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第一章 再び動き出す季節
第一話 再び動き出す季節1
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バイクを停めて、「スタッフオンリー」とマジックでデカデカ書かれたアルミ扉に鍵を差し込む。ドアを開くと、入り口に積まれていたゴミ袋と段ボールが足元に雪崩れてきた。外に出し、中へ入る。電気を点けても薄暗い、ウチの事務所。
カバンとジャケットをテキトーに机の上に置いて、あくび。朝出勤は何年経っても慣れない。ブリーチを繰り返し、毛先にいくほどチリチリに傷んでいるセミロングの茶髪を手ぐしで整えつつ、社員間の連絡ノートを確認する。昨日は、朝がやまむぅと、夜がタハラーだったか。……その二人しかアタシ以外に社員はいないんだけど。ま、特にトラブルもなかったみたいだし良かった。
まだ時間あるし、タバコでも吸おうとドアを開けると、運送会社のお兄さんが立っててお互いにびっくりした。段ボールがどんどん運ばれて山が作られる。狭い事務所の中は荷物でいっぱいになり、タバコどころじゃなくなった。肩を軽く揉んだあと、
「検品すっかなぁ」
手前の箱から開けていく。クリスマスフェア用に追加注文していた手乗りサイズのツリーが現れる。この小ささなら一人暮らしの部屋でも置けるし、最近じゃあ、ぬいぐるみを撮る時の小道具としてこういうのがウケてるらしい。実際、予想していたより売れてるし。何が流行るかわかんない。
「店長、おはようございまーす」
ドアを開けて入って来たのは桂っちだ。半年前にアルバイトとして入って来た、ポニーテールがトレードマークの女子大生。パーカーにデニムのラフな格好。アタシを含め、ギャル上がり、派手好きが多い中、桂っちは落ち着いている部類だ。昔から黒ギャル扱いされてきたアタシからすると羨ましいくらい肌が白く、一度も染めたことがないという黒髪が映える。
「おはよー。今日は値付けする商品多いから、頑張ってねー」
「了解っす」
桂っちは紺色のエプロンをハンガーから手に取った。胸元に白地で『bloom』と店名が印刷されている。桂っちのエプロンはまだ破れも汚れもなく綺麗。アタシのは穴が開いたところに缶バッジをつけたり、ワッペンをあてがったりしてるから、ごちゃごちゃしてて、なんかおもちゃ箱みたい。これも二十歳から働き続け、もう六年経った証拠だ。値付けは桂っちに任せ、アタシはレジを起動させて、つり銭をセットする。
「クリスマスに向けての商品山盛りに入荷してますね」
「でしょー。十月末にこれだかんねぇ。来月からはこれの倍は来るよ」
「マジっすか。キツいっすね」
「桂っちはクリスマスの前に、大学祭だっけ」
「はい! 次の土日です。初めての大学祭なんで超楽しみで!」
「どこまわるとか決めてんの?」
「みんなと屋台でおいしいモン食べよって話してます。あ、駿河が見たいライブあるらしくてそれも」
「へぇー! 駿河っち、バンドとか興味あるんだ。意外~」
駿河っちは、近くの本屋でバイトしてる桂っちの男友達だ。くせ毛の黒髪、黒縁メガネをかけてて、いかにもマジメって感じ。桂っちとは大学も、住んでるマンションも同じ。部屋が隣同士らしくて、時間が合うときは迎えに来て一緒に帰っている。でも、恋人同士っていう訳じゃなく、あくまで「友達の一人」と言い張るのは桂っち。駿河っちの方はそうじゃないってのは、こないだチラっと話した時に確定した。青春だわ~なんて年甲斐もなく思ったり。
「ホント意外っすよねぇ! ワタシも話聞いたときはビックリでしたよ。今、そのバンドの曲、ちょこちょこ聞いてるんですけど、結構良くて」
「へぇー。ヘドバンとかしちゃうの?」
「そういう方向のロックじゃないっすね」
「ってか、駿河っちがヘドバンしたらビビるわ」
「それはめちゃくちゃ面白すぎてムリっす」
「とりま、楽しんできて。日曜は昼からバイトよろ~」
「もちろん頑張ります!」
そろそろ店を開ける時間だ。今日も店長として一日働く。それがもう何年も変わらない、アタシの生活。
その週の土曜日、今日は昼から閉店までのシフト。一人暮らしだから出発ギリギリまで寝るってワケにもいかない。朝、ちゃんと起きて掃除洗濯終わらせておく。学生時代は遅刻ばっかやらかしてた人間とは思えないほど、しっかりした大人になったって我ながら思う。
店の裏に到着して「さて今日もがんばろ」と、ヘルメットを外した瞬間だった。
「お姉さん、すいません」
