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おわりと新たなはじまり

第三十六話(最終回) おわりと新たなはじまり

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 食べ終わってしゃべっていると、佐野はスマホを見て「えっ!」と声を上げた。
「どうしたんだよ、真綾」
「わたしと神楽小路くんが次に受ける授業、休講だって」
「うらやましー! ワタシと駿河が受けるやつは?」
「今のところ、この授業だけが休講だね」
「嫌だー!」
「俺は四限も授業があるからここに残ってプロットでも考える。佐野真綾、お前はどうする?」
「わたしもまだ授業あるから、このまま一緒にいる」
「そうか、わかった」
「やーだーよ。ワタシも休みてぇよ」
「ダメです。調子乗ってたら単位落としますよ。もういい時間ですし。ほら、さっさと行きましょう。では、僕らはここで失礼しますね」
 駿河に引きずられるように桂は連行されていった。

「最後まで騒がしかったな」
「そうだね。楽しかった」
 三限目の授業が始まるため、食堂からぞろぞろと学生は出ていき、静けさが広がる。
 残された二人はただ横並びで互い目を合わさず座っている。土曜日の出来事を思い出すと、少し照れくささが残っている。
「作品、無事に完成して良かったね」
「ああ、とりあえず安心した。次の授業で提出する。今年はあと一作から二作書ければと思っているが」
「無理しない程度にね」
「ああ、もちろんだ」
「もしよかったら作品読ませてね」
「そう言われると思った」
 神楽小路は佐野にコピーした小説を渡した。
「わたし、まだ神楽小路くんの小説読んだことなかったから嬉しい! 家でゆっくり読むね」
 嬉しそうに表紙を眺める佐野を、神楽小路は頬杖つきながら見つめる。
「まったく、何が起きるかわからんな」
「え?」
「いつも一人だった俺が誰かとこうして一緒にいるとは。入学間もない自分に言っても信じないだろうな」
「わからないものだよね。わたしだっていつかこの人と話せたらなって思ってた人と今こうして一緒にいられるんだもん。あのペンケースのことがなかったら、きっと神楽小路くん話しかけずに卒業したかもしれない」
「佐野真綾が声をかけてこなかったら、俺もこんなに人と話すことなく卒業どころか死んでいってたかもな……ん?」

 神楽小路は長らく引っかかっていたある事項を思い出す。
「ペンケースと言えば、なぜ佐野真綾はあの場所にいたんだ?」
「へ!?」
「たしか違う授業を受けていたはずだろう?」
「それは……神楽小路くんの後ろついていってて……」
 顔を真っ赤に染め上げながら、佐野は続ける。
「あの日、わたしも授業終わって、英語の授業に向かってたら、前に神楽小路くんが歩いてて。そしたら、慌てたように早足で引き返すから、何事かと思ってついていったの。で……」
「俺がペンケースをどうやって取りに行くか悩んでいることに気づいたということか」
「うん。最初は『なにしてんだろう』って思ってたんだけど、『このペンケース誰のだろ?』って女の子たちが話してるのが聞こえたし、手に持ってるのが神楽小路くんのだったから、話しかけづらいのかなって」
「なるほどな。それで俺の代わりに取りに行ってくれたのか」
 小さく頷く佐野。
「あの日は緊張したよ。怖い人だったらどうしようとか」
「緊張しているようには見えなかったがな」
 何度思い出しても、佐野はいつも通りの笑顔で声をかけてきたように神楽小路は思う。しかし、彼女は勇気を出して笑顔で近づいたのかと思うと、いかに自分が無愛想かを痛感する。「神楽小路くんは覚えてないと思うんだけど、三月の後半にあった入学説明会があったでしょ? 文芸学科はこういうところだよとか、主な教授陣の挨拶だったりとか」
「そんなものもあった気がする」
「その時、座った順、なんなら教室も英語の授業と同じで。あの日も隣にいたんだよ」
「……すまない、覚えてない」
「だって、神楽小路くんずっと窓の外見てたもん」
 そう言うと佐野は小さく笑った。
 あの頃の神楽小路といえば、周りの同級生となる学生など一ミリたりとも見てるはずもなく。資料はすべてもらったのだから、早く帰りたい。そう思ってずっとぼんやりとしていたのだった。あの日の神楽小路が今の神楽小路を見たなら、信じるだろうか? きっと信じることはない。

「こうしてお話しして、仲良くなれて、だから……。わたしはね、神楽小路くんが窓の外見ていたあの日から、ずっと好きだったんだよ」
 そう言って恥ずかしそうにうつむく佐野と、目を丸くして言葉が出ない神楽小路。廊下を歩く足音、食器を洗う音が二人の間を通っていく。
「しょ、食堂で言うようなことじゃないよね! でも、でもね……」
 言葉を遮るように神楽小路は佐野の肩を抱き寄せた。
「佐野真綾、お前はずっと俺のそばにいて、俺のことを好きでいてくれたのか」
「……うん。ずっと好き。今も大好き」
 そう言うと腕を神楽小路の背中にまわし、抱き返す。
「本当に変わった奴だな」
「そんなこと……」
「俺のことワガママって思ったくせに、それでも一緒にいてよかったのか?」
「……気にしてた?」
「少し」
「ごめんね」と笑う佐野の髪を撫で、頬を耳元へ近づけた。
「佐野真綾、好きだ。お前がいればどこへでも行ける気がする。新しい景色を一緒に見ていたい。これからも俺のそばにいてくれないか」
「もちろんだよ」
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