上 下
1 / 16
浅倉紗子は諦めを知らない

第一話

しおりを挟む
かつら先生ぇ~」
 ホームルームを終え、廊下を歩いていると、後ろから呼び止められた。
 振り向くと、オレが担任しているクラスの生徒が三人。カッターシャツのボタンを上数段外し、臙脂色のリボンがだらしなくぶら下がっている。プリーツのスカートを規定より短く、足元はルーズソックス。式典などがない限りは、強く咎められないことを良いことに、みんな判を押したように同じ制服の着こなしだ。
「ほら、早く言いなよ」
「言えないしー!」
「罰ゲームでしょ。早くっ」
 とニヤニヤ笑いながら小突き合っている。
「オマエら、オレは職員室に戻らなにゃいけねぇんだ。さっさと言え」
「桂先生怒りだしたじゃん」
「わかってるってば。……じゃあ、先生、そのー……好きでぇす」
 その一言で、一瞬にして爆笑が起きる。オレは眉間に皺を寄せ、大きく、それはもう大きく、ため息をついた。
「あのなぁ、今年度の桂学級が始まったこの一週間で五人目だぞ、五人目! いつまでその告白ゲームとやらを続けるつもりだ。いい加減にしとけよ」
 二年A組で流行している、じゃんけんに負けたらオレに告白しに行くというゲーム。残念ながらどいつもこいつも半笑いで言いに来やがるから、最初からこういうことだろうとすぐに気づけた。もし演技のうまいヤツがトップバッターを切っていたら、きっと真に受けてドギマギした対応をし、笑い者になってたかと思うと肝が冷える。
「アハハ~、怒られた」
「ていうか、桂先生ってモテなさそうじゃんね」
「むしろ、こんな超かわいい女子高生たちに嘘でも告白されて嬉しくないのー?」
「ガキに言われても嬉しかねぇよ」
 三人はさっきよりも盛大に笑うとどこかへ走り去った。

 元号が平成になって早数年。もうすぐ西暦は二〇〇〇年という大台に乗る。その上、その翌年には二十世紀から二十一世紀に切り替わる歴史的な瞬間にも立ち会えるらしい。
 外出先でも連絡できるPHS、携帯電話など、昔では考えられなかったハイテクな通信機器のCMもよく目にする。子どもの頃に眺めていた絵本に描かれていたような空飛ぶ車や、ボタン一つで出来立ての料理が出てくるような便利な機械が普及する。そんな未来へ向かい、技術が日々進化しているのを実感する今日この頃。
 それなのに……それなのに、だ。こんなしょーもないゲームは未だに生まれ、教師のオレは暇潰しに付き合わされ……オレが学生だった十年前と何ら変わらん。

 とにかく、職員室へ……と進行方向に身体を向けると、目の前に立ちはだかる人。目を合わせるため、顎を上げる。すると、その人は満面の笑みを浮かべていた。
「桂先生~、見てたよ。モテモテじゃん」
山田やまだ先生、やめてもらえます? からかわれてるだけなので」
「えー? 嫌われるより、からかわれてる方が良いと思うけど」
「全然!」
「わ、即答」
「からかわれるっていうことは、なめられてるってことですよ。教師としてあってはならないと思います」
「桂先生は本当に堅いなぁ~」
 その時、「山田先生ぇ」と猫なで声が聞こえる。真向いの棟の窓から、顔を覗かせている生徒たちが手を振っている。山田先生は嫌な顔一つせず、にっこり笑顔を浮かべ、振り返すと黄色い歓声が上がった。
 襟足の長めのやや赤みがかった髪をなびかせ、「洗剤の香りですよ」とどう考えても香水としか思えない、甘ったるい香りを身体に纏っている。それが彼、数学教師の山田光喜こうき先生だ。

 一年先輩の山田先生とオレはなにかと比べられる。
 何をせずともピンと立ち上がる直毛の黒髪、オヤジ譲りの浅黒い肌と骨太の体型。山田先生とは正反対だ。スーツの上着がどうしてもきつく、学校内ではジャージを羽織っているからか、国語教師なのにすぐに体育教師に間違われる。まだ二十六歳、若輩者の部類に分けられるが、「なんか若々しさが足りないよね」「三十過ぎに見える」と先輩教師陣からよく言われてしまう。
 だが、生徒からはなめられているのか、ゲームの標的に……。嗚呼、情けない。

