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二章
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第二章 ようこそ戦国時代へ
1582年(大正10年) 五月 一日
大樹は気がつくとどこかの林の中にいた。
「突然、飛ばすなんて。準備も何もしてないのに」
あたりを見回すと、近くには見覚えのない箱の上に真白が座っていた。真白の姿はいつの間にか狐の姿に戻っていた・
「真白、その箱はなんだ?」
「これかあ」
箱の上からぴょんと飛び降りた。
「神さんがな、こっち来る前に渡してん。中身はしらん」
(役に立つ道具でも入れてくれたのか。一応神なりの優しさだな)
大樹は期待を膨らませ箱をあけた。中にあったのは、
・何かのスイッチ
・スタンガン
・カップラーメン
・プリント一枚
「なになに……」
『スイッチは現代に戻ってくるときに押すのじゃぞ。
カップラーメンは餞別じゃ。
がんばるのじゃ!
追伸 いろいろ最近物騒だからスタンガンもいれておくぞよ』
「戦国武将は痴漢じゃねぇよ!」
反射的に手紙に突っ込みを入れてしまう。
まあ、ないよりましかと思い仕方なくポケットにしまった。
「つーかこれからどうやって信長助けろってんだ。それ以前に、この時代の金も持って無いのに」
前途多難な状況に思わず頭を抱える。
「それならまかしとき」
いつの間にか人型に化けていた真白が答えた。
真白はその辺の木の葉を数枚拾うと息を吹きかけた。
するとそれはたちまち小判に姿を変えた。
「どや!」
出来上がった小判を大樹に見せ付けた。
「すげえな、マジで!」
「もっとほめて、ほめて。うちほめられて伸びるタイプやで」
肩に寄りかかって来た真白を無視し考えを続ける。
「これで旅費は大丈夫だとして、どうやって誰にも気付かれずに本能寺から織田信長をつれてくかだよな」
「まあ、とりあえず、宿にでも泊まろうや」
「ああ、そうだな」
二人は街道に出て近くの宿場町を目指すことにした。
「それで真白はなんで神に協力することにしたんだ?」
「うちか? うちはみての通りの妖弧なんやけど、妖弧っていってもいろいろランクがあってな。その昇進が報酬や」
「狐の世界もいろいろあるんだな」
大樹が納得する。
「ま、それだけやないけどな」
真白が小さく呟いた。
「ん? なんか言った?」
「何も言ってへんよ」
大樹も気にとめず、二人は街道を進み始めた。
しばらく歩いていると、
「だれか助けて~」
近くで女の悲鳴が聞こえた。
「なんだ」
辺りを見回す。
「だれかが、野盗にでも襲われてるんとちゃう」
のんきに真白が答えた。
「大変じゃん!」
大樹は林を悲鳴の聞こえたほうに進んでいく。
すると、一人の少女を数人の男たちが囲んでいるのをみつけた。
少女は大樹と同じくらいの年齢。腰まで届く黒髪をポニーテールにしている。柔和な感じをうける可愛らしい娘だった。
男達は鎧姿で刀を構えている。どうやら戦国武者のようだ。いまにも少女に切りかからんとする様子だ。
「野盗ではなさそうやな。で、どうするん?」
真白が聞いてくる。
「なんとかしてあの子、助けられねえかな」
大樹は自分が善人だとは思わないが、目の前の少女を見捨てるほど他人に無関心にはなれなかった。
「そういうことならうちにまかせとき」
がしっと大樹の両肩をつかんだ。
「おい、ちょっとなにを……」
「飛んでいきー」
そのまま後ろに倒れこみ、巴投げの要領で大樹を投げ飛ばした。
「ばかやろーー」
「観念するんだな」
「ひゃあ。助けてくださぃ」
「問答無用!」
男達が刀を振り上げたその時、
「あ~~」
どしゃっ。
「ぐをぉぉぉ。背中がぁ」
少女のちょうど隣。男達の真ん中に大樹は着地(落下?)した。
「何奴!」
男の一人に問い詰められ、
「ははは、怪しいもんではないですよ。落ち着いて話しましょう」
大樹はそんな取ってつけたようなセリフと引きつった笑顔で答えた。
「構わん。切り殺せ」
リーダー格らしい男の声をきっかけに男達が切りかかってきた。
「きゃー」
大樹は天眼を発動させ相手の攻撃を読む。
視えた攻撃は刀による横なぎ。それを読んでしゃがんでかわす。
「いでえー」
激痛に大樹は右目を押さえる。
「こしゃくな」
男は次の攻撃に移る。
天眼発動。視えたのは上段から一閃。大樹は横っ飛びでぎりぎり攻撃をかわした。
「うぎゃああ」
さらに激痛が走る。
「ちょこまかと」
三度目は全員で向かってきた。右目は涙でにじんで何も見えなかった。
「もう無理だあああ」
「しゃ~ないな」
ギンッ。
大樹と武者の間にあらわれた真白がどこからか出したのか鉄扇で刀を受け止めた。そのまま、男の腹を蹴飛ばして吹き飛ばす。
「やっぱ、うちがいんと駄目やな~」
のんきな声で真白は呟いた。突然のことに男たちは少し距離をとった。
「お、おまえ強かったんだな」
「伊達に数百年も生きてまへんて」
隙をみて一人が切りかかってきた。真白はそれをひらりとかわし、鉄扇で顔面を一閃。
一人撃破。
「まあ、談笑はこいつらを片付けてからやな」
男たちを真白がにらみつける。一瞬、男たちはその迫力に怯む。
「な~んてな」
真白は大樹と女の子をつかむとそのまま飛び上がった。
「うわあああ」
「きゃあああ」
「あんまり暴れると落としてしまうやろ」
二人をつかんで飛びながら真白が言った。
「あ、あなたたちだれですかあぁ」
そのときはじめて相手の格好を大樹はよくみた。
(その格好、どっかでみたなあ)
最近やっていたゲームの中の忍者の格好だった。
(戦国時代にもコスプレってあるんだね)
大樹はうなずいた。
しばし間を置いて、
「んなわけあるか~~」
叫び声が夜空に響いた。
ひとまず三人は安全な場所まで移動し自己紹介を始めた。
