社畜の卵

第二章【星と猿と卵】

「ありがとうなぁ」

　可愛らしい女性に、満面の笑顔でそう言われては文句も言えない。女性はバナナボートをほおばると、パーっと花が咲いたかのような笑顔になる。

「これおいしすぎ」

　牛乳をストローでチュウチュウと飲み干すと、満足そうに顔を上げる。
「お腹を満たすって、すごいことだなぁ。感動しちゃったぞぉ」

　まるで、生まれて初めて食べ物を口にしたかのような感想。ぶっきらぼうな反応をされるより、むしろ過剰なくらい喜ばれた方がご馳走のし甲斐はある。

　食べ終えた女性に質問する。
「かなり若いみたいだけど、何歳？」

　すると、女性は満面の笑顔で答える。
「すふあは16万歳なのだ」

「16歳ね。こんな時間に女の子が一人でいると危ないから、早めに帰りなよ」
　自分は人畜無害だけど。なんてことを思いながら大人ぶって言った。しかし女性は首をかしげると、自分が16万歳だと、強く主張を続ける。

「名前はすふあで、和名は青燈だぞぉ」
　いよいよ、よくわからないことを言い出した。女性は夜空を指さす。都会のまばらな星空に、ひとつだけ青く明るく輝いている星。それが、すふあだと言う。

　すふあが何者なのかについて、このまま朝まで話すことになった。僕の理解をはるかに超える話だったから。


　すふあは、猿の描かれたマグカップで牛乳を飲み、満足そうにしている。10年前、動物園で買った僕のマグカップ。そう、僕はすふあを家に泊めた。下心がなかったかと言われたら否定は出来ない。ただ、帰るところもお金もないすふあを、公園に残しておくことは出来なかった。

「『真珠しんじゅ』の『珠たま』に『護衛ごえい』の『護』で…」
「たまご？」
「たまもり　です」
　猿山　珠護さるやま　たまもり、それが僕のフルネーム。タマゴというあだ名は子供の頃から付けられることが多かったので、愛着はある。ただ、最近は嫌味な上司からも呼ばれているので、嫌なあだ名に感じ始めていた。

　そして、すふあが何者なのか。
　都会の空でも青く輝いて見える星。名前はスフア、和名は青燈。すふあは、その星だと言う。

　なるほど、電波系なのだろうか？

　万物は、在るもの。在るものは全て意思を持つ。そして、望めば生きるものに転生できる。今は、転生するかどうか決断する為の、仮転生中ということだ。

　なるほど、うん、つまりどういうことだ？

　すふあの話はこうだった。
　自然に存在するあらゆるもの。海や川、山や星、石ころにいたるまで、そこに在る全ての物に、意志がある。そして、望めば生きるものに転生できる。16万年、空で輝いていたスフアも、生き物になってみたいと望んだ。そして、転生のお試し期間として、僕の前に現れたそうだ。

　僕がすふあを見つけた。それは、すふあにとって僕が運命の相手ということらしい。『運命の相手』かわいらしい女の子に言われて、嬉しくないはずかない。