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第二章 君の手は握れない
第十八話 君の手は握れない9
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「二次会行く人ー?」
というトモミの呼びかけに、大勢の人が手を挙げる中、アタシは帰る準備を進めていた。
「えっ、ラァは行かないの?」
トモミが悲しそうな声で言う。
「ごめん! 明日朝から出勤」
「えぇー! オールしてそのまま行けばいいじゃん」
「アタシがやらかしたら、マジ終わるから。じゃ!」
別れの挨拶を残して、駅に駆けていく。飛び乗った電車のつり革に掴まり、ふと前を見る。窓ガラスにアタシの姿が映っている。戸惑いが隠せてない、変な顔。
ダダは、約束を忘れていなかった。その事実はあまりにも衝撃だった。あの日、怒られても、心寂しくなっても、あのままもうダダを信じて待っていれば……。七年も経って胸がぐちゃぐちゃになる。悔しい。戻らない時間が憎らしい。だからこそ今、無性に、ダダに会いたいと思った。
駅に着き、改札を抜ける。閉店作業も順調に終わっていれば、家で晩ご飯食べてる頃だろうなと、家の方向へ足を向けた時だった。
「キムキム」
びっくりして立ち止まって振り返る。駅の前に置かれているベンチにダダがいた。
「ダダ、何してんの⁉」
「待ってた」
「えっ?」
「キムキム帰って来るの、ここで待ってた」
「待ってたって……家の鍵なくしたの?」
「鍵、ちゃんと入れてる」
ズボンのポケットをポンポンと叩く。
「じゃあ……」
「酔っ払って帰って来るかなって」
ダダはそう言うと、傍らに置いてたペットボトルの水をアタシに差し出した。
「お水、どーぞ」
「あ、ありがと」
「今日はしっかり受け答えしてる。お酒、飲まなかったの?」
「いや、飲んだは飲んだけど……」
水を数口飲んだ。少しぬるくなっていたけど、早く帰ろうと焦っていたアタシを落ち着かせるにはちょうどいい。モリゲンから聞いた卒業式の話で酔いなんて吹き飛んだとは言えないわ。
「てか、こんな暑いとこで……」
「暑かったけど、心配だったから」
「帰る時にメッセージ入れればよかったね。ごめん」
「たぶん酔って連絡取れないかなって思ったから大丈夫」
酔ったアタシを一度介抱しただけでこの対応……。酔っ払ったアタシ、めちゃくちゃ大変な目に遭わせたのかもしれない。申し訳ない。
「アイス買って帰ろっか」
「いいの?」
「アタシを待って、水まで用意してくれてたお礼。アイスじゃなくても、ジュースでもお菓子でも一個おごる」
「なににしよー」
ダダは嬉しそうに立ち上がると、アタシの横を歩き始めた。今日はヒールじゃないから、彼がいつも以上に高く感じる。再会した時、若干こけていた頬は肉がついたなぁ。真っ白だった顔色も最近じゃあ少し良くなって。高校時代のダダの姿に近づいてきている。卒業式の日のことを訊こう。そして、あの日、ずっと待っていてあげれなくてごめんと謝ろう。チャンスは今しかないだろう。
「ねぇ、ダダ」
「んー?」
でも、訊いたところでどうする? これが卒業式翌日ならまだいい。もう七年も時間は過ぎている。過去は戻らない。開けた口を一旦閉じて、首を横に振った。
「なんでもない」
「そう」
「でも、待っててくれてありがとう。その……嬉しかった。めちゃくちゃ嬉しかったから」
「ん」
コンビニに入って、二人とも手に取ったのはレモンシャーベットだった。帰りながら食べる。木のスプーンでシャーベットを崩して、舌にのせれば、一瞬で溶けていく。レモンの酸っぱさと甘さ、喉をスッと通っていく爽快さ。
「久しぶりに食べたけど、やっぱおいしいわー」
「オレも、このアイス好き」
アイスをつつきながら同じ家目指して歩いている。夕暮れの教室しか知らなかったのに。今、いろんな景色にダダがいる。付き合っていなくてもこんなに楽しくて、幸せで。一度は離れたけど、こうして今一緒にいるんだ。それでいいじゃん。このままでいい。このままがずっと続けばいい。これくらいのワガママ言ったって……。
「キムキム」
街灯の下、ふと立ち止まるダダ。スプーンをアイスに刺したかと思えば、空いた手をアタシのおでこに置いて前髪をスッと横に流す。ダダからの視線を遮るものは何もない。こないだ手を触れられた時より距離が近くて、アタシはただ立ち尽くす。
「目、潤んでる」
「へっ……」
「やっぱりキムキム少しは酔っ払ってるかな。この間もこんなトロっとした目してたし」
「そ……、そんなの自分じゃわかんな……」
「きれい」