「私、陽菜っていいますう。織田軍に、仕えてた忍者なんです」
「なんだって! ちょうどいい! 俺たちを信長のところに連れてってくれよ」
これ幸いと大樹が提案する。
「それは、ちょっと難しいですねえ」
間髪いれずに断られた。
「仕えていたんですが信長さんの大事にしていた茶器をうっかり割ってクビになちゃったんですう。右足で左足をふんじゃって、あははは」
春菜は笑いながら答えた。
「それで命まで狙われて逃げてきたと」
真白が続けた。
「そこはぁクビになっただけですんだんです。それでぇ次の雇い主をさがそうと明智さんのところにいったんです」
「ほう」
「忍者としての実力をみせようと屋根裏から進入したんです。いやあ、大変でしたよ。見張りも多くて。途中でお腹が減っちゃったんで、台所に行ったんです。その日の夕飯は鯛の尾頭付きで……」
話が大きく脱線した。
「で、結局どうしたんだよ」
「ああ、そうでした。なんとか鯛を手に入れて光秀さんの部屋の天井裏までいったんです」
「そしたら」
陽菜は一息ためて叫んだ。
「信長さんの暗殺計画を話してたんです!」
沈黙が流れた。
「あれ、なんで驚かないんですか?」
陽菜は首を傾げた。
「まあ、いいです。それで、これは大変だと思って引き返そうとしたら、体勢を崩しちゃいまして」
「落っこちたと」
「あははは」
笑って誤魔化す陽菜。
「なんとか、その場は逃げてこれたんですが、光秀さんが織田軍に指名手配したようでやっとのことで、ここまできたんですよ」
表情は笑っていたがさすがに元気が無い。
自分の大体の状況を説明したとこで陽菜は尋ねた。
「それで、あなたたちは一体だれなんですか?」
なんと説明しようか大樹は迷った。
そして、口を開いた。
「作戦タイム!」
陽菜に後ろをむいて真白と相談する。
「どないするん?」
「未来からきたことだけ言わなきゃいいよな」
「まあ、大丈夫やろ」
「じゃあ、その方向で」
バッと後ろに向きをかえ、大樹は話し始めた。
「俺たちも、信長の暗殺を知って止めようとしてるんだよ」
(はしょりすぎちゃう)
(やっぱりそうかな)
怪しさ爆発の説明に大樹もやばいかなって思った。
「そうだったんですかあ」
大樹の不安を余所に陽菜は全く気にしていないようだ。どうやらあまり頭の立て付けの良くない娘らしい。
「だったら、私もいっしょに連れてって下さい! 信長さんを守りたいんです!」
陽菜は真剣に頼んだ。その言葉に大気と真白は少し陽菜を見直した。クビになったとはいえ、元の主人を守ろうとするなんてさすがは忍者だと。
「そしたら、また雇ってもらえるかもしれないし」
完全なる私欲だった。
「う~ん」
―ぽけぽけしてるけど、この時代の知り合いがいるとなにかと便利かもしれないな)
大樹は答えた。
「一緒に信長の暗殺を阻止しよう!」
こちらも私欲だった。二人はがしっと手を取り合った。
天然忍者が仲間になった。
「ここや、ここにしようや」
宿場町に到着した三人は今夜泊まる宿を探し始めた。
真白が指差したのは一番の高級宿屋である。辺りはすっかり夜。途中、大樹たちは数回道に迷ったせいだ。
理由は、
「私が近くの宿場町まで案内しますう」
陽菜は満点の笑顔で答えた。
陽菜を先頭に歩き出した。
池にでました。
「はは、こんなこともありますよ」
自信75点くらいで答えた。
沼にでました。
「つ、次は大丈夫です」
自信も50点を切り出した。
崖にでました。
「あはは。ごめんなさい」
自信は0点になった。
「まあ、しゃあないわ。でもこれからどないしよ」
「日も暮れちゃったしなあ」
辺りは日も沈み始めいた。数時間歩いた疲れに大樹は思わず座り込んだ。
「なんや、体力無いなあ」
「そうですよ。女の私でもまだ元気です」
大樹以外の二人はあいかわらず元気な様子。さすがに妖怪と忍者である。
体力の差は比べようもなかった。
「あ、向こうに明かりが見えますよ」
陽菜が指差した方を見ると確かに崖の下から近い距離に宿場町の明かりが見えた。
「さあ、いきましょう」
すぐに陽菜は崖をぴょんぴょん降りはじめた。
「いや、降りられないから」
切立った崖を見下ろし大樹が呟いた。
「さっさといきぃ」
どんっ。真白に崖から突き飛ばされた。
「ぎゃ~~」
みるみる地面が近づいてくる。
―あ、死んだ。
大樹は悟った。
「よいっしょ」
すんでのところで飛んできた真白がキャッチした。
「な、なんてことしやがる!」
大樹は真白に怒った。
「あはは。こっちのほうが速いやろ」
くすくす笑う。反省全くなし。
そんなこんなで三人はようやく宿場町にたどり着いた頃にはすっかり日が暮れていた。
大樹たちは宿場町で一番立派な宿の一番高い部屋に泊まった。高いだけあり部屋も広く綺麗だ。高そうな掛け軸や壷も置いてあった。
宿の主人は芸者も用意しますかと言ってきたが、大樹は真白と陽菜の怖い視線を感じ断った。
夕食を済ませ、三人は今後の行動について話し合う。
「で、どうやって信長を助けるか考えようぜ」
「せやなあ、なんか案でもあるん?」
退屈そうに真白はあくびをした。畳に横になってくつろいでいる。
「直接行っても信じてもらえないだろうから、本能寺でぎりぎりで助け出すしかないだろう。そうすりゃ、陽菜の手柄にもなるだろ」
「いいですね! それ!」
陽菜が手柄の部分に激しく賛同する。
「でも、どうやって敵や信長の兵隊にみつからず本能寺までいくかやで、問題は」
う~んと、三人が頭を悩ます。
「真白は消えたりとかできないよな?」
「さすがにうちでもでけへんよ。化けるだけや」
ほんわか忍者に目線が行く。
「わ、私もそんな忍術できませんよう」
「やっぱり無理かぁ」
三人はがっかりしてため息をついた。
「あ、でも姿消せるっちゅう道具持ってるゆ~奴知ってるで」
ぽつりと真白が言った。
「マジで?」
「あ、ところで今思うたんやけど、あんたあ。マジでってよくうゆうやんな」
