9 / 21
喜志芸祭とオムライス
第九話 喜志芸祭とオムライス9
しおりを挟む
とは言ったものの、どうしよう。お父様とお母様が待ってらっしゃるし。
君彦くんに連れられて厨房へ入り、食材を見ていく。お肉も野菜も新鮮なものがたくさん揃っていた。いつも先に何を作るか考えてから買い物行って、余分な食材が出ないようにしてる。好きに使っていいって言われても、やっぱり気が引ける。残さないようにしたい。
「良い食材がなかったか?」
君彦くんが隣に立つ。
「ううん。むしろ揃いすぎててメニューが絞れなくって」
「そうか」と言うと、君彦くんの眉が少し下がる。
「母さんのワガママで真綾を困らせて申し訳ない」
「大丈夫だよ。お母様も興味を持ってくださって嬉しいから。わたしはプロの料理人じゃないけど、お料理は好きだから。頑張るね」
意気込むわたしの手を君彦くんはそっと握る。
「俺も一緒にメニューを決める手助けをする」
「ありがと。そうだなぁ……。ねぇ、お二人の好きな食べ物って何かな?」
「うむ……。神楽小路家の人間はみな料理をしないと以前話したと思う」
「そうだね。しないというか、出来ないって」
「ゆえに、食というものに執着がない。好きな食べ物を訊かれて、昔の俺のように困るような人間ばかりだ」
「えっ? あれから君彦くん、好きな食べ物出来たの?」
「真綾の作った料理だ」
「えへへ、照れるなぁ」
「自信をもって言える。だから、父と母にも真綾の弁当の話をしたんだ」
なんて誇らしいことだろう。にやにやと顔が緩んでしまう。
「話が反れたが、裏を返せば、神楽小路家の人間は舌に合えばなんでも食べるということだ」
「うぅ……メニューで悩んでる時、なんでもという答えが一番困るんだよねぇ」
「すまない……」
「あ、何か思い出の食べ物とか!」
「食卓を囲むのも一年に十回あるかどうかだからな……」
目を閉じて、一生懸命なにかないか思い出そうとしてくれている君彦くんの苦悶の表情まで美しさがある。見惚れてる場合じゃないんだけど。すると、ゆっくりと目が開く。
「……オムライス」
「オムライス?」
「そうだ。一度だけ、ファミリーレストランとやらに行ったことがある。どういう経緯でだったかまでは覚えてないが、そこでオムライスを食べた。俺はずっと客の多さと賑やかさに怯えていたのだが、父と母はどこか楽しそうだったことを微かに覚えている。……訊かれるまで忘れていたくらいだ。二人とも忘れているだろう」
君彦くんは家族についてあまり話さない。さっきご両親のご職業を教えてくれたくらいだ。そんなに思い出がない、訊かれるまで忘れていたって言うけど、その少ない思い出を頭の片隅に大事に置いているんだと思う。
「よし! じゃあ、オムライス作ってみる」
わたしは材料を集める。
にんじん、たまねぎ、たまご。ご飯の中に入れるお肉を鶏肉にするか、ベーコンにするか、はたまたハムにするか、ソーセージにするかとても悩んだ。けど、ここは家でも作りなれてる薄切りベーコンにした。
「オムライスだけだとちょっと寂しいよね」
にんじんとたまねぎの余った分をコンソメスープにしたら、具材も余ることなく無駄にならないし。あとは、サラダかな……。
「トイレに行く」と部屋を出ていった君彦くんと入れ替わるように芝田さんが入ってきた。
「佐野様、失礼いたします」
「どうかされましたか?」
「美子様の突然のお願いにお応えしてくださるとは」
「いえいえ。でも驚きました」
「美子様は自由奔放と言いますか、昔から突拍子もないことをおっしゃるので……。お手伝いできることがありましたら、お申しつけください」
「えっ! そんな悪いですよ……」
「先日のカレー、大変美味しゅうございました。それに」
芝田さんは笑顔を浮かべて続ける。
「あなたと出会ってから君彦様は本当に幸福に満ちた、柔らかな表情を見せることが多くなりました。執事長として長らくこの神楽小路家に仕える身として、私も嬉しいのです」
「そんな、わたしは特に何も……」
「これからも何卒君彦様をよろしくお願いいたします」
「いえいえ、こちらこそです」
二人で頭を下げていると、
「少し席を立っている間に何があった」
君彦くんが怪訝な顔をして戻ってきた。
「芝田さんが少しお料理お手伝いしてくださるって」
「それならば、俺も手伝う」
「君彦くんも!?」
「君彦様!?」
「真綾を助けられるなら」
君彦くんのお願いを蔑ろにするわけにはいかない。
「では、あの、お二人でサラダをご用意していただけませんか? そこまで手が回らなそうなので」
「承知しました。貴彦様と美子様が喜んでくださるよう、お手伝いいたします」
「うむ、頑張る」
「ありがとうございます」
にんじんとたまねぎをみじん切りにする。早く火を通したい、けど食感は残るように気をつけて細かくする。
隣で君彦くんが芝田さんに教わりながら、きゅうりを切っている。手つきはおぼつかないが、最初は誰でもそういうものだ。ゆっくりと切っていく。
「君彦くんすごいよ!」
「君彦様、その調子です」
わたしと芝田さんに褒められて、恥ずかしそうに、でも自信を持ってくれる君彦くんの姿は微笑ましかった。
君彦くんに連れられて厨房へ入り、食材を見ていく。お肉も野菜も新鮮なものがたくさん揃っていた。いつも先に何を作るか考えてから買い物行って、余分な食材が出ないようにしてる。好きに使っていいって言われても、やっぱり気が引ける。残さないようにしたい。
「良い食材がなかったか?」
君彦くんが隣に立つ。
「ううん。むしろ揃いすぎててメニューが絞れなくって」
「そうか」と言うと、君彦くんの眉が少し下がる。
「母さんのワガママで真綾を困らせて申し訳ない」
「大丈夫だよ。お母様も興味を持ってくださって嬉しいから。わたしはプロの料理人じゃないけど、お料理は好きだから。頑張るね」
意気込むわたしの手を君彦くんはそっと握る。
「俺も一緒にメニューを決める手助けをする」
「ありがと。そうだなぁ……。ねぇ、お二人の好きな食べ物って何かな?」
「うむ……。神楽小路家の人間はみな料理をしないと以前話したと思う」
「そうだね。しないというか、出来ないって」
「ゆえに、食というものに執着がない。好きな食べ物を訊かれて、昔の俺のように困るような人間ばかりだ」
「えっ? あれから君彦くん、好きな食べ物出来たの?」
「真綾の作った料理だ」
「えへへ、照れるなぁ」
「自信をもって言える。だから、父と母にも真綾の弁当の話をしたんだ」
なんて誇らしいことだろう。にやにやと顔が緩んでしまう。
「話が反れたが、裏を返せば、神楽小路家の人間は舌に合えばなんでも食べるということだ」
「うぅ……メニューで悩んでる時、なんでもという答えが一番困るんだよねぇ」
「すまない……」
「あ、何か思い出の食べ物とか!」
「食卓を囲むのも一年に十回あるかどうかだからな……」
目を閉じて、一生懸命なにかないか思い出そうとしてくれている君彦くんの苦悶の表情まで美しさがある。見惚れてる場合じゃないんだけど。すると、ゆっくりと目が開く。
「……オムライス」
「オムライス?」
「そうだ。一度だけ、ファミリーレストランとやらに行ったことがある。どういう経緯でだったかまでは覚えてないが、そこでオムライスを食べた。俺はずっと客の多さと賑やかさに怯えていたのだが、父と母はどこか楽しそうだったことを微かに覚えている。……訊かれるまで忘れていたくらいだ。二人とも忘れているだろう」
君彦くんは家族についてあまり話さない。さっきご両親のご職業を教えてくれたくらいだ。そんなに思い出がない、訊かれるまで忘れていたって言うけど、その少ない思い出を頭の片隅に大事に置いているんだと思う。
「よし! じゃあ、オムライス作ってみる」
わたしは材料を集める。
にんじん、たまねぎ、たまご。ご飯の中に入れるお肉を鶏肉にするか、ベーコンにするか、はたまたハムにするか、ソーセージにするかとても悩んだ。けど、ここは家でも作りなれてる薄切りベーコンにした。
「オムライスだけだとちょっと寂しいよね」
にんじんとたまねぎの余った分をコンソメスープにしたら、具材も余ることなく無駄にならないし。あとは、サラダかな……。
「トイレに行く」と部屋を出ていった君彦くんと入れ替わるように芝田さんが入ってきた。
「佐野様、失礼いたします」
「どうかされましたか?」
「美子様の突然のお願いにお応えしてくださるとは」
「いえいえ。でも驚きました」
「美子様は自由奔放と言いますか、昔から突拍子もないことをおっしゃるので……。お手伝いできることがありましたら、お申しつけください」
「えっ! そんな悪いですよ……」
「先日のカレー、大変美味しゅうございました。それに」
芝田さんは笑顔を浮かべて続ける。
「あなたと出会ってから君彦様は本当に幸福に満ちた、柔らかな表情を見せることが多くなりました。執事長として長らくこの神楽小路家に仕える身として、私も嬉しいのです」
「そんな、わたしは特に何も……」
「これからも何卒君彦様をよろしくお願いいたします」
「いえいえ、こちらこそです」
二人で頭を下げていると、
「少し席を立っている間に何があった」
君彦くんが怪訝な顔をして戻ってきた。
「芝田さんが少しお料理お手伝いしてくださるって」
「それならば、俺も手伝う」
「君彦くんも!?」
「君彦様!?」
「真綾を助けられるなら」
君彦くんのお願いを蔑ろにするわけにはいかない。
「では、あの、お二人でサラダをご用意していただけませんか? そこまで手が回らなそうなので」
「承知しました。貴彦様と美子様が喜んでくださるよう、お手伝いいたします」
「うむ、頑張る」
「ありがとうございます」
にんじんとたまねぎをみじん切りにする。早く火を通したい、けど食感は残るように気をつけて細かくする。
隣で君彦くんが芝田さんに教わりながら、きゅうりを切っている。手つきはおぼつかないが、最初は誰でもそういうものだ。ゆっくりと切っていく。
「君彦くんすごいよ!」
「君彦様、その調子です」
わたしと芝田さんに褒められて、恥ずかしそうに、でも自信を持ってくれる君彦くんの姿は微笑ましかった。
0
お気に入りに追加
2
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
【完結】雨上がり、後悔を抱く
私雨
ライト文芸
夏休みの最終週、海外から日本へ帰国した田仲雄己(たなか ゆうき)。彼は雨之島(あまのじま)という離島に住んでいる。
雄己を真っ先に出迎えてくれたのは彼の幼馴染、山口夏海(やまぐち なつみ)だった。彼女が確実におかしくなっていることに、誰も気づいていない。
雨之島では、とある迷信が昔から吹聴されている。それは、雨に濡れたら狂ってしまうということ。
『信じる』彼と『信じない』彼女――
果たして、誰が正しいのだろうか……?
これは、『しなかったこと』を後悔する人たちの切ない物語。
冬の水葬
束原ミヤコ
青春
夕霧七瀬(ユウギリナナセ)は、一つ年上の幼なじみ、凪蓮水(ナギハスミ)が好き。
凪が高校生になってから疎遠になってしまっていたけれど、ずっと好きだった。
高校一年生になった夕霧は、凪と同じ高校に通えることを楽しみにしていた。
美術部の凪を追いかけて美術部に入り、気安い幼なじみの間柄に戻ることができたと思っていた――
けれど、そのときにはすでに、凪の心には消えない傷ができてしまっていた。
ある女性に捕らわれた凪と、それを追いかける夕霧の、繰り返す冬の話。
ウブな政略妻は、ケダモノ御曹司の執愛に堕とされる
Adria
恋愛
旧題:紳士だと思っていた初恋の人は私への恋心を拗らせた執着系ドSなケダモノでした
ある日、父から持ちかけられた政略結婚の相手は、学生時代からずっと好きだった初恋の人だった。
でも彼は来る縁談の全てを断っている。初恋を実らせたい私は副社長である彼の秘書として働くことを決めた。けれど、何の進展もない日々が過ぎていく。だが、ある日会社に忘れ物をして、それを取りに会社に戻ったことから私たちの関係は急速に変わっていった。
彼を知れば知るほどに、彼が私への恋心を拗らせていることを知って戸惑う反面嬉しさもあり、私への執着を隠さない彼のペースに翻弄されていく……。
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
わかばの恋 〜First of May〜
佐倉 蘭
青春
抱えられない気持ちに耐えられなくなったとき、 あたしはいつもこの橋にやってくる。
そして、この橋の欄干に身体を預けて、 川の向こうに広がる山の稜線を目指し 刻々と沈んでいく夕陽を、ひとり眺める。
王子様ってほんとにいるんだ、って思っていたあの頃を、ひとり思い出しながら……
※ 「政略結婚はせつない恋の予感⁉︎」のネタバレを含みます。
隠れオタクの女子社員は若社長に溺愛される
永久保セツナ
恋愛
【最終話まで毎日20時更新】
「少女趣味」ならぬ「少年趣味」(プラモデルやカードゲームなど男性的な趣味)を隠して暮らしていた女子社員・能登原こずえは、ある日勤めている会社のイケメン若社長・藤井スバルに趣味がバレてしまう。
しかしそこから二人は意気投合し、やがて恋愛関係に発展する――?
肝心のターゲット層である女性に理解できるか分からない異色の女性向け恋愛小説!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる