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芽生えた気持ち

第三十話 芽生えた気持ち4

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 なんて考えていたその時、店員さんが飛び出してきた。
「機械トラブルのため、販売を一時中断します! お急ぎの中、大変申し訳ございません!」
 お客さんの落胆する声があがり、列を抜ける人もいる。
「僕らはどうします?」
 と訊くと、桂さんは目をぎゅっとつむって腕を組み、唸ってから、
「……ごめん! 待つ!」
「ここまで来たらそうですよね」
 今日は時間に制約はないから桂さんが納得するまで並べばいい。それにしても時間が出来てしまったな。とりあえずここでチョコ買って、そのあとリュック探しへ……いや、時間的にお昼ご飯を食べる方がいいか。じゃあ、お店はどうしたらいいだろう。今日までに僕がある程度決めた方がいいかと思って調べたりはしたが、店数がなにせ膨大でさらに悩む羽目になった。当日どうにかなるかと思った部分もあるが、やっぱりある程度何店舗かピックアップしておくべきだったか。いっそのこと桂さんに訊いてみるか? 桂さんも天王寺は初めてだからな。どのお店がいいとかわからないよな……。もう少し考えてくるべきだったか。
「駿河どうした?」
「あ、いえ……」
 そう言って視線を逸らす。でも、桂さんだから。桂さんだからこそ。
「やっぱり先に予防線張ってもいいですか?」
「ん? なんだよ」
「僕、異性はおろか友達と遊びに行くってことが初めてなんです」
「そうなのか」
「今日、ざっくりとどんな商業施設があるかどうかだけを調べて、頭に入れては来ましたが、細かいところまではわかってなくて。それに、どういう流れで遊べばいいんだろうとか。黙って、知ったかぶりでもしてみようかと思ったんですけど、こうやって待っている間にうまくいくかソワソワしてしまいました」
 やや早口で本音を言う。桂さんは腕を組み、
「駿河は真面目だなぁ。……あ、褒めてるんだぞ? ちゃんと考えてくれたんだって。でも、そういうことなら一緒にさ、この辺のこと、今から詳しく調べてみようぜ。お互い行きたい店探そう」
 結果、一人でいろいろ考えるより、こうして話しながらの方が何倍も楽しかった。スマホ片手にお互いああだこうだ言いながら探していると、時間はあっという間に過ぎ、店員さんが再び現れ、販売再開を告げた。どうやらトラブル発生から一時間半ほど待っていたらしい。そのあとはスムーズに進み、僕らは無事にチョコを購入した。
「やっと買えた~!」
「無事に買えて良かったですね」
 待っている時間も退屈ではなかったが、しばらくはこんな長蛇の列に並ぶのは勘弁したいところだなと思っている横で、桂さんはさっそく箱を開け始める。あんなに並んだのに本当にマイペースな人だ。開けると、丸く、つやのあるチョコが四粒お目見えした。桂さんは早速口入れる。
「うまー!」
「良かったですね」
 これでまずかったら、僕までテンションが下がってしまう。すると、
「駿河、口開けて」
「は?」
 桂さんはチョコを一粒つまむと、僕に近づく。急に近づかれると、異性に慣れてないから身体が固まる。
「ほれ、早く開けろ」
「えっ、ちょっと……!」
 口の中に半ば無理矢理入れられる。こうなってしまったら咀嚼するしかない。じわっと優しい甘みが溶け出し、頬が思わず緩む。
「……おいしい」
「だろ? やっぱり二時間並んだかいがあるよな」
 長蛇に並ぶ価値あるおいしさがあることや、彼女は笑った時に左の頬に小さなえくぼがあるんだとか。まだまだ知らないことは多いんだなと思った。
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