「口癖だよ。それよりもさ」
「悪い口癖は大人になったとき、困りよるんやで。会社の上司に『まじで』なんて使ったら怒られるで」
「なんでここで正論! そんなことはどうでもいいからとにかくだれがそんな便利な道具、持ってるんだよ?」
大樹は真白に詰め寄る。
「なんや? うちに詰め寄るなんて積極的やね」
不意に真白は大樹に顔を近づけた。
「ふ、ふざけてんなよ」
真白の妖艶な笑みに強がっていても大樹の胸はどきどきしてしまう。悲しい男の性である。
「そない、むきにならんでもいいのに。持ってんのは鞍馬山の大天狗や。天狗の隠れ蓑ってゆうやつや」
「知り合いなのか?」
「現代なら酒飲み友達なんやけどなあ」
困ったように頭をかいた。
「頼んだら、貸してくれそうか」
「無理やろな。でも、ひとつ方法があるで」
ぴしっと人差し指を立てる。
「天狗と勝負して勝つことや。天狗は勝負好きやから、勝負に勝ったら貸してもらえるやろ」
「う~ん、勝負か」
大樹は腕を組んで考える。
「なんか、勝てそうなことあるん?」
「まあ、それはゆっくり考えるとして、明日になったら、鞍馬山に行くってことでいいな?」
「了解や」
「はい」
二人も同意した。
「道順は、オレが宿の人に訊いておくから」
「それなら、大丈夫です。私、鞍馬山になら行ったことがあるんで案内しますよ」
自信満々に陽菜は胸を叩いた。
二人が、じと~とした目で視線を陽菜に向ける。
「ちょっと、信用してくださいよ」
陽菜がばたばたと騒いだ。
「まあ、それはおいといて、風呂でもいってこようや、陽菜ちゃん」
「そうですね、汗もかいたし」
「のぞきに来たら、あかんでぇ。大樹ぃ」
にやにや笑いながら、陽菜の背中をおしながら部屋から出て行った。
「のぞかねえよ!」
大樹は頬を赤らめて叫んだ。そのままごろっと畳に横になった。
そわそわ、そわそわ。
やはり、そこは男子。興味が無いわけがない。自然とふたりの裸を想像してしまう。
二人とも美人と美少女といって間違いない。
「でも、所詮狐と忍者娘俺は興味なんてないからな」
大樹は自分にいいきかせるように呟く。
「いやまてよ。覗かないほうが逆に失礼なのでは、女子にとって」
頭の中に悪魔が囁く。
「いやでも、やっぱりまずいよな」
天使がそこを押さえる。
天使と悪魔は拮抗状態が続く。
しばらく、大樹はあぐらをかいて悩んでいたが、一日の疲れもあり浅い眠りに落ちた。
「やべ、寝ちまったよ」
眠りからさめた大樹の心は決まっていた。
「やらずに後悔するより、やって後悔しよう!」
決心して勢いよく立ち上がった。戦場に向かう戦士のように心は高鳴る。
「いざゆかん、戦いの大地へ」
その時、部屋の襖が開いた。
「戻ったで。いい湯やったわ」
「湯船も広かったですし」
ぽかぽか湯上り上機嫌の真白と陽菜だ。
戦いは終わった。
大樹は膝から崩れ落ちた。
「おお、どないした大樹?」
「大丈夫ですかあ」
二人が心配し声をかける。
「ちょっと、疲れただけだ」
ふらふらと立ち上がった。
「風呂行ってくる」
言葉にも力が無い。
「なんや、そんならさっき一緒にくればよかったのに。混浴やったし」
「なにいいい!」
―混浴だとおお。しまった。その可能性を忘れてたあああ。待てよ。今からいったって他の女の客がいるかも。
一筋の希望に再び体に力がみなぎる。
「他のお客さんもいなかったからゆっくりできましたね」
―神は我を見放したか
再び膝をついた。そして、またよろよろと立ち上がった。
「じゃあ、行ってくる」
風呂場は、確かに誰もいなかった。
「ちくしょおおお」
男の乾いた叫びが響いた。
「ほな、出発や」
三人は翌朝、宿屋を出発した。
宿代は、真白が木の葉で化かした小判で支払う。
―まあ、少し悪い気もするが、まあ大事の前のなんとやらってことで勘弁してもらおう。
大樹は心の中で小さく謝罪した。
「それじゃあ、私が鞍馬山まで案内しますねえ」
陽菜が一歩前にでた。
大樹と真白が、すかさず肩をおさえる。
二人とも無言で顔を横に振る。
「き、昨日は、なにかの間違いですよ。く、曇りの日は調子が悪いんですよわたし」
「んなわけあるかい! あんたに案内されるくらいなら、そこらの野鳥にでも聞いていくわい!」
「そ、それはちょっとひどくないですかあ」
二人がわやわや口論を始める。
やれやれと大樹は首を振る。
「とりあえず、だいだいの道順は昨日宿屋の人にきいたから、大丈夫だって」
「おお、さすがやな」
「さすがですう」
それを聞いて二人の言い合いも収まる。
「じゃあ、気を取り直して、出発するぞ」
「おー」
三人は足並み揃えて歩き出した。
「あれ、でも、旅館の人に訊いていたってことは……」
少し考え、
「やっぱり、わたしのこと信用してくれなかったんですねえ」
隣の大樹に視線を向けたがそこに姿は無かった。
「あはは、聞こえなああい」
すでに大樹は両耳を押さえ走り出していた。
「逃げよった」
「逃げましたね」
そのまま街道を走る大樹。
「ま、待ってくださいよお」
すぐに陽菜も追いかけて走り出した。
「こんなんで、本当に大丈夫かいな」
真白は溜め息をついた。
「まあ、おもろけりゃ、それでいいわ」
真白も二人を追いかけた。
「うちを置いてんといてな」
ふざけて、地に転がっていた手首ほどの木の枝を拾い、走りながら大樹めがけ投げた。
距離もあったし、当たらないだろうと思っての行動だった。
枝は見事な放物線を描きながら飛んで行く。
「まあ、ふざけるのはこのくらいにするか」
大樹は立ち止まり後ろを振り返った。
すこーんっ!。
小気味の良い音を立て枝は振り返った大樹の額を直撃した。
薄れ行く意識の中で大樹は、『ヤバ!』って顔をしている真白をみた。
「あ・・い・・・つ・・・か」
がくっ。
そのまま大樹は意識を失った。
「んん~ここは」
「やっと気ぃついたか」
