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【ぼっち】
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いつの間にか運動部の練習も終わり、静けさの広がる中学校のグラウンド。夏と秋の境目、暑くも寒くもないグラウンドの隅で私はハッとした。小説から視線を外すと、中学校のグラウンドは既に夕方が終わりかけて真っ暗。
放課後、他のクラスの友達数人と一緒に帰るはずだった。でも、友達が来なかった。おそらく、私はいてもいなくても、どうでもよかったのだろう。以前同じようなことがあって、諦めて一人で帰ったことがある。後日、先に一人で帰ったと嫌味を言われてしまった。
そんなこともあり、どうせ来ないと知りながら待つことにした。最近買った小説をカバンから取り出して、裏門から近いベンチに座って読む。それが思った以上に面白い作品で、集中して読み進めた。
そして、気付くと小説の文字が読めないほど、辺りは暗くなっていた。
待ち合わせの裏門はグランドの脇にある。広いグランドの隅にポツンと存在する私。硬くて冷たい石作りのベンチに長時間座っていたダメージを、尻や腰に感じる。
そのダメージを打ち消すために、両手の指を絡めて手のひらを返しながらグッと伸びをする。そして、脱力するように腕をおろしながらつぶやく。
「ふぅ、今日もひとりぼっちか」
横に置いたカバンに小説を入れようとしたとき、視線の端、何かが目に入った。
隣のベンチの足元、アスファルトとの境目から伸びている花。15センチほどの細い茎の先、小さな白い花が咲いている。風に弱々しく揺れている名前も知らない花。
「あんたも一人ぼっちだね」
花に向かってそう呟く。この花には何か見覚えがあるような気する。記憶を巡っていると、足音が聞こえてグラウンドを振り返る。
グラウンドの向こうの隅にいるのは、体操着姿の男子。サッカー部のリョウ。きっと、なにかミスをして、一人で居残り練習をさせられているのだろう。
私と同じ学年のリョウは、中学2年生になっても私より背が低い。いや、男女含めて全ての二年生の中で一番背が低い。体格と運動神経がモノをいう中学の運動部において、10歳くらいの体格のリョウは明らかに不利。3年生が部活を引退してもレギュラーが取れないところか、ベンチ入りすら後輩に奪われているらしい。
でも、リョウは頑固で我が強い。その為、同級生からは邪険にされることが定番化して、今では後輩からイジられていることも多い。部外者の私ですら知っている程。
オタクで陰キャなスクールカースト最底辺の私と同様に、リョウもスクールカースト最底辺。
中学生になってから、リョウと話した覚えはない。クラスの違うスクールカースト最底辺の男女が会話などしていたら、ありとあらゆる噂を立てられるだろう。私にもリョウにも、噂を否定する権利など与えられていない。
小学校の6年生で同じクラスだったから、何度も話した覚えはある。しかし、一緒に遊んだりしたのは10歳くらいまで。
そう、私とリョウは幼馴染。でも、漫画やドラマの中に出てくるような男女の幼馴染なんて、現実に存在などしない。同学年で同じ町内に住んでいたから、幼稚園から同じ。別に親同士の付き合いがあるわけでもない。
でも、小学校の低学年までは、一緒に帰ったり、公園で遊んだりしていた。
幼稚園から当たり前だった関係が壊れたのは、小学校の3年生の時。国語の教科書に出てきた物語で、幼馴染の二人がケンカして仲直りする。それを、大人になって結婚した二人が思い出として語り、フフフッと笑う。そういう話だった。
国語の授業が終わった後の休み時間に、リョウと私は『夫婦』としてからかわれた。
『別に、俺はたまたま家が近いだけだから』
『私がこんな奴と結婚するわけないでしょ』
ムキになって私とリョウが答えた。別に「好きの気持ちを隠して言った」などという訳ではない。ただ、からかわれているのが嫌だったから。そして、自分の当たり前だったことが、周囲には当たり前ではないことがあると、学んだ。それだけのこと。
