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第三章 真綾/First christmas
第四話 First christmas
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翌朝。わたしは君彦くんの右腕を抱き枕のようにしがみついていた。まどろみの中、腕を触っていると君彦くんの瞼がゆっくり開く。わたしと目が合うと微笑んだ。
「真綾、おはよう」
「おはよう君彦くん」
「よく眠れたか?」
「とっても」
「そうか、良かった。朝食の準備が出来ているはずだ。起きるか」
「うん」
用意を済ませて、食堂へ行く。扉を開けると、いつも食事をしているダイニングテーブルのその後ろに長机が置かれてある。その上にはずらりと食べ物が並んでいた。
「以前、悠太に『真綾は朝食として何を食べているのか』と訊いたことがあってな。『その日によって違う』と言われた。今回は和と洋両方用意したのだが」
「えー!」
たしかに朝ごはん毎日気分で違うのは確かだ。ご飯だったり、パンだったり、時にはうどん食べてるし……。悠太、変なこと言ってなければいいけど……。
洋食はサラダ、スクランブルエッグ、ソーセージ、コーンスープ、焼きたてのクロワッサンとロールパン。
和食は小鉢に入った大豆とひじきの煮物、たまごやき、焼き鯖、ワカメと豆腐のおみそ汁、炊きたての白米。
ドリンクコーナーにはオレンジジュース、ぶどうジュースに加え、緑茶、コーヒー、紅茶は温冷両方用意してくれている。
全部一通りは食べたいという食欲の暴走が止められそうにない。取り皿片手に料理を眺めていると、
「遠慮はいらない。好きなものを好きなだけ食べればいい」
「と言われてもどれから食べようか悩んじゃうよ」
大学がお休みになってから、連日バイトだった。バイトの時はまともに休憩取れず、家帰ってもご飯食べずに倒れこむ日もあった。やっぱりご飯は味わいながら、誰かと食べてる時が一番だなぁ、幸せだなぁと思ったら全メニューを一通り食べた。おいしいというのはもちろんあったけど、食べれてしまった。
「朝食、満足したか?」
「うん、とてもおいしかった!」
「このあとなのだが、少し外へ散歩に出かけないか?」
「いいね! 君彦くんの街歩いてみたかったし」
部屋に戻って、財布やスマホなど最小限の荷物を持ってきていたサコッシュに詰めていると、君彦くんはデスクの上に置いてあった小さな紙袋を手に取った。
「これを」
「ん?」
「クリスマスプレゼント、一日遅くなってしまったが」
「ありがとう! あ! わたしも持ってきてて」
スーツケースの中から紙袋を取り出す。
「ありがとう、真綾」
「今、一緒に開けようよ!」
「ああ」
紙袋の中にはピンクゴールドの包装紙を纏った長方形の箱が入っていた。丁重に剥がし、箱を開けると、ワインレッドの生地で手首のところには白いファーがついている、上品な手袋が入っていた。
「真綾も手袋か」
目を丸くしている君彦くんの手には黒い革の手袋が乗っている。咲ちゃんと天王寺に行って一緒に選んだものだ。艶感が大人っぽくて、君彦くんにピッタリだと思ってこれにした。
「君彦くん、出かける時、手袋はしてないなぁと思ったから……」
「たしかにそうだが……。俺は、真綾を外で待たせてしまうことが多いのでな。寒さが少しでも和らげばと……」
「かぶることってあるんだね」
「面白いこともあるものだ」
小さく笑い合う。早速手袋をはめる。サイズもぴったりだ。わたしが渡した手袋も、君彦くんの手にも馴染んでいるようで安心した。
神楽小路家の敷地外に出ても、とても静かだ。歩いている人も車も少なく、閑静な住宅街とはこういうこというのだろうななんて思う。前にこの辺りを歩いた時は、地図見るのに必死で風景を見ることもなかったもんなぁ。またこうして、恋人として二人で歩いていることをあの日のわたしに伝えてあげたい。
「君彦くんはずっとこの街に暮らしてるの?」
「そうだな。だが、この街に良い思い出はほとんどない」
学校に馴染めず、泣きながら家に逃げ帰っていたと前に君彦くんは話してくれたことがある。出会ったばかりの頃、わたしが距離を詰めようとすればするほど、君彦くんは突き放すような言動が多かった。わたしがいくら仲良くしたいという意志を出していても、君彦くんはきっと怖かっただろう。そう思うと申し訳ない気持ちになる。
「ただ二か所だけ、書店と喫茶店だけは俺の好きな場所だ。そこに真綾も案内したい」
「ぜひぜひ!」
君彦くんのお家から徒歩五分の場所にその店はあった。一見、二階建ての普通のお家だが、一階が本屋さんになっている。雑誌の並んだラックが外に並んでいて、子供向けの絵本やぬり絵が集められた回転ラックもある。昔こういう本屋さん、わたしの家の近くにもあったなぁ。初めてくるのにとても懐かしい気持ちになる。君彦くんが引き戸を開ける。
