーちゃんは奥にいますよ」


「オリビアちゃんいつもありがとうね。助かる~」

「いいえ、カーラさんの依頼はおじーちゃんにしかできませんからね」

カーラが持ってくる依頼は非常に難易度が高く、職人街でもヴィムにしかこなせなかった。なので、オリビアはまだ手伝うことができなかった。

「えー、じゃあ今度オリビアちゃん向けの依頼持ってこようかしら?」

「ほ、ほんとですか?」

オリビアはカーラの思いがけない返事に思わずぐいっと近付いた。

「ほんと、ほんと。オリビアちゃんが得意な調整をして欲しいものがあるんだ。オリビアちゃんならそんなに難しくないと思うよ」

難易度は高くなくても小さな頃からお世話になっているカーラの役に立てることは光栄なことだった。

「はい!お待ちしてます!」

オリビアは嬉しい気分で作業に戻った。
オリビアと入れ替えにヴィムが奥から出てきた。

「フン、また来たのか。で、今回はなんじゃ?」

「も~なんて言い方かしら。今回も前置きなしね。まぁ、いいわ。今回は今までで一番面倒くさいかも」

「はぁ…またか…。ほら、仕様書」

ヴィムはめんどくさそうな顔をし、手をひらひらと出して、カーラに仕様書を出すよう催促した。

カーラは苦笑しながら仕様書を出した。

カーラとヴィムは古い古い付き合いであった。
カーラがヴィムが初めてカーラの仕様書を見たヴィムは”貴方は何者ですか?”と聞いた。

カーラは今まで色々な職人に依頼を出してきたが、そんなことを聞かれたのは初めてだった。そこで、カーラは面白いと思って“その仕様書の物が作れたら、答えてあげる”と言ってみた。

すると、ヴィムは先代よりも精巧で緻密な物を作り上げた。すっかりヴィムが気に入ったカーラはざっくりと己の素性を話し、今後の仕事は君に任せるよと告げて帰っていった。

残されたヴィムは半信半疑だったが、複雑な仕様書と先程のカーラの姿を思い浮かべ、大きなため息とともにこの大きな秘密を飲み込んで仕事を引き受けることに決めた。

なぜなら、カーラの仕様書は職人ならだれしもが挑戦してみたくなる己の限界の先、でも、決して手の届かないものではないという絶妙なものだったからヴィムの中の職人の血が騒いだのである。

そのときの魔道具の出来が良かったからか、事情を知っているから楽に思ったのか、はたまた偏屈なヴィムを気に入ったからなのか、その時からカーラはヴィムに依頼をするときに愚痴や内情も話すようになっていた。

今回の仕様書を見たヴィムは眉をひそめた。

「今回もまた難解なものを…」

「今回はカミサマからじゃなくて私の先輩からの依頼なの」

「どうりで。雰囲気が違う。それにいつにもまして碌でもないな」

「そりゃ…おイタをした子を折檻するためのものだからね」

「むむむ…お前さんの先輩とやらは性格が悪くないか?」

「悪いわよ。陰険で陰湿で執念深いわ。怒らせたら絶対ダメなタイプ。あぁ怖い…」

カーラが何かを思い出し、ブルッと震えた。

「カミサマ絡みか?」

「そ。あいつのあの方への忠誠と執着はヤバいの。あいつは次元が違う」

「お前さんじゃないのか?」

「失礼ね。違うわよ」

「違う奴か。やれやれ、いつもドロドロじゃのぉ」

ヴィムが呆れ返っていると、カーラはヴィムに聞こえない声でひとりごちた。

「まぁ…もっと上もいるんだけどね…」

「ん?なんか言ったか?」

「いえいえ、で、いつぐらいにできそう?」

「そうじゃなぁ…これだと3ヶ月から半年ってとこかの」

「思ったより早いわね」

「まあ、素材次第じゃがの」

「そう、私、別の任務入っちゃったから出来上がった頃に使いを出すわ」

「そういうことはオリビアに言っといてくれ」

「はいはい、じゃ、よろしくね~」

カーラはオリビアに程よい頃に使いをよこす旨を伝えて工房を後にした。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【掌編集】今までお世話になりました旦那様もお元気で〜妻の残していった離婚受理証明書を握りしめイケメン公爵は涙と鼻水を垂らす

