4 / 21
喜志芸祭とオムライス
第四話 喜志芸祭とオムライス4
しおりを挟む
スモーキーな香りとジューシーな肉汁たっぷりのスモークチキンを堪能したあと、四人で屋台飯を食べ歩きしたり、ピアノ演奏を聞いたり、マジックショーを見たり。芸大ということもあり、レベルは高いし、何より「見てくれ!」という強い意志を持ってて、気迫もすごい。
パッと見たり、聴いたりしてその素晴らしさやすごさをお客さんにわかってもらえるのはいいなぁ……。
わたしたち文芸学科はそういう意味ではなかなか難しいといつも思う。どれだけ素敵な文章でも、読まなければわからない。内容がどうこう言う前に「文章を読むのは得意じゃないから」と一文字も読んでもらえないことだって多い。どうしたら自分の作品に触れてもらえるだろう。以前わたしが落ち込んだ、人の記憶に残るインパクトのある文章にも通じることなのかもしれないけど。
フリーマーケットコーナーで出品されたハンドメイド作品を見ても感じてしまう。小説はアクセサリーや服のように、身にまとえないもんなぁ。
「真綾、難しい顔をしているな。なにか欲しいものがあるのか」
君彦くんの声で我に返る。咲ちゃんと駿河くんは少し遠くのお店で商品を見ていて、いつの間にか二人きりになっていた。
「えっと……すごいなぁって」
「すごい?」
わたしは所狭しと並ぶお店を見渡す。
「こう、目に見えて綺麗とかかわいいとかがすぐにわかるでしょ。でも、文章はそうもいかないなぁって思っちゃった」
「ほう」
「読んでもらわないとさ、おもしろいかどうかはわからないから」
「確かにな。だが、書かれた言葉を読んで理解した者だけが面白さに気づく。一見難しそうだと思った作品でも、読んでみれば理解しやすい言い回しや文体で、気づけばのめりこんで読んでいたということはあるだろう」
「うん、あるある!」
わたしには合わないかもと思った作品が、読み進めれば進むほど目が離せなくなって、最後まで読みきった時の快感と感動は計り知れない。
「見るだけはわからない、それは文学の弱点であり、強みだ。だから、真綾も文章に悩んだりしたのだろう」
「そうだね。たぶん一生かかっても答えは見つかりそうにはないけど」
「見つからないだろうな。だからこそ、人それぞれ己の面白いと感じる言葉と言葉を合わせていく。そこに個性が出る」
「同じテーマで書いたとしても、わたしと咲ちゃん、君彦くんと駿河くん四者四様だろうね」
「そういうことだ。しかし、見ただけですべてわかることもない。さっき見たピアノ演奏やマジックにも『どう観客を魅了するか』という陰の努力はあるだろうし、服やアクセサリーも制作の過程にどれほどの工夫が隠されているだろうかと考えると奥深い」
「みんなゼロから作り上げてる……」
「簡単に完成する作品などどこにもない」
今まで創作についてこんなにお話し出来るような人がいなかった。創作のことで悩んでも自分でなんとか解決しようとあがいた。自分の解釈では限界があった。せっかく文芸学科に在籍しているんだ。君彦くん、咲ちゃん、駿河くんとももっとお話していきたい。そうすれば、嫉妬しがちで落ち込みやすい自分ももっと文章を書くこと、表現の幅が広がりそうだから。
「ごめんね。なんだか大事なこと忘れてた」
「まぁ、目で見て、または触れて、または耳で聞いて。すぐに脳を揺さぶれる表現や作品に憧れを一度も持たない物書きはいないだろう。俺もそうだ。伝わらないことのもどかしさというものを、大学に入り、読者という存在を得て初めて感じた。だが、そのもどかしさも創作の醍醐味なのかもな」
君彦くんは突然足を止めた。「服を作る際に余った布を最後の最後まで使い切るがテーマです」と書かれたポスターを張っている。
「真綾、このアクセサリー似合う気がするのだがどうだ?」
手にしていたのはバレッタだった。金の金具の上に、薄紫色の布の端切れで作ったお花が四つ並んでつけられている。
「かわいい!」
「短い髪でもバレッタなら使えると思ってな。プレゼントする」
「えっ! あ、ありがとう……!」
わたしもなにか君彦くんが使えるものはないかなと、商品の置かれた机を見ると目に入ったのは、文庫サイズのブックカバーだ。「すいません」と店員さんに声をかける。