通りかかった黄色い車体のバンの窓から顔が出て来た。栗色のウェーブパーマをなびかせた、年齢は四十代くらいのおじさん。
「何すかぁ?」
「ここってどう行くかわかります?」
差し出されたスマホの画面には地図が表示されている。
「喜志芸術大学っていう学校なんだけど」
「あー、喜志芸ね」
「自分も、息子もそこの出身者だってのに、車で行ったことないもんだから、迷っちゃって」
恥ずかしそうに頭を掻く。喜志芸は店の近くにある芸術専門の大学。桂っちと駿河っちが通っているのもココだ。
「喜志芸なら……あー、アタシ、地図見て説明すんのニガテなんだよねー。だから、後ろついてきてくれます? 直接案内する」
「いいの? 今から出勤っぽい感じだったけど」
「いいっすよ。喜志芸ならこっからならすぐだし。ちょっと中にいる他のスタッフに事情話してくるんで」
店の中にいたやまむぅに事情を説明して、バイクに再びまたがる。
「じゃ、ついてきて」
道案内するなんて初めてだなー。でも喜志芸なら、何度か近くまで行って、花火見たこともあるし。勘を頼りに道を走ったが、問題なく到着した。歩道の道幅いっぱいに人がぞろぞろと歩いていて、学校の方からは賑やかな音楽が漏れ聞こえている。楽しそうでいいなぁ。高校卒業してすぐに社会に出た身からすると、こういうお祭りごとは遠い昔に感じる。
大学は坂の上にあるけど、通学バス以外は進入禁止と言われたから、その下にあった駐車場へ入る。ギリギリ空いてた場所に車を停車させることが出来た。おじさんは降りてきて、頭を深々と下げる。
「ありがとう、お姉さん。助かった」
「これくらい全然」
「間に合わなかったら、たくさんの人に迷惑かかって大惨事になるとこだった。ありがとう」
なんか荷物たくさん積んでるっぽいし、業者の人なのかもしれない。
「後日お礼になにか送らせてもらいたいんだけど」
「えー、そんなんいいっすよ」
「いやいや、君は救いの女神だよ!」
「大げさな……。そんじゃあ、これ、アタシの名刺だから。店にでも送っといて」
「木村さんね……オッケー! ちょっと遅くなるかもしれないけど、絶対送るから~」
おじさんと別れたあと、アタシは大急ぎで店へと戻る。
「お礼はいらないって言ったけど、あの感じだとなんかもらえそうでラッキー」
なんてその時は思ったけど、それから音沙汰はなかった。アタシ自身もクリスマスにお正月、バレンタインにホワイトデーと店が忙しくて、すっかり記憶の奥底へと押しやられていった。
カバンとジャケットをテキトーに机の上に置いて、あくび。朝出勤は何年経っても慣れない。ブリーチを繰り返し、毛先にいくほどチリチリに傷んでいるセミロングの茶髪を手ぐしで整えつつ、社員間の連絡ノートを確認する。昨日は、朝がやまむぅと、夜がタハラーだったか。……その二人しかアタシ以外に社員はいないんだけど。ま、特にトラブルもなかったみたいだし良かった。
まだ時間あるし、タバコでも吸おうとドアを開けると、運送会社のお兄さんが立っててお互いにびっくりした。段ボールがどんどん運ばれて山が作られる。狭い事務所の中は荷物でいっぱいになり、タバコどころじゃなくなった。肩を軽く揉んだあと、
「検品すっかなぁ」
手前の箱から開けていく。クリスマスフェア用に追加注文していた手乗りサイズのツリーが現れる。この小ささなら一人暮らしの部屋でも置けるし、最近じゃあ、ぬいぐるみを撮る時の小道具としてこういうのがウケてるらしい。実際、予想していたより売れてるし。何が流行るかわかんない。
「店長、おはようございまーす」
ドアを開けて入って来たのは桂っちだ。半年前にアルバイトとして入って来た、ポニーテールがトレードマークの女子大生。パーカーにデニムのラフな格好。アタシを含め、ギャル上がり、派手好きが多い中、桂っちは落ち着いている部類だ。昔から黒ギャル扱いされてきたアタシからすると羨ましいくらい肌が白く、一度も染めたことがないという黒髪が映える。
「おはよー。今日は値付けする商品多いから、頑張ってねー」
「了解っす」
桂っちは紺色のエプロンをハンガーから手に取った。胸元に白地で『bloom』と店名が印刷されている。桂っちのエプロンはまだ破れも汚れもなく綺麗。アタシのは穴が開いたところに缶バッジをつけたり、ワッペンをあてがったりしてるから、ごちゃごちゃしてて、なんかおもちゃ箱みたい。これも二十歳から働き続け、もう六年経った証拠だ。値付けは桂っちに任せ、アタシはレジを起動させて、つり銭をセットする。
「クリスマスに向けての商品山盛りに入荷してますね」