目覚めると大樹は真白に背負われていた。
「ああ、もう大丈夫だから降ろしてくれ」
真白が大樹を背中から降ろす。
「突然、倒れはったんですよ、大樹はん」
棒読みである。
「何かが頭にぶつかった様な気がするんだがねえ」
大樹が真白をにらむ。真白の目が右から左へ露骨に泳ぐ。
「あ、そろそろ関所やで」
無理やり真白が話を逸らす。
「関所はこのままじゃ通れへんよ。手配が回ってるやろから」
「いや、気絶の原因は……」
「男は過去にこだわってたらあかんよ。ということで関所の突破を考えようや」
「はい、私に名案があります」
ばっと陽菜が手を上げた。
「迷案とちがう?」
「真白さん! 茶かさないでください」
コホンッと咳払いして続ける。
「作戦はですねえ……」
「で……なんで女装なんだよ!」
大樹が怒鳴る。
今の大樹は町娘の衣装を着せられていた。どこから用意したのかかつらを被らされ丁寧にかんざしまで刺さっている。
「なかなか似合っとるで、ぷぷっ」
「三姉妹にしたほうが相手も油断します! 絶対!」
自信満々に陽菜は言う。
「設定はこうです。姉妹で出稼ぎにでていたが、母の危篤をしり急ぎ故郷に向かう途中ということで」
「よし、行ってよし」
関所の前には数人の番兵が通行人を一人ずつ調べていた。
関所の通行の列がようやく大樹たちの番になる。
「次の者、前へ」
関所の番兵が大樹達を呼んだ。
「ようやく、うちらの番やな」
三人は怪しまれないよう普段どおりを装う。
「関所を通る用件は?」
番兵が大樹達を観察するような目でみながら問う。
「故郷の母の危篤をしり里がえりする途中や。よってに、はよ通してや」
三人は足早に関所を通ろうとした。
「まあ待て」
他の番兵がそれを制止する。
「最近、三人組が指名手配されてな」
「へ、へえそれは初耳ですねええ」
冷や汗が陽菜の額に浮かぶ。
「男一人に女二人の三人組だそうだ。その内一人は忍者だそうだ」
「なら、うちらは大丈夫や。三人姉妹よって」
「しかし、通行人は念入りに調べろとの通達だ。変装している可能性もあるからな。調べさせてもらう」
そう言って番兵は大樹に近づいてくる。
「ちょいまち。ほんま急いでおるんや。これで勘弁してえな」
真白は、番兵の手を取り小判を数枚握らす(偽金だけど)。番兵の表情が途端に緩む。
「う、うむ、まあ、いいだろう。通ってよし」
「おおきに」
「ありがとうございますう」
―どうにか誤魔化せたか
大樹がほっとしたその時、
コトり。
陽菜の袖口から小太刀が落ちた。
気まずい雰囲気が流れる。番兵たちの視線が陽菜に集まる。
「はは、なにかと物騒な世の中ですから、護身用ですよ。あは」
番兵達は一応納得した。
「では、先を急ぎますので」
ここで急いだのがまずかった。
またも、陽菜は何もないところで転んだ。
ガッチャーン。
手裏剣、クナイ、鎖鎌、その他もろもろ地面に転がった。
一瞬の沈黙。
「あははは、護身用って事に、なりませんよね?」
「ひっとらえろー」
番兵の一人が大声で叫んだ。
無言で大樹と真白はすでに走り出していた。
「待ってくださいよう」
後ろから陽菜、そのすぐ後ろから番兵たちが追いかけてくる。
逃げ始めてすぐに陽菜が大樹と真白に追いついた。さすが忍者、足は速い。こんなに速く走れるのになぜ歩いて転ぶのか。
「なんであそこで転ぶかなあ」
「すみませ~ん」
「忍者じゃなくて、大阪の芸人ちゃうの?」
「うう、面目ありません」
走り始めて数分後。
「ぜえ、はあ、どう、にかなら、はあ、ないか」
一般学生の大樹には体力の限界が近づいていた。
「そ、そうだ」
大樹は行商人の連れていた馬に飛び乗った。
「てめえ、なにしてやがるさっさとお…」
そこで男の商人の声は止まる。
後ろから真白に鉄扇でなぐられたからだ。
「堪忍な」
真白と陽菜も飛び乗った
「よっしゃ。いけえええ」
馬は勢い良く走り出す。
「これで逃げ切れますね」
にこりと陽菜が笑う。
「そうはいかないみたいやで」
振り返ると後ろから番兵も馬で追って来ている。
「どうするよ?」
「ふふふ、こんなこともあろうかと、良い物あります。これを使って馬の気を逸らしましょう」
陽菜が懐から取り出したのは、数本の人参。
―どんなときだよ!
大樹はのどまででかかった突っ込みを飲み込んだ。理由はともあれうまく使えば逃げ切れるかもしれない。
「よっしゃ、貸してみ」
真白が陽菜から人参を受け取る。
「じゃあいくで、おりゃああああ」
パシュ。ズガアアアンッ。
真白の投げた人参が音速を超えるスピードで馬に乗った番兵に激突する。
当然、人参は粉々になるがその衝撃は番兵をはじき落とすには十分であった。
続けざまに、二本、三本と投げつける。
「あのう、そういう使い方するつもりじゃなかったんですけどぉ……」
「まあ、いいやん。追っ手はいなくなったんやし」
人参を投げ終わった後、追ってくる者はいなくなっていた。独り残らず真白に打ち落とされたのだ。
―う~ん、真白と雪合戦したら、死人がでるな。
大樹の頭にそんな思いが浮かんだ。
三人は一路鞍馬山へと向かった。
1582年(大正10年) 五月 一日
大樹は気がつくとどこかの林の中にいた。
「突然、飛ばすなんて。準備も何もしてないのに」
あたりを見回すと、近くには見覚えのない箱の上に真白が座っていた。真白の姿はいつの間にか狐の姿に戻っていた・
「真白、その箱はなんだ?」
「これかあ」
箱の上からぴょんと飛び降りた。
「神さんがな、こっち来る前に渡してん。中身はしらん」
(役に立つ道具でも入れてくれたのか。一応神なりの優しさだな)
大樹は期待を膨らませ箱をあけた。中にあったのは、
・何かのスイッチ
・スタンガン
・カップラーメン
・プリント一枚
「なになに……」
『スイッチは現代に戻ってくるときに押すのじゃぞ。
カップラーメンは餞別じゃ。
がんばるのじゃ!