「あの、もしかしてこれ、このバレッタと同じ布ですか?」
「そうです。同じ布で作ってあります」
わたしは君彦くんの方に向き直す。
「君彦くん、これ、わたしからプレゼントしてもいい?」
「ああ。ブックカバーはよく使用するからな」
わたしたちは早速お互いに買って、その場で渡し合う。誕生日でもなんでもない日だけど、初めてのプレゼントだ。
「ありがとう、大事にする」
「わたしも!」
咲ちゃんと駿河くんと合流し、
「じゃあ、次どうする?」
と建物の端によってパンフを広げ、次に行く場所を探す。すると、君彦くんがこめかみのあたりを押さえた。苦しそうに目を閉じ、息を吐く。
「大丈夫かと思ったのだが……少し人の波に酔ったようだ……、すまん」
持っていたペットボトルの水を差しだす。君彦くんは「助かる」と水を飲む。確かに顔が青い。
「どこか休憩できるところ……」
「そうだなぁ」と言いながら耳元で咲ちゃんが、
「そろそろ二人きりでゆっくりしたらいいんじゃね?」
と囁く。わたしがあわあわしていると、駿河くんにもなにやら耳打ちしている。
「おい、桂、さっきから二人に何をコソコソと」
「では、今日はこの辺で解散にしましょうか、佐野さん」
駿河くんもたぶんわたしたちに気を使ってくれてるんだ……。ここは二人からの気持ちを汲み取らなきゃ。
「そうだね、駿河くん」
「皆さんと一緒にまわれて楽しかったですよ」
「わたしもだよ。みんなありがとうね」
「こちらこそだ。で、神楽小路はどうだったんだよ?」
君彦くんは覚悟を決めたように、
「俺も真綾、そして駿河と桂、お前たちとまわれて楽しかった」
そう言ったあと、長い髪をかきあげて、照れくさそうにそっぽをむく。耳のふちはまた紅く色づいていた。
パッと見たり、聴いたりしてその素晴らしさやすごさをお客さんにわかってもらえるのはいいなぁ……。
わたしたち文芸学科はそういう意味ではなかなか難しいといつも思う。どれだけ素敵な文章でも、読まなければわからない。内容がどうこう言う前に「文章を読むのは得意じゃないから」と一文字も読んでもらえないことだって多い。どうしたら自分の作品に触れてもらえるだろう。以前わたしが落ち込んだ、人の記憶に残るインパクトのある文章にも通じることなのかもしれないけど。
フリーマーケットコーナーで出品されたハンドメイド作品を見ても感じてしまう。小説はアクセサリーや服のように、身にまとえないもんなぁ。
「真綾、難しい顔をしているな。なにか欲しいものがあるのか」
君彦くんの声で我に返る。咲ちゃんと駿河くんは少し遠くのお店で商品を見ていて、いつの間にか二人きりになっていた。
「えっと……すごいなぁって」
「すごい?」
わたしは所狭しと並ぶお店を見渡す。
「こう、目に見えて綺麗とかかわいいとかがすぐにわかるでしょ。でも、文章はそうもいかないなぁって思っちゃった」
「ほう」
「読んでもらわないとさ、おもしろいかどうかはわからないから」
「確かにな。だが、書かれた言葉を読んで理解した者だけが面白さに気づく。一見難しそうだと思った作品でも、読んでみれば理解しやすい言い回しや文体で、気づけばのめりこんで読んでいたということはあるだろう」
「うん、あるある!」
わたしには合わないかもと思った作品が、読み進めれば進むほど目が離せなくなって、最後まで読みきった時の快感と感動は計り知れない。
「見るだけはわからない、それは文学の弱点であり、強みだ。だから、真綾も文章に悩んだりしたのだろう」
「そうだね。たぶん一生かかっても答えは見つかりそうにはないけど」
「見つからないだろうな。だからこそ、人それぞれ己の面白いと感じる言葉と言葉を合わせていく。そこに個性が出る」
「同じテーマで書いたとしても、わたしと咲ちゃん、君彦くんと駿河くん四者四様だろうね」
「そういうことだ。しかし、見ただけですべてわかることもない。さっき見たピアノ演奏やマジックにも『どう観客を魅了するか』という陰の努力はあるだろうし、服やアクセサリーも制作の過程にどれほどの工夫が隠されているだろうかと考えると奥深い」
「みんなゼロから作り上げてる……」
「簡単に完成する作品などどこにもない」
