死んだ私の死ねない世界でのままならない生活

周乃 太葉

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キースが宿屋で働き出し、数ヶ月が経った。

宿の仕事にもすっかり慣れた。
後方支援部隊の仲間とも打ち解け、神殿や王宮にも動きはなかった。

他の国出身の間諜も手配でき、大神官の様子を探る日々だった。

「穏やかだなぁ~。いいのかこんなに何もしなくても…」

キースが呟くと、通りがかったソフィが

「キースは実行部隊だからね、後方支援は待ちがほとんどさ。今は情報が揃うのを待つしかないよ」

そんなものか…とキースは手持ちの仕事を終わらせ与えられた自室へと向かった。

部屋に入るとキースはもう1つの仕事をしようと準備した。
テルマに頼まれた仕事だ。

テルマに渡されたマジックバックの中に転送用の布が入っていた。テルマからの手紙にはフロシキと書いてあった、その布を机の上に広げた。

キースは近況報告の手紙とこの国ではありきたりな食材と普段遣いの日用品を包んだ。

エクスペーディ発送する

教えられた言葉を呟くとフロシキがふわっと光り、フロシキの中の物が消えた。

フロシキがペショっとなったことを確認し、今度は別の言葉を唱えた。

リツェーヴィ受信する

すると、またフロシキが光り、今度は少し膨らんだ。
フロシキの結び目を解くと中には子供たちからの手紙や次のオーダーのリスト、換金できる品が入っていた。

換金できる品があるなら俺がわざわざ送らなくてもいいんじゃないか?と思ったこともあった。
ラジィトにそれとなく聞いてみたらアルゴと言う鳥が無作為に 集めてくるけど希望の品物でないことのほうが多いそうだ。

今回はなかったが、たまにテルマが新しく創った道具が送られてくる時もある。

キースは月に一度の頻度でこの作業を行っていた。
これがテルマから頼まれた仕事だった。

キースは改めてフロシキを手に取りまじまじと触って確認したが、ただの大きな布にしか見えなかった。

どうなっているかサッパリわからないな。
それにしてもテルマの道具はすごいな。

さらに続けて、眼鏡を掛け、精霊との交流もした。
これはテオーリオからのアドバイスだった。

精霊の遣い手は精霊の扱い方、限度を少しずつ体に覚えさせていくそうだ。そして精霊との仲の深さでより複雑なお願いをすることが出来るようになるとテオーリオからの手紙に書いてあった。

キースはフロシキと眼鏡によってテルマたちと繋がっていることを実感できた。それがなかったら夢だったのかと思うほどあそこは非現実的だった。

さらに数ヶ月が経った。

相変わらず穏やかな日常を過ごしていた。
間者から届く定期連絡も進展はなかった。

遅々として進まない現状に徐々に焦りが出てきた。
仲間内でも構わず行こうぜとか行けばなんとかなるという声がチラホラ出始めた頃、一気に事が進む出来事が起こった。

王宮から爆発音が響き渡ったのだ。
爆発音がしたところから魔獣が湧いて出てきていた。

予想だにできない事だった。

王都は大混乱し、人々はパニックになり、逃げ惑うばかりだった。

騎士、兵士は魔獣退治に、神官は負傷者の手当に駆り出され、王都中に派遣された。

キース達もどうするかと決断を迫られたその時、神殿に潜んでいる間諜から情報がもたらされた。

爆発と共に大神官の部屋の結界が解かれたと。
さらに神殿歯もぬけの殻になっていると。

「今しかない」

ここの部隊のリーダー的存在であるソフィがそう判断した。
仲間達の中には反対する者もいたが、大半は賛同した。

「魔獣が発生しているのは王宮だ。神殿にはいないはず。キース悪いがここにいる実行部隊はあんただけだ。やってくれるね?」

「あぁ、もちろんだ」

キースは二つ返事で承諾した。
キースは急いで自室に戻り荷物を纏めた。
マジックバッグに入れてしまえば荷物は一つだ。

マルクレクス縮小

マジックバッグはベルトに取り付けられるサイズになった。

「ソフィ、みんな、ありがとな。行ってくる」

キースは仲間に別れを告げ、補助部隊の助けを借り、あっという間に神殿に侵入した。

大事な情報は得られていないとはいえ、神殿の内部構造はこの半年で十分に把握出来ていた。

キースはまず鍵を得るため大神官の部屋を目指した。

案の定神殿内部には人っ子一人おらず、もぬけの殻だった。
大神官の部屋まであっさりと辿り着いた。

「確かに結界はないな」

ドアに手を掛けるとすんなり部屋に入ることが出来た。

大神官の部屋は質素で、寝台しかなかった。
人の気配がしないので、寝台を覗くとそこには枯れ枝のようになった死人がいた。

大神官だった。

「うっ…」

生前の面影など一欠片もなく、横たわっていた。

胸元に光る鍵の束を見つけ、キースはそっと拝借した。

大神官には何の思い出もなかったけど、人がどうしてあの様な姿になってしまったのか…

今朝の爆発に関係が…?

キースは疑問に思ったが、今は優先すべきことがあると頭を振り、神殿の地下へと走った。

鍵を使い、地下の捜索をすると、
1人、2人と、全部で10人強の捕らえられていた子供たちを保護することが出来た。

「助けに来た。歩けるか?」

「…」

子ども達は衰弱していたが、ほとんどは自分の足で歩いて脱出出来た。歩けなかった数人はキースが抱えた。

子供たちを連れ地上に出ると、王都の喧騒がこちらまで響き渡ってきた。

この子供達を連れて行ける安全な場所なんて今の王都にはなかった。

「さて、どうするか…」
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