一言そう言うと微笑んだ。手を離し、先に歩きだす。頭の中で、何度もさっきのシーンを忘れないように、ダダの熱が残るおでこに触れた。
というトモミの呼びかけに、大勢の人が手を挙げる中、アタシは帰る準備を進めていた。
「えっ、ラァは行かないの?」
トモミが悲しそうな声で言う。
「ごめん! 明日朝から出勤」
「えぇー! オールしてそのまま行けばいいじゃん」
「アタシがやらかしたら、マジ終わるから。じゃ!」
別れの挨拶を残して、駅に駆けていく。飛び乗った電車のつり革に掴まり、ふと前を見る。窓ガラスにアタシの姿が映っている。戸惑いが隠せてない、変な顔。
ダダは、約束を忘れていなかった。その事実はあまりにも衝撃だった。あの日、怒られても、心寂しくなっても、あのままもうダダを信じて待っていれば……。七年も経って胸がぐちゃぐちゃになる。悔しい。戻らない時間が憎らしい。だからこそ今、無性に、ダダに会いたいと思った。
駅に着き、改札を抜ける。閉店作業も順調に終わっていれば、家で晩ご飯食べてる頃だろうなと、家の方向へ足を向けた時だった。
「キムキム」
びっくりして立ち止まって振り返る。駅の前に置かれているベンチにダダがいた。
「ダダ、何してんの⁉」
「待ってた」
「えっ?」
「キムキム帰って来るの、ここで待ってた」
「待ってたって……家の鍵なくしたの?」
「鍵、ちゃんと入れてる」
ズボンのポケットをポンポンと叩く。
「じゃあ……」
「酔っ払って帰って来るかなって」
ダダはそう言うと、傍らに置いてたペットボトルの水をアタシに差し出した。
「お水、どーぞ」
「あ、ありがと」
「今日はしっかり受け答えしてる。お酒、飲まなかったの?」
「いや、飲んだは飲んだけど……」
水を数口飲んだ。少しぬるくなっていたけど、早く帰ろうと焦っていたアタシを落ち着かせるにはちょうどいい。モリゲンから聞いた卒業式の話で酔いなんて吹き飛んだとは言えないわ。
「てか、こんな暑いとこで……」
「暑かったけど、心配だったから」
「帰る時にメッセージ入れればよかったね。ごめん」
「たぶん酔って連絡取れないかなって思ったから大丈夫」
酔ったアタシを一度介抱しただけでこの対応……。酔っ払ったアタシ、めちゃくちゃ大変な目に遭わせたのかもしれない。申し訳ない。
「アイス買って帰ろっか」
「いいの?」
「アタシを待って、水まで用意してくれてたお礼。アイスじゃなくても、ジュースでもお菓子でも一個おごる」
「なににしよー」
ダダは嬉しそうに立ち上がると、アタシの横を歩き始めた。今日はヒールじゃないから、彼がいつも以上に高く感じる。再会した時、若干こけていた頬は肉がついたなぁ。真っ白だった顔色も最近じゃあ少し良くなって。高校時代のダダの姿に近づいてきている。卒業式の日のことを訊こう。そして、あの日、ずっと待っていてあげれなくてごめんと謝ろう。チャンスは今しかないだろう。
「ねぇ、ダダ」
「んー?」
でも、訊いたところでどうする? これが卒業式翌日ならまだいい。もう七年も時間は過ぎている。過去は戻らない。開けた口を一旦閉じて、首を横に振った。
「なんでもない」
「そう」
「でも、待っててくれてありがとう。その……嬉しかった。めちゃくちゃ嬉しかったから」
「ん」
コンビニに入って、二人とも手に取ったのはレモンシャーベットだった。帰りながら食べる。木のスプーンでシャーベットを崩して、舌にのせれば、一瞬で溶けていく。レモンの酸っぱさと甘さ、喉をスッと通っていく爽快さ。
「久しぶりに食べたけど、やっぱおいしいわー」
「オレも、このアイス好き」
アイスをつつきながら同じ家目指して歩いている。夕暮れの教室しか知らなかったのに。今、いろんな景色にダダがいる。付き合っていなくてもこんなに楽しくて、幸せで。一度は離れたけど、こうして今一緒にいるんだ。それでいいじゃん。このままでいい。このままがずっと続けばいい。これくらいのワガママ言ったって……。
「キムキム」
街灯の下、ふと立ち止まるダダ。スプーンをアイスに刺したかと思えば、空いた手をアタシのおでこに置いて前髪をスッと横に流す。ダダからの視線を遮るものは何もない。こないだ手を触れられた時より距離が近くて、アタシはただ立ち尽くす。
「目、潤んでる」
「へっ……」
「やっぱりキムキム少しは酔っ払ってるかな。この間もこんなトロっとした目してたし」
「そ……、そんなの自分じゃわかんな……」
「きれい」
一言そう言うと微笑んだ。手を離し、先に歩きだす。頭の中で、何度もさっきのシーンを忘れないように、ダダの熱が残るおでこに触れた。
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