今まで創作についてこんなにお話し出来るような人がいなかった。創作のことで悩んでも自分でなんとか解決しようとあがいた。自分の解釈では限界があった。せっかく文芸学科に在籍しているんだ。君彦くん、咲ちゃん、駿河くんとももっとお話していきたい。そうすれば、嫉妬しがちで落ち込みやすい自分ももっと文章を書くこと、表現の幅が広がりそうだから。
「ごめんね。なんだか大事なこと忘れてた」
「まぁ、目で見て、または触れて、または耳で聞いて。すぐに脳を揺さぶれる表現や作品に憧れを一度も持たない物書きはいないだろう。俺もそうだ。伝わらないことのもどかしさというものを、大学に入り、読者という存在を得て初めて感じた。だが、そのもどかしさも創作の醍醐味なのかもな」
君彦くんは突然足を止めた。「服を作る際に余った布を最後の最後まで使い切るがテーマです」と書かれたポスターを張っている。
「真綾、このアクセサリー似合う気がするのだがどうだ?」
手にしていたのはバレッタだった。金の金具の上に、薄紫色の布の端切れで作ったお花が四つ並んでつけられている。
「かわいい!」
「短い髪でもバレッタなら使えると思ってな。プレゼントする」
「えっ! あ、ありがとう……!」
わたしもなにか君彦くんが使えるものはないかなと、商品の置かれた机を見ると目に入ったのは、文庫サイズのブックカバーだ。「すいません」と店員さんに声をかける。
「あの、もしかしてこれ、このバレッタと同じ布ですか?」
「そうです。同じ布で作ってあります」
わたしは君彦くんの方に向き直す。
「君彦くん、これ、わたしからプレゼントしてもいい?」
「ああ。ブックカバーはよく使用するからな」
わたしたちは早速お互いに買って、その場で渡し合う。誕生日でもなんでもない日だけど、初めてのプレゼントだ。
「ありがとう、大事にする」
「わたしも!」
咲ちゃんと駿河くんと合流し、
「じゃあ、次どうする?」
と建物の端によってパンフを広げ、次に行く場所を探す。すると、君彦くんがこめかみのあたりを押さえた。苦しそうに目を閉じ、息を吐く。
「大丈夫かと思ったのだが……少し人の波に酔ったようだ……、すまん」
持っていたペットボトルの水を差しだす。君彦くんは「助かる」と水を飲む。確かに顔が青い。
「どこか休憩できるところ……」
「そうだなぁ」と言いながら耳元で咲ちゃんが、
「そろそろ二人きりでゆっくりしたらいいんじゃね?」
と囁く。わたしがあわあわしていると、駿河くんにもなにやら耳打ちしている。
「おい、桂、さっきから二人に何をコソコソと」
「では、今日はこの辺で解散にしましょうか、佐野さん」
駿河くんもたぶんわたしたちに気を使ってくれてるんだ……。ここは二人からの気持ちを汲み取らなきゃ。
「そうだね、駿河くん」
「皆さんと一緒にまわれて楽しかったですよ」
「わたしもだよ。みんなありがとうね」
「こちらこそだ。で、神楽小路はどうだったんだよ?」
君彦くんは覚悟を決めたように、
「俺も真綾、そして駿河と桂、お前たちとまわれて楽しかった」
そう言ったあと、長い髪をかきあげて、照れくさそうにそっぽをむく。耳のふちはまた紅く色づいていた。
0
お気に入りに追加
2
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
女難の男、アメリカを行く
灰色 猫
ライト文芸
本人の気持ちとは裏腹に「女にモテる男」Amato Kashiragiの青春を描く。
幼なじみの佐倉舞美を日本に残して、アメリカに留学した海人は周りの女性に振り回されながら成長していきます。
過激な性表現を含みますので、不快に思われる方は退出下さい。
背景のほとんどをアメリカの大学で描いていますが、留学生から聞いた話がベースとなっています。
取材に基づいておりますが、ご都合主義はご容赦ください。
実際の大学資料を参考にした部分はありますが、描かれている大学は作者の想像物になっております。
大学名に特別な意図は、ございません。
扉絵はAI画像サイトで作成したものです。
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
独身寮のふるさとごはん まかないさんの美味しい献立
水縞しま
ライト文芸
旧題:独身寮のまかないさん ~おいしい故郷の味こしらえます~
第7回ライト文芸大賞【料理・グルメ賞】作品です。
◇◇◇◇
飛騨高山に本社を置く株式会社ワカミヤの独身寮『杉野館』。まかない担当として働く有村千影(ありむらちかげ)は、決まった予算の中で献立を考え、食材を調達し、調理してと日々奮闘していた。そんなある日、社員のひとりが失恋して落ち込んでしまう。食欲もないらしい。千影は彼の出身地、富山の郷土料理「ほたるいかの酢味噌和え」をこしらえて励まそうとする。
仕事に追われる社員には、熱々がおいしい「味噌煮込みうどん(愛知)」。
退職しようか思い悩む社員には、じんわりと出汁が沁みる「聖護院かぶと鯛の煮物(京都)」。
他にも飛騨高山の「赤かぶ漬け」「みだらしだんご」、大阪の「モダン焼き」など、故郷の味が盛りだくさん。
おいしい故郷の味に励まされたり、癒されたり、背中を押されたりするお話です。
ウブな政略妻は、ケダモノ御曹司の執愛に堕とされる
Adria
恋愛
旧題:紳士だと思っていた初恋の人は私への恋心を拗らせた執着系ドSなケダモノでした
ある日、父から持ちかけられた政略結婚の相手は、学生時代からずっと好きだった初恋の人だった。
でも彼は来る縁談の全てを断っている。初恋を実らせたい私は副社長である彼の秘書として働くことを決めた。けれど、何の進展もない日々が過ぎていく。だが、ある日会社に忘れ物をして、それを取りに会社に戻ったことから私たちの関係は急速に変わっていった。
彼を知れば知るほどに、彼が私への恋心を拗らせていることを知って戸惑う反面嬉しさもあり、私への執着を隠さない彼のペースに翻弄されていく……。
ナツキス -ずっとこうしていたかった-
帆希和華
ライト文芸
紫陽花が咲き始める頃、笹井絽薫のクラスにひとりの転校生がやってきた。名前は葵百彩、一目惚れをした。
嫉妬したり、キュンキュンしたり、切なくなったり、目一杯な片思いをしていた。
ある日、百彩が同じ部活に入りたいといい、思わぬところでふたりの恋が加速していく。
大会の合宿だったり、夏祭りに、誕生日会、一緒に過ごす時間が、二人の距離を縮めていく。
そんな中、絽薫は思い出せないというか、なんだかおかしな感覚があった。フラッシュバックとでも言えばいいのか、毎回、同じような光景が突然目の前に広がる。
なんだろうと、考えれば考えるほど答えが遠くなっていく。
夏の終わりも近づいてきたある日の夕方、絽薫と百彩が二人でコンビニで買い物をした帰り道、公園へ寄ろうと入り口を通った瞬間、またフラッシュバックが起きた。
ただいつもと違うのは、その中に百彩がいた。
高校二年の夏、たしかにあった恋模様、それは現実だったのか、夢だったのか……。
17才の心に何を描いていくのだろう?
あの夏のキスのようにのリメイクです。
細かなところ修正しています。ぜひ読んでください。
選択しなくちゃいけなかったので男性向けにしてありますが、女性の方にも読んでもらいたいです。
よろしくお願いします!

包んで、重ねて ~歳の差夫婦の極甘新婚生活~
吉沢 月見
恋愛
ひたすら妻を溺愛する夫は50歳の仕事人間の服飾デザイナー、新妻は23歳元モデル。
結婚をして、毎日一緒にいるから、君を愛して君に愛されることが本当に嬉しい。
何もできない妻に料理を教え、君からは愛を教わる。
ドSでキュートな後輩においしくいただかれちゃいました!?
春音優月
恋愛
いつも失敗ばかりの美優は、少し前まで同じ部署だった四つ年下のドSな後輩のことが苦手だった。いつも辛辣なことばかり言われるし、なんだか完璧過ぎて隙がないし、後輩なのに美優よりも早く出世しそうだったから。
しかし、そんなドSな後輩が美優の仕事を手伝うために自宅にくることになり、さらにはずっと好きだったと告白されて———。
美優は彼のことを恋愛対象として見たことは一度もなかったはずなのに、意外とキュートな一面のある後輩になんだか絆されてしまって……?
2021.08.13
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる