7 / 30
第一章 再び動き出す季節
第七話 再び動き出す季節7
しおりを挟む
退勤後、ダダにアタシの最寄り駅を教え、電車に乗ってもらう。「駅に着いたらメッセージを送るように」と指示して、アタシはバイクで駅まで向かう。
その間、ずっと心臓はバクバクと激しく動き、今にも弾けそうな音をしていた。これからダダと一緒に働き、アタシの家で生活するなんて。急にいろんなことが起こりすぎて、頭の中でも処理できていない。今日一日で世界が一変しすぎてる。もしかしたら、ずっとこれは現実のことじゃないんじゃないかと疑ってしまう。駅に行って、いなかったらどうしよう。全部幻覚だったら……。
スマホを確認するより先に、改札口から出て来たダダがアタシを見つけて手を振った。
「駅からの道覚えて一人で行き来してよ」
「うん」
頷いてるけど、大丈夫なのかな。高校時代もそうだったけど、輪にかけてぼんやり度が加速してる気もする。アタシの家は駅からそんなに離れてないけど、心配だ。あとで住所送って地図アプリで表示できるようにしてもらおう。
「で、曲がったらここの三階」
四階建ての小さなマンション。一人暮らしを想定しての広さだから、シングルベッド置いてるだけでも結構狭い。昼間はベランダへ出るための大きな窓だけで光を担っている。人なんて滅多に呼ばないから、掃除そこそこにしかしてないわ……汚れてなきゃいいけど。片付けるの忘れて床に置きっぱなしのカバンや服を壁側によけて道を作る。
「……キムキムの匂いがする」
「えっ、ちょっ、それってクサいってこと?」
「ううん。落ち着く」
アタシ、香水つけてないんだけどな。あ、タバコか。でも家では吸ってない。それに高校時代……、あの頃はお母さんが吸ってたか。アタシもたまにくすねて吸ったことある。その匂いが制服にうつってたかもなー。
ダダは荷物を置くと早速座椅子に腰掛け、ぼーっと部屋を眺めている。ダダが家にいる。学生時代、放課後の美術準備室以外で会ったことはない。その上、七年空白があっての今。この状況が不思議で仕方ない。アタシが「家に来なよ」って言ったけど、言ったけどさぁ……。そう思いながらスマホの時計を見る。もう夜七時をまわっている。
「ダダ」
「んー?」
「ご飯食べる……よね?」
「うん、食べる」
ダダも人間だからご飯食べるに決まってんのに、なんか変な訊き方しちゃった。にしても、どーしよ。冷蔵庫を開ける。たいしたモン入ってないな。今から買いに行く? でも、買いに行くほどでも……これで出来るのは……。
「チャーハンでもいい?」
「うん」
キャベツ、にんじん、たまねぎ。半端に残っていた野菜たちを適当に小さく切り刻む。フライパンに油をひき、賞味期限ギリギリのソーセージを投入。焦げ目がついたら、野菜を入れ、溶き卵を混ぜ込んだ冷ご飯をドーンと入れる。醤油、塩コショウ、味の素で味を調整。
「はい、どうぞ」
ダダの前に置くとスプーンを掴み、チャーハンをすくい、人より少し小さい口に運んだ。
「おいしい」
と呟いたあとは、黙々と食べはじめた。口に合ったならよかった。
スプーンを動かす腕も、床に伸ばしている足も、どこを見ても細いし、骨ばっている。顔も青白いし、不健康が服着て歩いてる感じ。高校の時はここまでじゃなかったのに。
「あ、ダダ、口の端にご飯粒ついてる」
「とって」
「なんでアタシが」
「とってー」
ティッシュを取って、口まわりを拭いてやる。もう一生会えないと思ってた人の体温に触れている。重たい前髪に隠れている目と視線がぶつかり、潤んでる瞳がアタシを映す。
「キムキム、どしたの」
「え?」
「オレのこと、見てるから」
「えっ、あっ……あー……ダダだなーって」
「うん。オレだよ?」
ここから話を広げたり、変えたりしたらいいのかわかんなくなって、ティッシュを捨てて、チャーハンを再び食べ始める。ダダは不思議そうに小首をかしげつつ、彼もまた食事に戻る。
「ごちそうさまでした」
ダダは手を合わせる。米粒一つ残さず、平らげていた。
「ねぇ、オレ、ここでしばらくお世話になるけど、お礼に何したらいい?」
「別にいいよ。その辺で寝転んでたら」
「なんでもするよ?」
そう言いながら顔を近づけてくる。距離を急に詰めてくるから、思わず後ずさる。なんでもと言われても……。
「そんじゃあ……皿洗って」
「それでいいの?」
「皿洗いって超面倒じゃん。手も荒れるしさ」
「そう?」
立ち上がり、シンクに向かうと皿を洗いはじめた。なんかじっと座って待ってるのも居心地悪くて、アタシはその後ろに立つ。
「これ以上、ほんとに何もしなくていいの?」
「やってほしいことあったら、その都度言う。てか、なんでそんなに訊くの?」
「助けてもらったら、ちゃんとお礼はしろっておばあちゃんが言ってたから」
「そういうことね。なら、しばらくダダに皿洗いお願いするわー。その代わりっていうのも変だけど、ここにいる間は自分の家だと思っていいよ」
「ありがと、キムキム」
皿洗いが終わったのを見計らい、冷凍庫を開ける。
「アイス食べる?」
「食べる」
こないだスーパー行った時、その日があまりにも暑くてたまらなかったから、つい買ってしまったミルクバーがちょうど二本残っていた。ベッドを背もたれにして並んで座って食べる。
「昔、ダダとアイス食べたことあったよね」
「うん。キムキムが突然アイス持って来たことあった」
その間、ずっと心臓はバクバクと激しく動き、今にも弾けそうな音をしていた。これからダダと一緒に働き、アタシの家で生活するなんて。急にいろんなことが起こりすぎて、頭の中でも処理できていない。今日一日で世界が一変しすぎてる。もしかしたら、ずっとこれは現実のことじゃないんじゃないかと疑ってしまう。駅に行って、いなかったらどうしよう。全部幻覚だったら……。
スマホを確認するより先に、改札口から出て来たダダがアタシを見つけて手を振った。
「駅からの道覚えて一人で行き来してよ」
「うん」
頷いてるけど、大丈夫なのかな。高校時代もそうだったけど、輪にかけてぼんやり度が加速してる気もする。アタシの家は駅からそんなに離れてないけど、心配だ。あとで住所送って地図アプリで表示できるようにしてもらおう。
「で、曲がったらここの三階」
四階建ての小さなマンション。一人暮らしを想定しての広さだから、シングルベッド置いてるだけでも結構狭い。昼間はベランダへ出るための大きな窓だけで光を担っている。人なんて滅多に呼ばないから、掃除そこそこにしかしてないわ……汚れてなきゃいいけど。片付けるの忘れて床に置きっぱなしのカバンや服を壁側によけて道を作る。
「……キムキムの匂いがする」
「えっ、ちょっ、それってクサいってこと?」
「ううん。落ち着く」
アタシ、香水つけてないんだけどな。あ、タバコか。でも家では吸ってない。それに高校時代……、あの頃はお母さんが吸ってたか。アタシもたまにくすねて吸ったことある。その匂いが制服にうつってたかもなー。
ダダは荷物を置くと早速座椅子に腰掛け、ぼーっと部屋を眺めている。ダダが家にいる。学生時代、放課後の美術準備室以外で会ったことはない。その上、七年空白があっての今。この状況が不思議で仕方ない。アタシが「家に来なよ」って言ったけど、言ったけどさぁ……。そう思いながらスマホの時計を見る。もう夜七時をまわっている。
「ダダ」
「んー?」
「ご飯食べる……よね?」
「うん、食べる」
ダダも人間だからご飯食べるに決まってんのに、なんか変な訊き方しちゃった。にしても、どーしよ。冷蔵庫を開ける。たいしたモン入ってないな。今から買いに行く? でも、買いに行くほどでも……これで出来るのは……。
「チャーハンでもいい?」
「うん」
キャベツ、にんじん、たまねぎ。半端に残っていた野菜たちを適当に小さく切り刻む。フライパンに油をひき、賞味期限ギリギリのソーセージを投入。焦げ目がついたら、野菜を入れ、溶き卵を混ぜ込んだ冷ご飯をドーンと入れる。醤油、塩コショウ、味の素で味を調整。
「はい、どうぞ」
ダダの前に置くとスプーンを掴み、チャーハンをすくい、人より少し小さい口に運んだ。
「おいしい」
と呟いたあとは、黙々と食べはじめた。口に合ったならよかった。
スプーンを動かす腕も、床に伸ばしている足も、どこを見ても細いし、骨ばっている。顔も青白いし、不健康が服着て歩いてる感じ。高校の時はここまでじゃなかったのに。
「あ、ダダ、口の端にご飯粒ついてる」
「とって」
「なんでアタシが」
「とってー」
ティッシュを取って、口まわりを拭いてやる。もう一生会えないと思ってた人の体温に触れている。重たい前髪に隠れている目と視線がぶつかり、潤んでる瞳がアタシを映す。
「キムキム、どしたの」
「え?」
「オレのこと、見てるから」
「えっ、あっ……あー……ダダだなーって」
「うん。オレだよ?」
ここから話を広げたり、変えたりしたらいいのかわかんなくなって、ティッシュを捨てて、チャーハンを再び食べ始める。ダダは不思議そうに小首をかしげつつ、彼もまた食事に戻る。
「ごちそうさまでした」
ダダは手を合わせる。米粒一つ残さず、平らげていた。
「ねぇ、オレ、ここでしばらくお世話になるけど、お礼に何したらいい?」
「別にいいよ。その辺で寝転んでたら」
「なんでもするよ?」
そう言いながら顔を近づけてくる。距離を急に詰めてくるから、思わず後ずさる。なんでもと言われても……。
「そんじゃあ……皿洗って」
「それでいいの?」
「皿洗いって超面倒じゃん。手も荒れるしさ」
「そう?」
立ち上がり、シンクに向かうと皿を洗いはじめた。なんかじっと座って待ってるのも居心地悪くて、アタシはその後ろに立つ。
「これ以上、ほんとに何もしなくていいの?」
「やってほしいことあったら、その都度言う。てか、なんでそんなに訊くの?」
「助けてもらったら、ちゃんとお礼はしろっておばあちゃんが言ってたから」
「そういうことね。なら、しばらくダダに皿洗いお願いするわー。その代わりっていうのも変だけど、ここにいる間は自分の家だと思っていいよ」
「ありがと、キムキム」
皿洗いが終わったのを見計らい、冷凍庫を開ける。
「アイス食べる?」
「食べる」
こないだスーパー行った時、その日があまりにも暑くてたまらなかったから、つい買ってしまったミルクバーがちょうど二本残っていた。ベッドを背もたれにして並んで座って食べる。
「昔、ダダとアイス食べたことあったよね」
「うん。キムキムが突然アイス持って来たことあった」
0
お気に入りに追加
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
如月さんは なびかない。~片想い中のクラスで一番の美少女から、急に何故か告白された件~
八木崎(やぎさき)
恋愛
「ねぇ……私と、付き合って」
ある日、クラスで一番可愛い女子生徒である如月心奏に唐突に告白をされ、彼女と付き合う事になった同じクラスの平凡な高校生男子、立花蓮。
蓮は初めて出来た彼女の存在に浮かれる―――なんて事は無く、心奏から思いも寄らない頼み事をされて、それを受ける事になるのであった。
これは不器用で未熟な2人が成長をしていく物語である。彼ら彼女らの歩む物語を是非ともご覧ください。
一緒にいたい、でも近づきたくない―――臆病で内向的な少年と、偏屈で変わり者な少女との恋愛模様を描く、そんな青春物語です。
ヤマネ姫の幸福論
ふくろう
青春
秋の長野行き中央本線、特急あずさの座席に座る一組の男女。
一見、恋人同士に見えるが、これが最初で最後の二人の旅行になるかもしれない。
彼らは霧ヶ峰高原に、「森の妖精」と呼ばれる小動物の棲み家を訪ね、夢のように楽しい二日間を過ごす。
しかし、運命の時は、刻一刻と迫っていた。
主人公達の恋の行方、霧ヶ峰の生き物のお話に添えて、世界中で愛されてきた好編「幸福論」を交え、お読みいただける方に、少しでも清々しく、優しい気持ちになっていただけますよう、精一杯、書いてます!
どうぞ、よろしくお願いいたします!

【完結】カワイイ子猫のつくり方
龍野ゆうき
青春
子猫を助けようとして樹から落下。それだけでも災難なのに、あれ?気が付いたら私…猫になってる!?そんな自分(猫)に手を差し伸べてくれたのは天敵のアイツだった。
無愛想毒舌眼鏡男と獣化主人公の間に生まれる恋?ちょっぴりファンタジーなラブコメ。
君は妾の子だから、次男がちょうどいい
月山 歩
恋愛
侯爵家のマリアは婚約中だが、彼は王都に住み、彼女は片田舎で遠いため会ったことはなかった。でもある時、マリアは妾の子であると知られる。そんな娘は大事な子息とは結婚させられないと、病気療養中の次男との婚約に一方的に変えさせられる。そして次の日には、迎えの馬車がやって来た。
私に告白してきたはずの先輩が、私の友人とキスをしてました。黙って退散して食事をしていたら、ハイスペックなイケメン彼氏ができちゃったのですが。
石河 翠
恋愛
飲み会の最中に席を立った主人公。化粧室に向かった彼女は、自分に告白してきた先輩と自分の友人がキスをしている現場を目撃する。
自分への告白は、何だったのか。あまりの出来事に衝撃を受けた彼女は、そのまま行きつけの喫茶店に退散する。
そこでやけ食いをする予定が、美味しいものに満足してご機嫌に。ちょっとしてネタとして先ほどのできごとを話したところ、ずっと片想いをしていた相手に押し倒されて……。
好きなひとは高嶺の花だからと諦めつつそばにいたい主人公と、アピールし過ぎているせいで冗談だと思われている愛が重たいヒーローの恋物語。
この作品は、小説家になろう及びエブリスタでも投稿しております。
扉絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品をお借りしております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる