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父の肖像
第六話
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背後からバタバタと走る足音と、「総一郎ぉ」と呼びかける女性の……なぜか聞き覚えのある声。
「重ね重ね悪い! 外食、ナシにしてもいい? なんかワタシのお父さんが……」
ダウンにデニム姿。黒のリュックを背負い、長い黒髪を高い位置で括っている。そして、その顔は……。
「咲!?」
「お父さん!?」
「なんで咲がここに?」
「いや、それはこっちのセリフなんだけど?」
喫茶店に響き渡るオレと娘の声。周りの客も店員も一斉にオレたちに視線を向ける。
「とりあえず二人とも落ち着いてください。咲さんは僕の隣、どうぞ」
総一郎と呼ばれた彼が周りに「すいません」と軽く頭を下げ、場は元に戻った。
「咲さん、ここは僕がおごるので好きなもの注文していいですよ」
「え、いいの? じゃあ……すいませーん! メロンフロート一つお願いしまーす」
咲が注文を通した後、三人とも口を閉ざす。これはいったいどういうことだ。混乱するオレ、着席早々スマホをいじる娘。そして、一番気まずいであろう総一郎くん。さっきまであんなに和やかだったというのに……一変して重苦しい。さっき、いろいろ話した手前、オレは何も言えなくなる。
「自己紹介がまだでしたよね。僕は駿河総一郎と申します。咲さんと同じ喜志芸術大学の文芸学科一回生です。咲さんとは昨年の十一月ごろからお付き合いをさせていただいてます。よろしくお願いいたします」
こういうのは父親であるオレが切り出すべきだったと少し恥ずかしく思いながら、
「……えー、咲の父の仁志です。こんなみてくれだが、高校で国語教師をしていて……その、よろしく」
お互い頭を下げる。挨拶が終わると咲はオレを睨みつけた。
「なんでお父さんここにいんの? ってか、ワタシお父さんには総一郎のこと話してないはずだよね? なんで一緒にいんの?」
「そんな一気に訊いちゃ……一つ一ついきましょう」
総一郎くんが宥めると、咲は口を尖らせつつ「わかった」と頷く。
「じゃあ、一つ目。なんでここにいんの?」
「そりゃあ、オマエが正月帰省しないって訊いてだな」
「正月帰らないとは確かに連絡したよ。だけど、春休みまでには帰るって伝えたはずなんだけど」
「え?」
「あーあ。またお母さんの話聞いてなかった感じ?」
「少なくともオレは知らん」
「どーだか。とにかくお母さんから休憩時間に電話来てさ。お父さん、たぶん咲のところに行ったと思うけど、来てない? って。ワタシ、休憩時間潰して、部屋戻って待ってたんだけど」
「すまん。オマエの家がわからなくて」
「はぁ~!?」
「住所をメモしてくるの忘れて」
「忘れっぽいお父さんらしいわ」
眉を顰め、ため息を吐く姿、紗子に似てきやがった……。すると、
「それは咲さんも言えないでしょう……」
総一郎くんはぼやく。
「そうだぞ咲! オマエ、実家いる時どれだけ忘れ物してたか!」
オレもここぞとばかりにこの波に乗り、反撃をすると、咲はふくれっ面になる。
「あー! うるさいうるさい!」
と一蹴したあと、メロンフロートにストローを勢いよく差し込んだ。総一郎くんも咲の忘れっぽさに振り回されてるんだろうな……申し訳ない気持ちだ。
「一番の謎がなんでワタシの彼氏とお茶してんのかってこと!」
オレと総一郎くんは顔を見合わせる。
「オレがたまたま入った書店で話すことがあって……なぁ?」
「そうです。それで、ここで偶然再会したんです」
何一つ嘘を言ってない。咲は半信半疑と言わんばかりの苦い表情を浮かべている。
「二人は何も知らずに世間話してたってワケ?」
「まあ、そうだな」
「そういうことになりますね」
「ふーん。ホントでもウソでも面白い話だな」
