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第三章 やりなおしの歌
第十九話 やりなおしの歌1
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クーラーをつけても暑い季節がやって来た。扇風機を使い、部屋に風を送ろうと必死だ。今日の晩ご飯はちらし寿司。アタシとダダは二人してうちわで酢飯を冷ましていた。
「キムキム見てみて」
そう指さしたのはテレビ。アザラシが映っていた。灰色の大きな体をなめらかに動かし、水槽の中で気持ちよさげに泳いでいる。
「水族館なんてもう長らく行ってないわー」
「ここ行きたい」
「電車で一時間かからないと思う」
「ねぇ、今度、一緒に行こ?」
「んー、いいけど、夏休みシーズン終わってからしか予定組めないわー」
「オレもフェスとかイベントたくさんある」
「大変そうだよね~、ダダも」
七月末から八月末までダダはほとんど出勤できないくらい、バンドの仕事で埋まっている。イベント参加もそうだが、レコーディングや取材もあるようだ。
「大変。だけど、去年よりもオファー増えたってソウタが張り切ってるから。オレも頑張る。頑張ったらアザラシ、頑張ったらアザラシ……」
そう言いながら、うちわを扇いでいた。
実際、七月後半から予想していたよりもお互い怒涛の忙しさに見舞われた。今年も猛暑となり、プールで使えるうきわ、水鉄砲とかを取り扱っていると、ばかすか売れた。昼間は客数も多くて、ダダには出勤して欲しかった。
けど、彼は全国飛びまわっていた。今日は茨城だと聞いていたのに、次は北海道、静岡……。土日はほとんどフェス出演の予定で埋まり、帰ってきたら、そのまま倒れるように眠ってしまう。平日は次のライブの練習へ出かけ、たまにバイトに顔を出してくれた。
こんだけイベントに呼んでもらえるって、ミュージシャンとしてたぶんすごいんだろうなって、何も音楽業界を知らないアタシでも少しわかった気がした。
ようやく落ち着いたなーとカレンダーをふと見れば、九月の中旬。まだまだ暑いから気づかなかった。十月のシフトをそろそろ作成しなきゃいけない。
「ダダー、十月、休み希望ある?」
イベント出演も落ち着き、家の中でも起きている時間が増えてきたダダから「この日ライブがある、ここの水曜日は……」と予定を聞きだしていると、
「あと、水族館いつにする?」
と最後に付け加えた。
「水族館……?」
「忘れた?」
「あっ、夏休み前に話してたアザラシのこと?」
「うん」
「ダダもアタシも忙しかったから完全にタイミング失ってたね」
「十一月からツアー始まっちゃうから、十月ならまだどうにかなりそうなんだけど」
「オッケーオッケー。じゃあ、また桂っちと駿河っちにも声を……」
スマホで桂っちにメッセージを送ろうとした時だった。
「二人で行きたい」
「へ?」
「キムキムと二人で行きたい……嫌?」
そう言って、小首をかしげる。表情は真剣そのもので、いつもは眠そうな目なのに、今は力強くアタシを見ている。
「イヤじゃないけど、アタシと二人でいいの?」
「二人がいい」
「それじゃあ、土日は難しいから、平日どっか休み合わせる感じで良い?」
「うん」
ダダは満足そうに大きく頷くと、
「オレ、先にお風呂入るね」
と立ち上がった。風呂場のドアが閉まり、シャワーの音が聞こえたのを確認してから、アタシは自分の頬をつねる。古典的だけどこれが一番夢か現実か判断できる。
「二人で?」
つねったところが痛い。
「キムキム見てみて」
そう指さしたのはテレビ。アザラシが映っていた。灰色の大きな体をなめらかに動かし、水槽の中で気持ちよさげに泳いでいる。
「水族館なんてもう長らく行ってないわー」
「ここ行きたい」
「電車で一時間かからないと思う」
「ねぇ、今度、一緒に行こ?」
「んー、いいけど、夏休みシーズン終わってからしか予定組めないわー」
「オレもフェスとかイベントたくさんある」
「大変そうだよね~、ダダも」
七月末から八月末までダダはほとんど出勤できないくらい、バンドの仕事で埋まっている。イベント参加もそうだが、レコーディングや取材もあるようだ。
「大変。だけど、去年よりもオファー増えたってソウタが張り切ってるから。オレも頑張る。頑張ったらアザラシ、頑張ったらアザラシ……」
そう言いながら、うちわを扇いでいた。
実際、七月後半から予想していたよりもお互い怒涛の忙しさに見舞われた。今年も猛暑となり、プールで使えるうきわ、水鉄砲とかを取り扱っていると、ばかすか売れた。昼間は客数も多くて、ダダには出勤して欲しかった。
けど、彼は全国飛びまわっていた。今日は茨城だと聞いていたのに、次は北海道、静岡……。土日はほとんどフェス出演の予定で埋まり、帰ってきたら、そのまま倒れるように眠ってしまう。平日は次のライブの練習へ出かけ、たまにバイトに顔を出してくれた。
こんだけイベントに呼んでもらえるって、ミュージシャンとしてたぶんすごいんだろうなって、何も音楽業界を知らないアタシでも少しわかった気がした。
ようやく落ち着いたなーとカレンダーをふと見れば、九月の中旬。まだまだ暑いから気づかなかった。十月のシフトをそろそろ作成しなきゃいけない。
「ダダー、十月、休み希望ある?」
イベント出演も落ち着き、家の中でも起きている時間が増えてきたダダから「この日ライブがある、ここの水曜日は……」と予定を聞きだしていると、
「あと、水族館いつにする?」
と最後に付け加えた。
「水族館……?」
「忘れた?」
「あっ、夏休み前に話してたアザラシのこと?」
「うん」
「ダダもアタシも忙しかったから完全にタイミング失ってたね」
「十一月からツアー始まっちゃうから、十月ならまだどうにかなりそうなんだけど」
「オッケーオッケー。じゃあ、また桂っちと駿河っちにも声を……」
スマホで桂っちにメッセージを送ろうとした時だった。
「二人で行きたい」
「へ?」
「キムキムと二人で行きたい……嫌?」
そう言って、小首をかしげる。表情は真剣そのもので、いつもは眠そうな目なのに、今は力強くアタシを見ている。
「イヤじゃないけど、アタシと二人でいいの?」
「二人がいい」
「それじゃあ、土日は難しいから、平日どっか休み合わせる感じで良い?」
「うん」
ダダは満足そうに大きく頷くと、
「オレ、先にお風呂入るね」
と立ち上がった。風呂場のドアが閉まり、シャワーの音が聞こえたのを確認してから、アタシは自分の頬をつねる。古典的だけどこれが一番夢か現実か判断できる。
「二人で?」
つねったところが痛い。
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