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第三章 やりなおしの歌

第二十一話 やりなおしの歌3

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 水族館に遊びに行く当日は早く起きてしまった。アラームより早く起きるなんて何年ぶりだろう。今日のために買った服に袖を通す。って言ってもノースリーブだから袖はないけれど。ボトムスは濃紺のスキニーデニム。朝晩は少し肌寒くなったが太陽の下だとまだまだ暑い。上にはデニムのショート丈のジャケットを羽織るつもりだ。続けて化粧をする。ベースメイクを済ませ、アイシャドウを手にし、洗面台の鏡を見たその時だ。
「おはよ」
「ギャッ……!」
 後ろからTシャツにスウェット姿のダダが覗きこんできた。
「お、おはよう……ってか早くない⁉」
「なんか起きた」
「あー、アタシが物音立ててたからか。ごめん、まだ寝てたら?」
 アタシと違ってダダは用意するのが早い。髪をワックスで固めたり、服に悩んだりもしない。ボサボサの髪で、前みたいに首元がよれたような服を着ていてもそれなりに見えるのは、綺麗な顔立ちをしているダダの特権だと思う。
「だいぶ目冴えてるから、二度寝無理」
「マジ? んー、じゃあ、化粧もうすぐ終わるから、終わったら朝ごはん食べよ? ちょっと待ってて」
「うん」
 と返事をしたくせに、全く動く気配はない。アイシャドウコンパクトを開き、ベースにする淡いベージュを筆にのせるのを興味深そうに顎に手を当て観察してくる。
「化粧してるの見るの初めて」
「見なくていいよ、恥ずかしい……」
「オレも最初恥ずかしかった」
「なにが?」
「絵、見られるの」
 思わず手が止まる。
「キムキムが突然入って来た時、本当に怖かった。何されるかと思って」
「確かに知らない子が急に入ってきたら怖いよな~。あの時のアタシ、ホントなんも考えてなかったわ」
「でも、いつの間にかキムキムが来てくれるの、楽しみにしてた」
「そう、なの?」
 心の底でダダもあの時間を楽しみだったと感じていたなら嬉しいと思っていた。まさか本人の口から言われる日が来るなんて。
「楽しみじゃなきゃ、色塗りお願いしたりしないよ」
 周りがセンター試験だとピリピリしていた時期。アタシとダダはいつも通りの日々を過ごしていた。その時描いていた絵は、アタシが感じた限りでは、冬と春の中間、冷たさと温かさが共存している風景が描かれていた。
 ある日、
「ここ、何色がいい?」
 って訊かれた。初めてのことだったから、
「大事な作品なのにいいの?」
 と恐る恐る訊き返す。ダダは色のついていない洗いたての筆をアタシに差し出した。
「キムキムと一緒に塗りたいと思って描いたから」
 半分も色を選んで塗らせてくれて完成した作品は、アタシが最後に見たダダの絵となったのだった。
「そんなこともあったなぁ。高三の放課後はいつだって楽しかった」
「今は?」
「あの頃とはちょっと違うけど、楽しいよ」
「そう」
 ダダはTシャツの裾を指で触りながら、
「オレも化粧勉強してみようかな」
 とぼそっと呟いた。
「最近は男の人も美容に敏感だもんね」
「ううん、違う。勉強したら、キムキムに色付けてあげれる」
「ダダに化粧してもらう、かぁ~。なんかおもしろそう」
 アタシがキャンバスになったなら、ダダは、アタシにどんな色をのせてくれるだろう。きっと素敵にしてくれる、そう思う自分がいた。
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