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喜志芸祭とオムライス

第六話 喜志芸祭とオムライス6

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 その時、君彦くんのスマホが震える。
「電話だ」
 君彦くんは立つと、足早に外へ出ていった。すぐに電話を終えて帰ってきた。
「もうすぐ家の車が到着する」
「そっか……」
 別れる時はいつも寂しくなる。もうタイムアップかぁっていう気持ちになる。
「真綾はこのあとどうするんだ?」
「今日はこのまま家に帰る予定だよ」
「ふむ……」
 顎に手を添え、数秒考えた後、わたしに向き直る。
「もし真綾がよければ俺の家に来ないか?」
「えっ! いいの?」
 君彦くんは頷く。
「もう少し、真綾と話していたい」
 ああ、図書館で眺めることしか出来なかったあの日のわたしが、未来でこんなに仲良くなってるよって教えたら失神するだろうなぁ……。

 到着した君彦くん家の車に乗せてもらう。三、四十分揺られていると、住宅街を抜け、少し小高い丘を登り、神楽小路家が見えてくる。自分の身長よりも何メートルも高い両開きの白い門の前で下ろしてもらう。すると自動で門が開いた。どこかでわたしたちのことをみているのか、君彦くんが非接触で開けれる鍵でも持っていたのかな。とにかくすごい……。

 中に入っていくと石畳の道を歩くと最初に噴水がお出迎え。その周りにはしっかり手入れされた木々や花々が広がる。噴水の後ろに見えるのが、お家。神楽小路家に来るのは二回目だけど、その美しさにため息が出る。白を基調にした建物は汚れを一切纏っておらず、むしろ輝いて見える。アーチ状の窓が規則正しく並んでいる。映画のセットじゃないのかなって思うくらい、現実と夢の間にいる感覚。
 自分や君彦くんよりも背の高いドアを開くと、玄関には優しい目でこちらを見つめる執事長の芝田しばたさんをはじめ、たくさんの使用人さんたちが出迎えてくれた。
「おかえりなさいませ」
 君彦くんに続いてわたしが入ると、
「あっ、佐野様!」
「佐野様だ!」
「ようこそお越しくださいました!」
 一斉に頭を下げられた。以前お邪魔した時にわたしと君彦くんでカレーを作り、その際に使用人の皆さんとも一緒に食べた。そのことを覚えてくれてて嬉しい。
 わたしもぺこぺこ頭を下げながら、出してくださったスリッパに履き替える。ふかふかのムートン素材であったかい。
「なんかすごく歓迎してくださってびっくりしちゃった」
「真綾の再訪をみな待っていたようだ」
 
 Y字の階段を右に上がり、廊下を歩く。床はモノトーンのペルシャ絨毯が敷かれ、歩いても足音がほぼしない。大理石の壁は指紋一つなく、磨き上げられている。
「家の関係者以外を自分の部屋に入れるのは初めてだ」
「そうなんだ! わたしも前は応接間でお話しさせてもらったもんね」
「綺麗にはしているつもりだが……」
「楽しみだなぁ」
「ここだ」
 君彦くんは重そうな木製の両開き扉を押し開ける。
「わあ……!」
 思わず声が漏れる。

 そこはまるでおとぎ話の部屋のようだった。革張りのソファや天板がガラスのローテーブル。その脚は先端に行くにつれ細くなっていて、その先はくるんと外側に丸まっていてかわいい。部屋の壁一面に作られた巨大な本棚には、判型別に本がぎっしりと並んでいる。いつも作業していると思われる机には、ノートパソコン、開いたままの分厚い本や、課題のプリントが置かれている。
 なによりわたしの目を惹いたのは、部屋の真ん中に置かれたベッドだった。
「天蓋のベッドだ……! 実物初めて見た! すごーい!」
 キングサイズのベッドに天井部分に白いレースの蚊帳がかかっている。
「このベッドが珍しいのか?」
「だって本や映画でしか見たことないもん! 本当に存在するんだ~!」
「寝てみればいい」

 お言葉に甘えてスリッパを脱いで、仰向けに寝てみる。バレッタをいったん外し、胸に抱きながら、ゆっくり身体を倒す。マットレスもわたしの家のベッドと違ってほどよく硬くて、でも体にフィットして気持ちいい。ベッドでも君彦くんの香りがして落ち着く。
「天蓋のベッドの中ってこうなってるんだ……」
 レースが綺麗だなぁ。きっと天井についている間接照明も相まって、夜になったら天の川みたいに見えたりするのかな。
「いつも寝ているベッドで真綾がこんなに喜ぶとは思わなかった」
 君彦くんが隣に寝転ぶ。そうだ、いつもここで君彦くんは寝てるんだ。
「君彦くんのお部屋、とっても素敵。家具がどれもかわいくて」
「この家の家具は基本、母の好みだからな」
「そうなんだ! とてもオシャレだよ」
「真綾の部屋はどうなんだ?」
「わたしの部屋は狭いからなぁ。小学校入学の時から使ってる勉強机に、ベッド、あと本棚……それくらいかな」
「いつか行ってみたいものだな」
「君彦くんなら大歓迎だよ」
 それにしても気持ちよすぎてこのまま寝てしまいそう。長時間歩いて、たくさん食べたから……。うつらうつらしていると、
「真綾」
 わたしの名前を呼ぶと君彦くんは上半身を起こし、わたしの上に覆いかぶさる。長い髪が流れ落ちてカーテンのように、周りの景色を隠す。君彦くんしか見えない。熱を帯びた潤んだ瞳で見つめられると何も言えなくなる。眠気が飛び、一気に胸の鼓動が早まる。唇を一文字に、そして目を閉じて……。
 突然、ドアを叩く音が部屋に響く。君彦くんは眉をひそめ、低い唸り声に似たため息をつくと、
「すまん、待っててくれ」
 と、扉の方へ向かった。誰か……かすかに聞こえる声だとたぶん芝田さんかな。何か話したあと、君彦くんは戻ってくると、ベッドの端に座る。わたしも身体を起こす。
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