「らっしゃい~。って、おうおう、君坊じゃないか」
坊主頭の店主さんはカウンターから身を乗り出し、君彦くんを出迎える。
「おはようございます」
「ちょうどよかった。注文してた本届いてるぜ」
「買って帰ります」
「お? 後ろのお嬢ちゃんは?」
「紹介します。恋人の真綾です」
「はじめまして!」
「あっ、えっ……? お、俺ァ、ここの西本書店の西本弘っつーもんだが……」
店主さんは後頭部を「そうかぁ……。君坊がなぁ……」と呟きながら掻いたあと、
「ま、とりあえずゆっくり店内見てくれや」
人と人がすれ違うにも苦労する細い通路、天井あたりまで伸びる本棚は圧迫感がある。お世辞にも広い店舗とは言えない。だけど、木製の本棚は細かな傷やセロテープを貼っていた痕など年季が入っていて、老若男女多くのお客さんを迎え入れて来たことを感じさせる。最初は二人で棚を見てまわっていたけど、途中からバラバラに店内をまわることにした。
一周し終えて、レジに戻ってくると、店主さんと目が合った。
「真綾ちゃんだっけか。アンタは本読むの?」
「はい! 本は大好きです」
「どんなの読む?」
「えっと、特定の作家さんじゃなくてもいいですか?」
「おう」
「今まで読んだ中で特に好きなのは万城目学さんの『かのこちゃんとマドレーヌ夫人』や、柚木麻子さんの『本屋さんのダイアナ』……あ、でも最近は友達にお勧めしてもらった森見登美彦さんにハマってて、今全作読もうとしているところで」
「ほぉ、現代文学好きってワケだな」
うんうんと頷いてから、店主さんはニカっと歯を見せて笑った。
「初対面の俺にも堂々と好きな本を答えられるのは本当に好きな証拠だ」
「えへへ、ありがとうございます」
「俺も君坊も最近の小説はあんま読まねぇんだよな。そのヘンの面白い作品を教えてやると、アイツもきっと喜ぶだろうぜ」
「今度話してみますね」
店主さんは奥の棚で本を探している君彦くんに視線をやると、
「いやぁ……。君坊が恋人連れてここに来てくれる日が来るとは……」
と小さく言う。
「貴坊……アイツの父親はよく喋るヤツなのに、君坊は寡黙な子でな。俺が話しかけても頷くか首振るかで。基本、無言で買い物するだけだったけどよ、最近になってようやく話してくれるようになったんだ。あの本はよかったとか感想教えてくれてさ。本当に嬉しくてな」
「そうなんですね」
「きっと真綾ちゃんと出会ったからなんだろうな。今日、ようやく合点が付いたぜ。親でも親戚でもねぇ俺が言うのもナンだが、これからも君坊と仲良くしてやってくれな」
「もちろんです」
と即答すると、店主さんは安心したように笑った。
「真綾、おはよう」
「おはよう君彦くん」
「よく眠れたか?」
「とっても」
「そうか、良かった。朝食の準備が出来ているはずだ。起きるか」
「うん」
用意を済ませて、食堂へ行く。扉を開けると、いつも食事をしているダイニングテーブルのその後ろに長机が置かれてある。その上にはずらりと食べ物が並んでいた。
「以前、悠太に『真綾は朝食として何を食べているのか』と訊いたことがあってな。『その日によって違う』と言われた。今回は和と洋両方用意したのだが」
「えー!」
たしかに朝ごはん毎日気分で違うのは確かだ。ご飯だったり、パンだったり、時にはうどん食べてるし……。悠太、変なこと言ってなければいいけど……。
洋食はサラダ、スクランブルエッグ、ソーセージ、コーンスープ、焼きたてのクロワッサンとロールパン。
和食は小鉢に入った大豆とひじきの煮物、たまごやき、焼き鯖、ワカメと豆腐のおみそ汁、炊きたての白米。
ドリンクコーナーにはオレンジジュース、ぶどうジュースに加え、緑茶、コーヒー、紅茶は温冷両方用意してくれている。
全部一通りは食べたいという食欲の暴走が止められそうにない。取り皿片手に料理を眺めていると、
「遠慮はいらない。好きなものを好きなだけ食べればいい」
「と言われてもどれから食べようか悩んじゃうよ」
大学がお休みになってから、連日バイトだった。バイトの時はまともに休憩取れず、家帰ってもご飯食べずに倒れこむ日もあった。やっぱりご飯は味わいながら、誰かと食べてる時が一番だなぁ、幸せだなぁと思ったら全メニューを一通り食べた。おいしいというのはもちろんあったけど、食べれてしまった。
「朝食、満足したか?」
「うん、とてもおいしかった!」
「このあとなのだが、少し外へ散歩に出かけないか?」
「いいね! 君彦くんの街歩いてみたかったし」
部屋に戻って、財布やスマホなど最小限の荷物を持ってきていたサコッシュに詰めていると、君彦くんはデスクの上に置いてあった小さな紙袋を手に取った。
「これを」
「ん?」
「クリスマスプレゼント、一日遅くなってしまったが」
「ありがとう! あ! わたしも持ってきてて」
スーツケースの中から紙袋を取り出す。
「ありがとう、真綾」
「今、一緒に開けようよ!」
「ああ」
紙袋の中にはピンクゴールドの包装紙を纏った長方形の箱が入っていた。丁重に剥がし、箱を開けると、ワインレッドの生地で手首のところには白いファーがついている、上品な手袋が入っていた。
「真綾も手袋か」
目を丸くしている君彦くんの手には黒い革の手袋が乗っている。咲ちゃんと天王寺に行って一緒に選んだものだ。艶感が大人っぽくて、君彦くんにピッタリだと思ってこれにした。
「君彦くん、出かける時、手袋はしてないなぁと思ったから……」
「たしかにそうだが……。俺は、真綾を外で待たせてしまうことが多いのでな。寒さが少しでも和らげばと……」
「かぶることってあるんだね」
「面白いこともあるものだ」
小さく笑い合う。早速手袋をはめる。サイズもぴったりだ。わたしが渡した手袋も、君彦くんの手にも馴染んでいるようで安心した。
神楽小路家の敷地外に出ても、とても静かだ。歩いている人も車も少なく、閑静な住宅街とはこういうこというのだろうななんて思う。前にこの辺りを歩いた時は、地図見るのに必死で風景を見ることもなかったもんなぁ。またこうして、恋人として二人で歩いていることをあの日のわたしに伝えてあげたい。
「君彦くんはずっとこの街に暮らしてるの?」
「そうだな。だが、この街に良い思い出はほとんどない」
学校に馴染めず、泣きながら家に逃げ帰っていたと前に君彦くんは話してくれたことがある。出会ったばかりの頃、わたしが距離を詰めようとすればするほど、君彦くんは突き放すような言動が多かった。わたしがいくら仲良くしたいという意志を出していても、君彦くんはきっと怖かっただろう。そう思うと申し訳ない気持ちになる。
「ただ二か所だけ、書店と喫茶店だけは俺の好きな場所だ。そこに真綾も案内したい」
「ぜひぜひ!」
君彦くんのお家から徒歩五分の場所にその店はあった。一見、二階建ての普通のお家だが、一階が本屋さんになっている。雑誌の並んだラックが外に並んでいて、子供向けの絵本やぬり絵が集められた回転ラックもある。昔こういう本屋さん、わたしの家の近くにもあったなぁ。初めてくるのにとても懐かしい気持ちになる。君彦くんが引き戸を開ける。
「らっしゃい~。って、おうおう、君坊じゃないか」
坊主頭の店主さんはカウンターから身を乗り出し、君彦くんを出迎える。
「おはようございます」
「ちょうどよかった。注文してた本届いてるぜ」
「買って帰ります」
「お? 後ろのお嬢ちゃんは?」
「紹介します。恋人の真綾です」
「はじめまして!」
「あっ、えっ……? お、俺ァ、ここの西本書店の西本弘っつーもんだが……」
店主さんは後頭部を「そうかぁ……。君坊がなぁ……」と呟きながら掻いたあと、
「ま、とりあえずゆっくり店内見てくれや」
人と人がすれ違うにも苦労する細い通路、天井あたりまで伸びる本棚は圧迫感がある。お世辞にも広い店舗とは言えない。だけど、木製の本棚は細かな傷やセロテープを貼っていた痕など年季が入っていて、老若男女多くのお客さんを迎え入れて来たことを感じさせる。最初は二人で棚を見てまわっていたけど、途中からバラバラに店内をまわることにした。
一周し終えて、レジに戻ってくると、店主さんと目が合った。
「真綾ちゃんだっけか。アンタは本読むの?」
「はい! 本は大好きです」
「どんなの読む?」
「えっと、特定の作家さんじゃなくてもいいですか?」
「おう」
「今まで読んだ中で特に好きなのは万城目学さんの『かのこちゃんとマドレーヌ夫人』や、柚木麻子さんの『本屋さんのダイアナ』……あ、でも最近は友達にお勧めしてもらった森見登美彦さんにハマってて、今全作読もうとしているところで」
「ほぉ、現代文学好きってワケだな」
うんうんと頷いてから、店主さんはニカっと歯を見せて笑った。
「初対面の俺にも堂々と好きな本を答えられるのは本当に好きな証拠だ」
「えへへ、ありがとうございます」
「俺も君坊も最近の小説はあんま読まねぇんだよな。そのヘンの面白い作品を教えてやると、アイツもきっと喜ぶだろうぜ」
「今度話してみますね」
店主さんは奥の棚で本を探している君彦くんに視線をやると、
「いやぁ……。君坊が恋人連れてここに来てくれる日が来るとは……」
と小さく言う。
「貴坊……アイツの父親はよく喋るヤツなのに、君坊は寡黙な子でな。俺が話しかけても頷くか首振るかで。基本、無言で買い物するだけだったけどよ、最近になってようやく話してくれるようになったんだ。あの本はよかったとか感想教えてくれてさ。本当に嬉しくてな」
「そうなんですね」
「きっと真綾ちゃんと出会ったからなんだろうな。今日、ようやく合点が付いたぜ。親でも親戚でもねぇ俺が言うのもナンだが、これからも君坊と仲良くしてやってくれな」
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と即答すると、店主さんは安心したように笑った。
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