追伸 いろいろ最近物騒だからスタンガンもいれておくぞよ』
「戦国武将は痴漢じゃねぇよ!」
反射的に手紙に突っ込みを入れてしまう。
まあ、ないよりましかと思い仕方なくポケットにしまった。
「つーかこれからどうやって信長助けろってんだ。それ以前に、この時代の金も持って無いのに」
前途多難な状況に思わず頭を抱える。
「それならまかしとき」
いつの間にか人型に化けていた真白が答えた。
真白はその辺の木の葉を数枚拾うと息を吹きかけた。
するとそれはたちまち小判に姿を変えた。
「どや!」
出来上がった小判を大樹に見せ付けた。
「すげえな、マジで!」
「もっとほめて、ほめて。うちほめられて伸びるタイプやで」
肩に寄りかかって来た真白を無視し考えを続ける。
「これで旅費は大丈夫だとして、どうやって誰にも気付かれずに本能寺から織田信長をつれてくかだよな」
「まあ、とりあえず、宿にでも泊まろうや」
「ああ、そうだな」
二人は街道に出て近くの宿場町を目指すことにした。
「それで真白はなんで神に協力することにしたんだ?」
「うちか? うちはみての通りの妖弧なんやけど、妖弧っていってもいろいろランクがあってな。その昇進が報酬や」
「狐の世界もいろいろあるんだな」
大樹が納得する。
「ま、それだけやないけどな」
真白が小さく呟いた。
「ん? なんか言った?」
「何も言ってへんよ」
大樹も気にとめず、二人は街道を進み始めた。
しばらく歩いていると、
「だれか助けて~」
近くで女の悲鳴が聞こえた。
「なんだ」
辺りを見回す。
「だれかが、野盗にでも襲われてるんとちゃう」
のんきに真白が答えた。
「大変じゃん!」
大樹は林を悲鳴の聞こえたほうに進んでいく。
すると、一人の少女を数人の男たちが囲んでいるのをみつけた。
少女は大樹と同じくらいの年齢。腰まで届く黒髪をポニーテールにしている。柔和な感じをうける可愛らしい娘だった。
男達は鎧姿で刀を構えている。どうやら戦国武者のようだ。いまにも少女に切りかからんとする様子だ。
「野盗ではなさそうやな。で、どうするん?」
真白が聞いてくる。
「なんとかしてあの子、助けられねえかな」
大樹は自分が善人だとは思わないが、目の前の少女を見捨てるほど他人に無関心にはなれなかった。
「そういうことならうちにまかせとき」
がしっと大樹の両肩をつかんだ。
「おい、ちょっとなにを……」
「飛んでいきー」
そのまま後ろに倒れこみ、巴投げの要領で大樹を投げ飛ばした。
「ばかやろーー」
「観念するんだな」
「ひゃあ。助けてくださぃ」
「問答無用!」
男達が刀を振り上げたその時、
「あ~~」
どしゃっ。
「ぐをぉぉぉ。背中がぁ」
少女のちょうど隣。男達の真ん中に大樹は着地(落下?)した。
「何奴!」
男の一人に問い詰められ、
「ははは、怪しいもんではないですよ。落ち着いて話しましょう」
大樹はそんな取ってつけたようなセリフと引きつった笑顔で答えた。
「構わん。切り殺せ」
リーダー格らしい男の声をきっかけに男達が切りかかってきた。
「きゃー」
大樹は天眼を発動させ相手の攻撃を読む。
視えた攻撃は刀による横なぎ。それを読んでしゃがんでかわす。
「いでえー」
激痛に大樹は右目を押さえる。
「こしゃくな」
男は次の攻撃に移る。
天眼発動。視えたのは上段から一閃。大樹は横っ飛びでぎりぎり攻撃をかわした。
「うぎゃああ」
さらに激痛が走る。
「ちょこまかと」
三度目は全員で向かってきた。右目は涙でにじんで何も見えなかった。
「もう無理だあああ」
「しゃ~ないな」
ギンッ。
大樹と武者の間にあらわれた真白がどこからか出したのか鉄扇で刀を受け止めた。そのまま、男の腹を蹴飛ばして吹き飛ばす。
「やっぱ、うちがいんと駄目やな~」
のんきな声で真白は呟いた。突然のことに男たちは少し距離をとった。
「お、おまえ強かったんだな」
「伊達に数百年も生きてまへんて」
隙をみて一人が切りかかってきた。真白はそれをひらりとかわし、鉄扇で顔面を一閃。
一人撃破。
「まあ、談笑はこいつらを片付けてからやな」
男たちを真白がにらみつける。一瞬、男たちはその迫力に怯む。
「な~んてな」
真白は大樹と女の子をつかむとそのまま飛び上がった。
「うわあああ」
「きゃあああ」
「あんまり暴れると落としてしまうやろ」
二人をつかんで飛びながら真白が言った。
「あ、あなたたちだれですかあぁ」
そのときはじめて相手の格好を大樹はよくみた。
(その格好、どっかでみたなあ)
最近やっていたゲームの中の忍者の格好だった。
(戦国時代にもコスプレってあるんだね)
大樹はうなずいた。
しばし間を置いて、
「んなわけあるか~~」
叫び声が夜空に響いた。
ひとまず三人は安全な場所まで移動し自己紹介を始めた。
「私、陽菜っていいますう。織田軍に、仕えてた忍者なんです」
「なんだって! ちょうどいい! 俺たちを信長のところに連れてってくれよ」
これ幸いと大樹が提案する。
「それは、ちょっと難しいですねえ」
間髪いれずに断られた。
「仕えていたんですが信長さんの大事にしていた茶器をうっかり割ってクビになちゃったんですう。右足で左足をふんじゃって、あははは」
春菜は笑いながら答えた。
「それで命まで狙われて逃げてきたと」
真白が続けた。
「そこはぁクビになっただけですんだんです。それでぇ次の雇い主をさがそうと明智さんのところにいったんです」
「ほう」
