【9】やりなおしの歌【完結】

ホズミロザスケ

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第一章 再び動き出す季節

第四話 再び動き出す季節4

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「失礼しまーす」
「あー! 木村ちゃん、ホントに来てくれた!」
 バンド名がカタカナでデカく書かれた黄色のTシャツに、ハーフパンツ姿の綾女さんが出迎えてくれた。
「綾女さん、チケットありがとうございました」
「源太でいいよ。俺らのバンド、カッコよかったでしょ」
「ま、そうっすね」
「でしょでしょ~? 気に入ってくれたならこれからも応援してもらえると嬉しいんだけど。ちなみにボーカルとギターのソウタは正真正銘、俺の息子」
「そうなんすか!」
「目元とか髪のくせ毛具合とか似てない?」
「うーん、言われてみればどことなく……」
「俺に似てカッコよく、嫁に似て可愛さある子に育っちゃってさ~」
「オヤジ、まーた自分のバンドかのように紹介してんのか?」
 そこへやってきたのはソウタ。綾女さんと同じTシャツ、細身のデニムに、黒いパーカーを羽織っている。ステージで歌ってた時は、オーラがあったけど、こうして近くで見ると、ごくごく普通の二十代男性って感じ。
「大切な息子がメインのバンドだからさぁ。サポートドラマーでも嬉しくって」
「オヤジがいないと困るのは困るんだけど、最近我が物顔でMCに突っ込んでくるからやりにくい~」
草太そうた~、そう言わずに仲良くやろうぜ~」
「あー! 気色悪い! 肩に手、まわしてくんなよ」
 ソウタが源太さんの手を振り払っていると、
「オヤジさん、そちらの女性は?」
 スキンヘッドでベース弾いてた……確かコウノさんって呼ばれてたっけ。ハンチング帽を被りながらこちらへ歩いてくる姿は、威圧感があって少しビビった。
「まさか彼女とかですか」
「こら、コウノくん! 俺は麗子れいこ一筋だっての! こちらの女性は、喜志芸祭の時に道案内してくれた女神!」
「ああ!」と、ソウタとコウノさんがハモる。
「すいません、あの日はウチのオヤジが大変お世話になりました!」
「全機材持ってくるオヤジさんがあれ以上迷ってたらホントヤバかったんで……。本当にありがとうございました!」
 めちゃくちゃ頭を下げられた。
「まぁ、困った時はお互い様っていうかなんて言うか。こんな感謝されるとは思わなかったっす」
 そう言いながら、アタシの意識は他のところにあった。部屋を見渡してもあのキーボードの男性がいないのだ。
「そういや、タイスケどこいった?」
「いつもみたいに廊下で寝てんじゃないか?」
「タイはどこでも寝るからなぁ。起こしに行くかな」
 とコウノさんが迎えに行こうとした瞬間、ドアが開いた。
 オーバーサイズにしてもサイズが大きすぎる半袖Tシャツ。首元がヨレヨレで、左側にずり落ちてて、鎖骨から肩が見えている。ズボンは先ほどのライブで履いてた黒のスキニーにスニーカーのまま。
「おい、タイスケどこ行ってたんだよー」
「コーラ買った帰り、途中で眠くなって階段のとこでちょっと寝てた」
「あんな短い距離で眠くなんなよ……」
「ホント、タイはマイペースだなぁ」
 近くで見れば見るほどダダに似ている。そう思いながら見ていると、突っ立ってるアタシに向こうも気づいた。彼はゆっくり口を開き、何か言おうとしてやめる。アタシを通り過ぎて、長机に置いてあった細縁のメガネをかけて、手にしてたコーラを飲みはじめた。
 人違いか。きっと再会したって、一年くらいしか話してないし、アタシのことなんて。源太さんに挨拶も済ませたし、もう帰ろう。
「じゃあ、アタシはこれで――」
「ねぇ、キムキムだよね」
 メガネ越しの瞳がアタシを見ていた。ヒールを履いているアタシよりも背が十センチは高いから、見下ろされる形になっている。
「やっぱ、ダダなの?」
「そう呼んでくれるの、やっぱりキムキムだ。久しぶり」
 そう言うと、少し眉が下がった。キムキムってあだ名で呼ぶのはダダだけだ。
「え⁉ タイスケ、知り合いなの?」
「うん。同級生」
「木村ちゃんもそういうことなら早く言ってくれよ~!」
「いや、あの、アタシもここに来るまで知らなくて……」
 お互い視線は合ってるけれど、黙り込む。震える手をぎゅっと強く握りこむ。なんか言わなきゃ、どうしよう。会えて嬉しい。でも、それを言葉にしてしまうと、泣いてしまいそう。
「感動の再会なのに、二人とも落ち着いてんね?」
「まぁ、タイスケが泣くなんてことないもん。ですよね、コウノさん」
「タイが泣いてるのは見たことないなぁ。ソウタはすぐ泣くけど」
「そこは言わないでくださいよ……! で、二人は何年ぶりの再会?」
「ええっと、高校卒業以来っす」
「俺とタイスケは同い年だから……七年ぶりとかじゃん。え、連絡先交換してねぇの?」
「してない。オレ、高校の時、スマホ持ってなかったし」
「だから、交換したくても出来なかったっていうか」
「そうなんだ⁉ 木村ちゃん、タイちゃん。せっかくだし、連絡先交換したらいいじゃん! もうタイちゃんだってスマホ持ってるんだし」
「……ダダがいいなら」
「交換する。スマホどこだろ」
「いつものクソデカリュックの中じゃね?」
「まったく……手伝ってやるよ」
「ありがとコウノさん」
 ダダとコウノさんがスマホを探しはじめると、ソウタが近づいてきた。
「ちょっと気になってたんだけど、さっきからダダって呼んでるけど、それってタイスケのあだ名?」
「そうだけど? カネダ ダイスケの真ん中の二文字とって、ダダ。皆さんこそ、タイスケって呼んでるのは芸名だからっすよね?」
「ん?」と残りの三人が眉をひそめる。
「え? なんすか?」
「木村さん、コイツの名前、ダイスケじゃなくてタイスケ」
 立てた親指でダダを指しながら、コウノさんは笑いはじめる。
「え? そうなの?」
「実はそう」
「実はそう、じゃなくない? なんで最初に訂正しないの⁉ ありえなくない⁉」
「ダダってあだ名、良かったから」
「なにそれ~」
 力抜けるわ。他の三人も「なんかタイスケらしい」と笑っている。その間にダダはスマホを見つけだした。
 気を取り直して、メッセージアプリのIDを交換する。ホントだ、『金田 太介(カネダ タイスケ)』って表示されてるわ。
「キムキム、なんで『木村(店長)』って出るの?」
「そりゃあ、アタシ、今、雑貨屋の店長してるから」
「ふーん」
 訊いておいてそんな返答かよ……まぁ、いいけど。たくさん話したいことがある。でも、何から話せばいいのかとオロオロしていると、
「すいません! そろそろ退室お願いしまーす!」
 とスタッフが呼びに来た。
「わっ、もうそんな時間か。木村ちゃん、今日は来てくれてありがとうね。またタイちゃん経由でも遊びに来て」
「あざます~。じゃ、失礼しまーす」
「キムキム」
廊下に出て、ドアを閉めようとしたアタシをダダは呼び止めた。無表情で、こちらに小さく手を振る。
「またね」
「うん。……またね」
 アタシも手を振り返し、その日は別れた。
 電車の中でメッセージアプリを起動して、新しく登録された『金田 太介(カネダ タイスケ)』という文字を眺める。アイコンは初期設定のまま、灰色一色。でも、彼は存在している。何度も何度も確認しては満足し、舞い上がってしまって、通話はおろかメッセージをこちらから送ることはなかった。というか、出来なかったと言ったほうがいい。これをきっかけに、もう一度仲良くできるかもしれない。だけど、また疎遠になるのが怖かった。それなら連絡先交換しただけで良いんじゃないかと結論をだしたのだ。ダダからも連絡が来ることはなかったけど、あの一瞬、元気でいることがわかった、それでいい。アタシはダダと再会する前の、日常へすんなりと戻って行った。
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