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第一章【社畜の卵】

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 長いサービス残業と、上司から言われた嫌味。それらの疲れを全てあずけるように、両手で吊革に掴まり電車に揺られる。

 駅から歩いていると、電話が鳴った。
「おいタマゴ、仕事は終わったか? 猿みたいにミスばっかりしてるから、残業する羽目になるんだぞ」

 数人の部下を従えて定時で上がった上司から、ほろ酔い気分で電話。嫌味を言いながら仕事の進捗を確認する。もう深夜、今から確認したってなにも変わらない。まして、飲みに行くために定時で上がった面々の仕事を僕が押し付けられたのに、お礼ではなく小言では堪らない。

 ペコペコと謝りながら、くだらない小言を聞いているうちにスマホのバッテリーが切れてしまった。家に帰れば充電コードを挿して折り返し電話。そう考えると、家に帰るのが嫌になる。

 誰もいないひっそりとした公園を通りかかり、ベンチに座ってため息を吐く。夜空を見上げると、都会の星はまばら。その中に、ひときわ明るい星を見つけた。天体に詳しくないので、なんの星か分からない。

 冷たい風が吹いた。春になったとはいえ、まだ朝夕は肌寒い。いつまでもこんなところでぼーっとしている訳にもいかない。背もたれにあずけた身体をゆっくりと起こす。すると、正面のベンチに人がいることに気付いた。

 いつからいたのだろう。それとも先にいたのだろうか。長い髪の女性。上部が白く、裾のほうが黒いゆったりとしたパーカーを着ている。高校生くらいだろうか。深夜の公園に女の子が一人でいることに違和感を覚える。

 この辺りは、ガラの悪い若者が集団で闊歩かっぽしていることもある。女性一人でいるべきではない。しかし声をかけては、あらぬ誤解を生じるだろうか。そんなことを考えていたら、女性と目が合った。

「んだよおっさん、見てんじゃねーよ」
 そんなことを言われるのではないかと、慌てて視線を逸らす。しかし、女性はにっこりと笑顔になり、ベンチから立ち上がる。そして、ゆっくり近づいてくる。

 夜、僕に可愛らしい女性が近づいてくる。そんな喜ぶべき光景でも、何らかの罠ではないかと警戒心を拭えない。女性は僕の目の前まで来ると、突然その場に崩れた。

「大丈夫ですか?」
 慌てて声をかけると、女性のお腹がグーっと鳴った。


 近くのコンビニで何か買ってくるから待っているようにと言ったが、女性はついてきた。力ない足取り。小柄な身体で必死に僕の腕にしがみついて歩く。

 コンビニのチルドコーナー、女性はパックの牛乳とバナナボートを手に取る。

「532円です」
 レジで、僕は一瞬女性を見るが、すぐに会計を済ませた。
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