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第一章 再び動き出す季節
第八話 再び動き出す季節8
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その日は夏休み直前で、テスト期間も終わって、短縮授業に入っていた。
クーラーのない美術準備室。細長い窓とドアを全開にして、その日もダダは絵を描いていた。長い前髪を横に流して、エプロンはつけず、ワイシャツのボタンを真ん中あたりまで外している。中に着ているTシャツに汗染みを作っていても気にせず、一心不乱に筆を動かしていた。アタシはダダがいることを確認して、コンビニでアイス……確かレモンシャーベットを買って、部屋に入った。
「おーい」
アタシが呼びかけても返事はない。その頃はまだアタシが勝手に部屋に入って、絵を眺めて帰るだけで、まともな会話するどころか、名前さえ知らない状態だった。
「ね! アイス食べる?」
「……え?」
「買って来たから一緒に食べよ」
アイスを差し出すと、顔を上げ、シャツの袖で顔の汗を拭う。頬は真っ赤で茹でられたタコのようだった。受け取ると、木のスプーンをシャーベットに突き刺し、ゆっくり口に含んだ。すぐに頭を押さえる。
「うぅ……」
「頭、キーンってした?」
「……した」
「頭キーンとしたらさ、夏って感じしない?」
「……その時によるかな」
「そっかー。ってか、やっとちゃんと会話してくれたじゃん!」
嬉しくなって、さらに話を広げようとすると、返事は途切れ、アイスに視線を落としている。
「アンタの絵、見てて飽きないね」
「そんなこと言うのは、キミだけだよ」
「そーなんだ。ねぇねぇ今度、アタシに絵、描いてよ」
「なんで」
「アンタの絵を家に飾りたいの。てか、今、アイスあげたじゃん」
「渡されたから食べただけなのに……」
「ウソウソ! 冗談! ごめんて」
それからまた彼は何も言わず、どんどんと溶けていくアイスを飲み物のように流し込む。「ごちそうさま」とだけ言って、食べ終わったアイスの空き容器とスプーンをアタシに渡すとまた筆を持った。
「あれからもアタシはフツーの人だけど、ダダはすごいね。バンドやってんだもん」
「やってるというか、ソウタに誘われたからついてった感じ」
「それでもすごいじゃん。ピアノ弾けたんだ?」
「少しだけ。絵の方が好き」
「まだ絵、描いてんの!」
嬉しくて、思わず声が大きくなる。
「ぼちぼち。イエフリのCDジャケットとか」
「マジ⁉」
『イエフリ CD』で急いで検索する。画像欄にたくさんのダダのイラストが出て来た。黄色い花の絵、これがバンド名にもある「フリージア」? あとは、男が向かい風の中歩いているもの。抽象的だった昔より、何を描いているのかわかるようになった。でも、目を惹く色使いはあの日のままだ。
「ダダの描いたジャケットのCDがお店に並んでるんだ~。CDショップなんて全然行かないから知らなかった」
「キムキムはオレの絵、好きだね」
「うん! すっごく好き! CD買えばダダの絵が手に入る時代になったなんて最高じゃん……! 今ネットで買っちゃおかなー」
「いいよ、今持ってるのあげる」
リュックを開け、服やらポーチなどを取り出し、奥底からCDを三枚ほど出て来た。
「ケース、バキバキに割れてるけど」
「それでも大丈夫! ありがとう! 嬉しい!」
CDケースからジャケットを引き抜いて眺める。スマホの小さい画面じゃわからなかった、油絵具を何度も重ねて塗ってたことがわかる筆の形。元の絵も見てみたいな……。
「ちょっと大きめの写真立てなら入りそうだなぁ。飾るわ!」
はしゃぐアタシをダダは不思議そうに見ていた。
クーラーのない美術準備室。細長い窓とドアを全開にして、その日もダダは絵を描いていた。長い前髪を横に流して、エプロンはつけず、ワイシャツのボタンを真ん中あたりまで外している。中に着ているTシャツに汗染みを作っていても気にせず、一心不乱に筆を動かしていた。アタシはダダがいることを確認して、コンビニでアイス……確かレモンシャーベットを買って、部屋に入った。
「おーい」
アタシが呼びかけても返事はない。その頃はまだアタシが勝手に部屋に入って、絵を眺めて帰るだけで、まともな会話するどころか、名前さえ知らない状態だった。
「ね! アイス食べる?」
「……え?」
「買って来たから一緒に食べよ」
アイスを差し出すと、顔を上げ、シャツの袖で顔の汗を拭う。頬は真っ赤で茹でられたタコのようだった。受け取ると、木のスプーンをシャーベットに突き刺し、ゆっくり口に含んだ。すぐに頭を押さえる。
「うぅ……」
「頭、キーンってした?」
「……した」
「頭キーンとしたらさ、夏って感じしない?」
「……その時によるかな」
「そっかー。ってか、やっとちゃんと会話してくれたじゃん!」
嬉しくなって、さらに話を広げようとすると、返事は途切れ、アイスに視線を落としている。
「アンタの絵、見てて飽きないね」
「そんなこと言うのは、キミだけだよ」
「そーなんだ。ねぇねぇ今度、アタシに絵、描いてよ」
「なんで」
「アンタの絵を家に飾りたいの。てか、今、アイスあげたじゃん」
「渡されたから食べただけなのに……」
「ウソウソ! 冗談! ごめんて」
それからまた彼は何も言わず、どんどんと溶けていくアイスを飲み物のように流し込む。「ごちそうさま」とだけ言って、食べ終わったアイスの空き容器とスプーンをアタシに渡すとまた筆を持った。
「あれからもアタシはフツーの人だけど、ダダはすごいね。バンドやってんだもん」
「やってるというか、ソウタに誘われたからついてった感じ」
「それでもすごいじゃん。ピアノ弾けたんだ?」
「少しだけ。絵の方が好き」
「まだ絵、描いてんの!」
嬉しくて、思わず声が大きくなる。
「ぼちぼち。イエフリのCDジャケットとか」
「マジ⁉」
『イエフリ CD』で急いで検索する。画像欄にたくさんのダダのイラストが出て来た。黄色い花の絵、これがバンド名にもある「フリージア」? あとは、男が向かい風の中歩いているもの。抽象的だった昔より、何を描いているのかわかるようになった。でも、目を惹く色使いはあの日のままだ。
「ダダの描いたジャケットのCDがお店に並んでるんだ~。CDショップなんて全然行かないから知らなかった」
「キムキムはオレの絵、好きだね」
「うん! すっごく好き! CD買えばダダの絵が手に入る時代になったなんて最高じゃん……! 今ネットで買っちゃおかなー」
「いいよ、今持ってるのあげる」
リュックを開け、服やらポーチなどを取り出し、奥底からCDを三枚ほど出て来た。
「ケース、バキバキに割れてるけど」
「それでも大丈夫! ありがとう! 嬉しい!」
CDケースからジャケットを引き抜いて眺める。スマホの小さい画面じゃわからなかった、油絵具を何度も重ねて塗ってたことがわかる筆の形。元の絵も見てみたいな……。
「ちょっと大きめの写真立てなら入りそうだなぁ。飾るわ!」
はしゃぐアタシをダダは不思議そうに見ていた。
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