【11】アイツの青春にオレはいらないはずだが?【完結】

ホズミロザスケ

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桂仁志は素直になれない

第九話

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 土曜日。
 帰宅し、風呂に入る前に麦茶を一杯飲むことにする。
 台所ではおふくろと浅倉姉妹が大皿に料理を盛りつけていた。酢豚だ。甘酸っぱい餡がかけられ、蛍光灯の光を浴びて黄金に輝く。
 その隣の餃子は、まだ皮に包まれただけの状態。オレを待って焼くつもりだったのだろうか。やっぱり餃子は焼きたてが一番うまいからな。ありがたい。
 オレに気づき、「おかえりなさい」と女三人が声を揃える。ぼーっと突っ立っていると、おふくろは、
「ほら、仁志。何か言うことあるでしょ」
 とニヤニヤと笑う。
「あー……。ただいま」
「じゃなくて!」
「このメニューだと久しぶりにビールでも買ってくるかな……」
「アンタねぇ、二人の姿見て何か思わないの!」
「浴衣……だな」

 そう。目の前に立っている浅倉姉妹が浴衣を着ている。
 二人とも白地だが、姉は黒線の縦じまが入った団扇柄、妹は大きな赤色牡丹がたくさん描かれたやや派手なもの。

「ちょっと! アタシはいいとして、お姉ちゃんには言うことあるでしょ!」
 浅倉妹の言葉を無視し、冷えた麦茶をジョッキに注いで、一気に飲み干し、身体の中から冷やされる。「ふぅ」と一息ついたあと、
「じゃ、風呂行く」
「仁志っ!」
「センセー!」
 おふくろと浅倉妹の怒声を聞きつつ、オレは風呂に入った。
 湯船の湯を手で掬い、顔をこする。瞼の裏には浅倉の浴衣姿が浮かんでいる。浴衣を着た浅倉はいつもよりさらに大人びて見えた。
「綺麗だったな……」
 でも、本人を目の前にして言える立場じゃない。オレのことを少しでも恋愛対象としている限り、なおさらだ。それなのにあの二人……わかってて訊いてくるのは意地悪にも程があるだろ。顎が湯に触れるくらいまで深く沈む。

 飯を食ってる間も三人はいつも通り会話に華を咲かせる。
「二人とも浴衣苦しくない?」
「大丈夫です」
「アタシも大丈夫! 静江センセ、浴衣めっちゃかわいくて、嬉しいんだけど!」
「よかった。女の子は柄の選びがいがあって、ワタシも楽しかったよ。娘がいたらこうして毎年浴衣仕立ててあげたのかもね」
「いいないいなー。毎年夏が超楽しみになるじゃん。ね、サエ姉!」
「うんうん。着るだけで夏を感じられて素敵です」
「また来年楽しみにしててね」
「やったー! 静江センセーありがと」
「ありがとうございます。楽しみにしてます」

 そんな会話を耳にしながら、普段よりも早く腹におさめ、オヤジの部屋へと向かった。
「あの場にいたら、また浴衣の話振られそうだからな……」
 目が合った蒸気機関車が表紙の鉄道雑誌をパラパラとめくる。日本各地の電車が紹介されていて、眺めるだけで旅に出ているような気持ちだ。

 母一人、子一人、あまり旅行に行ったことがない。
 母方のばあちゃん家が関西だからお盆や正月に帰省するくらいだった。ばあちゃんが亡くなってから、オレの受験や就職、おふくろも転職して、旅行なんか十年近く行ってない。連れてってやりてぇけど、どこに行けば喜ぶのかわからない。オレよりも、浅倉姉妹との方が女三人楽しいかもしれんし。

 なんて考えていると、ふすま越しに、「先生」と、浅倉の声。
「なんだ」
「スイカ、持ってきました。入ってもいいですか?」
「この部屋は飲食禁止だ。縁側で食べる」
 尻に敷いていた座布団を手に、部屋を出る。
「ありがとうな。オレはここで食うから」
「あの、先生のお隣で食べてもいいですか?」
「ダメって言ったっても来るんだろ」
「えへへ、その通りです」
 浅倉は嬉しそうに居間から座布団を一枚持って来ると、隙間なく置いた。無言で三十センチほど遠ざけると、浅倉は不服そうにしつつも、腰を下ろす。
「先に。ほれ、これ」
 彼女に手渡したのは『愛』の文庫本。オヤジの部屋の本棚にしっかり差さっていた。
「ありがとうございます!」
「忘れず持って帰って、ちゃんと感想書けよ」
「もちろんです」
「オレが選んでやったからには去年を超えるような、超大作の感想文、期待してるぞ」
「わ、わかりました……」
 浅倉は苦笑いしつつ、本を傍らにそっと置くとスイカを手にする。

 二人揃って、瑞々しい夏の風物詩に歯を立てる。ざらりと舌の上を撫でたかと思えば、一回噛むだけですぐに水に変わり、喉を滑り落ちていく。この夏の夜の蒸し暑さも相まって余計に美味く感じる。
「スイカ、おいしいですね」
「だな」
「静江先生、本当にすごいですよね。浴衣まで仕立てちゃうなんて」
「ま、おふくろは家庭科の先生だったからな。そーいうのは一通りなんでも出来るんだよ」
 おふくろは何でもできる。料理も、裁縫も、掃除も、それらの知識を教師として生徒に教えることも。みんな羨ましがるが、当たり前すぎて慣れた。もちろん家事が出来ないオレはより一層ありがたいと感じているが、どこか麻痺しているんだと思う。
「サイズがピッタリで、色も柄も私好みの落ち着いたデザインで」
 頬を染め微笑んで、
「……似合っていますか?」
 小声で続ける。
「いいんじゃねぇの? オマエが気に入ってんなら」
 ぶっきらぼうに答え、スイカの種を皿に吐き出す。

 いくら生徒とはいえ、年下の女の子を冷たくあしらうのはつらい。心に小さな擦り傷がどれほどついただろうか。
 それにオレじゃなければ、その浴衣で、祭りでも花火大会でも行けただろうに。
 浅倉に告白されてからというもの、オレが彼女の青春を喰ってしまっているという後ろめたさが消せない。
 コイツももう三年生。進学するにも、就職するにも、この夏をどう過ごすかが重要になってくる。少しでも残りの時間はオレなんかに費やしてほしくないというのに。

「浅倉は進路決めたのか」
「はい。調理師専門学校に」
「大学じゃないのか」
「私、もっとお料理の勉強がしたいって思ってるんです」
「そうか」
「でも、お父さんやお母さんは大学に行ってほしいって言われて、ちょっと揺れてます」
 彼女が目を伏せると、月に雲がかかり、少し夜空も暗くなっていく。
「せめて栄養学とかそういう学部がある大学にとは言われてるんですけど、私がやりたいことと少しズレてるんですよね。栄養学も大事だけど、どっちかというとお料理の腕をあげたいというか。かといって、料理人を目指すというよりは、静江先生みたいにお料理教室がしたいって思ってるんです。だけど、せっかく勧めてくれてくれてるのに、断るのも心が痛くて……」
 スイカを飲み込んでから、オレは彼女の横顔に呟く。
「オマエ、オレにはしつこく言い寄って来るくせに、自分の将来について両親ともっと話そうとは思わないのか」
「えっ」
「オマエの人生なんだから。専門学校でやりたいこと、ちゃんと伝えるんだ。半端な気持ちで専門学校行きたいワケじゃないんだろ?」
「それは、そうです」
「じゃあ、なおさらだ。それに、将来についてしっかり目標持ってるっていいじゃねえか。別にフラフラ遊んで暮らすとかじゃなくて、こういう職業に就きたいって未来見えてんだし。子どもだって一人の人間だ。親の言うことばっかり聞いてちゃ独り立ち出来んだろ。って、独身の二十代教員は偉そうにそう考えてる。だから、浅倉。オマエも今動け。じゃないと後悔するぞ」
「あっ……ありがとうございます」
「ん」
「なんだか先生みたい」
 器官に入り、むせてしまう。
「いや、オレ教師だからな?」
「ふふっ、わかってます。冗談です」
「自分の行きたい道に進むんだぞ」
「はいっ!」
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