「忍者としての実力をみせようと屋根裏から進入したんです。いやあ、大変でしたよ。見張りも多くて。途中でお腹が減っちゃったんで、台所に行ったんです。その日の夕飯は鯛の尾頭付きで……」
話が大きく脱線した。
「で、結局どうしたんだよ」
「ああ、そうでした。なんとか鯛を手に入れて光秀さんの部屋の天井裏までいったんです」
「そしたら」
陽菜は一息ためて叫んだ。
「信長さんの暗殺計画を話してたんです!」
沈黙が流れた。
「あれ、なんで驚かないんですか?」
陽菜は首を傾げた。
「まあ、いいです。それで、これは大変だと思って引き返そうとしたら、体勢を崩しちゃいまして」
「落っこちたと」
「あははは」
笑って誤魔化す陽菜。
「なんとか、その場は逃げてこれたんですが、光秀さんが織田軍に指名手配したようでやっとのことで、ここまできたんですよ」
表情は笑っていたがさすがに元気が無い。
自分の大体の状況を説明したとこで陽菜は尋ねた。
「それで、あなたたちは一体だれなんですか?」
なんと説明しようか大樹は迷った。
そして、口を開いた。
「作戦タイム!」
陽菜に後ろをむいて真白と相談する。
「どないするん?」
「未来からきたことだけ言わなきゃいいよな」
「まあ、大丈夫やろ」
「じゃあ、その方向で」
バッと後ろに向きをかえ、大樹は話し始めた。
「俺たちも、信長の暗殺を知って止めようとしてるんだよ」
(はしょりすぎちゃう)
(やっぱりそうかな)
怪しさ爆発の説明に大樹もやばいかなって思った。
「そうだったんですかあ」
大樹の不安を余所に陽菜は全く気にしていないようだ。どうやらあまり頭の立て付けの良くない娘らしい。
「だったら、私もいっしょに連れてって下さい! 信長さんを守りたいんです!」
陽菜は真剣に頼んだ。その言葉に大気と真白は少し陽菜を見直した。クビになったとはいえ、元の主人を守ろうとするなんてさすがは忍者だと。
「そしたら、また雇ってもらえるかもしれないし」
完全なる私欲だった。
「う~ん」
―ぽけぽけしてるけど、この時代の知り合いがいるとなにかと便利かもしれないな)
大樹は答えた。
「一緒に信長の暗殺を阻止しよう!」
こちらも私欲だった。二人はがしっと手を取り合った。
天然忍者が仲間になった。
「ここや、ここにしようや」
宿場町に到着した三人は今夜泊まる宿を探し始めた。
真白が指差したのは一番の高級宿屋である。辺りはすっかり夜。途中、大樹たちは数回道に迷ったせいだ。
理由は、
「私が近くの宿場町まで案内しますう」
陽菜は満点の笑顔で答えた。
陽菜を先頭に歩き出した。
池にでました。
「はは、こんなこともありますよ」
自信75点くらいで答えた。
沼にでました。
「つ、次は大丈夫です」
自信も50点を切り出した。
崖にでました。
「あはは。ごめんなさい」
自信は0点になった。
「まあ、しゃあないわ。でもこれからどないしよ」
「日も暮れちゃったしなあ」
辺りは日も沈み始めいた。数時間歩いた疲れに大樹は思わず座り込んだ。
「なんや、体力無いなあ」
「そうですよ。女の私でもまだ元気です」
大樹以外の二人はあいかわらず元気な様子。さすがに妖怪と忍者である。
体力の差は比べようもなかった。
「あ、向こうに明かりが見えますよ」
陽菜が指差した方を見ると確かに崖の下から近い距離に宿場町の明かりが見えた。
「さあ、いきましょう」
すぐに陽菜は崖をぴょんぴょん降りはじめた。
「いや、降りられないから」
切立った崖を見下ろし大樹が呟いた。
「さっさといきぃ」
どんっ。真白に崖から突き飛ばされた。
「ぎゃ~~」
みるみる地面が近づいてくる。
―あ、死んだ。
大樹は悟った。
「よいっしょ」
すんでのところで飛んできた真白がキャッチした。
「な、なんてことしやがる!」
大樹は真白に怒った。
「あはは。こっちのほうが速いやろ」
くすくす笑う。反省全くなし。
そんなこんなで三人はようやく宿場町にたどり着いた頃にはすっかり日が暮れていた。
大樹たちは宿場町で一番立派な宿の一番高い部屋に泊まった。高いだけあり部屋も広く綺麗だ。高そうな掛け軸や壷も置いてあった。
宿の主人は芸者も用意しますかと言ってきたが、大樹は真白と陽菜の怖い視線を感じ断った。
夕食を済ませ、三人は今後の行動について話し合う。
「で、どうやって信長を助けるか考えようぜ」
「せやなあ、なんか案でもあるん?」
退屈そうに真白はあくびをした。畳に横になってくつろいでいる。
「直接行っても信じてもらえないだろうから、本能寺でぎりぎりで助け出すしかないだろう。そうすりゃ、陽菜の手柄にもなるだろ」
「いいですね! それ!」
陽菜が手柄の部分に激しく賛同する。
「でも、どうやって敵や信長の兵隊にみつからず本能寺までいくかやで、問題は」
う~んと、三人が頭を悩ます。
「真白は消えたりとかできないよな?」
「さすがにうちでもでけへんよ。化けるだけや」
ほんわか忍者に目線が行く。
「わ、私もそんな忍術できませんよう」
「やっぱり無理かぁ」
三人はがっかりしてため息をついた。
「あ、でも姿消せるっちゅう道具持ってるゆ~奴知ってるで」
ぽつりと真白が言った。
「マジで?」
「あ、ところで今思うたんやけど、あんたあ。マジでってよくうゆうやんな」
「口癖だよ。それよりもさ」
「悪い口癖は大人になったとき、困りよるんやで。会社の上司に『まじで』なんて使ったら怒られるで」
