5 / 6
第五章【星の名は】
しおりを挟む
「おいタマゴ、これ終わるまで帰るな」
相変わらずの上司の言葉が飛んできたが、僕はいつものように言い返す。
「俺、予定あるんで定時で上がるって言いましたよね、それに課長の雑務を俺に押し付けないでください」
そう言って、タイムカードを押してさっさと会社を出る。
駅につくと、急行とすかすかの各駅がいる。時間の余裕はあるが、急行に乗りこむ。
今日は隣町で、久しぶりにユノウとニコに会う。去年は、残業で会えなかったが今年は断ってきた。
居酒屋の個室、ほろ酔いになり三人で楽しく話す。
「それにしても、タマゴ変わったな」
おもむろに言ったニコにうなづきながら、ユノウが続く。
「やっと、弱気の殻から抜け出せたみたいだね、卵だけに。でも、この変わりよう、もしかして、彼女出来たんだろ?」
否定する僕に、ニコが絡む。
「お前もか!?ユノウに続いてお前まで俺を裏切ったのか?」
そこから恋愛の話しになり、ユノウが愚痴をこぼし始めた。
ユノウの彼女は、帰国子女で美人。今まで、さんざんのろけ話しを聞かされた。しかし、同棲を始めて以来、不満が増えているらしい。
彼女の作る料理は美味しいが、洋風のものばかり。ユノウが作る和食を、彼女はナイフとフォークで食べる。最初は気にしていなかったが、いつの間にか『日本食を軽んじられている』と感じてしまった。以来、様々なことが気になるようになってしまった。
裸足は嫌だと、畳の上すらスリッパを履いている。畳で座布団に座ることをいやがり、和室でも椅子を使う。彼女に悪意が無いことは分かっている。だからこそ、文句も言えない。
しばらく聞き役に徹していたが、ユノウの話が途切れたところで口を開く。
「いーじゃんそれくらい。洋食どころか料理も出来ない子なんていっぱいいる。ナイフとフォークどころか、手づかみで食べられるよりいいじゃん?。ドロドロの長靴のまま家に入られるよりスリッパのほうがずっとましだよ?」
言い終えると、ユノウとニコがきょとんとしている。
「どうしたの?」
そう言った僕に、ニコがヘッドロックをかけながら叫ぶ。
「やっぱお前、彼女出来たな? お前も帰国子女か?いや、外国の子だろ? 南アジアとかのエキゾチックな子だろう?羨ましいぞこのやろう」
居酒屋を出ると、ユノウの彼女が、車で迎えに来ていた。気恥ずかしそうに助手席に乗り込むユノウ。その笑顔を見て、二人は大丈夫だと感じた。
帰りに、空腹を感じたのでコンビニに立ち寄る。特に何も考えずに食べ物と飲み物を買った。帰宅し部屋に入ると流れ作業のように電気とテレビをつける。
「流星群の見られるピークは30分後です、都会では見えづらいかもしれないですが、北の方にある明るい星の近くなら見えるかもしれません」
夜のニュース番組、お天気お姉さんがそんな話をしているのを聞きながら、鏡を見る。その横のフックに、赤と青のシマ模様のヘアゴムがかかっていることに気づく。ヘアゴムには星がついている。その星を見た瞬間、頭のなかに何かが駆け巡るのを感じた。
長い髪をくくり、鏡越しに親指をグッと立てる誰か
その誰かを、思い出そうとする。
必死に記憶の奥に手を伸ばす。しかし、その指をするりと抜けて、誰かは記憶の奥へ消える。
僕は家の中を見渡すと、はじかれたように外へ出る。コンビニ袋をテーブルに置くこともせずに。
都会の明るい星空に、わずかな星を見つける。その時、誰かの記憶がまたひとつ頭を駆け巡る。
タンス貯金を全てバナナボートと牛乳に変えてしまった誰か
疲れてる僕を、甘いもので元気づけようとしてくれてたんだよね。
次の星を見つける。誰かの記憶が浮かぶ。
ドロドロになった長靴で家の中を走り回る誰か。
僕が買ってあげた長靴を、あんなに喜んでくれたのにね。怒った僕は、一人で掃除させちゃったね。手伝ってあげればよかった。
星を見つける、また思い出す。
薬局の店員や警察ともめている誰か。
「お金と命、どっちが大事なんだ」
って叫んでたよね。風邪をひいた僕の為に。
そうだよね、本当におかしいのは、僕たち人間だよね。
都会のまばらな夜空に、もっと思い出したくて、必死に星を探して走り回る。次の星を見つける。
何かを頬張る誰か
口の端からこぼしながら、なにかを飲む誰か
その満面の笑顔が愛おしかった
あと1つ、あと1つ星を見つければ、誰かの顔を、誰かの名前を、誰かの全てを思い出せる気がするのに、見つからない。
息も絶え絶えになり、ひっそりとした公園で立ち止まる。
思い出したいのに、思い出せそうなのに、思い出さなきゃいけないはずなのに、思い出せない。
その時、公園に人影を感じた。
「全然、流星群見えないね」
「あっち、明るい星の近くなら見えるらしいよ」
流星群を見るために出歩く人。その会話につられるように、夜空を見上げる。
そこには、ひときわ輝く青い星が一つ。その星を見た瞬間に溢れだす。頭のなかに溢れ出す。
初めて愛した誰か
一緒に笑った誰か
ずっと見守っていきたい誰か
初めて の、誰か
その、誰かの全てが頭のなかに溢れ出す。
『・・・は、16万才だぞぉ』
『名前はね・・・ 和名はね・・・』
天体のことなんて全然知らないけど、あの星は知っている。そう、あの星は…
「すふあ」
そう呟いたとき、誰かの声が聴こえた気がした。
「思い出してくれて、ありがとぅなぁ」
いや、違う。
気がしたんじゃない。聞こえた。間違いなく聞こえた。
このかわいらしい声は、すふあ。
僕は、声の方を振り向く。
そこには、満面の笑顔で可愛らしい、すふあ。
「牛乳とバナナボート買ってきてくれたのかぁ? ありがとうなぁ」
再会よりも、コンビニ袋の中の牛乳とバナナボートに喜んでいるかのようなすふあを、僕は咄嗟に抱き締める。
「ぎゅっひょん!?」
驚いたのか、すふあは意味のわからない言葉を洩らしたが、すぐに僕の背中に腕を回し、優しく抱き返してくれた。
相変わらずの上司の言葉が飛んできたが、僕はいつものように言い返す。
「俺、予定あるんで定時で上がるって言いましたよね、それに課長の雑務を俺に押し付けないでください」
そう言って、タイムカードを押してさっさと会社を出る。
駅につくと、急行とすかすかの各駅がいる。時間の余裕はあるが、急行に乗りこむ。
今日は隣町で、久しぶりにユノウとニコに会う。去年は、残業で会えなかったが今年は断ってきた。
居酒屋の個室、ほろ酔いになり三人で楽しく話す。
「それにしても、タマゴ変わったな」
おもむろに言ったニコにうなづきながら、ユノウが続く。
「やっと、弱気の殻から抜け出せたみたいだね、卵だけに。でも、この変わりよう、もしかして、彼女出来たんだろ?」
否定する僕に、ニコが絡む。
「お前もか!?ユノウに続いてお前まで俺を裏切ったのか?」
そこから恋愛の話しになり、ユノウが愚痴をこぼし始めた。
ユノウの彼女は、帰国子女で美人。今まで、さんざんのろけ話しを聞かされた。しかし、同棲を始めて以来、不満が増えているらしい。
彼女の作る料理は美味しいが、洋風のものばかり。ユノウが作る和食を、彼女はナイフとフォークで食べる。最初は気にしていなかったが、いつの間にか『日本食を軽んじられている』と感じてしまった。以来、様々なことが気になるようになってしまった。
裸足は嫌だと、畳の上すらスリッパを履いている。畳で座布団に座ることをいやがり、和室でも椅子を使う。彼女に悪意が無いことは分かっている。だからこそ、文句も言えない。
しばらく聞き役に徹していたが、ユノウの話が途切れたところで口を開く。
「いーじゃんそれくらい。洋食どころか料理も出来ない子なんていっぱいいる。ナイフとフォークどころか、手づかみで食べられるよりいいじゃん?。ドロドロの長靴のまま家に入られるよりスリッパのほうがずっとましだよ?」
言い終えると、ユノウとニコがきょとんとしている。
「どうしたの?」
そう言った僕に、ニコがヘッドロックをかけながら叫ぶ。
