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14 テーブルに隠れて……①
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よくある街中のファミレス。
全面ガラス張りの窓際で、俺はドリンクバーで汲んだコーラを渋々飲み下していた。
「あらあら、浮かない顔をしているわね。射精の直前でAV男優のドアップでも見てしまったのかしら」
そんな卑猥だがもはや慣れつつある発言に俺は肩を竦めるだけだ。何を言っても効かないからな。
俺が視線を上げるまでもなく、そこにいるのは黒宮怜その人だ。それ以外にこんな発言をする女子は世界中何処を探したっているわけがないし、居て欲しくもない。
何故俺たちがファミレスで駄弁っているかというと、少し話が長くなるので後回しとしよう。今は他に考えることがあるからな。
「お前のその口を開けば下ネタしか言わない言動にはとりあえず、致し方なく目をつぶるとして、だ」
「安心して。喋る意外にも咥えることだってできるわ。たとえば白里くんのペニ――」
「目をつぶるとしてだ! ――俺たちには先に考えなければならないことがあるだろう?」
公衆の面前である以上、慌てて遮る俺。相変わらずのファインプレーである。
というか、こいつといると心臓保たないな。今度救心でも買っとこうかな。
「白里くんのおち○ちん以上に優先されるものなんて、そう簡単には思いつかないわ。具体的には何のこと? たとえば……そうね。……私の安全日とか――」
「興味ねえし、参考にもしねえ! あと、そもそもそういう関係になることもねえから!!」
「……惜しかったわ。興味ないだけなら危険日でもブチ込むつもりなのかもとかちょっと期待してたのに……」
そう言うと思ったからそういう言い方にしたんだよ。
というか、ツッコミひとつにどうしてこう思考を巡らせなきゃいけないんだよ。疲れるよ。
「話ってのは他でもない、『今日のこれから』についてだよ」
「……ホテルに直行――」
「するわけないし、もちろん外でとかそういう話でもなく、そもそもそういう行為には至らないから!」
「……酷い。私のことを弄んだのね」
「俺が今まさに弄ばれてるんだよ!」
……ハァハァ。酷いはこっちのセリフだ。もう良い加減慣れてきたけど、そもそも慣れてきたこと自体なんか腹立つな。
このまま行くとエスカレートがアクセラレートしてヒットレートがトップレートしそう。
要約すると、このまま行くとなぁなぁで既成事実とか出来上がっちゃいそうで怖い。というかいつか理性が崩壊しそうでかなり怖い。
目の前で澄まし顔してる美少女が自分に好意を抱いていて誘惑してくるだなんて、普通に考えたら耐えられるわけないだろ。俺が相手じゃなかったらとっくに(カップル的に)デキてるし何ならデキるもんも(授かり物的に)デキてる気がする。
さりげない仕草で耳に横髪を掛けながらストローを吸う黒宮は、一体何処まで計算尽くなんだろうか。それを考え始めると軽く人間不信に陥りそうだ。
いや、それはもういい。
仕切り直そう。
コイツといると話が進まなすぎて本題がいつまで経っても切り出せない。それは俺の本望ではないのだ。
「話というのは当然、これから合流する人物との対応についてだ」
「……なんでそんな回りくどい言い方になるの?」
「そういうのも後回しだ。あと30分もしないうちにそいつはやってくる。だからその前に対策を講じておかなければならないんだよ」
コイツがどう捉えているかは別問題として、俺には結構重大な問題なのだ。
それこそ、この危険人物をあてにせざるを得ない程度には。
「この卑猥な言動以外口に出来ないような呪われた女でも頼らずにはいられない程度には」
「そういうのは口にしないで思うだけにしたらどうなのかしら」
……仰る通り。
こんな相手であろうとも縋る以上は敬意を払うべきである。己の心情はさておくとして。
「まず、方針としては……そうだな」
そして、二人の言葉が偶然に重なった。
「当たり障りない話から探っていこうと思う」「単刀直入に話すべきじゃないかしら」
真っ向からぶつかっていた。
お互いに「何言ってんだコイツは」的な剣呑な眼差しが交錯する。
「いやいやいや、まずは様子を見るべきだろう! そこから少しずつ話を近づけていって核心に迫るべきだって!」
「……どうしてそんな回りくどいことをするの? まずは要点から話すべきよ。それが誠意を持って接するということよ」
ぐぬぬ……。相談する相手を間違っただろうか。とはいえ、こんなこと相談できる相手は誰一人いない。何より、この状況そのものが黒宮の提案でもある。
曰わく、俺に一人に任せておいたら一生掛かっても話が切り出せないだのなんだの。
そんなことはないはずだ。今日話せなくても、明日がある。明日話せなくても明後日がある。
向こうの事情もあるだろうけど、いつまでも話せないということはないはずだ。……ないだろう、きっと。
「けど、あわよくば後日でも構わないと思ってる。……違う?」
違わないけど。違わないけどさぁ!