「でしょー。十月末にこれだかんねぇ。来月からはこれの倍は来るよ」
「マジっすか。キツいっすね」
「桂っちはクリスマスの前に、大学祭だっけ」
「はい! 次の土日です。初めての大学祭なんで超楽しみで!」
「どこまわるとか決めてんの?」
「みんなと屋台でおいしいモン食べよって話してます。あ、駿河が見たいライブあるらしくてそれも」
「へぇー! 駿河っち、バンドとか興味あるんだ。意外~」
駿河っちは、近くの本屋でバイトしてる桂っちの男友達だ。くせ毛の黒髪、黒縁メガネをかけてて、いかにもマジメって感じ。桂っちとは大学も、住んでるマンションも同じ。部屋が隣同士らしくて、時間が合うときは迎えに来て一緒に帰っている。でも、恋人同士っていう訳じゃなく、あくまで「友達の一人」と言い張るのは桂っち。駿河っちの方はそうじゃないってのは、こないだチラっと話した時に確定した。青春だわ~なんて年甲斐もなく思ったり。
「ホント意外っすよねぇ! ワタシも話聞いたときはビックリでしたよ。今、そのバンドの曲、ちょこちょこ聞いてるんですけど、結構良くて」
「へぇー。ヘドバンとかしちゃうの?」
「そういう方向のロックじゃないっすね」
「ってか、駿河っちがヘドバンしたらビビるわ」
「それはめちゃくちゃ面白すぎてムリっす」
「とりま、楽しんできて。日曜は昼からバイトよろ~」
「もちろん頑張ります!」
そろそろ店を開ける時間だ。今日も店長として一日働く。それがもう何年も変わらない、アタシの生活。
その週の土曜日、今日は昼から閉店までのシフト。一人暮らしだから出発ギリギリまで寝るってワケにもいかない。朝、ちゃんと起きて掃除洗濯終わらせておく。学生時代は遅刻ばっかやらかしてた人間とは思えないほど、しっかりした大人になったって我ながら思う。
店の裏に到着して「さて今日もがんばろ」と、ヘルメットを外した瞬間だった。
「お姉さん、すいません」
通りかかった黄色い車体のバンの窓から顔が出て来た。栗色のウェーブパーマをなびかせた、年齢は四十代くらいのおじさん。
「何すかぁ?」
「ここってどう行くかわかります?」
差し出されたスマホの画面には地図が表示されている。
「喜志芸術大学っていう学校なんだけど」
「あー、喜志芸ね」
「自分も、息子もそこの出身者だってのに、車で行ったことないもんだから、迷っちゃって」
恥ずかしそうに頭を掻く。喜志芸は店の近くにある芸術専門の大学。桂っちと駿河っちが通っているのもココだ。
「喜志芸なら……あー、アタシ、地図見て説明すんのニガテなんだよねー。だから、後ろついてきてくれます? 直接案内する」
「いいの? 今から出勤っぽい感じだったけど」
「いいっすよ。喜志芸ならこっからならすぐだし。ちょっと中にいる他のスタッフに事情話してくるんで」
店の中にいたやまむぅに事情を説明して、バイクに再びまたがる。
「じゃ、ついてきて」
道案内するなんて初めてだなー。でも喜志芸なら、何度か近くまで行って、花火見たこともあるし。勘を頼りに道を走ったが、問題なく到着した。歩道の道幅いっぱいに人がぞろぞろと歩いていて、学校の方からは賑やかな音楽が漏れ聞こえている。楽しそうでいいなぁ。高校卒業してすぐに社会に出た身からすると、こういうお祭りごとは遠い昔に感じる。
大学は坂の上にあるけど、通学バス以外は進入禁止と言われたから、その下にあった駐車場へ入る。ギリギリ空いてた場所に車を停車させることが出来た。おじさんは降りてきて、頭を深々と下げる。
「ありがとう、お姉さん。助かった」
「これくらい全然」
「間に合わなかったら、たくさんの人に迷惑かかって大惨事になるとこだった。ありがとう」
なんか荷物たくさん積んでるっぽいし、業者の人なのかもしれない。
「後日お礼になにか送らせてもらいたいんだけど」
「えー、そんなんいいっすよ」
「いやいや、君は救いの女神だよ!」
「大げさな……。そんじゃあ、これ、アタシの名刺だから。店にでも送っといて」
「木村さんね……オッケー! ちょっと遅くなるかもしれないけど、絶対送るから~」
おじさんと別れたあと、アタシは大急ぎで店へと戻る。
「お礼はいらないって言ったけど、あの感じだとなんかもらえそうでラッキー」
なんてその時は思ったけど、それから音沙汰はなかった。アタシ自身もクリスマスにお正月、バレンタインにホワイトデーと店が忙しくて、すっかり記憶の奥底へと押しやられていった。
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