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芽生えた気持ち
第二十九話 芽生えた気持ち3
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「ちょっと待って!」
「どうしたんです?」
「あそこ!」
「すごい列ですね」
主に女性が並んでいて、最後尾がここからでは全く見えない。
「あれはチョコだ」
「チョコ?」
「こないだテレビで観た。今、限定チョコが出てて、一人一箱しか買えないんだ」
「へぇーそうなんですね」と通り過ぎようとすると、
「駿河、並ぶぞ」
「えっ」
桂さんが列を辿り歩いていく。最後尾はこの建物の裏側らしい。
「本当に並ぶんですか?」
「一つはワタシ用、こないだ真綾に絵具貸してもらったお礼として買いたいんだよ……頼む!」
「あれだけ『イラストの授業で要るから』って言ってた絵具忘れたんですか」
「授業受けた日は覚えてたんだけどなぁ。寝たらキレイに忘れちまった」
笑う桂さんと、頭を抱える僕。
新入生歓迎会のあとも桂さんと佐野さんはよく話している。パッと見た感じ相容れなさそうな桂さんと佐野さんだが、本を読むのが好き、小説を書くのが好き、食べることが好き、と共通点が多いからか、ますます仲が良くなっている。
「わかりました。佐野さんの分は僕が並びましょう」
「助かる!」
六月も後半に差し掛かり、日に日に気温も上がり始めたというのに、こんな建物の外まで人がずらずら並ぶとは。三十分すぎたあたりで、建物内に入れた。チョコを販売してるだけだから、これだけ並んでいてもサクサク進む。
「どの商品買うんです?」
スマホでサイトを見つけてメニュー一覧を見る。
「もちろん開店記念の限定チョコだ!」
味はミルク、ストロベリー、抹茶にコーヒー。このうち一種類一箱だけとはなかなか厳しい購入制限を設けている。一日の販売個数は各五十個、販売期間も一か月だけと限られてるなら仕方ないのか。
「真綾には王道のミルクにしようと思って。あ、ワタシの分は抹茶以外で考えててさぁ~。悩むなぁ」
「抹茶はだめなんですか」
「そうだな、ワタシ、抹茶は……あ!」
そう言うと、桂さんは口を手で覆う。
「そうですかぁ、桂さんは抹茶が苦手なんですねぇ」
「おい、駿河。今聞いたこと忘れろよ」
「抹茶もチョコに練りこまれてたら食べれるのでは?」
「いつぞやのしいたけの件、引きずってんな?」
「……さぁ? なんのことだか」
「そうだよ。ワタシは抹茶やあずきに、きなこ……和のものが苦手なんだよ」
「意外ですね。桂さんは何でも食べそうな顔をしているのに」
「あの時のセリフをそのまま返してくんな」
「いい機会でしたのでつい」
「ま、駿河とはなんか長い付き合いになるだろうし、嫌いな食べ物くらい知っておいてもらわねぇと困るよな」
僕が言おうと思ってもなかなか口に出せない気持ちや言葉を、桂さんという人はさらっと言ってのける。本当にすごいと思う。いつか僕も率直に言えるようになれば、世界は変わるのだろうか。
「どうしたんです?」
「あそこ!」
「すごい列ですね」
主に女性が並んでいて、最後尾がここからでは全く見えない。
「あれはチョコだ」
「チョコ?」
「こないだテレビで観た。今、限定チョコが出てて、一人一箱しか買えないんだ」
「へぇーそうなんですね」と通り過ぎようとすると、
「駿河、並ぶぞ」
「えっ」
桂さんが列を辿り歩いていく。最後尾はこの建物の裏側らしい。
「本当に並ぶんですか?」
「一つはワタシ用、こないだ真綾に絵具貸してもらったお礼として買いたいんだよ……頼む!」
「あれだけ『イラストの授業で要るから』って言ってた絵具忘れたんですか」
「授業受けた日は覚えてたんだけどなぁ。寝たらキレイに忘れちまった」
笑う桂さんと、頭を抱える僕。
新入生歓迎会のあとも桂さんと佐野さんはよく話している。パッと見た感じ相容れなさそうな桂さんと佐野さんだが、本を読むのが好き、小説を書くのが好き、食べることが好き、と共通点が多いからか、ますます仲が良くなっている。
「わかりました。佐野さんの分は僕が並びましょう」
「助かる!」
六月も後半に差し掛かり、日に日に気温も上がり始めたというのに、こんな建物の外まで人がずらずら並ぶとは。三十分すぎたあたりで、建物内に入れた。チョコを販売してるだけだから、これだけ並んでいてもサクサク進む。
「どの商品買うんです?」
スマホでサイトを見つけてメニュー一覧を見る。
「もちろん開店記念の限定チョコだ!」
味はミルク、ストロベリー、抹茶にコーヒー。このうち一種類一箱だけとはなかなか厳しい購入制限を設けている。一日の販売個数は各五十個、販売期間も一か月だけと限られてるなら仕方ないのか。
「真綾には王道のミルクにしようと思って。あ、ワタシの分は抹茶以外で考えててさぁ~。悩むなぁ」
「抹茶はだめなんですか」
「そうだな、ワタシ、抹茶は……あ!」
そう言うと、桂さんは口を手で覆う。
「そうですかぁ、桂さんは抹茶が苦手なんですねぇ」
「おい、駿河。今聞いたこと忘れろよ」
「抹茶もチョコに練りこまれてたら食べれるのでは?」
「いつぞやのしいたけの件、引きずってんな?」
「……さぁ? なんのことだか」
「そうだよ。ワタシは抹茶やあずきに、きなこ……和のものが苦手なんだよ」
「意外ですね。桂さんは何でも食べそうな顔をしているのに」
「あの時のセリフをそのまま返してくんな」
「いい機会でしたのでつい」
「ま、駿河とはなんか長い付き合いになるだろうし、嫌いな食べ物くらい知っておいてもらわねぇと困るよな」
僕が言おうと思ってもなかなか口に出せない気持ちや言葉を、桂さんという人はさらっと言ってのける。本当にすごいと思う。いつか僕も率直に言えるようになれば、世界は変わるのだろうか。
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