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喜志芸祭とオムライス

第九話 喜志芸祭とオムライス9

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 とは言ったものの、どうしよう。お父様とお母様が待ってらっしゃるし。
 君彦くんに連れられて厨房へ入り、食材を見ていく。お肉も野菜も新鮮なものがたくさん揃っていた。いつも先に何を作るか考えてから買い物行って、余分な食材が出ないようにしてる。好きに使っていいって言われても、やっぱり気が引ける。残さないようにしたい。
「良い食材がなかったか?」
 君彦くんが隣に立つ。
「ううん。むしろ揃いすぎててメニューが絞れなくって」
「そうか」と言うと、君彦くんの眉が少し下がる。
「母さんのワガママで真綾を困らせて申し訳ない」
「大丈夫だよ。お母様も興味を持ってくださって嬉しいから。わたしはプロの料理人じゃないけど、お料理は好きだから。頑張るね」
 意気込むわたしの手を君彦くんはそっと握る。
「俺も一緒にメニューを決める手助けをする」
「ありがと。そうだなぁ……。ねぇ、お二人の好きな食べ物って何かな?」
「うむ……。神楽小路家の人間はみな料理をしないと以前話したと思う」
「そうだね。しないというか、出来ないって」
「ゆえに、食というものに執着がない。好きな食べ物を訊かれて、昔の俺のように困るような人間ばかりだ」
「えっ? あれから君彦くん、好きな食べ物出来たの?」
「真綾の作った料理だ」
「えへへ、照れるなぁ」
「自信をもって言える。だから、父と母にも真綾の弁当の話をしたんだ」
 なんて誇らしいことだろう。にやにやと顔が緩んでしまう。
「話が反れたが、裏を返せば、神楽小路家の人間は舌に合えばなんでも食べるということだ」
「うぅ……メニューで悩んでる時、なんでもという答えが一番困るんだよねぇ」
「すまない……」
「あ、何か思い出の食べ物とか!」
「食卓を囲むのも一年に十回あるかどうかだからな……」
 目を閉じて、一生懸命なにかないか思い出そうとしてくれている君彦くんの苦悶の表情まで美しさがある。見惚れてる場合じゃないんだけど。すると、ゆっくりと目が開く。
「……オムライス」
「オムライス?」
「そうだ。一度だけ、ファミリーレストランとやらに行ったことがある。どういう経緯でだったかまでは覚えてないが、そこでオムライスを食べた。俺はずっと客の多さと賑やかさに怯えていたのだが、父と母はどこか楽しそうだったことを微かに覚えている。……訊かれるまで忘れていたくらいだ。二人とも忘れているだろう」
 君彦くんは家族についてあまり話さない。さっきご両親のご職業を教えてくれたくらいだ。そんなに思い出がない、訊かれるまで忘れていたって言うけど、その少ない思い出を頭の片隅に大事に置いているんだと思う。
「よし! じゃあ、オムライス作ってみる」

 わたしは材料を集める。
 にんじん、たまねぎ、たまご。ご飯の中に入れるお肉を鶏肉にするか、ベーコンにするか、はたまたハムにするか、ソーセージにするかとても悩んだ。けど、ここは家でも作りなれてる薄切りベーコンにした。
「オムライスだけだとちょっと寂しいよね」
 にんじんとたまねぎの余った分をコンソメスープにしたら、具材も余ることなく無駄にならないし。あとは、サラダかな……。
「トイレに行く」と部屋を出ていった君彦くんと入れ替わるように芝田さんが入ってきた。
「佐野様、失礼いたします」
「どうかされましたか?」
「美子様の突然のお願いにお応えしてくださるとは」
「いえいえ。でも驚きました」
「美子様は自由奔放と言いますか、昔から突拍子もないことをおっしゃるので……。お手伝いできることがありましたら、お申しつけください」
「えっ! そんな悪いですよ……」
「先日のカレー、大変美味しゅうございました。それに」
 芝田さんは笑顔を浮かべて続ける。
「あなたと出会ってから君彦様は本当に幸福に満ちた、柔らかな表情を見せることが多くなりました。執事長として長らくこの神楽小路家に仕える身として、私も嬉しいのです」
「そんな、わたしは特に何も……」
「これからも何卒君彦様をよろしくお願いいたします」
「いえいえ、こちらこそです」
 二人で頭を下げていると、
「少し席を立っている間に何があった」
 君彦くんが怪訝な顔をして戻ってきた。

「芝田さんが少しお料理お手伝いしてくださるって」
「それならば、俺も手伝う」
「君彦くんも!?」
「君彦様!?」
「真綾を助けられるなら」
 君彦くんのお願いを蔑ろにするわけにはいかない。
「では、あの、お二人でサラダをご用意していただけませんか? そこまで手が回らなそうなので」
「承知しました。貴彦様と美子様が喜んでくださるよう、お手伝いいたします」
「うむ、頑張る」
「ありがとうございます」
 にんじんとたまねぎをみじん切りにする。早く火を通したい、けど食感は残るように気をつけて細かくする。
 隣で君彦くんが芝田さんに教わりながら、きゅうりを切っている。手つきはおぼつかないが、最初は誰でもそういうものだ。ゆっくりと切っていく。
「君彦くんすごいよ!」
「君彦様、その調子です」
 わたしと芝田さんに褒められて、恥ずかしそうに、でも自信を持ってくれる君彦くんの姿は微笑ましかった。
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