上 下
11 / 17
第三章 真綾/First christmas

第三話 First christmas

しおりを挟む
 急いで家の中に入る。お父さんの革靴が玄関にない。こないだ「会社の飲み会がクリスマスにあるんだよ~。なんでわざわざクリスマスに……」って愚痴ってたなぁ。リビングに駆け込み、テレビを観ていたお母さんに、
「君彦くん家に前倒しでお泊りに行ってもいい?」
 と勇気を出して言うと、
「え? バイトの後にそのまま行くんじゃなかったの」
 気の抜けた声で訊き返された。なんかこちらもおかしなことになってると困惑していると、
「母さんがああ言ってんだし、早く用意して行って来いよ」
 後ろからやってきた悠太が小声で耳打ちした。わたしは頷くと、帰ってから詰めようと思っていた荷物を急いでまとめた。

 出発しようとするとお母さんと悠太も一緒に外に出て、見送ってくれた。
「君彦くん、お世話させることになってごめんねぇ。はい、これ、お菓子の詰め合わせ。二人で仲良く食べてね」
「ありがとうございます」
「姉ちゃんいない間はのびのび出来るなー」
「わたしがいてもいつものびのびしてるじゃん。家汚しちゃダメだよ」
「は? そこまで子どもじゃねぇし」
「もー。悠太はお姉ちゃんが一日二日でも、いなくなるのは寂しいのね」
「はぁ~? 母さんまでなんだよ! 寂しくなんかねぇよ!」
「じゃあ真綾、ご迷惑おかけしないようにね。いってらっしゃい」
「はーい。それじゃあ、行ってきます!」

 わたしは車に乗せてもらって、神楽小路家へと向かった。到着すると、神楽小路家の執事長・芝田さんが出迎えてくれた。
「君彦様おかえりなさいませ。そして、佐野様、ようこそいらっしゃいました」
「芝田さん、こんな遅い時間に、しかも一日前倒しでお伺いしてしまってすいません」
「いえいえ。アルバイトお疲れさまでした。三日間ゆっくりお過ごしください」
「ありがとうございます、お世話になります」

 君彦くんの後ろをついていき、部屋に入る。君彦くんの部屋には数回お邪魔してるけど、夜入るのは初めてだ。いつも陽の光が入り、手入れされた美しい庭が見える大きな窓は、全てカーテンで閉じられている。濃紺のカーテンの下部には金色の糸で、細かに花の模様が刺繍されて綺麗だ。
「真綾、疲れただろう。風呂入るか?」
「うん。そうさせてもらうね」
 冬とはいえ、今日は忙しくてめちゃくちゃ動いて汗をかいてしまった。とにかく流しておきたい。お言葉に甘えて、先にお風呂を入らせてもらう。
 君彦くんのお部屋の奥には、お風呂もトイレもある。まるでホテルの一室だ。今日も汚れ一つなく磨き上げられていて、使うのが申し訳なく感じてしまうくらいだ。

 今日のために新しく買ったモコモコ素材のルームウェアを身に着けて戻ると、君彦くんはお茶を用意してくれていた。
「俺が入っている間、ゆっくりお菓子でも食べていてくれ」
「わぁ! ありがとう」
 あったかいハーブティーは香りから安らぎをくれる。飲むと体内から温かく、疲れや緊張がほぐれていく。カップの横にはクッキーとサンドイッチまで用意してくれていた。サンドイッチの中に挟まってるレタスは新鮮でパリッとして、ハムとマヨネーズの塩味もほどよいバランスを保っている。クッキーのサクサクした食感とチョコレートチップのしっとりした歯ざわりが楽しい。こんな時間に……と罪悪感はあるけど、あまりの空腹と、おいしさについ手が伸びてしまう。
 身体が温まり、空腹が満たされると次は睡魔が襲ってきた。今座っている革張りのソファもほどよく身体が沈みこむ心地のよさ。「食べてすぐに寝たら豚になるよ!」と散々お母さんから怒られてきたけど、今日ばかりはもう……。
「真綾、こんなところで寝ていては風邪をひく」
「ふがっ!」
 その声に慌てて目を覚ますと、君彦くんが仰向けで寝ていたわたしの顔を上から覗きこんでいた。落ち着きのある藍色のパジャマに上から同じ色のナイトローブを羽織っている。そして、いつもと違うのは……。
「君彦くん、メガネだ!」
 わたしは上半身を勢いよく起き上がらせて、彼の顔を見ようとする。すると君彦くんはゆっくりと顔を逸らしていく。それでも、わたしが逸らした方向にぐっと顔を向けると、勢いよく反対側に向きを変える。
「ゆっくり見たいのに」
「……真綾の言ってた通り、普段見せない姿は少し……恥ずかしいな」
「でしょ? メガネ、とても似合ってるよ」
 わたしがそう言うと、君彦くんはメガネの弦を押し上げた。