「もう男になるべきよ、白里くん。良い加減におち○ちんの皮を剥くべき時なのよ、仮性包茎の白里くん」
「なんでそんなの知ってんだよ?! ていうか俺の皮の事情はどうだっていいだろ?!」
一体何をどうすればそんな情報を仕入れられるんだろうか。俺のプライバシーというヤツは実は保護されていないんじゃなかろうか。
大体俺のは被ってないっての。……そんなには。
「興味のあるものについて詳しくなるのは自然なことでしょう? 白里くんのスマホの検索履歴からおおよその興味や悩みは理解しているわ。黒髪のボブカットがお好みなのも調査済みよ」
「いつの間に調べたんだよ?! ロック掛かってるよね?!」
「誕生日でロックを掛けるのはオススメしないわね。普通真っ先に試されるでしょう?」
「うるせえよ畜生!!」
いくら何でも恐ろしすぎる。そりゃ確かに俺も無防備すぎたかもしれないけども……。
くっ、恨めしいのはつい何となくググってしまった情報たちだ。この女、他に何を知っていやがる……? 迂闊に逆らうと地獄を見そうだぞ……。
「ねぇ、白里くん。なんなら今日のお話が上手くいったらご褒美をあげましょうか? たとえば、再生回数が多かったアダルトビデオの絶頂シーンを音読みしてあげるとか」
「今日は単刀直入に話をします! 言うこと何でも聞きますから! だからそれ以上はやめて! 俺のライフはもうゼロよ!」
俺が美しい曲線を描く土下座をして深い謝罪の意を示すと、黒宮は少しだけ残念そうに溜息を吐いた。
「私の声で白里くんが昂ぶるのも見てみたかったけれど、交渉材料がひとつ増えたと思えば悪くはないわね」
そんな少々冗談にしては恐ろしい声が聞こえた気がしたが、俺には何も聞こえない。全力で聞こえなかったことにしたい。
それにそんなこんなでそろそろ時間だ。作戦タイムはこれでお開きとなった。
あとは、本番。実践あるのみである。
「それじゃあ私はテーブルの下に隠れて司令塔となるわ。作戦指揮は任せてちょうだい」
正直全然お任せしたくないけど、頼れる相手はコイツしかいないし、これ以上ことを荒立てて余計拗れるのもゴメンだ。
よって、このまま行くしかない。
そして、黒宮がテーブルの下に潜り込む間に、……カランカラン。
ファミレスに新たなお客さんが来店された。
その声は見知った声。
子供の頃から何度も聞いたことのある、低くてどこか艶のある男の声だ。
「おっと、ここに居たのか。……待たせたな、光路」
待ち合わせ相手は、俺の父親だった。
同時にピコンとスマホがメッセージの着信を知らせる。
『さぁ、パパに謝るプロジェクト……スタートよ!!』
言うなればそれは、過去のトラウマとの戦いを始める、開始のベルであった。
全面ガラス張りの窓際で、俺はドリンクバーで汲んだコーラを渋々飲み下していた。
「あらあら、浮かない顔をしているわね。射精の直前でAV男優のドアップでも見てしまったのかしら」
そんな卑猥だがもはや慣れつつある発言に俺は肩を竦めるだけだ。何を言っても効かないからな。
俺が視線を上げるまでもなく、そこにいるのは黒宮怜その人だ。それ以外にこんな発言をする女子は世界中何処を探したっているわけがないし、居て欲しくもない。
何故俺たちがファミレスで駄弁っているかというと、少し話が長くなるので後回しとしよう。今は他に考えることがあるからな。
「お前のその口を開けば下ネタしか言わない言動にはとりあえず、致し方なく目をつぶるとして、だ」
「安心して。喋る意外にも咥えることだってできるわ。たとえば白里くんのペニ――」
「目をつぶるとしてだ! ――俺たちには先に考えなければならないことがあるだろう?」
公衆の面前である以上、慌てて遮る俺。相変わらずのファインプレーである。
というか、こいつといると心臓保たないな。今度救心でも買っとこうかな。
「白里くんのおち○ちん以上に優先されるものなんて、そう簡単には思いつかないわ。具体的には何のこと? たとえば……そうね。……私の安全日とか――」
「興味ねえし、参考にもしねえ! あと、そもそもそういう関係になることもねえから!!」
「……惜しかったわ。興味ないだけなら危険日でもブチ込むつもりなのかもとかちょっと期待してたのに……」
そう言うと思ったからそういう言い方にしたんだよ。
というか、ツッコミひとつにどうしてこう思考を巡らせなきゃいけないんだよ。疲れるよ。
「話ってのは他でもない、『今日のこれから』についてだよ」
「……ホテルに直行――」
「するわけないし、もちろん外でとかそういう話でもなく、そもそもそういう行為には至らないから!」
「……酷い。私のことを弄んだのね」
「俺が今まさに弄ばれてるんだよ!」
……ハァハァ。酷いはこっちのセリフだ。もう良い加減慣れてきたけど、そもそも慣れてきたこと自体なんか腹立つな。
このまま行くとエスカレートがアクセラレートしてヒットレートがトップレートしそう。
要約すると、このまま行くとなぁなぁで既成事実とか出来上がっちゃいそうで怖い。というかいつか理性が崩壊しそうでかなり怖い。
