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第三章 やりなおしの歌

第二十八話 やりなおしの歌10

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 地下への階段を降りると、扉があった。二枚扉を開くと、そこには楽器がたくさん並んでいた。音楽室のように穴の開いた防音壁が使用されていて、こんな場所が家にあるなんてすごすぎ……。いつもここで練習をしてるのだろう、楽譜が落ちてる。
 ダダは部屋の奥で、扉に背を向ける形で三角座りをしていた。ゆっくり近づいて、
「ダダ?」
 と声をかけると、彼は身体を少し震わせた。けど、返事はなく、こちらを見ようともしない。
「大丈夫? その……体調悪いとか、ケガとか……」
 何も答えない。アタシはそのままフローリングの床に座る。
「元気ならそれでいい」
「……」
「どこ、行ってたの?」
「……」
 麗子さんが言ってた通り、本当に何も返してくれない。これはイエフリの仲間が駆けつけてからの方が良いなと思って口を閉ざした瞬間だった。
「……金沢」
 ダダは言った。静かな部屋じゃなかったら、聞き逃してしまうかもしれないくらい小さな声だった。
「金沢?」
「石川県の金沢」
「なんで、そんなところに……?」
「金沢はお父さんとお母さんと一緒に行った場所だから」
「えっ……」
「ずっとずっと昔のことなのに、忘れられない。海鮮料理食べたり、美術館行ったり、温泉も入った。特に大きな出来事があったわけじゃない。でも、楽しかった。結局あれが最初で最後の旅行になったけど」
 昨日金田家で見た写真二枚を思い出す。あの写真たちは、ダダにとって大切な思い出だったんだ。
「つらくなったら、楽しい思い出がある金沢に行ってリセットする。今回も一旦気持ち整理したら、すぐ帰るつもりだった。帰ったら、一人暮らししよう、アルバイトも違うところ探すって決めてさ。でも、ずっと頭の片隅にキムキムがいて、消えなかった。おいしいもの食べても、素敵な絵を見ても。ああやっぱりキムキムが好きだな、隣にいてくれたらもっと楽しいのにって」
 空調の音に交じって鼻をすする音がする。
「キムキムのこと、ずっとずっと好きだった。卒業式の日、オレが遅刻さえしなかったらそう伝えるつもりだったんだ。再会してからも言おうとしたけど……大好きだから、このままずっとこうしていたいって思うようになってた。でも、キムキムが酔った時に、このままはダメだって気づかされた」
「アタシ、なにかしたの?」
「キムキムが酔い潰れて寝ちゃったから、オレ、桂っちと駿河っちを駅まで送っていって。帰ってきたら、キムキム、オレの名前呼びながら泣いてた」
「へっ……?」
「『嫌いになったの?』『置いていかないで』って言われて、だからオレ、『大好きだよ』『どこにもいかないから』って何度も言ったんだけど、覚えてないよね?」
「……覚えてない」
「やっぱり、そっか。その時にいろいろ話してくれた。お父さんのことも、元カレのことも。だから、『ダダもアタシを捨ててどっか行ったと思った』って。オレがちゃんと告白しなかったら、キムキムは一人になって、誰にも本音言えずになるんじゃないかって焦った。これからもそばにいるって証明したくて、プロポーズした。段階飛ばし過ぎたって後で冷静になったら気づいたけど、もうすべて遅かったよね。どうしたらいいのかわからなくて、何も言わずに逃げて……本当に……ごめんなさい」
 ダダはさらに深くうつむいた。肩が震えて、声がくぐもっている。
「アタシの方がたくさん謝らなきゃならない。歩み寄ろうとしてくれたダダをあんな……」
「キムキムはなにも悪くない。オレなんか卒業式の日の約束だって守れなかったし、キムキムが一番嫌だったことして、傷つけて……。最低な人間だよ」
「卒業式の日、遅れて来てくれたんでしょ? 必死にアタシに連絡とろうしてくれたことも、会えなくて泣いてたことも、こないだ知って……」
 ダダの頭を抱えるように抱きしめ、頬を埋める。
「好き。アタシもめちゃくちゃ好きなの、ダダのこと、高校生の時から。忘れたことなんてない。本当は一緒にいたい、プロポーズも嬉しかった! でも、アタシは何も知らなくて、自分を守ろうと必死で……ごめんね……」
「オレもごめん……。ずっと一緒にいて」
「うん。ダダのそばにいる、離れないから」
 到着したイエフリのメンバーが中に入ったこともしばらく気づかなかったほど、アタシたちは泣き続けていた。
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