「せっかく女子校にいるんだし、もっと楽しまないと」
「山田先生と違って『女子校だから』という理由で、ここに就職した訳じゃないです」
「『女子校だから』はまるで俺が女好きみたいじゃん。『女子校という未知の場で学べることがたくさんありそう』っていう理由だから」
「あー……そうだった気がします」
「そうだった気がするんじゃなくて、そうなの。――そういや桂先生はどうしてここ選んだのか訊いたことなかったけど、どうして?」
「オレは別にいいじゃないですか」
「えー? 自分だけ隠すの?」
 山田先生は年齢が近いことと、職員室の座席が近いからか、よくオレに声をかけてくる。そして、何かとオレのことを詮索してくる。あまり仕事以外のことをペラペラ話したくないのだが……。
「もしかして本当に女子高校生目当ての……」
「違います! ……この高校が、自分ん家から一番近かっただけです。朝はギリギリまで寝ていたいんで……」
 と正直に答えると、
「小学生みたいな理由だね!」
 山田先生は腹を抱えて笑った。考えが小学生で悪かったな……。
 せっかく夢だった高校教師になれて四年。同じく国語教師だった亡き父のように厳格で、みなに尊敬される人間になりたかったのに。理想と現実に毎日悩まされている。もっと厳しく接して、教師としての威厳を――。
「桂先生、好きでーす!」
 後ろから走って来た生徒から今回も気持ちが一ミリも入ってない言葉を投げかけられた。消えゆく背中に、
「オマエら、いい加減にしろっ!」
 と叫ぶことしか出来なかった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない

月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。 人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。 2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事) 。 誰も俺に気付いてはくれない。そう。 2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。 もう、全部どうでもよく感じた。

隣の家の幼馴染は学園一の美少女だが、ぼっちの僕が好きらしい

四乃森ゆいな
ライト文芸
『この感情は、幼馴染としての感情か。それとも……親友以上の感情だろうか──。』  孤独な読書家《凪宮晴斗》には、いわゆる『幼馴染』という者が存在する。それが、クラスは愚か学校中からも注目を集める才色兼備の美少女《一之瀬渚》である。  しかし、学校での直接的な接触は無く、あってもメッセージのやり取りのみ。せいぜい、誰もいなくなった教室で一緒に勉強するか読書をするぐらいだった。  ところが今年の春休み──晴斗は渚から……、 「──私、ハル君のことが好きなの!」と、告白をされてしまう。  この告白を機に、二人の関係性に変化が起き始めることとなる。  他愛のないメッセージのやり取り、部室でのお昼、放課後の教室。そして、お泊まり。今までにも送ってきた『いつもの日常』が、少しずつ〝特別〟なものへと変わっていく。  だが幼馴染からの僅かな関係の変化に、晴斗達は戸惑うばかり……。  更には過去のトラウマが引っかかり、相手には迷惑をかけまいと中々本音を言い出せず、悩みが生まれてしまい──。  親友以上恋人未満。  これはそんな曖昧な関係性の幼馴染たちが、本当の恋人となるまでの“一年間”を描く青春ラブコメである。

セーラー服美人女子高生 ライバル同士の一騎討ち

ヒロワークス
ライト文芸
女子高の2年生まで校内一の美女でスポーツも万能だった立花美帆。しかし、3年生になってすぐ、同じ学年に、美帆と並ぶほどの美女でスポーツも万能な逢沢真凛が転校してきた。 クラスは、隣りだったが、春のスポーツ大会と夏の水泳大会でライバル関係が芽生える。 それに加えて、美帆と真凛は、隣りの男子校の俊介に恋をし、どちらが俊介と付き合えるかを競う恋敵でもあった。 そして、秋の体育祭では、美帆と真凛が走り高跳びや100メートル走、騎馬戦で対決! その結果、放課後の体育館で一騎討ちをすることに。

女子高生は卒業間近の先輩に告白する。全裸で。

矢木羽研
恋愛
図書委員の女子高生(小柄ちっぱい眼鏡)が、卒業間近の先輩男子に告白します。全裸で。 女の子が裸になるだけの話。それ以上の行為はありません。 取って付けたようなバレンタインネタあり。 カクヨムでも同内容で公開しています。

宇宙との交信

三谷朱花
ライト文芸
”みはる”は、宇宙人と交信している。 壮大な機械……ではなく、スマホで。 「M1の会合に行く?」という謎のメールを貰ったのをきっかけに、“宇宙人”と名乗る相手との交信が始まった。 もとい、”宇宙人”への八つ当たりが始まった。 ※毎日14時に公開します。

ずぶ濡れで帰ったら彼氏が浮気してました

宵闇 月
恋愛
突然の雨にずぶ濡れになって帰ったら彼氏が知らない女の子とお風呂に入ってました。 ーーそれではお幸せに。 以前書いていたお話です。 投稿するか悩んでそのままにしていたお話ですが、折角書いたのでやはり投稿しようかと… 十話完結で既に書き終えてます。

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

就職面接の感ドコロ!?

フルーツパフェ
大衆娯楽
今や十年前とは真逆の、売り手市場の就職活動。 学生達は賃金と休暇を貪欲に追い求め、いつ送られてくるかわからない採用辞退メールに怯えながら、それでも優秀な人材を発掘しようとしていた。 その業務ストレスのせいだろうか。 ある面接官は、女子学生達のリクルートスーツに興奮する性癖を備え、仕事のストレスから面接の現場を愉しむことに決めたのだった。

処理中です...