「やっぱお前、彼女出来たな? お前も帰国子女か?いや、外国の子だろ? 南アジアとかのエキゾチックな子だろう?羨ましいぞこのやろう」
居酒屋を出ると、ユノウの彼女が、車で迎えに来ていた。気恥ずかしそうに助手席に乗り込むユノウ。その笑顔を見て、二人は大丈夫だと感じた。
帰りに、空腹を感じたのでコンビニに立ち寄る。特に何も考えずに食べ物と飲み物を買った。帰宅し部屋に入ると流れ作業のように電気とテレビをつける。
「流星群の見られるピークは30分後です、都会では見えづらいかもしれないですが、北の方にある明るい星の近くなら見えるかもしれません」
夜のニュース番組、お天気お姉さんがそんな話をしているのを聞きながら、鏡を見る。その横のフックに、赤と青のシマ模様のヘアゴムがかかっていることに気づく。ヘアゴムには星がついている。その星を見た瞬間、頭のなかに何かが駆け巡るのを感じた。
長い髪をくくり、鏡越しに親指をグッと立てる誰か
その誰かを、思い出そうとする。
必死に記憶の奥に手を伸ばす。しかし、その指をするりと抜けて、誰かは記憶の奥へ消える。
僕は家の中を見渡すと、はじかれたように外へ出る。コンビニ袋をテーブルに置くこともせずに。
都会の明るい星空に、わずかな星を見つける。その時、誰かの記憶がまたひとつ頭を駆け巡る。
タンス貯金を全てバナナボートと牛乳に変えてしまった誰か
疲れてる僕を、甘いもので元気づけようとしてくれてたんだよね。
次の星を見つける。誰かの記憶が浮かぶ。
ドロドロになった長靴で家の中を走り回る誰か。
僕が買ってあげた長靴を、あんなに喜んでくれたのにね。怒った僕は、一人で掃除させちゃったね。手伝ってあげればよかった。
星を見つける、また思い出す。
薬局の店員や警察ともめている誰か。
「お金と命、どっちが大事なんだ」
って叫んでたよね。風邪をひいた僕の為に。
そうだよね、本当におかしいのは、僕たち人間だよね。
都会のまばらな夜空に、もっと思い出したくて、必死に星を探して走り回る。次の星を見つける。
何かを頬張る誰か
口の端からこぼしながら、なにかを飲む誰か
その満面の笑顔が愛おしかった
あと1つ、あと1つ星を見つければ、誰かの顔を、誰かの名前を、誰かの全てを思い出せる気がするのに、見つからない。
息も絶え絶えになり、ひっそりとした公園で立ち止まる。
思い出したいのに、思い出せそうなのに、思い出さなきゃいけないはずなのに、思い出せない。
その時、公園に人影を感じた。
「全然、流星群見えないね」
「あっち、明るい星の近くなら見えるらしいよ」
流星群を見るために出歩く人。その会話につられるように、夜空を見上げる。
そこには、ひときわ輝く青い星が一つ。その星を見た瞬間に溢れだす。頭のなかに溢れ出す。
初めて愛した誰か
一緒に笑った誰か
ずっと見守っていきたい誰か
初めて の、誰か
その、誰かの全てが頭のなかに溢れ出す。
『・・・は、16万才だぞぉ』
『名前はね・・・ 和名はね・・・』
天体のことなんて全然知らないけど、あの星は知っている。そう、あの星は…
「すふあ」
そう呟いたとき、誰かの声が聴こえた気がした。
「思い出してくれて、ありがとぅなぁ」
いや、違う。
気がしたんじゃない。聞こえた。間違いなく聞こえた。
このかわいらしい声は、すふあ。
僕は、声の方を振り向く。
そこには、満面の笑顔で可愛らしい、すふあ。
「牛乳とバナナボート買ってきてくれたのかぁ? ありがとうなぁ」
再会よりも、コンビニ袋の中の牛乳とバナナボートに喜んでいるかのようなすふあを、僕は咄嗟に抱き締める。
「ぎゅっひょん!?」
驚いたのか、すふあは意味のわからない言葉を洩らしたが、すぐに僕の背中に腕を回し、優しく抱き返してくれた。
0
お気に入りに追加
0
あなたにおすすめの小説
マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子
ちひろ
恋愛
マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子の話。
Fantiaでは他にもえっちなお話を書いてます。よかったら遊びに来てね。
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
完結【R―18】様々な情事 短編集
秋刀魚妹子
恋愛
本作品は、過度な性的描写が有ります。 というか、性的描写しか有りません。
タイトルのお品書きにて、シチュエーションとジャンルが分かります。
好みで無いシチュエーションやジャンルを踏まないようご注意下さい。
基本的に、短編集なので登場人物やストーリーは繋がっておりません。
同じ名前、同じ容姿でも関係無い場合があります。
※ このキャラの情事が読みたいと要望の感想を頂いた場合は、同じキャラが登場する可能性があります。
※ 更新は不定期です。
それでは、楽しんで頂けたら幸いです。
【生に神の唄】 ~護る強さと弱さ~
やっさん@ゆっくり小説系Vtuber
ファンタジー
生(は)の神がいる森
かつては、生(は)の神がいたとされる町
人の子 と 神の子
はにわ と フィガ
二人を待ち受けている さだめ とは
*****************************
この物語にはモデルがいます
少女と神の子のVtuber ハニ×カミ さん
お二人が配信中に言ったことを出来るだけ取り入れて、
ハニ×カミらしさ を意識しながら書いてみました♪
はにわさんの配信はいいぞ!
笑顔を振りまく はにわさんの配信は、視聴するだけで元気になれます♪
フィガさんの配信はおすすめだよ!
真剣で真っ直ぐで、コメントへの返しに心遣いを感じられる♪
Twitter:https://twitter.com/hanixkami214
Youtube:https://www.youtube.com/@-hanixkami-
*****************************
この物語はフィクションです
はにわさん、フィガさん、丹羽さんにはモデルがいますが、実在するVtuberハニ×カミのお二人とは関係ありません。
【完結】【R18百合】会社のゆるふわ後輩女子に抱かれました
千鶴田ルト
恋愛
本編完結済み。細々と特別編を書いていくかもしれません。
レズビアンの月岡美波が起きると、会社の後輩女子の桜庭ハルナと共にベッドで寝ていた。
一体何があったのか? 桜庭ハルナはどういうつもりなのか? 月岡美波はどんな選択をするのか?
おすすめシチュエーション
・後輩に振り回される先輩
・先輩が大好きな後輩
続きは「会社のシゴデキ先輩女子と付き合っています」にて掲載しています。
だいぶ毛色が変わるのでシーズン2として別作品で登録することにしました。
読んでやってくれると幸いです。
「会社のシゴデキ先輩女子と付き合っています」
https://www.alphapolis.co.jp/novel/759377035/615873195
※タイトル画像はAI生成です
愛娘(JS5)とのエッチな習慣に俺の我慢は限界
レディX
恋愛
娘の美奈は(JS5)本当に可愛い。そしてファザコンだと思う。
毎朝毎晩のトイレに一緒に入り、
お風呂の後には乾燥肌の娘の体に保湿クリームを塗ってあげる。特にお尻とお股には念入りに。ここ最近はバックからお尻の肉を鷲掴みにしてお尻の穴もオマンコの穴もオシッコ穴も丸見えにして閉じたり開いたり。
そうしてたらお股からクチュクチュ水音がするようになってきた。
お風呂上がりのいい匂いと共にさっきしたばかりのオシッコの匂い、そこに別の濃厚な匂いが漂うようになってきている。
でも俺は娘にイタズラしまくってるくせに最後の一線だけは超えない事を自分に誓っていた。
でも大丈夫かなぁ。頑張れ、俺の理性。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる