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京都にあなたと
第十六話 京都にあなたと6
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デート当日。待ち合わせ場所の阪急大阪梅田駅の中央改札前にやってきた。
いつ来ても梅田という場所は人が多い。老若男女、電車もいろんな路線が入り組んでる。地下鉄から人をかき分け到着した。いつも京都は淀屋橋駅から出ている京阪電車に乗る方がアクセスはいいんだけど、あまり電車に乗らない君彦くんと一緒だし、せっかくだから、行きは梅田駅から阪急電車に乗って行くことにした。
服装はこないだ咲ちゃんと一緒に買ったベロアのワンピースにベルト。合皮の編み上げの黒色ブーツ。持って行く荷物最小限にして詰め込んだボルドーのショルダーバッグ。朝晩は寒いから、ショート丈のノーカラーコートを羽織ってきた。そして、後頭部にはバレッタ。前みたいにハーフアップにしてから、くるりんぱでアレンジを加えてみた。
化粧が崩れてないかミラーでさっと確認して、スマホを取り出す。表示された時間は待ち合わせ時間の五分前。君彦くんに到着したって連絡しようとすると画面が切り替わる。表示されたのは神楽小路君彦の文字だ。
「もしもし、君彦くん?」
『ああ。俺だ。今、真綾の姿が見えたと思ってな。人違いだと困るから電話した』
「えっ、どこどこ」
見渡していると、一人の男性がこちらへと歩いてきた。電話を切って、大きく手を振る。
「君彦くん! おはよう!」
「おはよう、真綾。やはり真綾だったか」
君彦くんはわたしの顔を見ると、どこか安心したように微笑んだ。
「いつもと違う雰囲気だったから電話で確認してしまった」
「えへへ、どうかな?」
「とても似合っている」
「君彦くんもいつもとお洋服の感じが違うね!」
いつもはスーツにシャツを着ていることが多い君彦くん。今日はベージュのトレンチコートに黒のタートルネックニット。秋らしさが漂うこげ茶のチェック柄ズボン。革靴はいつも通りだけど、カジュアルさのあるローファーだ。髪はゆるく束ねている。
「変か?」
「ううん! とってもカッコいいよ」
「そうか。それならよかった」
「じゃあ行こっか!」
京都河原町駅行の電車に乗り込む。土曜日ということもあって、電車のドアが開くと一斉に席が埋まっていく。二人掛けのクロスシートをなんとか確保できた。
「君彦くんは窓側に座って」
「わかったが、なぜだ?」
「あまり電車乗らないって言ってたから。風景見るの楽しいよ」
「ふむ」
走り始めると、君彦くんは風景に目を奪われていた。
「確かに車から見るのとは少し違う感覚だな。数分ごとに駅に停車するのも電車ならではだろう」
「でしょ」
「電車内もとても興味深い。つり革があって、同じ方向を向いて、定刻通りに走る電車に多くの他人と乗り合わせている。不思議だ」
目を輝かせて眺めている君彦くんの横顔は幼い少年のように感じた。
駅に着くと、午前十時半を少し過ぎたところだった。地下にある改札を抜け、階段を上り地上に上がると、人も車も行きかう賑やかな通りに出た。
「どこから行こうかな」
行きたいところに印をつけた地図片手に唸る。君彦くんも覗きこむ。
「たくさん印つけてきたんだな」
「河原町周辺で調べてたらおいしそうなお店がたくさんあって……。あ! 食べ物以外のお店も印付けてるから」
「真綾らしいな」
「とりあえず、印付けた中で一番遠い下鴨神社から行ってみよう」
「わかった」
土曜日ということもあり、バス乗り場は観光だと思われる大きな荷物を持った人たちで混雑していた。
この風景、見覚えがあると、わたしの脳内にある記憶がじわりと蘇る。そうだ。小学校の時、遠足で京都に来た。高学年ということもあり、各自バスを乗り継いで観光地にいる先生からスタンプをもらって、ゴールを目指すというのがあった。バスが本当に多くて、どれに乗れば目的地に着くのか。いくらしおりをもらってるとはいえ、わからなくなって、班のみんな半泣きでまわったことを思い出した。
あの頃より、観光客は増えてるし。地図を再確認すると、河原町から下鴨神社や鴨川デルタの方は一本道、ただひたすら歩くだけでいいようだ。
「君彦くんが良ければ、鴨川沿いを歩いて下鴨神社向かうことにしてもいいかな」
「うむ」
「あ、あと、手つないでもいい?」
「かまわん」
歩道の路肩に植えられている木々の高さが低く、頭にバシバシ当たる。わたしは良いとして、わたしより背が高い君彦くんの髪が枝に引っかかったら大変だ。橋の横にスロープを見つける。
「川の近くの道を行こう」
スロープを降りると、川沿いにはテレビや雑誌で見た通り、仲睦まじいカップルが何組も等間隔に座っている。青に薄い雲がかかった晴れの空の下を歩く。今日に限って太陽から降り注ぐ日差しは強く、直射で当たる川べりは歩くだけで汗がにじみ出る。二人ともコートを脱いで持って歩く。でも、少し陰に入ったり、風が吹くと冷たさを感じる。
最初は意気揚々と歩いていたわたしたちだったけど、いつの間にか口数は減り、ひたすら歩く。歩けど歩けど、川は続く。川の説明が書かれた看板の前で立ち止まる。まだあと橋を四つほど超えないと鴨川デルタにはたどり着かないようだ。水分を補給し、汗をぬぐう。
「君彦くん。ごめんね。思ってたより遠くて」
「かまわん。俺は面白いと思っている」
「え?」
「周りを見渡してみろ」
老若男女、いろんな人が川の周りにいる。ベンチに座ってご飯を食べている人、犬の散歩をしている人、寝ている人。向こう岸でテントを張ってる人もいる。どこかからトランペットの音も聞こえる。きっと練習をしているのだろう、メロディーラインは不安定だ。
「いろんな人間がいる。わざわざ鴨川に来なくてもいいものを、まるでここに引き寄せられたかのような。ここにはそういう力があるんだろうな」
人と距離を置いていた君彦くんが、こうやって他の人に興味を持っている。初めてあった時とは違う、目に光がある。さっき電車の窓を見ていた時だって。好奇心にあふれてて、そんな彼がさらに綺麗だと思う。
「楽しんでもらえてるならよかったよ」
そうして歩くことさらに十五分以上。合計時間五十分、ようやく鴨川デルタが見えた。ここは賀茂川と高野川が合流する地点。デルタの上に行くにはもう少し歩いて回り込まないといけないようだ。
川に近づくと、向こう岸を繋ぐ石が置かれていて、その中に数点亀の形をした石像が置かれている。
「亀の石かわいいね」
しゃがみこむと、カメラのシャッター音がした。びっくりして振り向くともう一回シャッター音。君彦くんがスマホを構えていた。
「君彦くんが写真を撮るところ初めて見た」
「駿河から言われた。良いなと思った瞬間があれば、写真に収めるといい。思い出が増えて、何度も見返せると」
そう言えば、駿河くんもご飯一緒に食べた時、写真撮ってる姿見たなぁ。元々写真好きなのか、はたまた咲ちゃんの影響だろうか。
「君彦くんも写真撮ってあげる」
「俺は……」
「咲ちゃんに駿河くん、お父様やお母様に送ったらきっと喜んでくれるよ」
「そうか?」
「そうだよ! だから、ね?」
なによりわたしが君彦くんの写真が欲しいというのは恥ずかしくて言えない。石の上に立つと、風が吹き、君彦くんの髪やコートの裾がなびく。これだけでも画になると、視線を奪われる。
「真綾?」
「あっ、撮るよ」
