【6】冬の日の恋人たち【完結】

ホズミロザスケ

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第四章 咲/Be with you

第一話 Be with you

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『わっ! すごーい! 本当に開けたんだ!』
「すごいだろ~!」
 ワタシはスマホのカメラを近づけ、ビデオ通話している真綾まあやにファーストピアスをつけている耳を交互に見せる。家にいる真綾は、すっぴんで、たまにずり落ちるメガネを上げながら、ワタシの耳をじーっと見てくれている。
『これからオシャレの幅広がって楽しそうだね』
「おう。イヤリングの時より失くす頻度も減りそうだし。だけど、一か月間はファーストピアスのままでって言われた」
『そっかぁ。ねぇねぇ、穴開けるの痛くなかった?』
「開けるのは秒だったけど、そのあとが痛いのなんのって」
『やっぱり痛いんだ……』

 クリスマスが終わって数日後。総一郎そういちろうが予約してくれた病院で耳たぶに穴を開けた。先生から「どちらからされます?」と訊かれ、総一郎が手を挙げた。すぐに両耳開け終わり、結構平然としていた。けれど、目には涙がいつもより多く膜を張り、潤んでいた。
次はワタシの番だ。そう思うとバクバクと心臓が鼓動を早めた。
えみさん大丈夫ですか?」
 顔面真っ青になっていたらしいワタシを、総一郎はかなり心配した表情で見ている。ここで強がったり、冗談で和ます余裕などなく、
「手、つないでて……」
「わかりました」
 総一郎の右手を両手で包むように握った。
「はい、じゃあ、一瞬で終わりますからね~」
 と、先生は言うものの、その一瞬が永遠に感じる。そんなロマンチックなもんじゃないんだが。ただピアスをつけたい。それだけなのに。めっちゃ怖いんだけど! 総一郎はもう開けちゃったのに、ワタシがやっぱやめますなんて……。総一郎があんなにお揃いのピアスつけるの楽しみにしてるのに。でも……でも……。
 頭の中で一人格闘していたが、ある瞬間から記憶がない。
 気がつけば総一郎の家のベッドに横たわっていた。
「しばらく放心状態だったのでどうなるかと思いましたよ。ちゃんと穴開いてますから」
 と話す総一郎は、半分安堵、半分思い出し笑いを我慢しているのかよくわかんねぇ顔をしてやがった。ジンジンと痛む耳たぶが触らずともしっかり開いていることを証明していた。

「そういや真綾は神楽小路かぐらこうじの家からもう帰って来たんだな」
『もっと一緒にいたかったんだけど、昨日の夜はバイトがあったから』
「どうだった? 楽しかったか?」
『もぉ、めちゃくちゃ楽しかったよ! 君彦きみひこくんのお気に入りのお店行ったり、お部屋で映画観たり、いっぱい美味しいものも用意してくれたし。あと、クリスマスプレゼントに手袋もらったよ』
 真綾は手袋をつけて、ワタシに見せてくれた。
「神楽小路も手袋だったのか!」
『そうなの! びっくりだよね!』

 ワタシと真綾は一緒にクリスマスプレゼントを探しに行ったのだ。二人でいつも絶対入らない少しお高めのブランドショップへ行き、真綾は黒の革の手袋、ワタシはマフラーを買った。そのあと、お互いに似合うと思ったリップを買ってその場でプレゼントとして渡したり、カフェでお茶したり。あの日もとても楽しかった。
 真綾も神楽小路も手袋渡すなんて、示し合わせたかのようだけど、仲がいいというか、通じ合ってるというか。傍から見ていてただただ微笑ましい。

「しかもカワイイじゃん! よかったなぁ!」
『これからたくさんつけようと思ってる』
「実はワタシももらったんだ。これ」
 わたしは腕を見せる。
『腕時計~⁉』
 丸い文字盤にシルバーバンドの腕時計。クリスマスの朝。バイトに向かう前だった。同じく出勤しようとしていた総一郎が玄関にいたワタシを呼び止めると、手首に巻いてきた。
「これで遅刻しないようにこまめに時間確認してくださいね、だって。まったく総一郎は」
 画面に顔を戻すと、真綾がニヤニヤと笑っている。
「な、なんだよ、その表情は」
『ラブラブだねぇ』
「はぁ⁉」
『咲ちゃんと駿河するがくんって、こう、表立ってはイチャつかないというか、付き合う前と変わらない感じだけど、きっと二人きりの時は違うんだろうなぁ~って』
「ふ、二人きりでもいつもと変わんねぇよ」
『えー? そうなの? もっと仲良くしてるとこ見たいのに』
「見なくていいし! そんなことより、こないだの件、神楽小路何て言ってた?」
『あ! 提案してくれてた駿河くんのお誕生日会のこと、君彦くんも大丈夫だって!』
「おぉっ! ありがと。了解だ」
『三日にわたしのバイト先でケーキ買って、君彦くんと一緒にそっちに行くね』
「真綾、頼んだぞ」

 電話を切ったあと、ベッドに横たわり、腕時計を眺める。まだ傷も汚れもない。すぐ忘れ物しちゃうワタシだからなぁ。外で着脱したらマジで失くすだろうな……。かと言って、家も安心できない。置いた場所すぐ忘れちまうし。しっかりしねぇと……。

 クリスマスが無事に終わったってとこなのに、一月三日は総一郎の誕生日が待っている。
 付き合う前、いつだったか忘れたけど、会話の流れで誕生日の話になった時、総一郎は言っていた。
「僕の家はクリスマスもお正月も誕生日も、ただの一日でしかないので」
 と。
「それに、僕の誕生日は一月三日で、学校は冬休みですし。もし、自由に遊べる環境であっても、お正月なんてみんな忙しいから、祝われることはなかったでしょうね」

 淡々とそう続けて言ってのけた。「かわいそう」というのは少し違うと思った。別に祝うのは強制されたものじゃないし、総一郎の言う通り、誕生日であれ、国が定めた祝日であれ、一日は一日。
 でも、総一郎はあまりにもいろんなことを諦めすぎてる。
 旅行も――それこそ学校行事の修学旅行や遠足さえ「勉強と関係ない」と母親が行かせなかったらしい。学校外で友達と遊ぶことを禁じられて、行事ごとさえ参加できず、ただひたすら一人、机に向かっていた。そう聞いたとき、ワタシの中で怒りがこみ上げた。あまりにも自己中心すぎじゃないか。なぜ母親は息子をそこまで縛りつけなくてはいけなかったのか。そんなことしなくたって、真面目な総一郎は勉強しただろうに。そして、父親は見て見ぬふりをし、家庭に背を向けたのか。総一郎はいろんな歯車が狂った、操り人形にされていたようなものだ。
 母親の反対を押し切り、喜志芸を受験・合格し、ようやく実家と決別する覚悟で総一郎はここまで来たんだ。ワタシはそんな彼を応援というか、支えたい。クリスマスイブの日。わたしはそう思った。

 そんなことを考えていると、総一郎からメッセージが届く。
『今からスーパー行きますけど、一緒に来ますか?』
 ワタシは「一緒に行く」と返信し、コートを羽織って慌てて外へ出る。もう総一郎は家の前で待っていた。彼の手を取り、階段を降りる。
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