スクールカースト最底辺の私とリョウ。友達からおいてけぼりにされた私、居残り練習させられているリョウ。
ふたりぼっちのグラウンドで、私は幼いころを思い出した。だからといって、感傷に浸る気も無い。私はベンチから立ち上がり、カバンを肩にかける。
「ばいばい」
そう言いながら、弱々しい花に目を向けた瞬間、思い出した。
あの日も、夏と秋の間、夕方を終えた時間だった。
近所の子供たちと公園でかくれんぼをしていた。
コンクリートで出来た、中が空洞になっている山の遊具の中にリョウと一緒に隠れた。
いや、一緒に隠れたんじゃない。私が隠れているところに、後からリョウが来た。
同じところに隠れることに文句を言おうとしたが、リョウが「もういーよー」と叫んでしまったので、見つからないように静かにするしかなかった。
夕方過ぎて、その日最後のかくれんぼ。定番の隠れ場所は、定番すぎたせいで逆に鬼は探しに来なかったのかもしれない。
そこから記憶が無い。
いや、正しくは、目を覚ましたところまで記憶が無い。
そう、私は居眠りをしてしまった。
目を覚ますと、ここがどこだかわからなかった。
起きたら真っ暗で、リョウが目の前にいた。
「みんな、俺たちを見つける前に帰っちゃったよ」
リョウがそう言った瞬間、私は泣いた。
泣いた理由なんて、説明できる言葉は見つからない。
経験の無い状況に不安だったが、泣く程ではなかったと思う。
暗くて怖かったが、泣くほどではなかったと思う。
こんな時間に家に帰ればお母さんから怒られるだろうけど、泣くほどではなかったと思う。
沢山理由が有って、でもなんの理由の無い。そんな涙を流した。
そんな私に、リョウが何も言わずに差し出してきたのが、白い花。
ベンチの隅で弱々しく咲く花は、あの時の花と同じ花。
名前なんて知らない、白い花。
再びグラウンドを走るリョウを見る。
あの頃と変わっていない、リョウと私。
あの頃と同じ、ふたりぼっち。
あの頃と同じ、ふたりきり。
私は、フフフッ と笑って、裏門から学校を出る。
3年生の、国語の教科書を思い出しながら。
放課後、他のクラスの友達数人と一緒に帰るはずだった。でも、友達が来なかった。おそらく、私はいてもいなくても、どうでもよかったのだろう。以前同じようなことがあって、諦めて一人で帰ったことがある。後日、先に一人で帰ったと嫌味を言われてしまった。
そんなこともあり、どうせ来ないと知りながら待つことにした。最近買った小説をカバンから取り出して、裏門から近いベンチに座って読む。それが思った以上に面白い作品で、集中して読み進めた。
そして、気付くと小説の文字が読めないほど、辺りは暗くなっていた。
待ち合わせの裏門はグランドの脇にある。広いグランドの隅にポツンと存在する私。硬くて冷たい石作りのベンチに長時間座っていたダメージを、尻や腰に感じる。
そのダメージを打ち消すために、両手の指を絡めて手のひらを返しながらグッと伸びをする。そして、脱力するように腕をおろしながらつぶやく。
「ふぅ、今日もひとりぼっちか」
横に置いたカバンに小説を入れようとしたとき、視線の端、何かが目に入った。
隣のベンチの足元、アスファルトとの境目から伸びている花。15センチほどの細い茎の先、小さな白い花が咲いている。風に弱々しく揺れている名前も知らない花。
「あんたも一人ぼっちだね」
花に向かってそう呟く。この花には何か見覚えがあるような気する。記憶を巡っていると、足音が聞こえてグラウンドを振り返る。
グラウンドの向こうの隅にいるのは、体操着姿の男子。サッカー部のリョウ。きっと、なにかミスをして、一人で居残り練習をさせられているのだろう。
私と同じ学年のリョウは、中学2年生になっても私より背が低い。いや、男女含めて全ての二年生の中で一番背が低い。体格と運動神経がモノをいう中学の運動部において、10歳くらいの体格のリョウは明らかに不利。3年生が部活を引退してもレギュラーが取れないところか、ベンチ入りすら後輩に奪われているらしい。
でも、リョウは頑固で我が強い。その為、同級生からは邪険にされることが定番化して、今では後輩からイジられていることも多い。部外者の私ですら知っている程。
オタクで陰キャなスクールカースト最底辺の私と同様に、リョウもスクールカースト最底辺。
中学生になってから、リョウと話した覚えはない。クラスの違うスクールカースト最底辺の男女が会話などしていたら、ありとあらゆる噂を立てられるだろう。私にもリョウにも、噂を否定する権利など与えられていない。
小学校の6年生で同じクラスだったから、何度も話した覚えはある。しかし、一緒に遊んだりしたのは10歳くらいまで。
そう、私とリョウは幼馴染。でも、漫画やドラマの中に出てくるような男女の幼馴染なんて、現実に存在などしない。同学年で同じ町内に住んでいたから、幼稚園から同じ。別に親同士の付き合いがあるわけでもない。
でも、小学校の低学年までは、一緒に帰ったり、公園で遊んだりしていた。
幼稚園から当たり前だった関係が壊れたのは、小学校の3年生の時。国語の教科書に出てきた物語で、幼馴染の二人がケンカして仲直りする。それを、大人になって結婚した二人が思い出として語り、フフフッと笑う。そういう話だった。
国語の授業が終わった後の休み時間に、リョウと私は『夫婦』としてからかわれた。
『別に、俺はたまたま家が近いだけだから』
『私がこんな奴と結婚するわけないでしょ』
ムキになって私とリョウが答えた。別に「好きの気持ちを隠して言った」などという訳ではない。ただ、からかわれているのが嫌だったから。そして、自分の当たり前だったことが、周囲には当たり前ではないことがあると、学んだ。それだけのこと。
スクールカースト最底辺の私とリョウ。友達からおいてけぼりにされた私、居残り練習させられているリョウ。
ふたりぼっちのグラウンドで、私は幼いころを思い出した。だからといって、感傷に浸る気も無い。私はベンチから立ち上がり、カバンを肩にかける。
「ばいばい」
そう言いながら、弱々しい花に目を向けた瞬間、思い出した。
あの日も、夏と秋の間、夕方を終えた時間だった。
近所の子供たちと公園でかくれんぼをしていた。
コンクリートで出来た、中が空洞になっている山の遊具の中にリョウと一緒に隠れた。
いや、一緒に隠れたんじゃない。私が隠れているところに、後からリョウが来た。
同じところに隠れることに文句を言おうとしたが、リョウが「もういーよー」と叫んでしまったので、見つからないように静かにするしかなかった。
夕方過ぎて、その日最後のかくれんぼ。定番の隠れ場所は、定番すぎたせいで逆に鬼は探しに来なかったのかもしれない。
そこから記憶が無い。
いや、正しくは、目を覚ましたところまで記憶が無い。
そう、私は居眠りをしてしまった。
目を覚ますと、ここがどこだかわからなかった。
起きたら真っ暗で、リョウが目の前にいた。
「みんな、俺たちを見つける前に帰っちゃったよ」
リョウがそう言った瞬間、私は泣いた。
泣いた理由なんて、説明できる言葉は見つからない。
経験の無い状況に不安だったが、泣く程ではなかったと思う。
暗くて怖かったが、泣くほどではなかったと思う。
こんな時間に家に帰ればお母さんから怒られるだろうけど、泣くほどではなかったと思う。
沢山理由が有って、でもなんの理由の無い。そんな涙を流した。
そんな私に、リョウが何も言わずに差し出してきたのが、白い花。
ベンチの隅で弱々しく咲く花は、あの時の花と同じ花。
名前なんて知らない、白い花。
再びグラウンドを走るリョウを見る。
あの頃と変わっていない、リョウと私。
あの頃と同じ、ふたりぼっち。
あの頃と同じ、ふたりきり。
私は、フフフッ と笑って、裏門から学校を出る。
3年生の、国語の教科書を思い出しながら。
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