わたしの方を見て笑いかけてくれる。わたしのスマホに君彦くんの写真が保存される。こんな日が来るなんて、あの春の日には考えたこともなかった。
いつ来ても梅田という場所は人が多い。老若男女、電車もいろんな路線が入り組んでる。地下鉄から人をかき分け到着した。いつも京都は淀屋橋駅から出ている京阪電車に乗る方がアクセスはいいんだけど、あまり電車に乗らない君彦くんと一緒だし、せっかくだから、行きは梅田駅から阪急電車に乗って行くことにした。
服装はこないだ咲ちゃんと一緒に買ったベロアのワンピースにベルト。合皮の編み上げの黒色ブーツ。持って行く荷物最小限にして詰め込んだボルドーのショルダーバッグ。朝晩は寒いから、ショート丈のノーカラーコートを羽織ってきた。そして、後頭部にはバレッタ。前みたいにハーフアップにしてから、くるりんぱでアレンジを加えてみた。
化粧が崩れてないかミラーでさっと確認して、スマホを取り出す。表示された時間は待ち合わせ時間の五分前。君彦くんに到着したって連絡しようとすると画面が切り替わる。表示されたのは神楽小路君彦の文字だ。
「もしもし、君彦くん?」
『ああ。俺だ。今、真綾の姿が見えたと思ってな。人違いだと困るから電話した』
「えっ、どこどこ」
見渡していると、一人の男性がこちらへと歩いてきた。電話を切って、大きく手を振る。
「君彦くん! おはよう!」
「おはよう、真綾。やはり真綾だったか」
君彦くんはわたしの顔を見ると、どこか安心したように微笑んだ。
「いつもと違う雰囲気だったから電話で確認してしまった」
「えへへ、どうかな?」
「とても似合っている」
「君彦くんもいつもとお洋服の感じが違うね!」
いつもはスーツにシャツを着ていることが多い君彦くん。今日はベージュのトレンチコートに黒のタートルネックニット。秋らしさが漂うこげ茶のチェック柄ズボン。革靴はいつも通りだけど、カジュアルさのあるローファーだ。髪はゆるく束ねている。
「変か?」
「ううん! とってもカッコいいよ」
「そうか。それならよかった」
「じゃあ行こっか!」
京都河原町駅行の電車に乗り込む。土曜日ということもあって、電車のドアが開くと一斉に席が埋まっていく。二人掛けのクロスシートをなんとか確保できた。
「君彦くんは窓側に座って」
「わかったが、なぜだ?」
「あまり電車乗らないって言ってたから。風景見るの楽しいよ」
「ふむ」
走り始めると、君彦くんは風景に目を奪われていた。
「確かに車から見るのとは少し違う感覚だな。数分ごとに駅に停車するのも電車ならではだろう」
「でしょ」
「電車内もとても興味深い。つり革があって、同じ方向を向いて、定刻通りに走る電車に多くの他人と乗り合わせている。不思議だ」
目を輝かせて眺めている君彦くんの横顔は幼い少年のように感じた。
駅に着くと、午前十時半を少し過ぎたところだった。地下にある改札を抜け、階段を上り地上に上がると、人も車も行きかう賑やかな通りに出た。
「どこから行こうかな」
行きたいところに印をつけた地図片手に唸る。君彦くんも覗きこむ。
「たくさん印つけてきたんだな」
「河原町周辺で調べてたらおいしそうなお店がたくさんあって……。あ! 食べ物以外のお店も印付けてるから」
「真綾らしいな」
「とりあえず、印付けた中で一番遠い下鴨神社から行ってみよう」
「わかった」
土曜日ということもあり、バス乗り場は観光だと思われる大きな荷物を持った人たちで混雑していた。
この風景、見覚えがあると、わたしの脳内にある記憶がじわりと蘇る。そうだ。小学校の時、遠足で京都に来た。高学年ということもあり、各自バスを乗り継いで観光地にいる先生からスタンプをもらって、ゴールを目指すというのがあった。バスが本当に多くて、どれに乗れば目的地に着くのか。いくらしおりをもらってるとはいえ、わからなくなって、班のみんな半泣きでまわったことを思い出した。
あの頃より、観光客は増えてるし。地図を再確認すると、河原町から下鴨神社や鴨川デルタの方は一本道、ただひたすら歩くだけでいいようだ。
「君彦くんが良ければ、鴨川沿いを歩いて下鴨神社向かうことにしてもいいかな」
「うむ」
「あ、あと、手つないでもいい?」
「かまわん」
歩道の路肩に植えられている木々の高さが低く、頭にバシバシ当たる。わたしは良いとして、わたしより背が高い君彦くんの髪が枝に引っかかったら大変だ。橋の横にスロープを見つける。
「川の近くの道を行こう」
スロープを降りると、川沿いにはテレビや雑誌で見た通り、仲睦まじいカップルが何組も等間隔に座っている。青に薄い雲がかかった晴れの空の下を歩く。今日に限って太陽から降り注ぐ日差しは強く、直射で当たる川べりは歩くだけで汗がにじみ出る。二人ともコートを脱いで持って歩く。でも、少し陰に入ったり、風が吹くと冷たさを感じる。
最初は意気揚々と歩いていたわたしたちだったけど、いつの間にか口数は減り、ひたすら歩く。歩けど歩けど、川は続く。川の説明が書かれた看板の前で立ち止まる。まだあと橋を四つほど超えないと鴨川デルタにはたどり着かないようだ。水分を補給し、汗をぬぐう。
「君彦くん。ごめんね。思ってたより遠くて」
「かまわん。俺は面白いと思っている」
「え?」
「周りを見渡してみろ」
老若男女、いろんな人が川の周りにいる。ベンチに座ってご飯を食べている人、犬の散歩をしている人、寝ている人。向こう岸でテントを張ってる人もいる。どこかからトランペットの音も聞こえる。きっと練習をしているのだろう、メロディーラインは不安定だ。
「いろんな人間がいる。わざわざ鴨川に来なくてもいいものを、まるでここに引き寄せられたかのような。ここにはそういう力があるんだろうな」
人と距離を置いていた君彦くんが、こうやって他の人に興味を持っている。初めてあった時とは違う、目に光がある。さっき電車の窓を見ていた時だって。好奇心にあふれてて、そんな彼がさらに綺麗だと思う。
「楽しんでもらえてるならよかったよ」
そうして歩くことさらに十五分以上。合計時間五十分、ようやく鴨川デルタが見えた。ここは賀茂川と高野川が合流する地点。デルタの上に行くにはもう少し歩いて回り込まないといけないようだ。
川に近づくと、向こう岸を繋ぐ石が置かれていて、その中に数点亀の形をした石像が置かれている。
「亀の石かわいいね」
しゃがみこむと、カメラのシャッター音がした。びっくりして振り向くともう一回シャッター音。君彦くんがスマホを構えていた。
「君彦くんが写真を撮るところ初めて見た」
「駿河から言われた。良いなと思った瞬間があれば、写真に収めるといい。思い出が増えて、何度も見返せると」
そう言えば、駿河くんもご飯一緒に食べた時、写真撮ってる姿見たなぁ。元々写真好きなのか、はたまた咲ちゃんの影響だろうか。
「君彦くんも写真撮ってあげる」
「俺は……」
「咲ちゃんに駿河くん、お父様やお母様に送ったらきっと喜んでくれるよ」
「そうか?」
「そうだよ! だから、ね?」
なによりわたしが君彦くんの写真が欲しいというのは恥ずかしくて言えない。石の上に立つと、風が吹き、君彦くんの髪やコートの裾がなびく。これだけでも画になると、視線を奪われる。
「真綾?」
「あっ、撮るよ」
わたしの方を見て笑いかけてくれる。わたしのスマホに君彦くんの写真が保存される。こんな日が来るなんて、あの春の日には考えたこともなかった。
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