そう言って、メロンフロートに浮かぶバニラアイスを口に含む。その際に口の端についたアイスを総一郎くんが紙ナプキンで拭き取ってあげている。
「次、家に帰る時は総一郎と一緒に帰る予定でさ。挨拶省けたな」
「手土産もなく、こんな姿でお目にかかることになってしまって」
「そんなことない。総一郎くんはなにも悪くない」
「そうだぜ? ウチのお父さんなんか、こんな野暮ったい格好だし」
「咲……オマエ!」
「お母さんがコーディネートしないと、ほんとびっくりするくらい変な格好で恥ずかしいんだけど」
「そんなに変じゃないだろう! 動きやすくてだな」
「動きやすさってよく言うけど、別にお父さん運動しないじゃん? どうしてそこ重視すんの? わかんね~」
「い、今はジャンパー着るから、中の服なんてどうでもいいだろうがよ」
ああ言えばこう言う……。ああ、まったく誰に似たのか……。
「あの、お、お父様……」
総一郎くんは強いまなざしをこちらに向ける。オレも咲も口を閉じ、思わず姿勢を正す。
「僕は、咲さんを他の誰かに渡すつもりはありません。一生大切にして、添い遂げる覚悟です。それくらい、彼女のことが好きです。しっかり働いて、彼女と家族になりたい。そう考えています。まだ大学生の身分で、こんな未来のことを並べ立てるのも気が早いかもしれません。ですが……」
「もういい」
「えっ……」
「お父さん?」
「総一郎くんが真剣に咲が好きというのはさっきたっぷり聞いたからなぁ」
と言うと、総一郎くんは顔を真っ赤にし、口をパクパクと開閉する。
「おい! 総一郎、何の話した⁉」
「変な話はしてないです! ただ……」
「ただ?」
「……なんでもないです」
「ちょっ……! 気になるじゃん! 何言ったんだよ!」
「言いません!」
ケンカというよりじゃれ合いだな。咲が家族以外にこんなに自然体なのは、いかに総一郎くんを信頼しているのかがわかる。
「お父さん、何ニヤニヤしてんだよ……!」
「いや。楽しそうでなによりだなって」
「へ!? まぁ……総一郎といるの、楽しいけど……。でも、ニヤニヤすんなよぉ……」
咲は顔をしかめた。
「重ね重ね悪い! 外食、ナシにしてもいい? なんかワタシのお父さんが……」
ダウンにデニム姿。黒のリュックを背負い、長い黒髪を高い位置で括っている。そして、その顔は……。
「咲!?」
「お父さん!?」
「なんで咲がここに?」
「いや、それはこっちのセリフなんだけど?」
喫茶店に響き渡るオレと娘の声。周りの客も店員も一斉にオレたちに視線を向ける。
「とりあえず二人とも落ち着いてください。咲さんは僕の隣、どうぞ」
総一郎と呼ばれた彼が周りに「すいません」と軽く頭を下げ、場は元に戻った。
「咲さん、ここは僕がおごるので好きなもの注文していいですよ」
「え、いいの? じゃあ……すいませーん! メロンフロート一つお願いしまーす」
咲が注文を通した後、三人とも口を閉ざす。これはいったいどういうことだ。混乱するオレ、着席早々スマホをいじる娘。そして、一番気まずいであろう総一郎くん。さっきまであんなに和やかだったというのに……一変して重苦しい。さっき、いろいろ話した手前、オレは何も言えなくなる。
「自己紹介がまだでしたよね。僕は駿河総一郎と申します。咲さんと同じ喜志芸術大学の文芸学科一回生です。咲さんとは昨年の十一月ごろからお付き合いをさせていただいてます。よろしくお願いいたします」
こういうのは父親であるオレが切り出すべきだったと少し恥ずかしく思いながら、
「……えー、咲の父の仁志です。こんなみてくれだが、高校で国語教師をしていて……その、よろしく」
お互い頭を下げる。挨拶が終わると咲はオレを睨みつけた。
「なんでお父さんここにいんの? ってか、ワタシお父さんには総一郎のこと話してないはずだよね? なんで一緒にいんの?」
「そんな一気に訊いちゃ……一つ一ついきましょう」
総一郎くんが宥めると、咲は口を尖らせつつ「わかった」と頷く。
「じゃあ、一つ目。なんでここにいんの?」
「そりゃあ、オマエが正月帰省しないって訊いてだな」
「正月帰らないとは確かに連絡したよ。だけど、春休みまでには帰るって伝えたはずなんだけど」
「え?」
「あーあ。またお母さんの話聞いてなかった感じ?」
「少なくともオレは知らん」
「どーだか。とにかくお母さんから休憩時間に電話来てさ。お父さん、たぶん咲のところに行ったと思うけど、来てない? って。ワタシ、休憩時間潰して、部屋戻って待ってたんだけど」
「すまん。オマエの家がわからなくて」
「はぁ~!?」
「住所をメモしてくるの忘れて」
「忘れっぽいお父さんらしいわ」
眉を顰め、ため息を吐く姿、紗子に似てきやがった……。すると、
「それは咲さんも言えないでしょう……」
総一郎くんはぼやく。
「そうだぞ咲! オマエ、実家いる時どれだけ忘れ物してたか!」
オレもここぞとばかりにこの波に乗り、反撃をすると、咲はふくれっ面になる。
「あー! うるさいうるさい!」
と一蹴したあと、メロンフロートにストローを勢いよく差し込んだ。総一郎くんも咲の忘れっぽさに振り回されてるんだろうな……申し訳ない気持ちだ。
「一番の謎がなんでワタシの彼氏とお茶してんのかってこと!」
オレと総一郎くんは顔を見合わせる。
「オレがたまたま入った書店で話すことがあって……なぁ?」
「そうです。それで、ここで偶然再会したんです」
何一つ嘘を言ってない。咲は半信半疑と言わんばかりの苦い表情を浮かべている。
「二人は何も知らずに世間話してたってワケ?」
「まあ、そうだな」
「そういうことになりますね」
「ふーん。ホントでもウソでも面白い話だな」
そう言って、メロンフロートに浮かぶバニラアイスを口に含む。その際に口の端についたアイスを総一郎くんが紙ナプキンで拭き取ってあげている。
「次、家に帰る時は総一郎と一緒に帰る予定でさ。挨拶省けたな」
「手土産もなく、こんな姿でお目にかかることになってしまって」
「そんなことない。総一郎くんはなにも悪くない」
「そうだぜ? ウチのお父さんなんか、こんな野暮ったい格好だし」
「咲……オマエ!」
「お母さんがコーディネートしないと、ほんとびっくりするくらい変な格好で恥ずかしいんだけど」
「そんなに変じゃないだろう! 動きやすくてだな」
「動きやすさってよく言うけど、別にお父さん運動しないじゃん? どうしてそこ重視すんの? わかんね~」
「い、今はジャンパー着るから、中の服なんてどうでもいいだろうがよ」
ああ言えばこう言う……。ああ、まったく誰に似たのか……。
「あの、お、お父様……」
総一郎くんは強いまなざしをこちらに向ける。オレも咲も口を閉じ、思わず姿勢を正す。
「僕は、咲さんを他の誰かに渡すつもりはありません。一生大切にして、添い遂げる覚悟です。それくらい、彼女のことが好きです。しっかり働いて、彼女と家族になりたい。そう考えています。まだ大学生の身分で、こんな未来のことを並べ立てるのも気が早いかもしれません。ですが……」
「もういい」
「えっ……」
「お父さん?」
「総一郎くんが真剣に咲が好きというのはさっきたっぷり聞いたからなぁ」
と言うと、総一郎くんは顔を真っ赤にし、口をパクパクと開閉する。
「おい! 総一郎、何の話した⁉」
「変な話はしてないです! ただ……」
「ただ?」
「……なんでもないです」
「ちょっ……! 気になるじゃん! 何言ったんだよ!」
「言いません!」
ケンカというよりじゃれ合いだな。咲が家族以外にこんなに自然体なのは、いかに総一郎くんを信頼しているのかがわかる。
「お父さん、何ニヤニヤしてんだよ……!」
「いや。楽しそうでなによりだなって」
「へ!? まぁ……総一郎といるの、楽しいけど……。でも、ニヤニヤすんなよぉ……」
咲は顔をしかめた。
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