 そのあと、ハーブティーを飲みながら、連絡が出来なかった二日間の報告をした。わたしはケーキ屋さんで起きたあれこれを話して、君彦くんは読んだ本の話をしてくれた。お互い話し終え、沈黙が訪れると、わたしはまたうつらうつらとしてしまい、君彦くんの腕に頭をぶつけてしまった。
「あ、ごめんね」
「今日は寝るか」
「え……でも……」
「真綾の瞼が重く閉じている」
「そ、そんなことないもん」
 親指と人差し指で無理やり目を開いて見せるが、手を離すと瞼が閉じていく。
「あと三日も一緒にいられる。焦ることはない」
 渋々頷くしかなかった。船を漕ぎつつ歯磨きをして、君彦くんのベッドにもぐりこむ。二人寝てもまだまだ余裕がある広いベッドにいるのに、わたしは君彦くんに抱き寄せられ、腕の中におさまっている。いつもの香水じゃない、せっけんの匂い。触れた部分から伝わってくる体温、胸の鼓動。まだ寝ていないのに、夢の中のような気がする。やさしく髪を撫でられている間に眠りについた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【10】はじまりの歌【完結】

ホズミロザスケ
ライト文芸
前作『【9】やりなおしの歌』の後日譚。 11月最後の大安の日。無事に婚姻届を提出した金田太介(カネダ タイスケ)と歌(ララ)。 晴れて夫婦になった二人の一日を軸に、太介はこれまでの人生を振り返っていく。 「いずれ、キミに繋がる物語」シリーズ10作目。(登場する人物が共通しています)。単品でも問題なく読んでいただけます。 ※当作品は「カクヨム」「小説家になろう」にも同時掲載しております。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

僕とコウ

三原みぱぱ
ライト文芸
大学時代の友人のコウとの思い出を大学入学から卒業、それからを僕の目線で語ろうと思う。 毎日が楽しかったあの頃を振り返る。 悲しいこともあったけどすべてが輝いていたように思える。

坂の上の本屋

ihcikuYoK
ライト文芸
カクヨムのお題企画参加用に書いたものです。 短話連作ぽくなったのでまとめました。 ♯KAC20231 タグ、お題「本屋」  坂の上の本屋には父がいる ⇒ 本屋になった父親と娘の話です。 ♯KAC20232 タグ、お題「ぬいぐるみ」  坂の上の本屋にはバイトがいる ⇒ 本屋のバイトが知人親子とクリスマスに関わる話です。 ♯KAC20233 タグ、お題「ぐちゃぐちゃ」  坂の上の本屋には常連客がいる ⇒ 本屋の常連客が、クラスメイトとその友人たちと本屋に行く話です。 ♯KAC20234 タグ、お題「深夜の散歩で起きた出来事」  坂の上の本屋のバイトには友人がいる ⇒ 本屋のバイトとその友人が、サークル仲間とブラブラする話です。 ♯KAC20235 タグ、お題「筋肉」  坂の上の本屋の常連客には友人がいる ⇒ 本屋の常連客とその友人があれこれ話している話です。 ♯KAC20236 タグ、お題「アンラッキー7」  坂の上の本屋の娘は三軒隣にいる ⇒ 本屋の娘とその家族の話です。 ♯KAC20237 タグ、お題「いいわけ」  坂の上の本屋の元妻は三軒隣にいる ⇒ 本屋の主人と元妻の話です。

cherry 〜桜〜

花栗綾乃
ライト文芸
学校の片隅に植えられていた、枝垂れ桜。 その樹に居座っていたのは、同じ年齢に見える少女だった。 「つきましては、一つ、お頼みしたいことがあるのです。よろしいですか」

演じる家族

ことは
ライト文芸
永野未来(ながのみらい)、14歳。 大好きだったおばあちゃんが突然、いや、徐々に消えていった。 だが、彼女は甦った。 未来の双子の姉、春子として。 未来には、おばあちゃんがいない。 それが永野家の、ルールだ。 【表紙イラスト】ノーコピーライトガール様からお借りしました。 https://fromtheasia.com/illustration/nocopyrightgirl

生意気な後輩が嫁になりたがっている

MiYu
ライト文芸
主人公、神門煉(みかどれん)は、バスケ部に所属している。今年入学してきた後輩女子こと、霧崎悠那(きりさきゆな)が煉に迫って来るどころか求婚してくる

もう一度、キミと冬を過ごしたい

久住子乃江
ライト文芸
山下夏樹は、過去の出来事から自分を責め、人との関わりを絶ってきた。友達も作らずに高校生活を過ごしていた夏樹は、会ったこともない先輩、水無華蓮に話しかけられる。 いきなり告白され、自分が変わるきっかけになるかもしれないと思い、付き合ってみることにした。 華蓮と過ごす中で、夏樹に変化が見られたとき、『ミライのボク』を名乗る人物からメールが届く。 そのメールに書かれている内容通りの未来がやってくることになる。 果たして、そのメールは本当に未来の自分からなのだろうか? そして、華蓮の秘密とは──

処理中です...