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第二章【つぼみ】

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 学校を出て、しばらく歩き回る。家に帰れば、部活をサボったと親に叱られるだろう。安い小遣いでは、街で時間を潰すのも難しい。

 人目を避けるように歩いていたら、街からも住宅地からも離れたところにきた。目の前には、緑地。

 この町は、都心の人口増加対策による宅地化で出来たらしい。『自然を残す街に』というコンセプトで、緑地が多数残された。しかし、不景気の煽りで緑地は管理されなくなり、今では荒れた森のようになっている。
 その細道に踏み込むと、街の喧騒と隔離された静かな世界が広がっている。僕は、どこか懐かしいような気持ちで緑地の奥へ進む。

 緑地の奥、突然、木々の無い抜けた場所にでた。そこには、小さな建物が1つ。古そうな、小さな体育館。地区センターや学校があるわけでもない荒れ地のような場所にぽつんと建っている。

 古い体育館特有の重そうな鉄の扉に近寄る。扉は少し開いていて、中からキュッキュッと床にシューズが擦れる音が響いている。僕は誘われるようにそっと覗き込んだ。

 たった一面のバドミントンコート。そこに、1人の女性。ゆったりとした白いトレーナーのフードや裾と、長い髪をなびかせながらフットワークの練習をしている。そのフォームには無駄がなく、美しい。

「凄い」

 思ったことが、咄嗟に声に出た。
 フットワークを終え、ネット前で肩を上下させながら呼吸を調えようとしていた女性は、僕の言葉に気づきこちらを向く。

 悪いことをしていたのが見つかった時のような気持ちになり、咄嗟に扉の陰に隠れる。胸がドキドキと高鳴る。それは、見つかってしまったからではない。こっちを向いた女性の可愛らしい顔が脳裏に焼き付いたから。

「こんにちは」

 扉の隙間から顔を出し、女性が言った。明るく可愛らしい笑顔で挨拶してくれた。

「かわいい」

 咄嗟にそう声が出た。しかし、反射的に「かわいい」と言葉にしたことを後悔する。クラスの女子にそんなことを言えば、「はっ?キモ」と引かれるだろう。この女性からも引かれてしまうのではないと、一瞬不安になる。

「えっ!? うそ?? 私かわいい??」
 女性は、頬を赤く染め、分かりやすく焦り始める。ひとしきり照れた後、突然真顔に戻って、のんびりした口調で言う。

「でも、ありがとぅなぁ」

 呆気にとられて無言な僕の目を真っ直ぐ見つめる女性の視線が、少し右にずれる。そして、女性は嬉しそうな笑顔で言う。

「キミもやるんだ?」

 そう言うと、人差し指で自分の肩をトントンと叩き、小さくラケットを振る仕草をする。女性の視線の先、僕の右肩にはラケットバッグ。

「はい、僕もバドミントンやります」

 反射的にそう答えると、僕も笑顔になっていることに自分で気づいた。
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