「なんでここで正論! そんなことはどうでもいいからとにかくだれがそんな便利な道具、持ってるんだよ?」
大樹は真白に詰め寄る。
「なんや? うちに詰め寄るなんて積極的やね」
不意に真白は大樹に顔を近づけた。
「ふ、ふざけてんなよ」
真白の妖艶な笑みに強がっていても大樹の胸はどきどきしてしまう。悲しい男の性である。
「そない、むきにならんでもいいのに。持ってんのは鞍馬山の大天狗や。天狗の隠れ蓑ってゆうやつや」
「知り合いなのか?」
「現代なら酒飲み友達なんやけどなあ」
困ったように頭をかいた。
「頼んだら、貸してくれそうか」
「無理やろな。でも、ひとつ方法があるで」
ぴしっと人差し指を立てる。
「天狗と勝負して勝つことや。天狗は勝負好きやから、勝負に勝ったら貸してもらえるやろ」
「う~ん、勝負か」
大樹は腕を組んで考える。
「なんか、勝てそうなことあるん?」
「まあ、それはゆっくり考えるとして、明日になったら、鞍馬山に行くってことでいいな?」
「了解や」
「はい」
二人も同意した。
「道順は、オレが宿の人に訊いておくから」
「それなら、大丈夫です。私、鞍馬山になら行ったことがあるんで案内しますよ」
自信満々に陽菜は胸を叩いた。
二人が、じと~とした目で視線を陽菜に向ける。
「ちょっと、信用してくださいよ」
陽菜がばたばたと騒いだ。
「まあ、それはおいといて、風呂でもいってこようや、陽菜ちゃん」
「そうですね、汗もかいたし」
「のぞきに来たら、あかんでぇ。大樹ぃ」
にやにや笑いながら、陽菜の背中をおしながら部屋から出て行った。
「のぞかねえよ!」
大樹は頬を赤らめて叫んだ。そのままごろっと畳に横になった。
そわそわ、そわそわ。
やはり、そこは男子。興味が無いわけがない。自然とふたりの裸を想像してしまう。
二人とも美人と美少女といって間違いない。
「でも、所詮狐と忍者娘俺は興味なんてないからな」
大樹は自分にいいきかせるように呟く。
「いやまてよ。覗かないほうが逆に失礼なのでは、女子にとって」
頭の中に悪魔が囁く。
「いやでも、やっぱりまずいよな」
天使がそこを押さえる。
天使と悪魔は拮抗状態が続く。
しばらく、大樹はあぐらをかいて悩んでいたが、一日の疲れもあり浅い眠りに落ちた。
「やべ、寝ちまったよ」
眠りからさめた大樹の心は決まっていた。
「やらずに後悔するより、やって後悔しよう!」
決心して勢いよく立ち上がった。戦場に向かう戦士のように心は高鳴る。
「いざゆかん、戦いの大地へ」
その時、部屋の襖が開いた。
「戻ったで。いい湯やったわ」
「湯船も広かったですし」
ぽかぽか湯上り上機嫌の真白と陽菜だ。
戦いは終わった。
大樹は膝から崩れ落ちた。
「おお、どないした大樹?」
「大丈夫ですかあ」
二人が心配し声をかける。
「ちょっと、疲れただけだ」
ふらふらと立ち上がった。
「風呂行ってくる」
言葉にも力が無い。
「なんや、そんならさっき一緒にくればよかったのに。混浴やったし」
「なにいいい!」
―混浴だとおお。しまった。その可能性を忘れてたあああ。待てよ。今からいったって他の女の客がいるかも。
一筋の希望に再び体に力がみなぎる。
「他のお客さんもいなかったからゆっくりできましたね」
―神は我を見放したか
再び膝をついた。そして、またよろよろと立ち上がった。
「じゃあ、行ってくる」
風呂場は、確かに誰もいなかった。
「ちくしょおおお」
男の乾いた叫びが響いた。
「ほな、出発や」
三人は翌朝、宿屋を出発した。
宿代は、真白が木の葉で化かした小判で支払う。
―まあ、少し悪い気もするが、まあ大事の前のなんとやらってことで勘弁してもらおう。
大樹は心の中で小さく謝罪した。
「それじゃあ、私が鞍馬山まで案内しますねえ」
陽菜が一歩前にでた。
大樹と真白が、すかさず肩をおさえる。
二人とも無言で顔を横に振る。
「き、昨日は、なにかの間違いですよ。く、曇りの日は調子が悪いんですよわたし」
「んなわけあるかい! あんたに案内されるくらいなら、そこらの野鳥にでも聞いていくわい!」
「そ、それはちょっとひどくないですかあ」
二人がわやわや口論を始める。
やれやれと大樹は首を振る。
「とりあえず、だいだいの道順は昨日宿屋の人にきいたから、大丈夫だって」
「おお、さすがやな」
「さすがですう」
それを聞いて二人の言い合いも収まる。
「じゃあ、気を取り直して、出発するぞ」
「おー」
三人は足並み揃えて歩き出した。
「あれ、でも、旅館の人に訊いていたってことは……」
少し考え、
「やっぱり、わたしのこと信用してくれなかったんですねえ」
隣の大樹に視線を向けたがそこに姿は無かった。
「あはは、聞こえなああい」
すでに大樹は両耳を押さえ走り出していた。
「逃げよった」
「逃げましたね」
そのまま街道を走る大樹。
「ま、待ってくださいよお」
すぐに陽菜も追いかけて走り出した。
「こんなんで、本当に大丈夫かいな」
真白は溜め息をついた。
「まあ、おもろけりゃ、それでいいわ」
真白も二人を追いかけた。
「うちを置いてんといてな」
ふざけて、地に転がっていた手首ほどの木の枝を拾い、走りながら大樹めがけ投げた。
距離もあったし、当たらないだろうと思っての行動だった。
枝は見事な放物線を描きながら飛んで行く。
「まあ、ふざけるのはこのくらいにするか」
大樹は立ち止まり後ろを振り返った。
すこーんっ!。
小気味の良い音を立て枝は振り返った大樹の額を直撃した。
