【6】冬の日の恋人たち【完結】

ホズミロザスケ

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第三章 真綾/First christmas

第二話  First christmas

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 すっかり夜も更けて、人通りもまばらになったころ、ようやくシャッターを下ろす。店長はスタッフ全員をバックヤードに集めた。
「今年はレジ誤差や商品のお渡し間違いなどのトラブルもなく、加えて廃棄処分も少なく、本当に良い結果が残せたんじゃないかと思います。みんなの頑張りは来月の給与にしっかり反映されると思うので楽しみにしてもらって。今日はゆっくり休んでください! お疲れさまでした!」
 店長が深々頭を下げる。
「お疲れさまでした!」
 と声を合わせて言い終わったあと、ようやくみんなに安堵の笑顔と、頑張りを称える拍手が自然と起きた。

 外に出る。いつもなら他のスタッフと少し喋ってから帰ったりするけど、今日はみんなくたくただから早々に帰路につく。大きく伸びをして、深呼吸。冷たい冬の寒さが体温を容赦なく奪っていく。けど、今にもパンクしそうだった頭はクールダウン出来た。高校時代から愛用している紺のダッフルコートのチャックもボタンもしっかり留める。よし、帰る準備は出来た。

 でもその前に、スマホ確認しよう。結局、休憩時間に返信出来ないままだし。待ち受けにしている京都で撮った君彦くんの写真の上に通知が表示されている。メッセージ……君彦くんだ。
『終わったら電話してくれ』
 すぐ通話のボタンを押す。二コール目で出てくれた。
「もしもし、君彦くん!」
『お疲れ様だな、真綾』
 大好きな人の、たった一言で元気が少しずつわいてくる。
「今、まだバイト先の裏口にいて。でもすぐに帰るよ。帰って、お風呂入ったら改めて電話出来ないかな?」
『その必要はない』
「へ?」
 どういうことだろう。さっきから君彦くんの後ろで車が走り抜ける音が聞こえてる。
「君彦くん、今外出中?」
『そうだな』
「そっかぁ。外にいるなら、このあと電話も無理だよね……」
『そういうことではない』
 んん? 意味が分からない。
『今俺がいるのは、真綾のバイト先の前だからだ』
「えぇ!」

 わたしはスマホを握りしめたまま、店の正面出入口へ向かう。道路に一台の車が停車していて、歩道の柵に浅く腰掛け、背の高い人が一人。街灯に照らされた亜麻色の長い髪で誰だかわかる。
「君彦くん!」
 呼びかけるとその人はわたしの方を見る。君彦くんは微笑んで、駆けていったわたしを抱きとめる。今日も香水の甘い香りがする。
「君彦くんなんでいるの! お泊りさせてもらうのは明日だよ?」
「わかっている。ただ、一目真綾に会いたくなった」
 わたしの髪の毛を掬う手が頬に触れる。
「つめたっ」
「すまない」
 指先まで冷たくなってる彼の手を握る。わたしもそんなに温かくないけど、両手でぎゅっと包むように持つ。
「電話かかってくるまで車の中で待ってたんじゃないの?」
「シャッターが下りるのが見えて、ここで待ってた」
 シャッターが下りた後は売上計算とか在庫確認してたから、かれこれ三十分以上寒空の中で待っててくれたということになる。
「待たせてごめんね」
「俺が勝手に待っていただけだ。ところで真綾、自転車で通勤しているんだろう」
「えっ? うん、そうだけど」
「俺も隣を歩いて真綾の家に行ってもいいか?」
「いいけど、車はどうするの?」
「先に真綾の家へ行ってもらう」
 嬉しいけど、なんだか申し訳ないと思い、運転手さんに会釈すると、にっこりと微笑み、頭を軽く下げた。

 自転車を押しながら、君彦くんと夜の道を歩いていく。冬の夜道は街灯があっても、とても暗く感じる。クリスマスの夜でも、二十三時近くになれば、住宅街に人は歩いていない。二人きりだ。
「わたし、君彦くんにバイトの場所って話したことあったっけ?」
「いいや。場所はさっき悠太に訊いた」
「悠ちゃんに?」
「店に行く一時間ほど前に真綾の家に寄った際に場所を聞いた。自転車通勤していることも。あいつからは『バイト先に押しかけるのか』と呆れられた」
「バイト中に声かけられるのは少し困るけど、閉店後だったから全然気にしないよ。それよりこんな遅い時間にわざわざごめんね」
「俺はまだ活動時間内だ。なんら問題はない。真綾はいつもこんな遅い時間まで働いているのか」
「もう慣れちゃった」
「かといって、夜道を一人とは」
「いつもは自転車で走ってるから。まあ、暗いし、少しも怖くないというわけじゃないけどね」
「そうか……。俺は登校する以外家にいる。もし恐怖を感じるのなら俺がいつでも付き添うからな」
「ありがとう」
 こんな真っ暗な夜道を一緒に歩いてくれたなら、どれだけ心強いか。君彦くんの横顔を眺めながら、歩いていると家に到着していた。自転車を片付け、君彦くんに頭を下げる。
「送ってくれてありがとうね」
「これくらいどうってことはない」
「明日、お泊り楽しみにしてるから」
「うむ。俺も楽しみにしている」
 どちらからともなく、互いの顔が近づいていき、唇に軽く触れる。
 君彦くんとは明日になれば二日間も一緒に過ごせる。だけど、今、このまま一緒にいられるなら………。いやいや、それはさすがに……。と頭の中では思っていたのに、気がつけば君彦くんのコートの裾を握っていた。
「真綾?」
「えっと……」
「どうした?」
「……お泊りするの、今からじゃダメ?」
 君彦くんは目を一瞬丸くして、
「来てくれるのなら、俺は歓迎するが……」
 そう言うと、髪をかきあげた。そんなワガママ通るはずないと思ったから、わたしはびっくりして、少し固まった。
「あ、ありがとう! あ! ちゃんとお父さんとお母さんには今から説明するから。もしそれでだめなら、約束通り明日からにする」
「わかった。真綾がちゃんと了解を得られたなら一緒に俺の家に行こう」
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