まほりろ
恋愛
新婚初夜に「君を愛してないし、これからも愛するつもりはない」と言ってしまった公爵。  彼は今まで、天才、美男子、完璧な貴公子、ポーカーフェイスが似合う氷の公爵などと言われもてはやされてきた。  しかし新婚初夜に暴言を吐いた女性が、初恋の人で、命の恩人で、伝説の聖女で、妖精の愛し子であったことを知り意気消沈している。  彼の手には元妻が置いていった「離婚受理証明書」が握られていた……。  他掌編七作品収録。 ※無断転載を禁止します。 ※朗読動画の無断配信も禁止します 「Copyright(C)2023-まほりろ/若松咲良」  某小説サイトに投稿した掌編八作品をこちらに転載しました。 【収録作品】 ①「今までお世話になりました旦那様もお元気で〜ポーカーフェイスの似合う天才貴公子と称された公爵は、妻の残していった離婚受理証明書を握りしめ涙と鼻水を垂らす」 ②「何をされてもやり返せない臆病な公爵令嬢は、王太子に竜の生贄にされ壊れる。能ある鷹と天才美少女は爪を隠す」 ③「運命的な出会いからの即日プロポーズ。婚約破棄された天才錬金術師は新しい恋に生きる!」 ④「4月1日10時30分喫茶店ルナ、婚約者は遅れてやってきた〜新聞は星座占いを見る為だけにある訳ではない」 ⑤「『お姉様はズルい!』が口癖の双子の弟が現世の婚約者! 前世では弟を立てる事を親に強要され馬鹿の振りをしていましたが、現世では奴とは他人なので天才として実力を充分に発揮したいと思います!」 ⑥「婚約破棄をしたいと彼は言った。契約書とおふだにご用心」 ⑦「伯爵家に半世紀仕えた老メイドは伯爵親子の罠にハマり無一文で追放される。老メイドを助けたのはポーカーフェイスの美女でした」 ⑧「お客様の中に褒め褒めの感想を書ける方はいらっしゃいませんか? 天才美文感想書きVS普通の少女がえんぴつで書いた感想!」

愛しき夫は、男装の姫君と恋仲らしい。

星空 金平糖
恋愛
シエラは、政略結婚で夫婦となった公爵──グレイのことを深く愛していた。 グレイは優しく、とても親しみやすい人柄でその甘いルックスから、結婚してからも数多の女性達と浮名を流していた。 それでもシエラは、グレイが囁いてくれる「私が愛しているのは、あなただけだよ」その言葉を信じ、彼と夫婦であれることに幸福を感じていた。 しかし。ある日。 シエラは、グレイが美貌の少年と親密な様子で、王宮の庭を散策している場面を目撃してしまう。当初はどこかの令息に王宮案内をしているだけだと考えていたシエラだったが、実はその少年が王女─ディアナであると判明する。 聞くところによるとディアナとグレイは昔から想い会っていた。 ディアナはグレイが結婚してからも、健気に男装までしてグレイに会いに来ては逢瀬を重ねているという。 ──……私は、ただの邪魔者だったの? 衝撃を受けるシエラは「これ以上、グレイとはいられない」と絶望する……。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

王子妃教育に疲れたので幼馴染の王子との婚約解消をしました

さこの
恋愛
新年のパーティーで婚約破棄?の話が出る。 王子妃教育にも疲れてきていたので、婚約の解消を望むミレイユ 頑張っていても落第令嬢と呼ばれるのにも疲れた。 ゆるい設定です

それぞれのその後

京佳
恋愛
婚約者の裏切りから始まるそれぞれのその後のお話し。 ざまぁ ゆるゆる設定

伝える前に振られてしまった私の恋

メカ喜楽直人
恋愛
母に連れられて行った王妃様とのお茶会の席を、ひとり抜け出したアーリーンは、幼馴染みと友人たちが歓談する場に出くわす。 そこで、ひとりの令息が婚約をしたのだと話し出した。

誰の代わりに愛されているのか知った私は優しい嘘に溺れていく

矢野りと
恋愛
彼がかつて愛した人は私の知っている人だった。 髪色、瞳の色、そして後ろ姿は私にとても似ている。 いいえ違う…、似ているのは彼女ではなく私だ。望まれて嫁いだから愛されているのかと思っていたけれども、それは間違いだと知ってしまった。 『私はただの身代わりだったのね…』 彼は変わらない。 いつも優しい言葉を紡いでくれる。 でも真実を知ってしまった私にはそれが嘘だと分かっているから…。

骸骨と呼ばれ、生贄になった王妃のカタの付け方

ウサギテイマーTK
恋愛
骸骨娘と揶揄され、家で酷い扱いを受けていたマリーヌは、国王の正妃として嫁いだ。だが結婚後、国王に愛されることなく、ここでも幽閉に近い扱いを受ける。側妃はマリーヌの義姉で、公式行事も側妃が請け負っている。マリーヌに与えられた最後の役割は、海の神への生贄だった。 注意:地震や津波の描写があります。ご注意を。やや残酷な描写もあります。

処理中です...