薄れ行く意識の中で大樹は、『ヤバ!』って顔をしている真白をみた。
「あ・・い・・・つ・・・か」
がくっ。
そのまま大樹は意識を失った。
「んん~ここは」
「やっと気ぃついたか」
目覚めると大樹は真白に背負われていた。
「ああ、もう大丈夫だから降ろしてくれ」
真白が大樹を背中から降ろす。
「突然、倒れはったんですよ、大樹はん」
棒読みである。
「何かが頭にぶつかった様な気がするんだがねえ」
大樹が真白をにらむ。真白の目が右から左へ露骨に泳ぐ。
「あ、そろそろ関所やで」
無理やり真白が話を逸らす。
「関所はこのままじゃ通れへんよ。手配が回ってるやろから」
「いや、気絶の原因は……」
「男は過去にこだわってたらあかんよ。ということで関所の突破を考えようや」
「はい、私に名案があります」
ばっと陽菜が手を上げた。
「迷案とちがう?」
「真白さん! 茶かさないでください」
コホンッと咳払いして続ける。
「作戦はですねえ……」
「で……なんで女装なんだよ!」
大樹が怒鳴る。
今の大樹は町娘の衣装を着せられていた。どこから用意したのかかつらを被らされ丁寧にかんざしまで刺さっている。
「なかなか似合っとるで、ぷぷっ」
「三姉妹にしたほうが相手も油断します! 絶対!」
自信満々に陽菜は言う。
「設定はこうです。姉妹で出稼ぎにでていたが、母の危篤をしり急ぎ故郷に向かう途中ということで」
「よし、行ってよし」
関所の前には数人の番兵が通行人を一人ずつ調べていた。
関所の通行の列がようやく大樹たちの番になる。
「次の者、前へ」
関所の番兵が大樹達を呼んだ。
「ようやく、うちらの番やな」
三人は怪しまれないよう普段どおりを装う。
「関所を通る用件は?」
番兵が大樹達を観察するような目でみながら問う。
「故郷の母の危篤をしり里がえりする途中や。よってに、はよ通してや」
三人は足早に関所を通ろうとした。
「まあ待て」
他の番兵がそれを制止する。
「最近、三人組が指名手配されてな」
「へ、へえそれは初耳ですねええ」
冷や汗が陽菜の額に浮かぶ。
「男一人に女二人の三人組だそうだ。その内一人は忍者だそうだ」
「なら、うちらは大丈夫や。三人姉妹よって」
「しかし、通行人は念入りに調べろとの通達だ。変装している可能性もあるからな。調べさせてもらう」
そう言って番兵は大樹に近づいてくる。
「ちょいまち。ほんま急いでおるんや。これで勘弁してえな」
真白は、番兵の手を取り小判を数枚握らす(偽金だけど)。番兵の表情が途端に緩む。
「う、うむ、まあ、いいだろう。通ってよし」
「おおきに」
「ありがとうございますう」
―どうにか誤魔化せたか
大樹がほっとしたその時、
コトり。
陽菜の袖口から小太刀が落ちた。
気まずい雰囲気が流れる。番兵たちの視線が陽菜に集まる。
「はは、なにかと物騒な世の中ですから、護身用ですよ。あは」
番兵達は一応納得した。
「では、先を急ぎますので」
ここで急いだのがまずかった。
またも、陽菜は何もないところで転んだ。
ガッチャーン。
手裏剣、クナイ、鎖鎌、その他もろもろ地面に転がった。
一瞬の沈黙。
「あははは、護身用って事に、なりませんよね?」
「ひっとらえろー」
番兵の一人が大声で叫んだ。
無言で大樹と真白はすでに走り出していた。
「待ってくださいよう」
後ろから陽菜、そのすぐ後ろから番兵たちが追いかけてくる。
逃げ始めてすぐに陽菜が大樹と真白に追いついた。さすが忍者、足は速い。こんなに速く走れるのになぜ歩いて転ぶのか。
「なんであそこで転ぶかなあ」
「すみませ~ん」
「忍者じゃなくて、大阪の芸人ちゃうの?」
「うう、面目ありません」
走り始めて数分後。
「ぜえ、はあ、どう、にかなら、はあ、ないか」
一般学生の大樹には体力の限界が近づいていた。
「そ、そうだ」
大樹は行商人の連れていた馬に飛び乗った。
「てめえ、なにしてやがるさっさとお…」
そこで男の商人の声は止まる。
後ろから真白に鉄扇でなぐられたからだ。
「堪忍な」
真白と陽菜も飛び乗った
「よっしゃ。いけえええ」
馬は勢い良く走り出す。
「これで逃げ切れますね」
にこりと陽菜が笑う。
「そうはいかないみたいやで」
振り返ると後ろから番兵も馬で追って来ている。
「どうするよ?」
「ふふふ、こんなこともあろうかと、良い物あります。これを使って馬の気を逸らしましょう」
陽菜が懐から取り出したのは、数本の人参。
―どんなときだよ!
大樹はのどまででかかった突っ込みを飲み込んだ。理由はともあれうまく使えば逃げ切れるかもしれない。
「よっしゃ、貸してみ」
真白が陽菜から人参を受け取る。
「じゃあいくで、おりゃああああ」
パシュ。ズガアアアンッ。
真白の投げた人参が音速を超えるスピードで馬に乗った番兵に激突する。
当然、人参は粉々になるがその衝撃は番兵をはじき落とすには十分であった。
続けざまに、二本、三本と投げつける。
「あのう、そういう使い方するつもりじゃなかったんですけどぉ……」
「まあ、いいやん。追っ手はいなくなったんやし」
人参を投げ終わった後、追ってくる者はいなくなっていた。独り残らず真白に打ち落とされたのだ。
―う~ん、真白と雪合戦したら、死人がでるな。
大樹の頭にそんな思いが浮かんだ。
三人は一路鞍馬山へと向かった。
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