目の前で澄まし顔してる美少女が自分に好意を抱いていて誘惑してくるだなんて、普通に考えたら耐えられるわけないだろ。俺が相手じゃなかったらとっくに(カップル的に)デキてるし何ならデキるもんも(授かり物的に)デキてる気がする。
さりげない仕草で耳に横髪を掛けながらストローを吸う黒宮は、一体何処まで計算尽くなんだろうか。それを考え始めると軽く人間不信に陥りそうだ。
いや、それはもういい。
仕切り直そう。
コイツといると話が進まなすぎて本題がいつまで経っても切り出せない。それは俺の本望ではないのだ。
「話というのは当然、これから合流する人物との対応についてだ」
「……なんでそんな回りくどい言い方になるの?」
「そういうのも後回しだ。あと30分もしないうちにそいつはやってくる。だからその前に対策を講じておかなければならないんだよ」
コイツがどう捉えているかは別問題として、俺には結構重大な問題なのだ。
それこそ、この危険人物をあてにせざるを得ない程度には。
「この卑猥な言動以外口に出来ないような呪われた女でも頼らずにはいられない程度には」
「そういうのは口にしないで思うだけにしたらどうなのかしら」
……仰る通り。
こんな相手であろうとも縋る以上は敬意を払うべきである。己の心情はさておくとして。
「まず、方針としては……そうだな」
そして、二人の言葉が偶然に重なった。
「当たり障りない話から探っていこうと思う」「単刀直入に話すべきじゃないかしら」
真っ向からぶつかっていた。
お互いに「何言ってんだコイツは」的な剣呑な眼差しが交錯する。
「いやいやいや、まずは様子を見るべきだろう! そこから少しずつ話を近づけていって核心に迫るべきだって!」
「……どうしてそんな回りくどいことをするの? まずは要点から話すべきよ。それが誠意を持って接するということよ」
ぐぬぬ……。相談する相手を間違っただろうか。とはいえ、こんなこと相談できる相手は誰一人いない。何より、この状況そのものが黒宮の提案でもある。
曰わく、俺に一人に任せておいたら一生掛かっても話が切り出せないだのなんだの。
そんなことはないはずだ。今日話せなくても、明日がある。明日話せなくても明後日がある。
向こうの事情もあるだろうけど、いつまでも話せないということはないはずだ。……ないだろう、きっと。
「けど、あわよくば後日でも構わないと思ってる。……違う?」
違わないけど。違わないけどさぁ!
「もう男になるべきよ、白里くん。良い加減におち○ちんの皮を剥くべき時なのよ、仮性包茎の白里くん」
「なんでそんなの知ってんだよ?! ていうか俺の皮の事情はどうだっていいだろ?!」
一体何をどうすればそんな情報を仕入れられるんだろうか。俺のプライバシーというヤツは実は保護されていないんじゃなかろうか。
大体俺のは被ってないっての。……そんなには。
「興味のあるものについて詳しくなるのは自然なことでしょう? 白里くんのスマホの検索履歴からおおよその興味や悩みは理解しているわ。黒髪のボブカットがお好みなのも調査済みよ」
「いつの間に調べたんだよ?! ロック掛かってるよね?!」
「誕生日でロックを掛けるのはオススメしないわね。普通真っ先に試されるでしょう?」
「うるせえよ畜生!!」
いくら何でも恐ろしすぎる。そりゃ確かに俺も無防備すぎたかもしれないけども……。
くっ、恨めしいのはつい何となくググってしまった情報たちだ。この女、他に何を知っていやがる……? 迂闊に逆らうと地獄を見そうだぞ……。
「ねぇ、白里くん。なんなら今日のお話が上手くいったらご褒美をあげましょうか? たとえば、再生回数が多かったアダルトビデオの絶頂シーンを音読みしてあげるとか」
「今日は単刀直入に話をします! 言うこと何でも聞きますから! だからそれ以上はやめて! 俺のライフはもうゼロよ!」
俺が美しい曲線を描く土下座をして深い謝罪の意を示すと、黒宮は少しだけ残念そうに溜息を吐いた。
「私の声で白里くんが昂ぶるのも見てみたかったけれど、交渉材料がひとつ増えたと思えば悪くはないわね」
そんな少々冗談にしては恐ろしい声が聞こえた気がしたが、俺には何も聞こえない。全力で聞こえなかったことにしたい。
それにそんなこんなでそろそろ時間だ。作戦タイムはこれでお開きとなった。
あとは、本番。実践あるのみである。
「それじゃあ私はテーブルの下に隠れて司令塔となるわ。作戦指揮は任せてちょうだい」
正直全然お任せしたくないけど、頼れる相手はコイツしかいないし、これ以上ことを荒立てて余計拗れるのもゴメンだ。
よって、このまま行くしかない。
そして、黒宮がテーブルの下に潜り込む間に、……カランカラン。
ファミレスに新たなお客さんが来店された。
その声は見知った声。
子供の頃から何度も聞いたことのある、低くてどこか艶のある男の声だ。
「おっと、ここに居たのか。……待たせたな、光路」
待ち合わせ相手は、俺の父親だった。
同時にピコンとスマホがメッセージの着信を知らせる。
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