【4】ハッピーエンドを超えてゆけ【完結】

ホズミロザスケ

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京都にあなたと

第十九話 京都にあなたと9

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「えっ、何?」
「付き合う前はあんなに俺を振り回したのに、今は俺の顔色を窺っている節がある」
「そうかな……?」
「ああ。お前は俺がグループ制作の課題はしない、授業自体を受けるのを辞めると言った時、しつこくペアを組めと言ってきた。今、同じことが出来るか?」
「それは……出来ない」
 確かに、あの時ほど強く出れない気がする。
 嫌われたくない。君彦くんに嫌だとかダメだって言われたら引き下がる自分の姿が見える。課題制作のペアを組む話を彼にしたとき、嫌われたくないと引き下がっていたら、君彦くんと友達にさえなれなかった。運命が変わる行動だった。

「井の中の蛙、大海を知らず」
「えっ」
「このことわざが、俺にぴったりだった。家の中という狭い井戸の中で、本を読んで一生世界を見ないままずっといるつもりだった。そんな俺を引っ張り出したのは他でもない、真綾、お前だ」
 君彦くんの視線だけで身体を掴まれてしまったかのように、動けなくなる。
「最初は本当に変わった奴だ、どうせすぐに俺に失望すると思っていた。それなのに、お前は気づけばいつもそばにいた。俺のことを俺よりも心配して、人とうまく話せず面白くない奴と言われ続けた俺を面白いと言う。そして、俺のことを好きだと言ってくれた。真綾と出会ってから、驚くことしか起こっていない。そう言われれば、真綾は少々お節介焼きな面もあるかもしれんな。だがそのおかげで俺の知らない発見があるのは確かで、それが楽しい」
 君彦くんはふっと微笑む。
「俺をもっと振り回してみろ。大胆なことをして度肝を抜いてくれ」
「でも、でも……」
「安心しろ。何が起きても、真綾を離すつもりはない。たとえ、お前が俺に飽きても、嫌われたとしても、俺は真綾のことを想い続けるだろう。どうしてこんなに真綾を好きなのだろうな。俺を好いてくれているからか? 予想外の言動をするからか? 何度も考えたがわからん。ただ、お前が愛おしくてたまらない。もっと真綾を知りたい、触れていたい。人生をかけて、お前を幸せにする覚悟はできている。真綾のためなら俺は何でも出来る」
「えっと……!」
 こんなに直球で、甘い言葉の雨……頭の中はキャパオーバーしている。また感情が昂って涙があふれてくる。君彦くんの手を握り、絞り出した言葉は、
「わたしも大好きだよ! もっと仲良くなりたいし、もっと一緒にいたいし、もっと近くにいたい」
 この一言に尽きる。わたしが言いたくて言うのをためらってしまっていた言葉、したいけど出来なかった行動。口にしてわたしは気づく。
「告白したあの日から君彦くんの目を見て言ってなかったね。大好きって」
「そうだな。俺もだ」
「好きって気持ちが通じたことに満足して安心してたのかもしれない。好きって伝わった、ハッピーエンドだ、よかったって。それで終わりじゃないのにね。ごめんね」
「いいや。俺ももっと伝えていれば今日みたいなすれ違いはなかったと思う。すまない」
「ううん。お互いこれからはもっと言い合っていこうね」
「うむ。以心伝心というのも良いとは思うが、真綾の声で真綾の言葉で俺への気持ちが聞けるのはいいな」
 ずっと思っていた気持ちを一気に出してスッキリしているのに、身体は熱い。

「あ、あの」
 突然声をかけられて、二人とも思わず手を離す。入店した時から接客してくれている店員さんだ。
「これ良かったら、お二人で食べてください」
 テーブルに置かれたのは、小皿に乗ったメレンゲを焼いたお菓子だった。
「えっ、良いんですか?」
「店員の休憩時のおやつ用に作ったのですが作りすぎてしまって」
「ありがとうございます!」
 店員さんはわたしが泣き止んでるのを確認して、ほっとしたような表情で一階へ戻っていった。
 焼きメレンゲは軽くて、つまんでいるのにその感覚がないくらい。口に含んで、噛むと一瞬でサクッと割れて、口の中で溶けていく。

「おいしい」
「初めて食べたがうまいな。これはどうやって作るんだ?」
「えーっとね、一度作ろうと思って調べたことがあって……。あ。卵白を泡立てて、それを絞り袋入れて、クッキングシートに乗せてオーブンで焼くの」
「なるほどな。真綾も作れるのか?」
「ごめん……君彦くんに隠してたこと、一個あるんだけど」
「なんだ?」
「わたしね、お菓子だけは作れないの」
「なぜだ? あんなにも美味しい料理を作るではないか」
「お菓子作りはちゃんと指定された分量を守らないと失敗しちゃうんだよ」
「ほう?」
「実は、その……量るのが苦手で……いつも目分量でご飯作ってて……」
「そうなのか?」
「お母さんもお菓子作り不得意で教えてもらわなかったし、器具もなくて。だから、いつもデザートはないでしょ? それは実はそういう理由なの……」
「真綾にも不得意なものがあるのだな」
「不得意なもの、いっぱいあるよ。学生時代、数学や理科は赤点ギリギリだったし、運動音痴だし、虫も苦手で……」
 指折りながら言っていく。このまま言ってしまうと、両手ではおさまらなさそう。
「俺だってたくさんある。料理や、電車に乗ること、人と話すこと……。今は真綾が手助けしてくれるが」
「お互い苦手なことは助け合って、支えあえたらいいね」
「うむ。だから、俺の前では嬉しいことも、嫌なことも何も隠さなくていい。俺も隠さない」
 わたしは笑顔で頷くと、安心したように君彦くんは髪をかきあげた。
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