【4】ハッピーエンドを超えてゆけ【完結】

ホズミロザスケ

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喜志芸祭とオムライス

第一話 喜志芸祭とオムライス1

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「ずっと俺のこと見ていてくれたんだね」
 そう言って彼はわたしを抱きしめた。あたたかいぬくもり、彼の性格を表すようなやさしい香り。
「そうだよ。ずっと前から好きだったよ……」
 わたしは彼の胸に顔を埋めた。これまでの道のりが、葛藤が、なにもかもが報われていく。そんな気がした。

「書けた~!」
 わたしはベッドにゆっくり倒れこむ。
 書ききるのに一か月もかかってしまった。長い戦いだった。恋愛小説書くなんて久しぶりだった。
 これまでは、あえて恋愛じゃなくて、学校が舞台でも友情とか家族をテーマに書くのに重点を置いていた。
 前に恋愛小説を書いたのは、高校一年生の頃だった気がする。友達に読んでもらったら、「真綾まあやってこんな恋愛に興味あるの~?」ってからわかれたのが恥ずかしくて、しばらく距離を置いていた。久しぶりに書いてみると、無理やりキュンとさせようとして書くセリフがクサくなってしまって、恥ずかしくて。きっと忘れてしまいそうだったから、高校を舞台にした作品は早めに書いておかなきゃと自分を奮い立せた。文化祭で行う出店のメニュー考案をきっかけに発展していく恋愛物語を書き上げた。

 ここから、誤字脱字のチェックしなきゃだけど、掛け時計の針は深夜一時を指している。そろそろ寝ないと。メガネを外す。普段はコンタクトだから、メガネは家の中や近所のコンビニやスーパーに行くときくらいしかつけてない。メガネをかけている時は、執筆をする時のスイッチでもある。外すと、ぼやけた輪郭のない世界が広がる。
 布団に入って目を閉じても、興奮でなかなか眠気が来ない。さっきまでパソコンに向かっていたこともあるけど、寝て起きたら、ずっと楽しみにしていたイベントがあるからだ。
 着る服もハンガーにかけてある。首元と袖口が波打つデザインになっている白のハイネックトップス、その上から黒のキャミソールワンピースを着る予定だ。キャミソールワンピースならどれだけ食べてもお腹周りを圧迫して苦しくなったりしないし、食べたらぽっこりと出るお腹もカバーできるし。我ながら良いチョイスな気がする。
「良い一日になりますように」
 そう思いながら、眠りについた。

 十月二十九日、土曜日。天候は晴れ。気温は十九度。今日は急に気温が下がって、大判のストール羽織っても少し肌寒い。十月頭は半袖着てたのに、すっかり秋になったなぁ。
 今日は喜志芸祭――わたしが通っている喜志芸術大学きしげいじゅつだいがくの大学祭へ。今日と明日の二日間行われるけれど、わたしは今日だけ参加する。一緒にまわる友達も、わたしも、バイトを休めるのがどちらか一日だけだったから。
 大学入学から半年。初めての大学祭。楽しみすぎたわたしは待ち合わせ場所に十分以上前に到着してしまった。待ち合わせ場所は、所属している文芸学科棟の前だ。大学の玄関の真横にある建物で、入学してすぐの時でも迷わず行けたのはほんと助かったなぁ。

 小学校低学年の時から両親は共働きで、学校から帰ったら、家事と弟の世話もしなきゃならなくて、気軽に友達と遊んだり出来なかった。そんなわたしの楽しみが本を読むことだった。本は読みたい時に開けば読める。学校じゃ教えてもらえない世界や人間模様をわたしに教えてくれる。椅子に座っているだけなのに、世界を冒険できる。没頭しすぎて、お鍋をふきこぼしたり、お魚を焦がしたりすることもあったけど。
 中学の終わりくらいから、小説を書くことに目覚めて、自分でも物語を紡ぐことの楽しさを知った。高校時代には文芸部はあったものの、宿題がなにかと多い学校だったから断念した。勉強の合間を縫って書いた作品は読書好きの友達に読んでもらっていた。

「将来は小説家になる!」という強い気持ちはあまりなくて、でも、なりたくないわけじゃない。わたしの小説を読んで「楽しかった」とか「おもしろかった」って少しでも楽しんでもらえたらわたしも嬉しい。もしなれなかったとしても、お金はかかるけど自費出版もあるし、今はネットで気軽に公開できるサイトも多い。いろんな道がある。わたしに合う方法で、長く小説を書き続けたいと思っていた。
 高校二年生の時に、大学進学を決めて、行きたい大学を調べていた時、喜志芸術大学という大学の存在を知った。美大だから絵とか音楽とかだけかなと思ったら、文章に特化した文芸学科を見つけた。その瞬間から「絶対にこの大学に入ろう!」と決めた。

 一回生はまだ文芸学科独自の授業より、全学科共通の教養科目をメインに受けないといけない。だから、まだ文芸学科棟の教室での授業は少なくて、あまり立ち寄らない。早く文芸学科棟で本のことや文章について学ぶ授業をたくさん受けたい。そして、卒業するまでに今よりも文章を上手く書けるようになって、おもしろいって言ってもらえる作品が書けたらなぁ。そう、文芸学科棟の前に立つといつも思うのだ。

 すると、
「すいませーん」
 同い年くらいの若い男性二人組がこちらにやってきた。同じ文芸学科の一回生ではなさそうだし、服装も垢抜けててなんというか喜志芸生っぽくない……って言ったら、喜志芸生がダサいみたいだ……。うーん、そういう訳じゃなくて、雰囲気が違うんだよね。うまく説明できないけど……。わたし以外の誰かに声をかけてるのかなって思ったけど、周りには誰もいない。こちらが身構えると、
「そんな怖がらなくていいよ~」
「いやぁ、遠くから君を見つけて、とてもカワイイなって思って声かけたんだけど。君、喜志芸生?」
「はぁ……まぁ……」
「ボクら、喜志芸初めてで案内がてら一緒にまわってもらえないかなって」
「今、人を待ってるので」
「えぇー、そんなこと言わないでさぁ」
「来るまでのちょっとだけでもいいから」
 手首を掴まれそうになって振り払って、ストールの端をぎゅっと掴む。それでも諦める様子はなく、再び手を伸ばしてきた。
 その時、 
「俺の恋人に何か用か?」
 声の方を向くと、長い亜麻色の巻き髪を揺らし、一人の男性がこちらへとやってきた。
 紺色地に細かなストライプが入った三つ揃えのスーツがスタイルの良さを際立たせる。シャツの胸元に着けてるリボンタイのビジューの飾りが太陽の光を反射してキラキラ光っている。一八〇センチを超す長身に見下ろされた男たちは、「あ、なんでもないです……」とそそくさと立ち去った。
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