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Little by Little
第五話(最終回) Little by Little
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荷物をまとめて、急いで私の家へ向かう。電車の中でも悠太は私の手を握ったまま、これ以上不安にならないようにゲームの話や、最近読んだ漫画の話などをずっと話してくれた。
解錠して、家の中へ入る。ドアを開いた瞬間から、異様な臭いがする。
「うっ……」
「焦げくせぇ……」
二人で鼻をつまみながら、家の奥にあるキッチンへ向かう。深月が座り込んでいた。力が抜けて、壁に背を預けている。目は少し腫れていて、頬は涙で濡れている。
「大丈夫⁉」
「お姉ちゃん、ごめん……」
「ケガしてない?」
「ケガはない。だけど」
肩を貸し立たせた彼女の視線を追う。床もテーブルも、電子レンジの中も……あちこち汚れている。
「慣れてないのに、一人でオーブン使うのは危ないんだからね」
「……はい」
窓を開けて、焦げ臭さを逃がす。冷たい風が入って来るけど、閉め切ったままでは息苦しくて何もできない。
「とりあえず掃除からだな」
「そうだね。私、雑巾取って来る」
深月は悠太の存在に気づくと、後ずさる。
「ど、どちらさまですか?」
「びっくりさせてごめんな。はじめまして、佐野悠太って言います。お姉ちゃんとお付き合いしてます」
「え⁉ 彼氏……⁉」
「お姉ちゃん彼氏なんて……いつから……⁉」
「去年の秋だよね?」
「そうだな、学祭の時からだし」
「そんな前⁉ 知らなかった!」
深月は服についた粉をはたき、服を正すと、頭を下げる。
「ああ、えっと、妹の深月です。はじめまして」
「よろしくな」
挨拶もそこそこに掃除だ。私はオーブンレンジを、深月はテーブル、悠太は床に分かれる。
「なぁ、深月ちゃん。キッチンで何作ろうとしてたんだ?」
「クッキーを。もうすぐバレンタインだから、友達に渡そうと思って。でもうまく作れなくて」
「なるほどね」
「深雪、どうする?」
「どうするって……」
戸惑う私。その時、
――敵意はないよ、仲良くなりたいんだよっていう気持ちがあれば、少しずつ寄り添っていけるんじゃないかな。
真綾さんの言葉と、柔らかい笑みが背中をポンっと押してくれた。
「あのさ、深月、よかったら一緒に作ろ」
びっくりして目を丸くしながら「うん」と、頷く深月。
「俺も手伝ってもいいか?」
「えっ、あっ、はい」
「何人分? バレー部の人たち分も作るんだよね?」
「バレー部は辞めたよ」
「えっ⁉ いつ?」
「夏休み前には。腰、痛めたから……」
「そうなんだ……」
確かに、いつの間にか私と同じ時間に出発してた……気がする。同じ家で生活していたはずなのに、そんな小さな変化も気づいてなかった。
今度作ろうと思って買っておいたクッキーミックスを戸棚から取り出す。オーブンを予熱で温めている間に、箱の指示通り、粉とバター、卵黄などをボウルに入れて、深月に混ぜてもらった。全工程を私がやってしまったら意味がない。私はあくまで陰からサポートする係に徹さないと。混ぜたあと、ビニール袋に入れて、平らにした状態にして冷蔵庫で三十分ほど冷やす。
三人とも椅子に座る。三十分、どうやって場を持たせたらいいんだろう。咲さんみたいに場を明るくするような話し方も出来ないし……。深月もうつむいて、黙っている。どうしようと手をこまねいていると、
「二人似てんね」
悠太が呟いた。
「そう?」
「そうですか?」
「ビックリした時の顔とか、黙ってる時の眉毛の角度とか」
「「眉毛の角度?」」
変な指摘に姉妹でハモる。
「ほら、今も眉毛同じ動き方した」
悠太一人で笑いはじめる。きっと鏡を見たってわからないだろうな。
そこから悠太が主体になって主に学校の話をした。悠太は高校での話をして、私がところどころ補足する形。反対に、深月の口から出てくる中学校の先生の名前や行事の数々に懐かしさを感じる。でも、慣れ親しんだ先生が異動したことや、体育館を工事していることなど卒業してから変わった部分を今知った。
和やかになった雰囲気のまま型抜きしていく。型抜きした分はオーブンシートを敷いたトレイに並べる。
「深雪。生地二つ重ねて、分厚くしたらダメなのか? その方がボリュームでて良いような気もするんだけど」
「ほどよく平らにしないと、真ん中まで火が通らなくて失敗するよ」
「そうなのか~」
「逆に薄くし過ぎたら焦げちゃうし」
「へぇー。勉強になる」
悠太が目を輝かせながら楽しそうに型抜きしている横で、熱心に型を選んでる深月。
「深月ちゃんはクッキーの型いっぱい持ってるんだな」
「百均でいろんな型が売ってて、思わず買っちゃいました」
「たくさんある方が楽しいもんな。俺にも見せてもらっていい?」
「もちろん」
「あ、これ、『モリカー』に出てくるオジャマオバケみたいだな」
「悠太さん『モリカー』知ってるの?」
「最近買って遊んでてさ」
「あたしも『モリカー』大好きなの!」
悠太と一緒に型を選ぶ深月は楽しそうだ。混ざりたいけど空気を壊してしまいそうで、私は遠くから見守る。型抜きが終え、ついにオーブンの中へ。十数分焼いていく。徐々にクッキーの甘い香りが部屋に漂う。
「さっきと全然においが違う」
「早く食べたくなってきた」
すっかり仲良くなった二人はオーブンの中をじっと見ている。なんだか、悠太まで年下の、弟みたいに思えてくる。
にしても、悠太はすごいなぁ。すぐに妹とも仲良くなっちゃうんだもん。真綾さんもすごく話しやすかったし。
初めて話した日もそうだった。それまで悠太は同じクラスの男子の内の一人、その中でもカッコいいなと思う部類に属している――という認識だった。悠太だってきっと私を同じクラスの女子の一人としか思ってなかっただろう。風紀委員になって、ポスターを作ることになった。絵を描くのが苦手だし、そもそも男子と話すのも怖くて、嫌だなぁ、帰りたいなって憂鬱だった。だけど、悠太も絵が下手で、二人で笑いあってたら、そんな気持ち、どっかにいってた。それから委員会活動で話すようになって、ますます惹かれていった。文化祭最終日に思わず、勢いで「好き」って告白しちゃったけど、悠太が受け入れてくれて嬉しかった。
最初は自分を取り繕ってしまって、お弁当のこともそう。なかなか失敗を言い出せなくて。そんな私でも、悠太は見放さず、好きでいてくれたこと、今でもありがとうって思っている。
「深雪」
「ん?」
「眠いか?」
「えっ、あっ、大丈夫だよ」
「深月ちゃん、今日、深雪は大活躍だったんだぜ。俺と俺の姉ちゃんとその友達でチョコマフィン教えてくれてさ。すっげぇおいしかった」
笑顔で話す悠太に一気に身体が熱くなる。妹に見せてない一面を話されてるのは恥ずかしさが勝つ。
「いいな~! あたしも食べたい」
「俺もまた食べたいなぁ」
「悠太は作り方もう知ってるじゃん」
「まぁ、覚えてるけどさ、深雪が作ったのとはまた違うじゃん。だから」
私は肩をすくめ、「仕方ないな」と呟いてから、
「わかった。今度また作るね」
そう言うと、悠太と深月は「やったぜ」とハイタッチしていた。
電子音のメロディーが流れる。オーブンからトレイを取り出し、クッキーがのったオーブンシートごと網の上に移動させて冷ます。
「うおー! クッキーだ!」
「きれいに焼けてる~」
「悠太には冷まして明日ちゃんと袋に入れて渡すけど、焼きたても食べる?」
「食べる!」
「あたしも!」
菜箸で二枚、ハートの形をした小さいクッキーを別皿にのせると、慎重に端の方を持って口に運ぶ。
「焼きたてもうまいなー」
「ね! おいしい」
「なぁ深雪! もう一枚もらってもいい?」
「いいけど、悠太に渡す分なくなるよ?」
「あと一枚だけ! な?」
嬉しそうに、深月と一緒にクッキーを食べる彼。真綾さんたちといる時は照れたり、さっきまでカッコよく私を励ましてくれたと思えば、今は甘えてくれたり。いろんな表情見せてくれる。心が広くて、カッコよくて、照れ屋で、どんな人にも優しく接する、そんな彼が大好きだ。今日もまた好きになっている自分がいた。
「じゃあ、俺はそろそろ帰るわ」
「駅まで送るね」
「いや、玄関までで大丈夫。もう道覚えたし」
「そう?」
悠太は上着を着ながら、深月に手を振る。
「じゃあ、深月ちゃん。また俺遊びに来ると思うから、その時はまた話そうな」
「うん! 今度は『モリカー』もしようね」
「それまでに練習しとくからなー」
深月をキッチンに残し、私と悠太は外へ出た。さらに気温が下がって、空には灰色の雲が多くなってきた。
「悠太、今日は本当にありがとう」
「それはこちらこそだから」
「テスト終わったら、どっかまた遊びに行こうね」
「もちろん。行きたいところお互い探しておこうぜ」
「うん」
短く頷くと、悠太は何も言わずにそっと近づき、唇が重なった。少しだけクッキーの甘い味がした。
悠太が角を曲がり、姿が見えなくなってから家に入る。クッキーは渡す分を差し引いても結構枚数に余裕がある。
「せっかくだし、私たちで食べない?」
「うん」
私は紅茶、深月はコーヒーをそれぞれ淹れて椅子に座る。さっきまで飛び散った粉で汚れて、機械が散乱していたとは思えない元通りのダイニングテーブル。日が傾き、薄暗くなった部屋。静かすぎて、時計の秒針の音が大きく響く。悠太がいなくなったら、また気まずさが漂う。二人とも同時にクッキーを食べ始める。深月が二枚目のクッキーに手を伸ばしながら、
「お姉ちゃんに彼氏いるなんて全然知らなかった」
と呟く。
「私だって深月がバレー辞めてたこと知らなかった」
「知らないことばっかり」
「そうだね」
「弟か妹が増えるのに」
「だね」
「もうすぐ生まれるけどさ、お姉ちゃん的にどうなの?」
「母子ともに健康であることを願うばかりかな。深月はどうなのよ。初めての弟か妹が出来るって感覚は」
「んー。なんか実感ない」
「やっぱそうなんだ」
「やっぱって?」
「私も深月が生まれた時、全然実感なかったな。というか、私まだ三歳だったのもあるかもだけど」
「そんな小さかったら仕方ないよねー。あたしは十三歳でお姉ちゃんになるからさ、緊張はする。お姉ちゃんみたいに掃除好きじゃないし、ちまちましたこともホント無理だし。でも、お母さんのお手伝いはちゃんとしなきゃとは思ってる」
ここまで息継ぎも、クッキーをかじる暇なく、お互い会話を続けた。途切れると、深月は天井の隅の方をじーっと見つめた。
「ちゃんと出来るかな……」
「深月……」
「ほら、こないだも砂糖詰め替え失敗して、掃除もお姉ちゃんに任せて逃げちゃったしさ」
「気にしてたんだ」
「気にするよ、気にしてたよ。あたしはなんにも出来ないんだって」
「そんなことないよ。得意不得意があると思う。私、運動神経悪くて体力もないから、ゲームもヘタクソだし。だから、自転車教えたり、一緒にゲームするとかそういうときは深月の出番でしょ」
「まぁ、そのあたりは出来る……かも?」
「でしょ?」
私は心で思っていて、でも言えなかった気持ちをまとめる。
「この先、頑張ろう、一緒にさ」
「うん」
深月は微笑んだ。やっと小さな一歩を踏み出せた気がする。そんな確かな感触が足の裏に感じた。お母さん、帰ってきたらびっくりするだろうな。私と深月が話して、一緒に家事してたら。
「とりあえず、お姉ちゃんに一番に訊いておかなきゃならないことあるんだけど」
「何?」
「どうやって悠太さんと付き合ったの⁉」
そこから長い長いお茶の時間が始まったのだった。
<了>
解錠して、家の中へ入る。ドアを開いた瞬間から、異様な臭いがする。
「うっ……」
「焦げくせぇ……」
二人で鼻をつまみながら、家の奥にあるキッチンへ向かう。深月が座り込んでいた。力が抜けて、壁に背を預けている。目は少し腫れていて、頬は涙で濡れている。
「大丈夫⁉」
「お姉ちゃん、ごめん……」
「ケガしてない?」
「ケガはない。だけど」
肩を貸し立たせた彼女の視線を追う。床もテーブルも、電子レンジの中も……あちこち汚れている。
「慣れてないのに、一人でオーブン使うのは危ないんだからね」
「……はい」
窓を開けて、焦げ臭さを逃がす。冷たい風が入って来るけど、閉め切ったままでは息苦しくて何もできない。
「とりあえず掃除からだな」
「そうだね。私、雑巾取って来る」
深月は悠太の存在に気づくと、後ずさる。
「ど、どちらさまですか?」
「びっくりさせてごめんな。はじめまして、佐野悠太って言います。お姉ちゃんとお付き合いしてます」
「え⁉ 彼氏……⁉」
「お姉ちゃん彼氏なんて……いつから……⁉」
「去年の秋だよね?」
「そうだな、学祭の時からだし」
「そんな前⁉ 知らなかった!」
深月は服についた粉をはたき、服を正すと、頭を下げる。
「ああ、えっと、妹の深月です。はじめまして」
「よろしくな」
挨拶もそこそこに掃除だ。私はオーブンレンジを、深月はテーブル、悠太は床に分かれる。
「なぁ、深月ちゃん。キッチンで何作ろうとしてたんだ?」
「クッキーを。もうすぐバレンタインだから、友達に渡そうと思って。でもうまく作れなくて」
「なるほどね」
「深雪、どうする?」
「どうするって……」
戸惑う私。その時、
――敵意はないよ、仲良くなりたいんだよっていう気持ちがあれば、少しずつ寄り添っていけるんじゃないかな。
真綾さんの言葉と、柔らかい笑みが背中をポンっと押してくれた。
「あのさ、深月、よかったら一緒に作ろ」
びっくりして目を丸くしながら「うん」と、頷く深月。
「俺も手伝ってもいいか?」
「えっ、あっ、はい」
「何人分? バレー部の人たち分も作るんだよね?」
「バレー部は辞めたよ」
「えっ⁉ いつ?」
「夏休み前には。腰、痛めたから……」
「そうなんだ……」
確かに、いつの間にか私と同じ時間に出発してた……気がする。同じ家で生活していたはずなのに、そんな小さな変化も気づいてなかった。
今度作ろうと思って買っておいたクッキーミックスを戸棚から取り出す。オーブンを予熱で温めている間に、箱の指示通り、粉とバター、卵黄などをボウルに入れて、深月に混ぜてもらった。全工程を私がやってしまったら意味がない。私はあくまで陰からサポートする係に徹さないと。混ぜたあと、ビニール袋に入れて、平らにした状態にして冷蔵庫で三十分ほど冷やす。
三人とも椅子に座る。三十分、どうやって場を持たせたらいいんだろう。咲さんみたいに場を明るくするような話し方も出来ないし……。深月もうつむいて、黙っている。どうしようと手をこまねいていると、
「二人似てんね」
悠太が呟いた。
「そう?」
「そうですか?」
「ビックリした時の顔とか、黙ってる時の眉毛の角度とか」
「「眉毛の角度?」」
変な指摘に姉妹でハモる。
「ほら、今も眉毛同じ動き方した」
悠太一人で笑いはじめる。きっと鏡を見たってわからないだろうな。
そこから悠太が主体になって主に学校の話をした。悠太は高校での話をして、私がところどころ補足する形。反対に、深月の口から出てくる中学校の先生の名前や行事の数々に懐かしさを感じる。でも、慣れ親しんだ先生が異動したことや、体育館を工事していることなど卒業してから変わった部分を今知った。
和やかになった雰囲気のまま型抜きしていく。型抜きした分はオーブンシートを敷いたトレイに並べる。
「深雪。生地二つ重ねて、分厚くしたらダメなのか? その方がボリュームでて良いような気もするんだけど」
「ほどよく平らにしないと、真ん中まで火が通らなくて失敗するよ」
「そうなのか~」
「逆に薄くし過ぎたら焦げちゃうし」
「へぇー。勉強になる」
悠太が目を輝かせながら楽しそうに型抜きしている横で、熱心に型を選んでる深月。
「深月ちゃんはクッキーの型いっぱい持ってるんだな」
「百均でいろんな型が売ってて、思わず買っちゃいました」
「たくさんある方が楽しいもんな。俺にも見せてもらっていい?」
「もちろん」
「あ、これ、『モリカー』に出てくるオジャマオバケみたいだな」
「悠太さん『モリカー』知ってるの?」
「最近買って遊んでてさ」
「あたしも『モリカー』大好きなの!」
悠太と一緒に型を選ぶ深月は楽しそうだ。混ざりたいけど空気を壊してしまいそうで、私は遠くから見守る。型抜きが終え、ついにオーブンの中へ。十数分焼いていく。徐々にクッキーの甘い香りが部屋に漂う。
「さっきと全然においが違う」
「早く食べたくなってきた」
すっかり仲良くなった二人はオーブンの中をじっと見ている。なんだか、悠太まで年下の、弟みたいに思えてくる。
にしても、悠太はすごいなぁ。すぐに妹とも仲良くなっちゃうんだもん。真綾さんもすごく話しやすかったし。
初めて話した日もそうだった。それまで悠太は同じクラスの男子の内の一人、その中でもカッコいいなと思う部類に属している――という認識だった。悠太だってきっと私を同じクラスの女子の一人としか思ってなかっただろう。風紀委員になって、ポスターを作ることになった。絵を描くのが苦手だし、そもそも男子と話すのも怖くて、嫌だなぁ、帰りたいなって憂鬱だった。だけど、悠太も絵が下手で、二人で笑いあってたら、そんな気持ち、どっかにいってた。それから委員会活動で話すようになって、ますます惹かれていった。文化祭最終日に思わず、勢いで「好き」って告白しちゃったけど、悠太が受け入れてくれて嬉しかった。
最初は自分を取り繕ってしまって、お弁当のこともそう。なかなか失敗を言い出せなくて。そんな私でも、悠太は見放さず、好きでいてくれたこと、今でもありがとうって思っている。
「深雪」
「ん?」
「眠いか?」
「えっ、あっ、大丈夫だよ」
「深月ちゃん、今日、深雪は大活躍だったんだぜ。俺と俺の姉ちゃんとその友達でチョコマフィン教えてくれてさ。すっげぇおいしかった」
笑顔で話す悠太に一気に身体が熱くなる。妹に見せてない一面を話されてるのは恥ずかしさが勝つ。
「いいな~! あたしも食べたい」
「俺もまた食べたいなぁ」
「悠太は作り方もう知ってるじゃん」
「まぁ、覚えてるけどさ、深雪が作ったのとはまた違うじゃん。だから」
私は肩をすくめ、「仕方ないな」と呟いてから、
「わかった。今度また作るね」
そう言うと、悠太と深月は「やったぜ」とハイタッチしていた。
電子音のメロディーが流れる。オーブンからトレイを取り出し、クッキーがのったオーブンシートごと網の上に移動させて冷ます。
「うおー! クッキーだ!」
「きれいに焼けてる~」
「悠太には冷まして明日ちゃんと袋に入れて渡すけど、焼きたても食べる?」
「食べる!」
「あたしも!」
菜箸で二枚、ハートの形をした小さいクッキーを別皿にのせると、慎重に端の方を持って口に運ぶ。
「焼きたてもうまいなー」
「ね! おいしい」
「なぁ深雪! もう一枚もらってもいい?」
「いいけど、悠太に渡す分なくなるよ?」
「あと一枚だけ! な?」
嬉しそうに、深月と一緒にクッキーを食べる彼。真綾さんたちといる時は照れたり、さっきまでカッコよく私を励ましてくれたと思えば、今は甘えてくれたり。いろんな表情見せてくれる。心が広くて、カッコよくて、照れ屋で、どんな人にも優しく接する、そんな彼が大好きだ。今日もまた好きになっている自分がいた。
「じゃあ、俺はそろそろ帰るわ」
「駅まで送るね」
「いや、玄関までで大丈夫。もう道覚えたし」
「そう?」
悠太は上着を着ながら、深月に手を振る。
「じゃあ、深月ちゃん。また俺遊びに来ると思うから、その時はまた話そうな」
「うん! 今度は『モリカー』もしようね」
「それまでに練習しとくからなー」
深月をキッチンに残し、私と悠太は外へ出た。さらに気温が下がって、空には灰色の雲が多くなってきた。
「悠太、今日は本当にありがとう」
「それはこちらこそだから」
「テスト終わったら、どっかまた遊びに行こうね」
「もちろん。行きたいところお互い探しておこうぜ」
「うん」
短く頷くと、悠太は何も言わずにそっと近づき、唇が重なった。少しだけクッキーの甘い味がした。
悠太が角を曲がり、姿が見えなくなってから家に入る。クッキーは渡す分を差し引いても結構枚数に余裕がある。
「せっかくだし、私たちで食べない?」
「うん」
私は紅茶、深月はコーヒーをそれぞれ淹れて椅子に座る。さっきまで飛び散った粉で汚れて、機械が散乱していたとは思えない元通りのダイニングテーブル。日が傾き、薄暗くなった部屋。静かすぎて、時計の秒針の音が大きく響く。悠太がいなくなったら、また気まずさが漂う。二人とも同時にクッキーを食べ始める。深月が二枚目のクッキーに手を伸ばしながら、
「お姉ちゃんに彼氏いるなんて全然知らなかった」
と呟く。
「私だって深月がバレー辞めてたこと知らなかった」
「知らないことばっかり」
「そうだね」
「弟か妹が増えるのに」
「だね」
「もうすぐ生まれるけどさ、お姉ちゃん的にどうなの?」
「母子ともに健康であることを願うばかりかな。深月はどうなのよ。初めての弟か妹が出来るって感覚は」
「んー。なんか実感ない」
「やっぱそうなんだ」
「やっぱって?」
「私も深月が生まれた時、全然実感なかったな。というか、私まだ三歳だったのもあるかもだけど」
「そんな小さかったら仕方ないよねー。あたしは十三歳でお姉ちゃんになるからさ、緊張はする。お姉ちゃんみたいに掃除好きじゃないし、ちまちましたこともホント無理だし。でも、お母さんのお手伝いはちゃんとしなきゃとは思ってる」
ここまで息継ぎも、クッキーをかじる暇なく、お互い会話を続けた。途切れると、深月は天井の隅の方をじーっと見つめた。
「ちゃんと出来るかな……」
「深月……」
「ほら、こないだも砂糖詰め替え失敗して、掃除もお姉ちゃんに任せて逃げちゃったしさ」
「気にしてたんだ」
「気にするよ、気にしてたよ。あたしはなんにも出来ないんだって」
「そんなことないよ。得意不得意があると思う。私、運動神経悪くて体力もないから、ゲームもヘタクソだし。だから、自転車教えたり、一緒にゲームするとかそういうときは深月の出番でしょ」
「まぁ、そのあたりは出来る……かも?」
「でしょ?」
私は心で思っていて、でも言えなかった気持ちをまとめる。
「この先、頑張ろう、一緒にさ」
「うん」
深月は微笑んだ。やっと小さな一歩を踏み出せた気がする。そんな確かな感触が足の裏に感じた。お母さん、帰ってきたらびっくりするだろうな。私と深月が話して、一緒に家事してたら。
「とりあえず、お姉ちゃんに一番に訊いておかなきゃならないことあるんだけど」
「何?」
「どうやって悠太さんと付き合ったの⁉」
そこから長い長いお茶の時間が始まったのだった。
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