【2】元始、君は太陽であった【完結】

ホズミロザスケ

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小さな進歩

第二十三話 小さな進歩3

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 床に座り、部屋を見渡す。引っ越してきてまだ三か月くらいの部屋とは思えない本の冊数。本棚は隙間なく本が並んでいて、入りきらない本が床に山積みになっている。改めて見ても威圧感がある。
「本、読んでてもいいですか?」
「うん」
 文庫本、単行本、コミック本に、雑誌。ここにある本は全部読んだのだろうか。気になるタイトルを手に取って見ていると、本の上に置かれていた紙の束に気づかず、肘が当たり、一気に雪崩れる。
「すいません」
 拾い上げると、紙の束は小説をプリントアウトしたものだった。
「ごめん。その辺に置きっぱなしにしてた……」
 布団にくるまりながら、僕の方を見る。
「これ、提出用の小説ですか」
「そう」
「読んでもいいですか」
「いいよ」
 一作品十枚から二十枚くらいの短編小説が十作品ほどまとめて置かれていた。すべて名前と一緒に出席番号が書かれている。彼女はこの二か月でこれだけの短編小説を書いたのか。もしかしたら、以前書きかけて温存していた小説を完成させたのかもしれないが。短編と言えど、この数には驚いた。

 内容は主に女性が主人公で、年齢も小学生から社会人まで幅広かった。小学生が夜道で出会った幽霊との一夜限りの友情の物語。女子中学生の抱える憂鬱がきっかけで人間関係が壊れていくサスペンス。社会人の叶わぬ恋愛と諦めた夢の話など様々だ。その主人公によって一人称・三人称を変えていて、小学生たちの会話はひらがな多め、中学生だといっても難しすぎる表現は避け、様々な経験を経て大人になった人々の複雑に揺れ動く心理描写も細やかに書かれている。

「読み終わりました。ありがとうございます」
 元の場所に戻すとまた雪崩を起こしそうだ。机の上に置く。
「おもしろかったです。桂さんは好きな本からもっと明るい作品を書くと思っていたので驚きました」
「そうか……? 人に読んでもらうの初めてだから……ありがと。元気になったら感想詳しく聞かせて」
「わかりました」
「……少し前にさ、駿河が読ませてくれた神楽小路だっけ? アイツの小説を読んでワタシももっと頑張らないとなとって思って、バイトから帰ってから書いてた」
 風邪をひく前、神楽小路くんの小説を桂さんにも読んでもらった。「怒り」をテーマにした作品で、僕は同級生にこんな小説を書ける人がいるのかと感銘を受けた。これは桂さんにもと思い、貸したのだった。読み終わった後、確かに「負けてられねぇな」と言ってたな。
「ワタシ、一度書きはじめると時間忘れちまうんだ。だから、気づいたら朝だったとかあって。寝坊するし、こうやって風邪もよくひく」
 起き上がると、ティッシュを箱ごと引き寄せて、何度か鼻をかむ。
「集中力が高いのは良いことですが、健康面をおざなりにしてどうするんです」
「すまん。いい加減セーブできるようになりたいんだけど、書きたい時って手を止めて他のしちゃうと、流れを取り戻すのが難しくてさ」
「わからなくはないですが、体調崩してしまったらもっと流れが」
「そうなんだよなぁ……。わかってるんだけど……楽しいんだよ今が……」
 途中で眠ってしまった。そうだな、僕も今が楽しい。でも、楽しい日々を体壊してロスしちゃもったいないだろ。そう思いながら彼女を見ると、すやすやと眠っていた。鍵をかけて部屋に戻った。
 桂さんは見た目や普段の言動からではわからない、内に秘めた不思議な魅力、知れば知るほどおもしろい人。そして、僕も負けてはいられないと闘争心に火をつける人。数行でも小説を書き進めてからから寝よう。
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